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英雄達の会合

「ゲームの、楽な世界の中で生きたい。」


 誰しも、こんな考えをすることがあるだろう。

 現実から視線を背二次元のけるため、可愛い女の子と一緒になるため。理由としてはなにか多種多様なものがあるだろう。

少なくとも昔の俺はそんなどうしようもない希望的な考えを持っていた。


 VRなど、技術工学が発達した今の世の中では、そのための技術は格段に向上したといえるだろう。

 しかし、まだ足りない。多様な面において、「ゲームの世界で生きる」というものを目標とするならば、現在の技術では不可能といえるだろう。


 ゲームの世界、というものに、幾千もの人間が憧憬を抱き、それへと近付こうと努力してきた。

 夢は夢のままがいいというが、どうやら人間とはやたらと夢を現実にしたがる生き物で、どうにかして実現しようとする。

 それは飽くなき探求心という素晴らしいものなのだろうか、いいや、きっと愚かなのだろう。




 プレイヤーズギルド、プレイヤー達が様々なクエストを受けたり、敵対モンスターの情報を他プレイヤーと共有する最もプレイヤーに利用されている施設。


 ガヤガヤと多種多様な声が交わり続ける大きな広間。亜人に獣人、妖精など幅広い種族が一堂に会する集会場、ギルドはいつになく喧騒に包まれていた。

 それもそのはず、この世界、hero`s worldの中でもトップのプレイヤー達が、そこに集まっていたのだから。


 巨大な搭状の石レンガ造りの建物の中、ある一つの洋風のテーブル席がその喧騒の中心となっていた。


「急に集まるって言ったって・・・もっとましなところはなかったの?」


「このメンバー全員が知っている共通の場所っていったらここしかないんだから、しょうがないだろ。」


 円形のテーブルを、五人のプレイヤーと一つの空席が囲んでいる。

 一見、なんの共通点もない彼らだが、このゲーム世界内にいるプレイヤーになら、百人に聞いて百人が知っていると答える、そんな面々だ。

 個々のそれぞれがなんらかの偉業をなしてここに上り詰めた。

 全プレイヤーの憧憬、または圧倒的な壁の代名詞。


「大体こんな広い場所でこのメンバーで集まるのなんて俺は嫌だったんだよ。メール機能を使えばすぐだろうに。」


「クランリーダー様曰く、上位ランカーの権威を示すことで無駄な決闘申請を減らすことらしいけど・・・」


「そんなことをしたら俺らの商売も上がったりだっつーの。なぁ、バナナ野郎。」


「うるさい。そんなことはリーダー本人に言え。」


 三つ並んだ椅子に、大・中・小と順序よく並んだ三人組が軽快に話す。話の中心となっている中の人間、背中に大剣を携えた青年。

 一番オーソドックスといわれ、ゲーム内での数も最も多い通常種の人間。そして最も種族として優れないものに分類される存在である。


「っと、噂をすれば、だ。」


 沈黙を貫いていた、薄く濁った青の長髪を生やした大男が声を放つ。一言一言が重く感じられる、威厳を浴びた言葉である。


「おーい遅れてんぞーエダマメさんよー。」


 口を堅く結ぶほかのメンバーをよそに、人を掻き分けて中心のテーブル席へと向かってくる青年に対し、先ほどまでずっと調子よく話していが、打って変わって青年が悪態をつき始める。

 大勢のギャラリーの声にかき消されるその声は、テーブル席の周りにだけ重く響いて、周囲の声を一瞬にして黙らせる。


 訪れる静寂は、険悪な雰囲気の訪れを知らせるようで、残りの多少の喧騒も、曇天の中消えゆく青空のように消えてゆく。


現実リアルの方がうまくいかないからってこっちでやつあたりしてるの?今の君らみじめに見えてるよ。」

 

 ずっと押し黙っていた小柄な魔女ウィッチの少女が、まるで下の人間を皮肉るかのように口を開く。


「はっぁ?うっせぇなクソガキが。先輩への言葉遣いは考えろよ。」


「先輩って、もうランキングは私の方が上位じゃないですか、ねっ、6位のシルヴァさん?」


「ちっ!くそがきが。」

 

 そういってシルヴァと呼ばれた彼は「ケッ」と唾を吐きながら、肩まである木製の背中掛けに全体重を任せる。


「みんな!私のために喧嘩しないで。」


 誰よりも遅く来たはずの、エダマメと呼ばれる彼はそう高い裏声で言い放って椅子へと座る。

 そのふざけた態度に彼を擁護していた魔女の少女も、あきれた様子でため息をつく。


「調子に乗ってるリーダーさんよぉ、そろそろ世代交代の時が近づいてきたんじゃないかぁ?」


「いやぁ・・・それはないんじゃないかな。これからもずっと。」


「あぁ!?なんならいまここでやるか!?」

 

 煽るシルヴァに対し、へらへらと薄ら笑いを浮かべながら返答するエダマメ。そんな様子に煽ったはずの彼は逆上する形でエダマメに噛みつく。

 当のエダマメ本人はというと、既に視線はシルヴァへと向けておらず、その隣に座っている大男へと移っていた。


「やぁモミさん。久しぶりですね。調子はどうですか?」

 

 エダマメはにんまりと至福に満ちたような表情を浮かべて紅と言われる青い髪を生やした彼は、その筋骨隆々とした肉体をわずかに揺らす。


「・・・生憎だが、皮肉を受け付けてない。」


 荘厳な、他の雑多な音とは隔離されたような声で、きっぱりと一言だけ返す。

 彼の薄い眼から覗かせる鋭い眼光は、静かな怒りを封じ込めるように濁りきっている。


「ふぅん。じゃあシンゴ君は?」


 たいして面白い反応を示さない紅に対し、一瞬だけ口角を吊り上げて、またすぐに戻す。

 シルヴァを挟んで紅の向かい側に座っている、魔女の少女よりも少しだけ背の高い少年。声を掛けられると同時にパッとエダマメの方に視線を移す。


「あっはい、大丈夫です。」

 

 まったくもってなにが大丈夫なのかわからないが、慌ただしく目を泳がせながら返答するシンゴ。

 肩まで伸びた金髪に、ぱっちりと開いた眼の中に宿る金色は、いわずとも美少年と言われるような風貌である。


「シンゴのリーダーを前にするとコミュ障になるのは相変わらずだよね。」


「うるさいよ、リサ。」


 リサと呼ばれる魔女の少女は、クスクス小さい口を手で押さえながらと小悪魔的な笑みを浮かべる。


「まぁみんな元気そうでなによりだよ。それにしてもこのギルドには華が足りないよね。」


「うっせぇよ。で、今日はなんの用でこんなかったりぃ招集をしたんだ?」


 肩を持ち上げやれやれというジェスチャーをしながらゆっくりと椅子に座るエダマメに対し、急かすようにシルヴァが話しかける。


「そんなに急く必要はないでしょー。せっかくの機会だしゆっくりと話そうよ。」


 エダマメは呆れるようにシルヴァを一瞥した後、机を囲うメンバー全員を見渡すように話す。


 そんな様子を見て、シルヴァはいかにもわざとらしく「ケッ」と悪態をつき口を開く。


「こんなうっせぇギャラリーに囲われたところでゆっくり話すなんて不可能だろうが。」


「んー、まぁ、それもそうだねぇ。」

 

 エダマメはぼさぼさになった短髪を掻きながら周囲を見渡し、残念そうに声を出す。

 彼の話し方は、好青年という見た目に反して、どちらかというと幼い話し方である。


「じゃあ、さっそくだけど本題に入ろうか。ほんとはもっとゆったりしていきたいけど、どこかのだれかさんが急いでるみたいだから。」

 

 そう言い放ちわざとらしくシルヴァに視線を向ける。彼なりの皮肉だろうが、シルヴァの機嫌は既に悪かったので意味を成さない。

 当のシルヴァは、機嫌を損ねていたこともあってか、これまでにないほどに不機嫌を表情に表していた。


「さてと、みんなをここに集めた理由だけどさぁ」


 そう言い放ってエダマメはわざとらしく間を空ける。彼の意図的な行動であるが、意図せず周囲の人間に苛立ちを与えている。


「実は、みんなご存じのランキング一位のキリサキさんが、なんと、僕らのクランを外部から解体させようとしてるって情報が入ったんだよねぇ。」


「「「「「は?」」」」」


 一瞬、ほんの一瞬だけ、個性もまったく違い、普段は気が合わない彼らの声と考えが一致する。


「まってまって、そんなことあるはずないじゃない。あのキリサキくんが・・・」


「いーや、あのスコアだけ求める執心なプレイスタイルだと、あり得ると思うぜ。」

 

 シルヴァとリサが、我先にと自分の意見を主張する。


 この世界には、いわゆる派閥のようなものがあり、それは一般にクランと呼ばれている。所属することでの恩恵は様々だが、高難度クエストの攻略を大人数で簡易化することが主である。

 そして、クランの解体とは。名の通り、クランのメンバーをバラバラにして、一人ひとりが個としてのプレイを強要させられる。

 目的は多々ある。ただの酔狂、一人になったプレイヤーを狩り、自分の経験値の糧とする。


 しかしクランの解体など、どんなクランでも数回、いや何回も体験することであり、たいして珍しいことではない。

 そのことを知っているギャラリー達は、なんだなんだと一気に解散していき、残ったのは数人のプレイヤーと集まったトッププレイヤーだけとなった。


「なんだ、だいぶ現金なやつらばっかりだったんだな。」


「いやぁ、彼ら、大多数は野次馬魂で集まっただけだろうしねぇ。予測はできてたことだよ。」


 シルヴァとエダマメは困ったように話す。

 確かに静かになったのはいいことだが、彼らにとって、ギャラリーがどんな目的をもってここへと来ていたかは存外大事なものである。


「話を戻すが、まずそんな情報はどこから入ってきたんだ。」


 シルヴァの隣に、堂々と威厳と風格を帯びたアトラス族の紅が、絞られた筋肉をまとっている手を挙げながら発言する。


「それがねぇ、残念ながらよく分からないんだよね。クランの掲示板に匿名で記入されてたことで。でも身内からの報告なら無視というわけにもいかないんだよねぇ。」


「そんなことがあるはずがない。クラン単位で仕掛けてくるのはよくあるが、まずキリサキはクランに入ってなかったはずだ。ましてや単体で仕掛けてくるなんて愚の骨頂。」


 ゆっくりと、説得力のある力強い口調で話す紅。その眼はしっかりと眼前の青年を射抜いていた。


「確かにそうだね。でも、君たちも知ってるだろ?彼の『偉業』を。」

 

 彼の言葉に、その場のだれもが押し黙る。キリサキの『偉業』という言葉、力の象徴として扱われるその言葉は、一種のパワーワードとして扱われている。


「なにか新しいクエストがある度に、誰よりも早く攻略し、スコアを競うものでは常にトップの座を維持し続ける。」


 饒舌にエダマメは話を続ける。


「そんな彼だったら、あり得ないことも、ないんじゃないかな。ってのが僕の見解。どう?」


 確かにエダマメの意見は的を射ていた。キリサキの実力が段違いだということを、誰よりもここにいるメンバーがよく知っているからだ。

 彼らは幾度となく沸いた。彼の伝説的な勇姿に。それは同胞を応援するようなものではなく、ただ一つの英雄を一つの観客としてのもので。


「それに」


 念を入れるように、ゆっくりと話が再開される。


「彼は僕らに、まだあの事の恨みを持っているのかもしれない。」


 エダマメがそう言うと、横着な態度で話を聞いていたシルヴァの眉がぴくりと歪む。


「そんなこと、今更だろ。どんだけ昔のことだと思ってんだよ。」


 シルヴァは口調と表情に不機嫌を滲ませて言葉を吐く。強い語調の割に、悪意が感じられない、むしろ謝意が感じられるような言い方である。


「どれぐらい時間がたったかなんて関係なくて、事前に対策しなければならないんですよね?」


 シンゴが覇気がない言葉でぼそぼそと言う。覇気がないという点でいえば、紅とは正反対と言えるような話し方である。


「そうだね。どうにか、対策しなきゃいけない。でもそのどうにかが、浮かばないんだ。」


 圧倒的で観測ができない力を前にして、何か抵抗する術を見つけろと言われても、ただ黙りこくるしかない。そのような状態にエダマメは陥っていた。


「そこでみんなの意見を聞きたいんだけど、どうかな?」


「そんなん、解体されてもまた建て直せばいいじゃねーか。ペナルティは少しいてぇけどよ。」


「馬鹿だね。20日間ログイン不可のペナルティがどれだけマイナスになると思ってんの?特に紅さんみたいに、リアルの生計をここで立ててる人がこのクランにどれだけいると思ってるのさ。」


 リサが席を立って、シルヴァの方を向きながら力説すると、流石のシルヴァも気圧されたように口を閉じる。


 確かに的を射ている指摘であった。所属しているクランが外部から解体されると、複数のペナルティが発生する。

 リサが指摘した通り、エダマメが率いる総勢500名と少しの人数が所属するこのクランには、国内とトップという肩書もあって、相当な実力者が厳選され集まっている。

 実力者が多いとなれば、それだけ稼いでいるプレイヤーも多くなり、それに依存しているプレイヤーも多々いる。

 そんな人たちがペナルティによりログインできなくなるとどうなるか?それはこの場の誰もが知っていることである。


「まぁ、概ねはそんなとこだね。で、なんかアイデアはある?キリサキさんをどうにかできるような。」


「どうにかキリサキと話し合いの場を設けることはできないのか?私はできるだけ平和的解決を望みたいのだが。」


 そう紅が言うと、うねり声を上げながら頭をひねっていたエダマメが顔をぴくりと揺らす。


「できるものならしたいけれど・・・キリサキさんって、孤高の一匹狼って感じで、コンタクトが取れる人がいないんだよね。」


 そうエダマメが返答すると、再び6人の間に静寂が訪れる。

 この周りの空間だけ、まるで別の世界のように、ギルドの慌ただしい空間から隔離されているようである。


「まて。」


 その静寂の空間の中で、急に手を上げて声を上げる男がいた。


「俺はあいつとコンタクト取れるぜ。」


 シルヴァが、いかにも自信満々という顔で公言する。高らかに上げられた声が誰もがぴくりと肩を揺らす。


「ちょっと前に色々あってな、一応フレンドにはなってたんだぜ。」


「へぇ。意外なコンビね。相容れない二人みたいな感じなのに。」


 鼻を高くして自慢話のように話すシルヴァに、リサが一言だけ言い加える。

 確かに、だれもがキリサキとコンタクトが取れない中で、その中でも最も関連のなさそうなシルヴァがキリサキとコンタクトをとっていた。

 なんの関係があってかは、だれも追及するつもりはないが、一匹狼のキリサキとソロプレイを好むシルヴァに何の接点があるのかはだれにも想像はつかない。


「ほんとちゃっかりに優秀だよね君は。おかげで突破口が見えたよ。」


 エダマメがそう言うと、机を囲う面々は一斉に席を立つ。それにつられたように、残っていた野次馬に近いギャラリー達も去ってゆく。

 がたがたと不規則的な音を立たせながらそれぞれが個々の方向へと歩き出す。


「はははっ。みんなも薄情っていうかなんというか。」


「リーダー様、僕もこの後用があるので、お疲れ様です。」


 エダマメが一人悲しく自嘲するように笑うと、一人だけ謙虚に残ったシンゴが申し訳なさそうに声を発する。


「いやーいい子だねシンゴ君は。うちのクランのトップ陣の唯一の良心だよ。」


「い、いえ、失礼します。」


 にこにこと純真な笑みを浮かべるエダマメを見つつ、シンゴはその場を後にする。


「これで、いいのかな?」


 全員が去ったことをしっかりと確認したのち、エダマメは立ち上がり背伸びをする。

 耳を隠すぼさぼさの青い髪をゴムで纏めて、唯一、まだエダマメの後ろに残っていた人物の方を向く。


「こんなややこしいやり方しなくてもいいと思うけどねぇ。」


「いいから、お前は黙って従ってればいい。」


「はいはい。」


 身にくすんだクリーム色のぶかぶかのローブとフードを纏ったその人物は、暴力的な口調でエダマメに返答する。

 それに対してエダマメは、依然として余裕を持った態度を崩さずにその場を去る。


「・・・事情が変わった、お前を連れ去らせてもらう。」


「は」


 エダマメが手をひらひらと振りながら男の隣を過ぎ去ろうとすると、耳元でぼそりと、男が小さく呟く。

 エダマメがそれに反応した時には時すでに遅し、エダマメの意識はなんらかの方法により一瞬にして奪われた。

 

「我が主に栄光を。」


 全身をローブで隠した大柄の男は、そう言い残して方に担いだ青年とともに、その場から消えていった。

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