表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/4

英雄の世界

 静かな闘技場で、ある決闘を行っていた。 天高く見上げることのできる円形の砂の闘技場を囲むようにして造られた石造りの観客席には、これでもかというほどに人間が詰まっている。


 一対一の勝負。互いに命を奪うために振る剣が交わるたびに、キ、キンと高い金属音が静寂な空気を走っていく。


 力いっぱい振り上げた腕を、振り下げる。眼前の牛頭の人型の獣が両断されて、その頭上にあるバーの表示が無くなると同時に、獣はカラフルな結晶となって消えていく。


 それを確認するかのように訪れる一瞬の静寂。そして、その後すぐ耳を裂くような歓声で、唾を飲む音すら聞こえなかった闘技場が喧騒に包まれる。

 遅れてくる拍手の音も、やがては歓声や叫び声にかき消されて、なかったことかのように消える。


 喧騒に包まれた闘技場は、戦闘中よりも砂埃が激しく巻き上がっているように見える。四方八方に観客に囲まれたこの状況では、立体音響のように全方向からうるさい音が飛んでくる。


 観客席の一部。唯一この場所からつながっている出口門に、こちらに向かって手をぶんぶんと大げさに振っている女性の姿が見える。


「おーい。早く退場しないとペナルティーくらうぞー。」


 大げさに振られる手に反比例した延びた声で、俺を手招きする女性。小柄な体躯の割に腰まで長く伸びた髪が、響く歓声に呼応するかのようにゆらりゆらりと揺れている。


 手に持っていたロングソードを無気力に手放す。それとほど同時に落としたロングソードは鋼色の結晶となってぱらぱらと消える。


 数十メートル先の出口門を目指して、ゆっくりと歩く。一歩、また一歩と歩いても、一向歓声が止む気配はない。


「今日は随分と早く終わったね。タイム更新したんじゃない?」


 出口門で待っていた女性は、俺が通り過ぎる直前に小さく微笑みながら聞いてくる。


「いや、2秒ちょっと遅かった。」


 表示されたクリア時間と、今までの最速記録を照合した結果のものだ。


「あーどんまーい。」


「まぁ、それも自分の記録だしどうでもいいんだけどな。当分抜かれることもないだろうし。」


「流石、ランキング一位はレベルが違うね。」


 彼女はあきれるように笑い、門の奥へと進む俺の一歩後ろ追うようについてくる。


「これからどうするの?外ではあなたの熱烈なファンが待ちわびてるみたいだけど。応じてあげるの?」


「そんなわけないだろ。」


 ゆっくりと歩きながら返事をする。聞きなれた彼女の甲高い声は、狭い通路ではよく反響する。


「普通のプレイヤーならファンが一人いるだけで喜ぶのに、さすがの英雄様は違うねえ。」


 そういって彼女はからかうように笑う。

英雄、その言葉に間違いはないが、あまり好きな言い回しではない。その人間の価値を一つにくくりつけるような気がする。そのことは彼女にも言っておいたはずだ。


「とりあえず、今日はもう落ちる。目が疲れた。」


 そういって髪を掻く動作をする。今日ずっと戦っていたせいか、体がずっしりと重く感じる。


「おっけー。おつかれー。」


「おつ。」


 そう言い放って、目の前に表示されているログアウトボタンを押す。ちりん、と言うSEがなり視界は一気に暗転する。




 ある日、世界に革新が起きた。

それはある大手ゲーム会社が発表した、新たなゲームの媒体。眼鏡型の本体に、サイドフレーム部分からイヤホンのようなケーブルが伸びたシンプルなデザインの新商品。

その名も、VRGamer。シンプルかつ大胆なデザインは、その注目度もあり、あらゆる種類の人間から評価された。しかし、そのVRGamerの真骨頂はそれではなく、従来のVR機器に比べ、格段と性能と機能が向上したことだ。

 機器そのものがVRであるという、革新的な発想に世界は驚かされ、また、小型のものであるにも関わらず、他製品の追随を許さない処理能力に描画能力。


 数多くの面において、現代社会には実現不可能と思われていたことを、一度にしてそれらすべてを乗り越えて見せた。

 その影響はゲーム界に収まらず、その技術は各メディアによって取材が行われてきた。しかしその技術の全貌は、いまだにだれも知ることができていない。


 人はその技術を、革命、と呼んだ。表現のしようもない圧倒的なものに対する、抽象的な緩和表現であり、技術を追い求めることへの諦めである。


 しかしそのVRGamerだが、確かに革新的なものであるが、対応するソフトはたったの一つしかない。

 そのソフトの名は、hero`s world。愚直な訳をすると、英雄の世界。このタイトルにも諸説はある。開発者の適当なネーミングだとか、その世界の人間すべてが英雄だとか。しかし、真相は明らかになっていない。




 英雄。それは抽象的で、正確さを持たない形容詞。その言葉を、俺は嫌っている。自分へ向けられる、誉める言葉ではあるが、意味がこもっていない、虚空の言葉であるから。


「ってぇ...」


 ずきずきと、にじむような痛みが頭に響く。


「遅くまでインし続けたせいか。」


 そうぽつりとつぶやきながら、銀縁の眼鏡を外し、両耳に取り付けたイヤホンを取り外す。閉塞されていた穴が一気に開放されるようで、すこしだけつめたい感じがある。


 壁に掛けられた白黒の時計を見ると、針は12時をさしていた。普通の俺ぐらいの年齢のやつだと、高校に通って今は学校にいるだろうが、俺は違う。

 一旦は高校に通っていたものの、すぐに自身で生活する手段を得て即刻退学させてもらった。というのも、hero`s worldのことである。



 もともと両親がいなくて中学卒業時から一人で暮らしていたのもあるが、大きな要因としてはhero`s worldというゲームの根幹にある。

 hero`s worldは、革新的なシステムの一つとして、ゲーム内通貨と現実の通貨を共有のものとしたのだ。従来のいわゆる課金システムとは違う、もっと可逆的なもので、直接的にゲームで稼ぐことが可能となった。

 それのおかげで、わざわざ学校に行って就職する必要がなくなった。普通そんなこと考えねぇだろ、と友達なんかには激しく批判された。しかし一部のプレイヤーには仕事を棄てhero`s worldに専念するというプレイ方法があるらしく、実際珍しいものでもない。


 hero`s worldに専念したかいあってか、その世界の中でだけは『英雄』となることができた。

 幾人もの憧憬、畏怖の対象である存在。hero`s worldの中では、圧倒的な才能と積み重ねた時間の力で、発売当初からやりこんでいたプレイヤーを一気に追い抜き、hero`s worldの世界の中では一躍有名人になった人物。それが、俺だ。


 そんな英雄の俺だが、現実世界ではなにかと冴えない凡人である。才能といえるものは特にもっていないし、交友関係も少ない、というかまったくない。

世間的な目で見れば、俺は仕事もせず学校にも通っていない、いわゆるニートなわけで、中学の時まで育ててもらっていた伯母さんの視線も段々と冷たくなっている。


ゲームの中での俺は英雄。しかし、現実での俺の社会的立場は底辺。この双極の立場を持っている俺だが、今の生活には満足している。なにしろなに不自由のない人生を送れるのだから、少しのマイナスの視線なんて軽く我慢できる。



眩しい朝日が小さく開いたカーテンの隙間から流れ込んで来ている。薄暗い部屋の中に一片の光だけが細い線のように存在している。


手に持ったVRデバイスを、ベッドの横にある大型の机に置く。机の上にあるデスクトップパソコンの真っ黒なディスプレイには、髪がぼさぼさの目に深いクマを作った自分が反射している。

ずっとログインしていたせいか、目の奥がじんじんと痛む。よくあることだからもう慣れたものの、最初にこの状態になったときは焦って二度寝した。


「さて...」


 再び壁に掛けられた時計を確認すると、真っ黒な短い指針がもう一時に傾き始めている。


起きた。だが特にすることはない。学校も仕事もない俺にはするべきことはないし、したいこともそんなにない。hero`s worldで稼いでいるわけだし、実質それが仕事と言っても過言ではない。


「とりあえず...飯でも食うか。」


 そうぽつりと呟く。言葉にする意味はないのだが、まったく喋らないとなんだか気が滅入りそうになるのだ。


 薄暗いマンションの一室。孤独な風が吹く。このマンションは、都心に近いわりに環境音が少なく外観も綺麗と、伯母さんが用意してくれた部屋だ。

 実際その評判と同じように、まるで一軒家で一人で住んでいるかのように静かである。勉強に集中できる、という理由で決められたこの部屋だが、今ではゲームに集中できる部屋となっている。


 とりあえず朝食を食べるために、狭い寝室から出ようとドアノブを握る。磨かれた滑らかな感触が手に伝わってくる。

 ドアノブを引く要領で力を加える。ドアと壁を繋げる金具がギィと鈍い音を出して開かれる。


 ドアの向こうは、一般以上に殺風景なリビングと気持ち程度に調味料が並んだだけのシステムキッチンが、双極となってあるだけだ。

 机の上には、先週末に買い溜めしておいたカップヌードルが数種並んでいる。買い溜めする理由は単純で、買いに行く手間を省きhero`s worldに使える時間を増やすためだ。


 生活は極限まで単純化している。買い溜めておいたカップヌードルを作り、食べて再びhero`s worldへとログインする。朝の作業はこれだけだ。そこからは昼食までずっと起きることはない。


 真っ白な机の上に置かれたコンビニ袋の中から、カップヌードルを無作為に取り出す。今日のはシーフード味。と言っても味の違いはよく分からない。味の違いがはっきりと判るのはカレー味だけだ。

 リビングに置かれた給湯器からお湯を出す。乾燥した麺と具だけが入っているカップの中に瞬く間にお湯が溜まっていく。本当カップヌードルを発明した人は天才だと思う。


 作ったカップヌードルを、ほんの数メートル先のリビングへと運び、店員さんからおこがましく貰っておいた大量の割りばしの中の一本を取り出して開封する。

 ずるずる、と麺を食べつつ考える。今こんな生活を維持し続けていいのだろうか、と。hero`s worldのみに頼り続けて生活していくと、サービス終了時には俺の生活はどうなるのだろうか。

 こう思うと、俺はhero`s worldに命を懸けていると言っても過言ではないと思う。


 そんなどうしようもない、くだらないことを考えながら黙々と無言で食べ進めていると、いつの間にかカップの中は空っぽになっていた。

 それを確認すると、いつものようにカップヌードルと割りばしをごみ箱の中にぶち込み、寝室へと戻る。


 寝室にある、リビングの机よりも一回り大きい机の上に置いてある眼鏡型のデバイスに手を触れようとする。


 瞬間のことだった。

 まさに瞬く間もないほどの出来事。


 それに触れた瞬間、デバイスからあふれるように光が放出された。

 故障かと思い一歩後退しようとしたときにはもう遅く、足元から引き剥がせれるように、その光の中へと吸い込まれてしまった。

 その時点で意識は暗転へと進んだ。




 意識が、一転して明確になる。

 真っ黒だった視界は一気に明るくなり、薄れていた意識は一瞬にして醒める。


 足元は、不気味なほどに安定していた。なんだか埃っぽい視界に、薄暗い直線の通路。敷かれた砂の中には小粒の石が点々と混ざりこんでいる。


 俺はこの景色を知っている。何度も何度も繰り返した景色。まさに親の顔より見た景色、だ。その光景はいやにリアルで、額に脂汗が流れる。


「ログアウトメニューがない......?」

 

 この世界は、血で塗られた戦いと混沌の世界。というと大袈裟だが、戦いのために存在する世界。


 この世界の人間は、様々な目的でこの世界に存在する。娯楽の為、人望の為、ただただ金を稼ぐ為。他にもあるが、俺はどれだったのだろうか。


 ここは、hero`s world。英雄の世界だ。


このような素人作家の私の作品を最後まで読んでいただきありがとうございます。

書きたいことを書いたような文章なので、多少稚拙なものがあると思いますが、コメントにて指摘してもらうとうれしいです。

今後ともよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ