彼らは事件に巻き込まれる。
視界に映る敵は六人。
男が1人厳つい顔を晒し、他の五人は奇妙な仮面で顔を隠しているのでその相貌はわからない。わからないが、全員が一つずつ持っている黒い物体については、全員がそれなりに扱い慣れていることが窺える。
「大人しくしていれば殺しはしない」
男はそう言っていた。
木の柱に立てかけられた時計は、その言葉から約3時間が経過したことを示している。
それは唐突の出来事だった。
某有名遊園地に、僕は学校の友人三人と遊びに来ていた。
正午過ぎに昼食を食べるために来た食堂はそこそこの混み具合で、注文を終えた僕たちが席に戻ろうとしたときだ。
奇妙な仮面を被った十人ほどの集団が四方八方を囲んだ。
始めは、何かのイベントかと思った。そう思ったのは僕だけではなかった筈だ。現に、一度目の破裂音ではそこにいた客のほぼ全てが、驚きつつも顔に笑みを浮かべて、音源に視線を向けていた。
だが、僕と、一緒に来ていたうちのもう一人は気づいた。
"音源になった物"を持つ人物の腕が真上に掲げられ、その延長線上にある天井に黒いしこりができていたことに。
そして、形状は異なっているが、仮面集団の全員がその物体を手にしていることに。
二回目の破裂音の余韻は、男の呻き声と女の甲高い悲鳴と共に、その場を混乱へと陥れた。
「騒ぐんじゃねぇ!!」
その声は、仮面の一人が発した。
拡声器を使っているわけでもないのに、その声は騒めきに包まれていた空間に響き渡り、辺りを一瞬にして静寂へと変えた。
二回の破裂音を炸裂させた自身の持つそれをわかりやすく掲げ、徐にその仮面を外した。
出てきたのは頬に傷のある厳つい顔立ち。つり上がった目は視線を向けられただけで怯んでしまいそうになる。
男が周りの仮面たちになにやら指示を出すと、仮面たちのうちの4人がどこかへと走って行った。
その後僕たちは、男の指示で頭の後ろに手を回し、うつ伏せに寝転んでいる。
「おら、次はテメェだ」
隣に寝転んでいる男が、仮面によって両手を後ろ手に縛られた。
次、と言ったことから、この場にいる全員を同じように縛るつもりなのだろう。
まるで作業のように淡々としていて、縛る仮面ともう一人の銃を構える仮面の二人一組で常に行動している。
明らかに手慣れている。
が、その慣れからは油断が漏れて、隙が大きい
「ぐッ…!」
呻き声と共に、僕の眼の前に倒れ伏す仮面の一人。
やったのは、僕の友人の一人『アキラ』だ。
手をプラプラとさせて、拳の感触を確かめている。
「あー、うん、あれだ。…そうだ、大人しくしていれば殺さない、だったか」
「こいつッ!!」
逆上したのか、アキラに銃口を向けようとする仮面。
引き金を聞く直前、アキラは素早く上体を低くして、そいつの足を刈り取る。
「それってさ」
流れるような動作で仮面の顎を蹴り飛ばす。
それで、二人がオチた。
「強制じゃねぇよな?」
そう言って厳つい男を睨み据えるアキラ。
「…いいや、強制だ」
「あっそ。まぁ、別にあんらに従うつもりはねぇけどな。あれだ、聞いてみただけ、ってやつだ」
そう言って、チラッと僕に視線を寄越すアキラは何が言いたいのだろう。僕にはさっぱりわからない。
「…小僧、その減らず口、今すぐ閉じろ」
「…はぁ。この程度で『減らず口』とか、毎日言われてる俺はどうすりゃいいんだ。死ねばいいのか?あれ、おっさんこの程度で怒ってるの? え、おこなの? マジで? 明日死ぬんじゃね? いや、さすがに沸点低すぎる(笑)」
「ペラペラとうっせぇ!!」
「あーあ、仮面の人たち大変だなぁ。毎日のように怒鳴られてんだろおなぁ。この分だと言葉は肉体言語か。おっさんもしかして脳筋?ああいいよ、答えなくて。見ればわかる」
仮面の人たち、の辺りでなんだかすごく哀愁を感じたが、きっと気のせいだ。
というか、顔が真っ赤になっているのだが、それ以上怒らせる意味あるのか。
「……余程、死にたいらしい」
「え、いつ誰がそんなこと言ったよ。脳筋の上に妄想癖まであるのかよ? うっわ引くわー」
「やれ!!」
男の言葉と共に、仮面たちが発砲した。
アキラに向かって一直線に撃たれた弾丸は、しかし目標物を捉えることはなかった。
「狙いが甘い。全員が急所を狙ってどーすんだよ」
声は、仮面のうちの一人の背後からだ。
「お前ら、シロウトだな」
その言葉が、倒れ伏していく仮面に聞こえたかどうかはわからない。
ただ、そこから始まった一による蹂躙は、僅か数分で終わった。
全てを地に伏せさせた本人は「あー疲れた」と言いながら僕の隣に座り、意味ありげな視線を向けてくる。
「誰かさんが手伝ってくれりゃ、もうちょっとラクに倒せたんだけどなー」
「これ以上は過剰戦力だよ」
そう言って、手首を縛っていた縄を投げ捨て、友人のそれを外しに行く。
「ほら、アキラもサクサク動く」
「さっきまで動いてたの俺なんだけど」
「ふぅん?縛られてる人たちを見てなんとも思わないんだ。それともそういう趣味でもあったりするの? だとしたら僕、今後の君との付き合い方を考えなくちゃならないなぁ」
「…誰もやらねぇなんて言ってねぇだろ」
俺のこと嫌いか?などとボヤく声を努めて無視しながら、解いた紐を放り投げ、次の作業へと移る。
「で、これからどうすんだよ」
「どうもこうも、僕の友達に手を出したんだ。縛られた手、結構痛かったんだよね」
──もちろん、倍返しだよ。
後に友人に聞いた話だと、その時の僕はとても綺麗な笑顔を浮かべていたらしい。
その後、合流地点と思われる場所で待ち伏せから奇襲を敢行。
「周りの雑魚やるから、あのゴツいのお前な」
「は? 何勝手に」
決めてるの、と聞こうとした時には、もうアキラは駆け出していた。。
「…はぁ。仕方ないから、お前の相手は僕ね」
「………」
男に向かって発した言葉は無視され、代わりに鋭い目付きで睨まれた。
「あれ、言葉わかんないの? もしかして本当に肉体言語しか持ち合わせてない? マジでお前ら脳筋だったんだ。うわー、これじゃ僕がバカみたいじゃないか。日本語わかんないやつに話しかけるとかどうかしてたよごめんね。あ、これもわかんないか」
「……」
さっきの男はアキラの挑発にけっこうノッていたが、こいつは乗ってくれないらしい。
1人だけ明らかにガタイの違うそいつは白い仮面をつけていて、黙ったまま僕の方に銃口を向けた。
「…はぁ、なんで僕がやらなきゃなんないの。全部アキラのせいでしょ。しかも僕まだ何もやってないし。なんでそんなもの向けられるの意味不明。向けるならアキラでしょ」
ほら、と男の後ろを指差す。
ばっ、と男が後ろを振り返った。
「…やっぱり、バカだよね」
彼我の距離は四メートル強。
この程度なら、一歩で潰せる。
時間にしてコンマ以下。
「?!」
「遅いよ」
僕の言葉に男が向き直り銃を構える。
僕は銃口の先から体をずらし、男の肘に掌底を当てて意識を逸らす。その隙に手首を掴んで強制的に間合いに潜り込む。
銃身を握り、そこを支点に男の腕を捻って握力を緩めさせ、銃を奪う。
そのまま男に背を向け、体を縮める。
背負い投げの要領で、男を地面に叩きつける。
「がはっ!」
思い切り背を打ち付けた衝撃で、男の呼吸を奪う。
後はちょっと助走をつけて、男の側頭部に蹴りを入れれば、僕の役目は終わり。
だったんだけど、転がって避けようとしたので、プラン変更。
男が立ち上がろうとしたところに後ろから蹴りをいれて、そのまま馬乗りに腕をとって身柄を確保した。
「動いたら折る。話しても折る。僕が気に入らなくても折るから」
「…なぁ、理不尽じゃね?」
「犯罪者に慈悲はいらない」
「そのおっさん、まだ何もしてねえと思うんだけど…」
顔面へ蹴りを入れた時に仮面は飛んだらしく、先ほどのいかつい男と同じような顔でこちらを睨んでいる。
「銃持ってるじゃん。銃口向けられたし、十分現行犯だよ」
視線をぐるっとその場に向ければ、男の部下は全員倒れ伏していた。
「ちゃんと全員仕留めた?」
「おうよ。ばっちし決めてきた」
「じゃあ、あれは何かな?」
そう言って僕が指差した先には、先ほどよりも多い数の黒づくめたち。
武器に至っては拳銃の他にライフルみたいなものから、なんかヤバげな棒状の物までいろいろぞろぞろと。
「…もしかして、増援ですか」
「もしかしなくても、だね。ちゃんと通信機回収したの?」
僕はポケットからそれらしき物体を出してアキラに見せる。
間合いに入ったときに男が何かを取り出そうとしていたので、ついでに取ったものだ。
「…してません」
「じゃああれ、アキラがやってね」
「お手伝いとか」
「こいつから聞くこと聞いたら、加勢してあげるから」
さっさと行け、という意思を込めて手を払う。
ため息を吐いてアキラが向かうのを見ながら、下の男に釘をさす。
「さて、イロイロ聞かせてよ。
……通信機の使い方とか、ね」