第1話 Sacrimony その2
『静まり返っている』と言う単語は普段、『前は騒がしかったのに、今は落ち着いた』と言うことの表現としても使われている。ふうみのいた部屋は別に前は騒がしかったのではない。夜の1時過ぎなので、中も外も人はいない。今の静けさだって、当然な状況変化ってわけでもない。
だが、ふうみにとって今の部屋が静まり返っていた。
さっきにカスパーゼ警官隊に起こされた混乱は過ぎて、夜の静かな部屋がいつもより落ち着いているに見えていた。
それで、ふうみはやっと落ち着きの息を吐いた。やっとそれが出来た。
状況は今でも訳の分からないことばかりだけど。
「何がアポ令だ。何がカス隊だ。何が起きているの?」
そうブツブツ呟くふうみはもちろん、今すぐの答えは期待していなかった。
ふうみはもう一度周りを見た。
いつもの部屋でした。
ここは店であることは、あまり思えない風景だった。とは言え、ここは人の住む部屋でもなかったのは間違いない。すべての棚や机に時計が並んでいて、色も形も違う時計ばかりで、同じ時計が二つもない。
針間六郎は時計師だからだ。職業で、時計を作ったり直したりするし、時計が家中に並んでいてもしょうがない。唯一の家族であるふうみももちろん、父から時計の構造と作り方を習っている。六郎は時計だけでなく、技術士が使っているいろんなゲージも作れるけど、彼自身がそれはあまり下手だったので、娘のふうみに任せていた。ゲージに関しては、彼女は彼を超えていたから。
だが、彼の究極の芸は、彼を超えられない分野は一つだけだった。
音の出さない時計だ。
だからこそ、この時計だらけの家は思えないほど静かだった。
ふうみが見慣れた風景を眺めて数分を過ごした。
何が起こっているのが不明だが、針の動きを見ると、落ち着きは取り戻せる。
「とにかく、時間は知っているね」と彼女が呟き、隣にあった時計を見た。この時計は時間だけでなく、月日も示していた。
「あれ?」
同じ日だった。
カス隊がここを荒らして来た日だ。
「まさか」
同じ日の午前ってことなら、状況の説明は一つしか浮かばない。
「私、過去に戻ったのか」
ふうみはまた唖然とした。
でも、今回の唖然は短かった。数秒も置かずに、彼女が二階に走って自分の部屋の前に止まった。
だが、入ろうとした途端、体全体が震え出して、動かなくなった。
ふうみが固まった。自分の部屋なのに、突然に入りづらくなった。
中には、過去の自分がいるのかもしれない。
でも、数分過ぎても、中からなんの音もなかったので、ふうみがやっと自分の体をうごかせた。
扉を開いた。
中には誰もいなかった。
過去のふうみも、未来のふうみも。
寧ろ、部屋の状態を見ると、先まではふうみ自身がそこに寝ていて、何かの理由で起き上がって出たようにしか見えない。
ふうみの背中に寒気が走った。
「何がどうなっている?分からない。分からないよ!」
彼女がしゃがんで頭を抱えた。
家は今でも静かだった。
まるで嵐の前に。
そしてその時計だらけの静かな家にはやっと音が発生した。ふうみがびっくりして床に落ちそうになった。
「仕事場の方だ!」
そう言えば、父が言っていたんだ。『きのう、夜遅くまで仕事場にいたんだ』って。
ふうみがあそこに焦って走った。
仕事場に着いて、恐る恐ると中を覗いた。
中には父がいた。
何事もなく、針間六郎が夜遅く仕事をしていた。
今は丁度休憩をとっていたらしいけど。
彼が軽く背伸びして扉の方を見た。あそこに立っている娘を見て、単なる優しい声でそう言った。
「あら、どうした、ふうみ?まだ寝ていないのか?」
彼女の表情を完全に無視した声で、そう言った。