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Manus Dei・神の手  作者: 沖田さなこ
第1話 Sacrimony
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第1話 Sacrimony その5

深く考える時間はなかった。父に急かされて、ふうみが自分の部屋に戻って家を出る準備をし始めた。

 何から始めた方がいいか分からなくて迷っていたけど、その余裕はないと理解して結局部屋にいるもの全てをリュックに入れようとした。途中でそれに無理があると気付き、また止まった。

「ああ、もう、何なのよ!」

 自分の頬っぺたをひっぱたいて、ふうみはもう一度周りを見て思考を整えた。

 まずは着替えだな。

 そう考えて、ふうみが今まで着ていた作業衣を脱ぎ、出かける時に使っている服に着替えた。丈夫な茶色ズボンと白いシャツで、シャツの上に革ベスト。上着としていつもの茶色コート。

 そのコートは特にお気に入りだった。外見ではただのコートにしか見えないが、中にはポケットが多くて、必要な道具なら何でも入る。そのコートを着ると、カバンやリュックを持つ必要がなくなります。

 だが、家を出るってことになっているから、リュックを持った方がいいでしょう。

 少し考えて、ふうみは自分の作業衣をリュックに入れた。よく着ているものだし、それに着替えを持っても損はない。

 作業衣の次に道具箱だった。ふうみがその箱を丁寧に持って、慎重にそれもリュックに入れた。さっきの作業衣が丁度いい枕になった。箱の上に毛布を乗せて、その上に自分が持っていたノートを置いた。

 最後にブラシを入れてリュックを締めた。

「とりあえず、出来た」

 そう言って、ふうみが扉のよこにあった鏡に最後の目線を向けた。

 そこに映っていたのは、ただの十七歳少女にしか見えない、若い女子だった。クリーム色の髪の毛で雪肌、エメラルドのように輝く瞳で柔らかくて桃色の唇。人にはよく美人だと言われていたが、ふうみにはその認識はまるでなかった。今までただ時計の構造や作り方だけに興味を持って、誰かと交際するどころか、恋愛自体に不熱心だった。人付き合いは決して悪くなかったが、単にそれ以上に面白いものを常に見つけていた。

「そう言えば、家を出るってことは、ミリヤちゃんやアイザックくんともお別れなんだよね。ちょっと悲しいな」

 その発言に答えているように、机にあった小さな時計がドンと、二時を告げた。

 すべてが始まって以来、実際に一時間も経っていなかった。

 クレーム色の髪を束ね直して、ふうみがリュックを取って部屋を出た。

 扉を締める前に少し迷って、また中に入ってあの小さな時計も取ってリュックに入れた。そして、また部屋を出て、今度は迷わず扉を閉めて父のところに行った。

 針間六郎はすでに自分の荷物を整えたらしく、今は台所で食事の整理をしていた。

「父さん、もう、準備が出来たの」

「ああ、よくやったな、ふうみ。少し待っててくれないか?俺もそろそろ支度を終わるから」

「うん」

 父が食事を揃っている光景をしばらく眺めていた。

 四十八歳に思えないほどの白髪で、顔もすでに皺に刻まれつつだった。微細な仕事に人生を費やした証なのでしょう。だが見た目と異なって目は未だに鋭く、手の動きも精密だった。

 これからその突然な旅に携える食品を自分のリュックに入れて、六郎は台所に残った生鮮食品を一つのバッグに揃って、そのバッグをテーブルに置いてそばに『捨てて下さい』という紙も置いた。

「はい、これでよし。何も忘れてないよね、ふうみ?」

「ううん、大丈夫。あのね、とうさん」

「なに?」

「ここにある時計はどうなるのか?」

「さあ、どうでしょうね。昼にいくつか壊されるでしょう。カス隊に」

「え?」

「だって、来るんでしょう?俺達をすぐに見つからず、しばらく家を荒らすでしょう。で、俺達が家を出たと気付き、今度は町中に俺たちを探す。もちろん、ここをどれほど荒らしても、それを片付けしないと思うんだ」

「でも、私達が汗をかいて作った時計なのよ。なんか、心細いか、すべてを置いて行くのも何か。。。」

「それでも行くんだ、ふうみ。相手はカス隊だからだ」

「はい」

 そうして二人は荷物を持って裏口から家を出た。

「俺に付いて来て、ふうみ」

「はい、今行くよ」

 父にそう言って、ふうみは家に向け直してお辞儀をした。

「今までありがとう。さよなら」

 その囁きとともに、針間ふうみは自分の家を後にした。

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