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鋭峰世界のスペクトラム  作者: 速水雪之丞
Prelude
4/6

漆黒の鍛冶師たち

 アマルガムの面々との出会いと別れから一週間が過ぎ、ヴァータは再び探索紀行へと出発していた。今度は北側に見える山の方角へと向かっている。


(この間のファーストコンタクトは失敗だったなぁ。ああいうミスコミュニケーションから戦争が始まるんだろうなぁ……)


 ……彼はとてもへこんでいた。あの時もっと上手くやれていれば今頃情報がいくらか手に入っていたかと思うと、どうしても気分が落ち込んでしまう。

 その落ち込みようは傍から見ても明らかであり、見かねたバルフが代わりに狩りへ行くほどであった。漸くいつもの探索へと向かえるようになったのも、これでもだいぶ回復してきた証左である。


「山あいだし、ドワーフでも居ないかねぇ」


 過日遭遇したウッドエルフの狩人アマリリスの姿を思い浮かべながら、この世界に居るであろう他の人族について思いを馳せるヴァータ。職人肌の山小人(ドワーフ)も居てくれれば、きっと面白いことになるだろう。


 探索を始めてから半日ほどが経ち、何匹めかの魔物を狩って腹ごしらえをしながら歩を進めていたヴァータであったが、ふと嗅ぎ慣れない臭いが微かに漂ってくるのを感じ取った。


(この身体になってから不便なことも増えたけど、気配を探るのに不自由しなくなったのは有り難いよなぁ。人間のままだったら今頃とっくに肥料になってただろうし。……にしてもこの臭いは、なんだ?)


 前世ではごく普通の会社勤めだったヴァータにとっては馴染みのないそれは、紛れもなく鍛冶工房の臭い。薪炭を燃やす臭いであり、鉄を鍛える臭いであった。更に言えば、職人達の汗の臭いでもあるわけだが、それはさておき。


(臭いの種類はよく分からんけど、少なくとも自然のものじゃないって事は分かった。取り敢えず慎重に行くとしようかね)


 前回の失敗を活かそうとすると、自然と足取りも慎重になる。普段よりもゆっくりと歩みを進めたヴァータが見たものは、


(工房……?随分と大規模だが、ここにドワーフが居るのか?)


 山裾を丸々利用して造られた、巨大な工房が聳え立つ姿だった。あちらこちらに無秩序に伸びる煙突からはもうもうと熱気が立ち上がり、中で誰かしらが熱心に作業をしていることが窺い知れる。その大規模プラントめいた光景に子供のように小躍りしたくなる気持ちを堪え、ヴァータは慎重に山裾へと近づいてゆく。


 近づくにつれ、ヴァータは周囲の様子に違和感を感じはじめた。山裾の周囲にはしっかりと整備された道があるにも関わらず、そこを往来するものが誰一人として居ないのだ。偶々居ないということも考えられないではなかったが、轍に積もった土埃の量が往来が皆無であることを物語っていた。

 工房内部へ通じるであろう大扉も固く閉ざされており、まるで来訪者を拒んでいるかのような頑なさを見るものに印象づけていた。


(どうしたものかなぁ。こっちに気付いてもらわないことにはどうしようもないしなぁ)



 暫く考えを巡らせたヴァータだったが、どうにもいい考えが思い浮かばない。結局、


『頼もーーーーう!』


 大声を張り上げて自らの存在を知らしめるという、極めてシンプルな方法へと行き着いたのであった。あとはなるようになれとばかりのヤケクソ思考で反応を待つヴァータであったが、待てど暮せど大扉の向こう側からの反応はない。十分あまりが過ぎ、そろそろ帰ろうかと考え始めたその時、


『誰じゃあ貴様ァ!ここを儂らダークドワーフが管理するミッドファング坑道と知って来とるんか!……ちゅーかフォレストウルフじゃと?いやにしては魔力量が桁違いじゃな。何者じゃ!早う答えんか!』


勢い良く扉が開き、中から現れたのはプレートメイルで武装した兵士が10名。怒声を発したのは先頭の兵士のようだ。彼はヴァータの隠す気もない魔力量のひけらかしっぷりにぽかんとしつつも、勢い込んで言葉を重ねる。


『知らぬ!たまさか通りがかっただけだからな!――我が名はヴァータ。ここより南の地にて、父バルフの下で狩猟部隊を統率しているものだ!』


 あまりにもきっぱりとした物言いに呆気にとられたのか、兵士達は困惑気味に顔を見合わせた。じゃあ何で態々声を掛けたんだ、と言わんばかりの様子である。


『バルフが誰かなんぞ知らぬ!そんで貴様は何をしに来たんじゃ!ことと次第によっちゃ叩きのめすぞ!』


 先頭の兵士の追求は続く。言葉の端々に滲む警戒心が、何か問題を抱えているのを言外に物語っていることにヴァータは気付く。


(こりゃ何か問題を抱えてるっぽいな。間が悪いというかなんというか……)


 心中では毒づきながらも、彼は脳内でこの状況を上手く利用できないだろうかと考えを巡らせ始める。


『特に何か用事があったというわけではない。さっきも言ったがたまさか通りがかっただけだからな!……欲を言えばお前達と話してみたかったという程度だが、その様子じゃあ難しそうだな』


 一先ず偶然を強調しつつの様子見に徹する。先日のようにがっつくのはあまり良策と言えないことは理解していたからこその初動だった。


『うぅむ、その言葉に嘘偽りは無かろうな?』


『無論』


 ヴァータの瞳をじっと観察していた兵士達は、やがて顔を突き合わせて会議を始める。暫くの後、戦闘の兵士が半歩踏み出し、ヴァータの顔をしっかりと正面に捉えた。


『貴様の処遇は儂らの棟梁に判断を仰ぐことに決まった!貴様は逗留を乞う……ということでええんじゃな?』


『それで構わない。……ところで、御宅の棟梁さんの名前を聞いておきたいんだけども』


『名前ェ?そんなもん聞いてどうするんじゃ。どのみち御前に出れば聞けるっちゅーに』


 兜を脱いだ髭面のダークドワーフ……ギムリはよく言えば豪放磊落、悪く言えばガサツな性分のようだ。礼儀なぞ知ったことかという態度は他の兵士たちも同様だったので、単にドワーフ族、というよりもダークドワーフ族における風習なのかもしれないが。


『上位者に対する礼儀ってものもあるだろうよ。そういうのなら分かるだろう?』


『ふーむ、お主犬ッコロの癖に妙なことを言うんじゃのう』


『犬じゃない、狼だ』


 ヴァータがムッとしたのは通じたのか、ギムリはガハハと笑いながら謝罪した。態度が態度なだけに謝っているのかも微妙な雰囲気だが、意外にも嫌味はあまり感じられない。良くも悪くも、彼の人柄ということなのだろう。


『まあええわい。――儂らの棟梁はアンドヴァリってんだ。太祖ドヴァーリンの直系の子孫でな、そりゃもう大層腕のいい鍛冶職人なんじゃ。ミッドファングだけじゃねえ、まさしく大陸一の職人よ』


 そういうギムリの表情には憧憬と嫉妬、そして彼と同じ場所で鍛冶仕事に従事できるという誇りが感じられた。ただの身内贔屓というだけではなく、アンドヴァリの腕前は実際に素晴らしいのだろう。


『随分と褒めるんだな。実際会ってみることにして正解だったよ』


『そうじゃろうそうじゃろう。棟梁と会って話してみぃ、その人柄に感服間違いなしじゃ』


 満面の笑みを浮かべるギムリと、同意するようにしきりに頷く兵士たち。余程慕われているということは、この短いやり取りの中でも十分に伝わってきた。


『さってと、先触れも行っとるから後はお主が会って話すだけってなもんじゃ。精々気張れよ、犬ッコロ!』


『失礼の無いようにやってみるさ。……あと、俺は犬じゃあない』


『狼だ、だろう?わぁっとるよ!』


 ガハハと笑うギムリの視線を背に受けながら、ヴァータは剛健な扉を潜った。その先にいるであろう棟梁を見、彼の知見を得んが為に。


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