第1話 Sacrimony その3
父の穏やかな笑顔を見て、ふうみはまず何も言えなかった。
頭の中に質問が次々と浮かんでくるのに、何を聞けばいいか、何から始めた方がいいか、全く解らなかった。
この全てが始まって以来、30分も経っていないのに、頭が一杯で爆発しそう。
もちろん、その極端な不安が顔に出ている。彼女の顔を真っ青に染めている。
父の六郎がそれを気づかない訳がない。
だが彼はそれを見せないばかり、ただ微笑んで娘を見ている。
ふうみがもう一回全てを最初から思い出して、やっとその自縛をといた。目には涙が浮かべて、声も震え始めた。その震えた声でふうみは一言だけを言った。
「悟って」
その言葉の次に出たのは、爆発のような嗚咽。
六郎が慌てて立ち上がって、ボロボロ泣いている娘を抱きしめた。しばらくあの仕事場はその嗚咽に満ちていた。
それはどれほど続いていたのか、二人は気付かなかった。今の時点でそれはどうでもよかったからだ。
時間が経つと、ふうみがやっと落ち着いた。そして、まだ何も言わなかった父にやっと質問することが出来た。
「どうしてアポ令を受けている?」
六郎が溜息をついて、答える代わりに自分から質問をした。
「どうやってあれのことを?」
「昼過ぎ、カス隊が来て、死刑するって、それで、私はここにいる。何がなんだか分からないよ、父さん。でも。。。」
「なんだ?」
「あれは夢じゃない気がするよ」
六郎が目を瞑ってしばらく考えていた。その後、彼はそういった。
「俺が君になにか渡さなかったか?」
それを聞いて、ふうみはやっと自分がまだ彼に渡されていたものを握っていることを気づいた。あれは何なのかも知らずに握り続けていた。
目を下ろして、あの物を見た。
懐中時計でした。
この時計はちゃんと今の時間を示していて、音は出さない。
「父さんが作ったの?」
「ああ、そうだ。作らないほうがよかったと思うがな」
「どうして?」
「あのアポ令は違う理由で届いている。表ではね。だが、本当の理由はこの時計だ」
ふうみがまた時計を見た。
「普通の懐中時計なのに。父さんなら、何個も作れるよ」
六郎は頭を横にふった。
「いいえ、この時計は世界で唯一なんだ。なあ、ふうみ。アレは何時でしたか」
「アレって?」
「君がさっき言っていた、カス隊のこと」
「あ、あれね。確か、1時15分くらいかな」
「『くらい』じゃ駄目だ。正確に思い出してみてくれ」
ふうみはまた頭を抱えた。
「えっと、えっと、1時は確かのよ。でも、何分だったのか。。。って言うか、なんでそれが大事ですか」
「君はすでに気づいているでしょう。アレはいつ起こったのかを」
ふうみの背中にまた寒気が走った。なぜか、その続きは聞きたくないって感じがしてた。
だが、肝をすわせて、父を見た。そして彼が続けた。
「アレは昨日の午後1時ではなく、今日の午後1時でした。いや、『でした』という言葉がこのことに合わない」
「じゃ、私はやっぱり。。。」
声はまだ震えている。今でもまた泣き出しそう。
「そう、君は過去に戻った。この懐中時計、Manus Deiを使ってね」