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鋭峰世界のスペクトラム  作者: 速水雪之丞
Prelude
2/6

アマルガムと白銀の親和性

冗長になりすぎていないかが心配になる今日この頃

 森林地帯を抜けた先、崖下の洞窟を取り囲むように存在する広場に築かれた巣に戻ったヴァータを待っていたのは、まだ若かったり、はたまた年老いたり怪我をしたりで狩りに出られなくなったフォレストウルフ達だった。彼らのうち特に年老いたもの、狩りに出られない程の怪我をしたものは他の群れにおいて放逐されるのが常であるが、彼は――出来うる限り――ではあるが、そういった者たちを助ける方針を採っている。これは彼が人間であった頃の感傷でしかなく、最初その方針を告げた際は反対もされたが……僅かな後ろめたさに付け込む形で押し通したのだ。結果的に若い衆の負担が増えたのは前世の社会を見ているようで乾いた笑いが出たものだが、そこはそれ。今のところは上手く回っているからいいだろう、ヴァータは能天気にそう考えていた。


『ご苦労だったな、ヴァータよ。その様子だと、狩りの首尾は上々のようだな』


 洞窟の奥からのそりと現れたのは、漆黒の毛並みを陽光で煌かせる大狼。ヴァータの父であり、この群れの長でもある。名をバルフというこのフォレストウルフは、息子が優秀と見るやすぐに狩りの知識を叩き込み、独り立ちできるところまで育てて後を任せたのだ。


『まあ、何とかなりましたよ。オークを群れごと屠れたので、暫くは食事にも困らんでしょう』


『そいつはいい報せだ。怪我をしたものは出なかったか?』


『いつも通りが通用する相手でしたからね。怪我をするとしても精々俺かクシュラ、ラトナくらいのもんです』


 二人が軽口を叩いていると、森の奥から続々とオークの死体を運ぶ仲間たちがやってきた。大量の肉に子供たちが狂喜するさまを老いた仲間や母親たちが微笑ましげに見守っている様は平和そのもので、ヴァータは自分が穏やかな心もちになっていくのを感じる。


『獲物の分配は父上に任せます。俺は……』


『ああ、言わんでもいいさ。周辺の地理を確認する……だったか?何でそんなことをするのかは知らんが、義務を果たしたんなら後の時間は自由に使っていいという約束だからな』


 鷹揚に尻尾を振ったバルフに頭を下げ、ヴァータは地面を蹴った。昨日までは南の方角を攻めてきたし、今度は西側にでも行ってみようかな、そんなことを考えながら。


――――――――――――


 ヴァータは、前世の記憶というものを持っている。その記憶によれば自分は嘗て人間であり、両親と歳の離れた妹を事故によって亡くし、その心の傷から立ち直るまでを献身的に支えてくれた妻をも病気で亡くした……そういう過去を持っていたらしい。

 そんな自分が何故転生などという大それた事象に巻き込まれることになったかと聞かれれば、彼自身にはとんと見当がつかないのだ。そういうことに縁のあることをしていた訳では当然ないし、何しろ前世は唯のホテルマンに過ぎなかったのだ。格闘技の達人であるとか、何かの分野に精通していた訳でもない自分が何故……。考えれば考える程に首をひねってしまう。毎回考えても詮なきこととは思うのだが、どうしても気になってしまう。

 更に言えば、ありがちな特殊能力を得られなかったことも不思議といえば不思議だった。彼は前世で転生なり転移なりを題材にした作品を幾つか読んだことがあり、そういった作品に於いては転生者、ないし転移者は大なり小なりの特殊能力を得ていたからだ。大抵が反則じみたものだったからして、下駄を履かせてもらうこと事態があまり好ましくないと考えていたヴァータだったが、全くの音沙汰なしというのも気味が悪い。ならば所謂内政面でのブーストかといえば、そんなものはフォレストウルフである自分にとって何の意味も持たない、文字通り宝の持ち腐れに過ぎないのであった。


(チートはあまり好きでもないから別に構いやしないけど、なんだか釈然としな勝ったんだよなぁ。今はそれなりにやれてるから良いんだけどさ)


 何故転生してしまったのか……その理由についてはともかく、ヴァータの行動指針は明確に定まっている。前世と同じ過ちを繰り返さないことだ。それはあるいは死に別れた家族に対する償いの気持ちに端を発したものだったかもしれないが、だとしてもそれは無意識化でのことだったし、今のヴァータにとってはその出所はどうでもよかった。ただそこに強固な意志がある。前世ではついぞ持ち得なかったそれを今の自分が持っているということだけでも、たまらなく気分が高揚するのだ。

 そんな彼が目下の所気にしているのが、自分たちが住む場所の周辺がどのような情勢か、という点だ。ここがファンタジックな世界であるということは転生してすぐに検討をつけていたヴァータであった(なにしろ産まれてすぐにバルフから魔力を介して話しかけられたのだから当然だ。前世では動物が喋るなどということはありえなかった)が、そうなると気がかりなのは人族が存在するか否か、というところになる。テンプレ的な世界であれば、彼ら人族は概ね魔物の敵対者であり、ヴァータ達の生命を脅かす存在となりうるからだ。


(上手く冒険者なり村人なりに出会えれば、少なくとも存在の証明は出来るんだが……)


 ヴァータが周辺の探索を始めたのは自分が産まれてから3度目の春が来てから。今が秋口に差し掛かったところなので、もうかれこれ半年以上は周辺を駆けまわっているのだが、一向に人族の姿を捉えることが出来ずにいた。彼らの領域が森の最奥に近い場所にあるというのも原因の一つなのだが、それにしても……というところである。


(もう少し遠出をしてみるかな。食うものは現地調達すればいいし、本拠地は心配することもないだろう)


 あちらにはクシュラやラトナ、更にバルフも居る。自分の力が必要になることはまあないだろう。ヴァータはそう考え、更に速度を増した。本気を出したフォレストウルフの脚力は尋常でなく、森林地帯という足場の悪いエリアにおいては追いつけるものが無い程である。名前に違わず風そのものとなったかのようなヴァータであったが、不意に脚を鈍らせた。嗅ぎ慣れない、一種独特な臭いを感じ取ったからだ。


(血と鉄……か何かの臭いに、魔力の痕跡もあるな。オークと何かが戦っているのか?)


 血の臭いは、つい先ごろ嗅いだオークのそれと似ている。ヴァータは自分の気配を限りなく薄めながら、それでも抗い難い好奇心に唆されたように歩を進めてゆく。


――――――――――――


 オークの振るう大斧が空を切る。寸分違わず首を狙った軌道を逸らされたことに怒気を吐く魔物を前に、彼らは油断なく立ち塞がった。


「このオーク、中々に手強い……!」


「長ということはないだろうが、兵隊長クラスはあるかもしれんな。油断せずにいこう」


 前衛に立つ重武装の男と、軽装の盗賊のような男が短く言葉を交わす。その間もじりじりとした牽制を挟むことは忘れていないようで、オークは焦れたように二人を睨み付ける。


「ッせい!」


 均衡を破ったのは、軽装の男だった。半歩踏み出した重装の男へオークの意識が向いた隙を突き、瞬時に懐へと潜り込んだのだ。そのまま二刀一対の短剣を素早く振るい、オークの左腋下へと突き立てた。肉と筋を断ち切る独特な感触が男の手に伝わるのとほぼ同時に短剣を引き抜き、素早く距離を取った。一撃離脱が彼の得意とする戦法なのだろう。

 全身を脂肪と筋肉の鎧で覆ったオークは物理的な攻撃力への耐性が高く、更に強い自己再生能力も相俟って戦士職が正面から殴り合うには分が悪いとされる魔物だ。だが全身隙が無いという訳ではなく、特に関節の裏側は比較的攻撃が通りやすい箇所、弱点として知られている。弱点を衝かれたオークは左腕を庇うように右手で大斧を振るい、それに圧されたように前衛二人も距離を取った。その直後、樹上から二本の矢が音もなく放たれた。矢はオークの両の目に吸い込まれるように突き立ち、鏃に塗られていた麻痺毒を流し込む。堪らず悲鳴を上げたオークだったが、今度は


火炎弾(ファイヤーボール)!」


 後衛に立っていた黒ローブの少女が唱えた魔法が発動した。魔力によって生み出された火炎弾は狙い違わずオークの顔面に直撃し、激しく燃え上がる。辺りには場違いな肉の焼ける匂いが漂い始めた。

 完全な不意打ちによるショックと痛みにのたうち回るオークに対し、素早く軽装の男が駆け寄る。そして首筋を一閃し、息の根を止めた。何度も繰り返した動作だったのだろう、その動きに淀みはなく、太刀筋にも狂いはなかった。


「ふう、取り敢えずこれで依頼は達成だね。さっさと素材回収して帰ろうか」


「そうだな。――しっかし、オークの肉ってのはどうにも慣れねえな。美味いってのは聞くんだけどよ、この不細工な見てくれが目に焼き付いちまって、素直に食えたもんじゃねえんだよなぁ」


 軽装の男の軽口に、ローブの少女がくすりと笑う。重装の男はそんな二人には目もくれずに剥ぎ取りを続けていた。更に背後の樹上から狩人のような引き締まった体躯の少女も飛び降り、剥ぎ取りに加わる。


「おっと、これ以上無駄してたら帰るのが遅れちまう。さっさとやっちまおうや」


「そうね。さっさとやっちまいましょ」


 二人はくつくつと笑い合い、銘々が地面に転がったオークの元へと向かっていった。


――――――――――――


 数分の沈黙を挟み、目的の部位を集め終わった彼らはオークの遺骸を荼毘に伏した後に立ち上がった。血の臭いで他の魔物が呼び寄せられることを嫌っての儀式であったが、それを行うこと自体に彼らの精神的な余裕が見えるような、そういった所作であった。


「それじゃ、帰りましょうかね。保存の魔法を掛けたとはいえ、安心は出来ねぇしな」


「そうだな。出来れば今日中に復路の半分はこなしておきたい」


 何処となしに弛緩した空気の中で、各々が荷物を担いで立ち上がった。目指す拠点への道のりはまだ遠く、少しばかり気持ちが逸っているのだろう。そんな空気に、狩人の少女が水を指した。切れ長の碧眼を目前の茂みへと向けた彼女は矢を番え、


「そこに居るのは分かっている。大人しく出てきなさい」


 鋭い口調で誰何する。ヴァータは彼女が何かを言ったことまでは分かったが、肝心の内容が分からない。ただ気配を少し漏らした瞬間に殺気を向けられたことから恐らく警告の類であろうとあたり(・・・)をつけ、大人しく茂みの中から出ることにした。

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