プロローグ
彼女の後ろの巨大時計の針は8時59分を指していた。9時まで一分もない。
この町でこの季節では午前9時でも、午後9時でも、くらい。
彼女にとって、それは正直どうでもういいだった。
彼女は手に持っていた懐中時計を見た。
9時1分。9時まで一分もない。
後ろにある巨大時計の秒針が右に動いた。あと12秒。
懐中時計の秒針が左に動いた。あと11秒。
巨大秒針、右。
小さい秒針、左。
巨大秒針、また右。
小さい秒針、また左。
また右。
また左。
右。
左。
右。
左。
両方の時計が同時に9時00分を指した。
巨大時計の塔の奥から9時を告げる鐘が鳴った。
それと同時に彼女が懐中時計のボタンを押して、飛んだ。
人は上へ飛ばない。飛ぶなら、方向は一つ。下だけだ。
9時とともに彼女が迷わずに下へ飛んだ。
彼女は何も怯えていなかった。その逆に、あっけないスピードで近づく地面を躊躇なくでまっすぐ見ていた。
そして彼女と地面がぶつかる寸前に全てが止まった。
鐘も。
町も。
時間も。
彼女だけが完全に止まっていなかった。確実な死の上に浮いている彼女が笑った。
懐中時計の秒針がやっと右に動いた。
そして、時間が逆行した。
町の全てが逆行していた。人や動物の動作も、風に揺れていた葉の動きも、雲でさえ時間とともに逆行。煙が煙突に戻り、こぼれた水がまた壺に帰って、燃やされた丸太がまた材木の山に戻った。
彼女が上へ飛んでいた。
彼女の体と身なりが世界とともに逆行していたが、彼女の意識はそのまままっすぐ前を向いていた。
彼女の足がやっと巨大時計にあった台を踏んだ。彼女が飛び降りた、この台だ。
空が明るくて、巨大時計の針は9時じゃなく、別の時間を指している。彼女はその時間を確認して小さく頷いた。
そして彼女はこの時計塔を降りた。今度は飛び降りたのではなく、ちゃんと階段を使って下へ降りた。
懐中時計の全ての針が右に動いていた。
ちなみに、読みながらKamelotというバンドのManus Deiという曲を聞くと、さらにいいかも!