はじめての……
なんとか二日以内に投稿できた……。このペースを堅守したいところです
私はフラン・ベルリオーズ、魔道士です。サントラン王国領内の都市、グレーブアードで冒険者をしています。最初は同郷出身でシーフとして登録していたウィリアムと組んで依頼をこなしていたのですが、偶々同道した重戦士のナッカンドラと狩人のアマリリスと意気投合してからは彼らとも組み、今では4人のパーティ、“アマルガム”として活動しています。冒険者のランクは中堅どころの銀級へと昇格したばかりですが、新進気鋭のグループとしての注目度も上昇しつつあるのではないか、なんて己惚れてみたり……。
そんな私達ですが、今回はオークの討伐依頼を受注することになりました。本来であれば銀級の冒険者が受注するには少しばかり難易度の低いものではあったのですが、何分装備を新調したてで資金面に余裕がなく、ならばいっそ慣らしと割り切って依頼を受けようと相談し合った結果、受注に至ったのです。経緯を説明した受付の方にも納得してもらえましたし、問題は無いという判断だったのでしょう。
ハクアの大森林は駆け出しからトップクラスまで、幅広いランクの冒険者が足を運ぶ場所として知られています。下はゴブリンから、上は竜種まで、幅広く生息する生態系が人気の理由なのだとか。竜種は流石にまだ手を出しようがないですけれど、いつかは……なんて。そんな話をウィリアムにしたら、「昔ッからそうだけどよ、ちゃんと足元見て歩いたほうがいいぞ」なんて言われちゃいましたけど。
オークはハクアの大森林の裾から二時間ほど進んだ辺りに沢山生息していて、同じ推奨ランクの魔物と比較して高い耐久力と物理攻撃力が特徴的です。その分魔法に対しての抵抗力が薄く、私みたいな魔法攻撃職がいれば討伐難易度は大きく下がるといわれる魔物です。今回私は出来るだけ戦闘には手を出さないように言われてしまっていますが。……三人の装備の慣らしで来てるんだから、しょうがないですよね。
そんな風に皆の強い意気込みと共に始まったオークの討伐依頼は、呆気ないと感じるほど簡単に済んでしまいました。運良く目標討伐数である5頭からなる群れを見つけた私達はタイミングを図って奇襲を仕掛け、瞬時に3匹を撃破。残った群れのリーダーは並のオークよりも強かったものの、ウィリアムとナッカンドラが引き付けているうちに残りの1匹を私の魔法で撃破する程度には余裕があり、上手く決まったコンビネーションの前には無力だったのです。
この報酬で多少懐も暖かくなると思うとなんだか心が浮き立ってしまった私はいつもより手早く――つまり皆と同じくらいの時間で解体を終えました。残った遺骸を荼毘に伏し、さあ帰ろうというまさにその時、アマリリスが突然矢を番え、茂みの方へ向けて狙いを定めたのです。森林地帯で育ったウッドエルフであるある彼女は仲間の中で最も気配を探る能力に長けていて、こうして時折誰も気付かないような敵の接近を知らせてくれるのだ。
「そこに居るのは分かっている。大人しく出てきなさい」
アマリリスの声に応じるように、茂みから現れたのは……
――――――――――
ヴァータは目の前に立つ4人の人間を油断なく観察する。軽装と重装の男――ウィリアムとナッカンドラ、あとは魔法使い風と狩人風の女――フランとアマリリス。狩人風の女は耳の形からしてエルフだろうか、他は全員人間のように見える。
それにしても彼らの話す言語だ。微量に魔力を感じるそれは明らかにヴァータの既知であるどの言語とも異なっていた。彼らの口から発せられるのが何かしらの言語であることまでは理解できるのだが、それ以上は脳が理解を拒絶しているかのように茫洋としてしまう。……しかし、ヴァータにはこの言語に関する絡繰りの手がかりを掴んでもいた。
ヴァータは生まれた時から魔力の流れをその身に感じながら育ってきた。例えばそれは父や母、仲間たちとの会話であったり、他の魔物が発する末期の言葉であったり、はたまた自分の体内を流れるオドや、森の中を循環するマナであったり。形態は多種多様だが、それらを意識して感じることと、自分の成長は不可分であった。だからこそ彼はフォレストウルフにあるまじき魔力操作の精度を獲得したのであり、それを応用して様々な動作を可能としている。この能力は大森林の中に棲む魔物たちの中でもごく一部、仲間内で長老と呼ばれるものや悪魔、若しくは高位の竜種しか持ち得ない能力であったが、そのことを彼が知る由もない。
ヴァータは先程アマリリスが発した言葉に乗った魔力を解析する。初めて見る波形ではあったが、その程度は然程の障害にもなりはしない。すぐに解析を終わらせたそれは、魔物の使う言語と同じ仕組みであった。
(なるほど、こいつはラジオの周波数みたいなものなのかな。チャンネルを合わせないと雑音にしか聞こえないが、逆にいえば調節がフレキシブルなのはいいな。でもこれ、多重聴き取りにはコツがありそうだな……)
しきりに感心しつつチャンネルを合わせると、途端に目の前の人間が小声で話し合っている声が鮮明に聴き取れるようになる。
「なにあの魔物、フォレストウルフ?」
「アマリリスに狙いつけられてるのに襲い掛かってくる様子もないし、見てくれだけ似てる別の魔物じゃないのか?」
「んー、でも見た目の特徴はフォレストウルフそのものなんだよねぇ。毛色だけが違うし、変異種なんじゃないかなぁ」
「しかし、あいつから感じるプレッシャーはさっきのオーク共とは比べ物にならんぞ。仮にフランの言が真実だとして、あれは群れの長老クラスではないのか?」
――過大評価が過ぎる。ヴァータは彼らの会話を聞くにつけ全身が痒くなって来るような感覚を覚えたが、アマリリスに狙いをつけられている以上のたうち回ることすら出来ない。暫し懊悩した彼は、
「あー。少し、いいか?」
声をかけてみることにした。いきなり話しかけらられたことに驚愕したフラン達は声の主が何処に潜んでいるのかと辺りを見回し、
「こっちだこっち。信じられんのだろうが、いい加減で俺が話しているという事実を受け止めてくれないか」
目の前に佇んでいる白狼が話しかけていることに気付いて目を見開いた。彼らの常識からすれば会話が可能な魔物は悪魔や高位の竜種に限られていて、まさか目の前の狼が話しているとは思いもしなかったのである。
「――本当に、お前が喋っているのか?」
全員の気持ちを代弁するようなウィリアムの問いかけに、ヴァータは鷹揚な頷きを以て返答とする。
「貴方は、神獣?それとも、何れかの神の御使い?」
次に口を開いたのはアマリリス。彼女の眼差しには、心なしか崇敬の念が感じられるようにヴァータは感じ、
(こいつはちょっと面倒なヤツだな)
などと、本人が聞けば怒り出しかねないことを思い浮かべる。
「ご期待に沿えなくて申し訳ないが、俺はただのフォレストウルフだよ。アンタらがいうところのな」
「どうだか。アンタはどう見ても俺たちが知っているフォレストウルフじゃない。いっそ神獣か何かだって方が納得できるさ」
「ちょ、ちょっと待ってよ。皆なんでそんな普通に魔物と会話しちゃってるの?私がおかしいの?」
その言は尤も。ヴァータとしてはとても有り難いのだが、正直な所何故こいつらは普通に俺と会話しているのだろう……というのが彼の偽らざる心中であった。あまりにも都合がよすぎるのである。
「そうは言ってもなぁ。フラン、この人……狼?まあいいや。戦って勝てると思うか?」
「……うーん、最大限甘く見積もって五分。初見でこっちが消耗してるっていう現状だとまず見込みなし、かなぁ」
「だからその過大評価をやめろ」と言いたいのを堪え、フランとウィリアムの会話を見守るヴァータ。今は少しの情報も欲しいのだ。
「だからだよ。今の俺らよりも強い相手が話し合いに応じてくれてるんだ、命乞いの糸口が見つかるかもしれないだろ?」
「なるほど。ウィリアムは賢いねぇ」
いやいや君が抜けてるだけだよ。ヴァータの心中でツッコミへの希求がむくむくと頭をもたげ始める。
「お前が抜けてるだけだっての。――んで、そちら様としては俺らをどうするおつもりで?命を差し出せっていうお願い以外なら、出来る限り受け入れたいんだけどね」
ウィリアムの目が鋭く光ったのを、ヴァータは見逃さなかった。あの目は守るものを持っている目だ。良い目をしている……年寄り臭いことを考えた自分に苦笑しながら、ウィリアムの視線に圧されぬように力を籠めなおし、しっかりと受け返す。
「別に取って食おうだとか、オークの肉を寄越せだのとみみっちいことを言うつもりはない」
その言葉に驚いたのはアマリリスだ。自分の気配感知を潜り抜けて戦闘の一部始終を観察していた。ヴァータにそう宣言されたのに等しかったからだ。
「あぁ、そこのエルフのお嬢さんの考えてる通りだよ。俺はアンタたちの戦闘を観察させてもらってた。つまり、横から刺そうと思えば何時でも刺せたって訳だ。……その上で、だが。俺はアンタたちの持つ情報が欲しい。有り体にいえば、人族達の社会についての情報だな」
「……それを知って、どうするつもりだ?」
ウィリアムの表情がいっそう険しくなる。彼の中にある得体のしれない魔物への警戒心が、さらに強まっているのだ。
「あぁ、勘違いしてくれるなよ?俺は別にアンタ達とことを構えたいって訳じゃあないんだ。俺が俺の仲間たちを守るうえで、どう立ち回るかの参考にしたいのさ」
おどけたようにヴァータは話したが、ウィリアムの信頼を勝ち取るには少し弱かったらしい。彼の表情は依然として険しいままだ。
(こいつは完全に失敗したかな。好奇心に負けてほいほい顔を出したのが拙かったか……)
重ねて言えば、相手の信用を勝ち取るための牌を持たぬまま交渉に臨んだのも拙かった。例えばもう少し姿を見せるタイミングを吟味するとか、改善点は幾らでもあった筈なのだから。
「……気が変わったら教えてくれ。俺はこの森にいるから、然るべき時には出会えるだろうさ」
結局のところ、現状ではどれだけのカードを切れるのかまで判断がつかなかったヴァータは勝負自体を降りることを決意した。彼らが唯一の人族でもあるまい、という計算もあったし、まだ経過を見るべきだという考えもあった。
「あ、あぁ。……俺達を見逃してくれるのか?アンタの提案を蹴ったってのに」
呆然としているウィリアムに牙を見せるように嗤い掛け、
「言っただろう?そんなみみっちいことをするつもりはない、とな」
ヴァータは地を蹴り、森の奥へ――自らの棲み処へと走り出した。
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