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鋭峰世界のスペクトラム  作者: 速水雪之丞
Prelude
1/6

R.I.P.~眠りと目覚め~

何分久方ぶりなもので不手際等あるかと思いますが、生暖かい感想等頂ければ幸いでございます。どうぞよしなに

 一体どこで選択を誤ったのか。粘液のように気怠く引き伸ばされた意識の中で、彼は考える。25年という然程長くもない人生の何処で、死に至るほどの致命的な選択ミスを犯したのだろうかと。

 様々な考えが消えかけのネオンサインのように薄く灯っては消えてゆく。そんなことを幾度か繰り返し……


『結局、巡り合わせが悪かっただけなのだろうな』


 諦観にも似た、役体もない結論に辿り着く。親と喧嘩別れをし、結局死に目にも会えなかった自分のような人間にはお似合いの末路だろう。おまけに妻の病気にも気付かず、総てが遅きに失したような男の最期としては至極妥当じゃないか。そんな囁きすら聞こえてくるようだ。

 一条の光すらも差し込まぬ深く、昏い水底へ沈んでゆくような錯覚すら覚える浮遊感が全身を包む。何処まで沈もうと途切れることもない意識に僅かばかりの違和感と恐怖心を彼が抱いたその瞬間、


『――………………の魂が、よもやここまでの………………とはな。これに気付かぬとは、……………の節穴なのか?……………………………我らにとっても僥倖……』


『これは我らが………………………輝き。ともすればこれは邪なる…………………する橋頭堡となりうるやも……』


『であれば、…………?何れにせよ………………………奴等は取り戻そう……………』


『我らが…………………世界に………を待つというのはどうだ?あそこであれば………………あろうよ』


『ふむ、…………………あるだろうが、それでも我ら…………………は叶う……とすれば、やらぬ手はないな』


 茫洋として捉えどころのない、ノイズにも似た声が二つ。それはさながら彼の魂に直接響き渡るかのように、しかし周波数のズレたラジオのように内容は判然としない。


『――では、……………に就くがよい、………持つ魂よ。今再び見えるときは、…………………を願おう』


 最後までノイズが走ったままの声。彼の意識はそれが途切れるのを待っていたかのように、急速に浮上を始めた。


―――――


 最初に知覚したのは、匂いであった。顔を撫でる風は若草の様に青々しい匂いを以て鼻孔を擽り、身を横たえる大地からは、どこか懐かしさすら覚える湿り気を帯びた土の匂いが漂う。過ぎし日の思い出を蘇らせるようなそれに包まれた彼は、自らが置かれた状況の異常さ――先程まで自分が街中で死に瀕していたにも関わらず、急に豊かな自然を感じさせる場所で横たわっているというその事実――を忘れ、思わず伸びをしようとする。が、何故か体が上手く動かない。はてと首を傾げようとするが、脳と体の接続がまるきり出鱈目になってしまったかのように、そんな単純な動作すらも儘ならない。まるで、自分が別の何かに生まれ変わってしまったかのような、そんな不安定さをすら感じる。


(妙な感覚だな。身体が軽いのに、こんなにも動かすのが難しいなんて……)


 未だ霧の中にいるような視界の悪さも、彼に不安を抱かせる。先ほどからぼやけた視界の隅に、ちらちらと黒い大きな影が映り込んでいるのだ。それが未だに近づいてこないことが、不気味でしょうがないのだ。


 奇妙に長い時間――実際にはものの数分といったところだが――が経過し、漸く開けてきた彼の視野が捉えたのは、


 満足げな唸り声をあげながら自分の匂いを嗅ぐ、熊程の大きさはあろうかという二匹の黒い狼であった。


―――――


『兄者、何を考えているのだ?』


 隣で身を低くしているクシュラから魔物にしか通じない魔力経路を通じて話しかけられたことで現実に引き戻されたヴァータは、『何でもないさ』と素っ気なく返事をする。その間、視線は獲物を追うことを忘れない。今まで行ってきた数々の狩りで培われた経験がそうさせるのだ。


『ヴァータ様のことです、また私達には及びもつかないようなことをお考えだったのでしょう』


 背後から声を掛けてくるのは、彼の妹分であるラトナ。彼女の何処か馬鹿にしたような口調に顔を顰めたヴァータは、『昔のことを思い出していただけだ』と絞り出すように呻き、思考を切り替える。

 彼らが身を潜めているのは、広葉樹が鬱蒼と生い茂る森の中。人族達が“ハクアの大森林”と呼びならわしている地域だ。大陸中央に広大な範囲で広がるこの大森林は、魔王と呼ばれる者たちの共同声明により、誰も領有権を主張し得ない聖域と化している。森の裾は近隣の村々が日々の糧を得る為に整備をしているが、少し奥に進めばそこは魔物や魔獣が跳梁跋扈する巷となる。そういう場所だ。ヴァータ達が居る場所は後者であり、つまり彼らは捕食し、捕食される関係性の中で生きているということに他ならない。

 ヴァータ達は、人族達からフォレストウルフと呼ばれる魔物だ。2~30匹程度で一つの群れを形成し、一所に住居を定めて狩猟を行う魔物として知られている。

 そして彼らが狙う獲物達も、また同じ。名を豚鬼族(オーク)という魔物の一団である。彼らは大体30匹程で形成される略奪部族(プランダートライブ)を形成し、一定の箇所に留まらず狩猟生活を行う魔物だ。


『奴らは俺達の領域を侵した。先ずは警告をし、それでも退去しないというのであれば……』


『いつものように噛み千切る……そうだな?兄者』


 喜色を浮かべるクシュラを制し、ヴァータがゆらりと動く。白銀の毛並みに木漏れ日が反射する様は、さながら風の精霊のようであった。


『止まれ、そこのオーク共。貴様らは我らの領域を侵犯している。そのまま引き返すのであれば何もせんが、そうでないのであれば……』


 突然眼前に現れた白狼に、戸惑いを見せるオーク達。だが、ヴァータの他にフォレストウルフが出てこないとみるや、彼らは居丈高な態度を露わにする。目の前に立つヴァータが然程強そうに見えないのも、増長を後押ししていた。

 確かに、ヴァータは一般的な成体のフォレストウルフに比べて体躯も小さく、体つきもスマートだ。だが、その見てくれだけが全てを決する訳ではないのがこの世界に住む生き物である。


『貴様ノヨウニ貧弱ナ犬ッコロに我ラヲ止メラレルモノカ!大人シク尻尾ヲ巻イテ失セロ!』


 集団の長と思しきオークの言葉に追従するように、戦士階級のみならず女子供までが嘲笑を浮かべ、聞き苦しい笑い声を発する。


『話にならんな。――それだけ偉そうにしているんだ。死ぬ覚悟はできているな?』


『ホザケ!オ前達、コノ生意気ナ犬ッコロを始末スルゾ!』


 長の声に戦士階級が各々の武器を抜いた瞬間、ヴァータは全身に活性化した魔力(マナ)を漲らせる。急激に存在感を増した目の前のフォレストウルフにオーク達が警戒心を強めるよりも早く、


「ワオオオオオオオン!」


 大気をビリビリと振動させる大咆哮が、ヴァータの口から放たれる。魔力を乗せた咆哮は抵抗に失敗したオークの体を魔術的に拘束し、硬直させる。抵抗に成功したオークは僅か3匹、長とその傍仕えのように左右に侍る個体だけだ。その傍仕えも、


『これで終いだ!』


 左右から疾風の如く飛び出したクシュラとラトナの牙が、熱い脂肪と筋肉に覆われた喉笛に食らいつく。鉄製のナイフよりも遥かに鋭く、食らいつけば力尽きるまで離すことはないとまで言われるフォレストウルフの一撃によって、オークの首と胴体は呆気なく泣き別れになる。二匹のオークが喉笛を噛み千切られた勢いのままに地面に倒れる。それを合図とするように、残ったオーク達を取り囲むように伏せていた他のフォレストウルフ達が茂みから姿を現した。

 長は何故気付かなかったのかと周囲を見回すが、元々フォレストウルフの隠密能力はオーク如きに感知できるレベルにはない。その力量を見誤ったこと自体が、彼らの敗因だった。

 ヴァータは目論み通りに狩りが進んだことに内心で安堵の息を吐いた。彼の作戦は非常に単純。“油断を誘って生意気な横っ面を引っ叩き、然る後に頭を潰す”これだけである。本来作戦とも呼べないようなそれが上手くいったのは相手の油断を誘えたからに他ならないのだが、それは彼にとって最早どうでもいい話であった。


(それじゃあ、さっさと終わらせようか)


 ヴァータは射貫くような視線をオークの長に向けると、体内を巡る魔力の質を変化させる。より攻撃的になった魔力は身体から溢れ、バチバチと蒼白い電光を発し始めた。


『貴様らには悪いが、将来の禍根は断つ必要がある。分かるな?』


『手ヲ出シタコトハ謝罪スル!ダカラ、セメテ若者達ダケデモ――』


 長の懇願は、目の前で弾けた紫電によって掻き消される。ヴァータは呆れたように溜息をひとつ零し、更に魔力を強く巡らせた。


『生き延びる機会を蹴ったのは貴様だろう?当然こうなることを分かったうえで蹴っているんだから、死ぬことも織り込み済みって思ったがな。……まあいずれにせよ、我らの領域に土足で踏み入った対価は贖ってもらう。貴様ら全員の命でな』


 そして長や他のオーク達の返事を聞くこともなく、巡らせた魔力を解き放つ。暴力的なまでの紫電の奔流はオークだけを的確に射貫き、焼き焦がしていった。そして轟音と豚のような悲鳴が過ぎ去った後に残されたのは、オーク達の亡骸だけ。それを一瞥することもなく背を向けたヴァータは、


『そいつらの死体を巣まで運んでおけ!これだけあれば、暫くは食うものにも困らんだろうさ!』


 部下に下知をくだし、自らは一足先に巣穴へ向けて駆けだした。


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