第71回活動報告:森を抜ける
森を抜ける
活動報告者:宇野空響 覚得之高校二年生 自然散策部 部長
陸竜の足跡を追って半日。
まだ日は高いけど、こういう森の中では日が傾いてから準備をしていては真っ暗になってしまうので、そろそろ休む場所を決めなければいけないかなーと思っていたら、ようやく森が途切れたようだ。
そこが森の外周なのか、それともただの広場なのかは分からないけど、僕たちにとってはちょうどいい場所だ。
どちらにしろ、そろそろテントを張らないといけない。
僕たちの仕事の進行具合は予定より進んでいるといっていい。
だが、全体状況は思ったよりもよくない。
森を静かに移動するはずの陸竜がこれだけ移動跡を残しているのだから、なにやら人為的な臭いがプンプンするのだ。
ラナさんの顔を険しくなって、足跡を追っているのが何よりの証拠だろう。
僕たちの休みも終わるって言うのに、最後の仕事でこんなトラブルがでてくるとはね。
……まあ、先生と話してどうするかを決めないとね。
他国の介入とかも異世界調査において、世情調査って感じで必要だろうから、こういうトラブルにも顔を突っ込むことになるんだろうなー。
そんなことを考えていると、先に森が途切れた場所についた越郁君から声が上がる。
「おー、草原だー」
「みたいですね。ここは森の外周です」
どうやら、僕たちは森の外周にたどり着いたらしい。
勇也君と顔を見合わせて、僕たちも早足で越郁君たちに追いかけ森を抜けると、目の前には草原が広がっていた。
「風が気持ちいいね」
「そうですね。今まで森の中でしたから」
草原を駆け抜けてきた風が木々に遮られることなく、僕たちの体に当たる。
森の中を歩いて暑くなっていた僕たちを冷やしてくれるのが気持ちいい。
と、そんなことをしている場合じゃなかった。
今は陸竜の足跡をさがしているんだった。
「ラナさん。足跡はどうですか?」
「こっちです」
僕がそう聞いた時にはすでにラナさんは僕たちから離れたところにいて、草の高さに隠れ、声だけ聞こえていた。
とりあえず、声の聞こえたほうへ行ってみると……。
「これは……」
僕たちの目の前には、草原の草が倒れて二本の線が草原の向こうまで続いているものだった。
「……車輪の後?」
「そうだと思います」
越郁君が首を傾げていう言葉に、ラナさんがはっきりと答える。
僕たちにとってはただの獣道と言われて分からない程度だが、ラナさんから見ればしっかりとした車輪のあとらしい。
「二本の線の真ん中の草はところどころ擦れています。これは、上に何か物が当たって擦れたのでしょう。それが見たところ、ずっと続いている。そうなると……」
「馬車みたいなものが通ったあと、ということですか?」
「はい。しかもこの幅を見るにかなり大きい荷馬車になります。なぜ、大きな荷馬車かといえば……例えば、大きなものを運んだからとかですね」
「ラナさん的には、陸竜を運んできたってことかな?」
越郁君のストレートな質問に頷くラナさん。
「……馬糞も確認できましたし、多くの馬の足跡も確認できました。そして、この車輪の跡には陸竜の足跡は存在しません」
「ほぼ確定ってわけか……」
越郁君は、いや僕たちは、ラナさんの言葉から、誰かが意図的にこの森に陸竜を放ったということが理解出来てしまった。
「これからどうしますか?」
しかし、呆然とするわけにはいかないので、とりあえずこれからの方針をラナさんに聞くことにする。
「……そうですね。とりあえずは、この場にわかりやすい目印を作りましょう。この場を見失うわけにはいきませんから」
そう言われて、僕たちはまず足跡や車輪跡がある辺りを中心にして、森の木を切り倒して、杭のように打ち込んでいった。
そして、森の木は足跡の辺りから切り出してきたので、森の中へ続く足跡はわかりやすくなっている。
この作業は早急に行われて、日が傾きかけて夕暮れになる前には終わり、その後は移動するような時間はなかったので、テントを建てて休むことになった。
幸い、草原の魔物と出くわすこともなく、安全にテントを建てられて、僕たちはのんびりと、晩御飯を用意してたき火を囲んでいた。
「で、目印は作ったけど、明日からはどうするの?」
越郁君は晩御飯を食べながらラナさんに明日の予定を聞く。
「そうですね……。欲を言えば森の外周を回っているナラリー様たちと合流したいです。見つかったモノを私たちだけが見たというのはあれですし、ナラリー様たちのチームからも意見が欲しいです」
「だけど、ナラリーたちって今頃どこにいるんだろうねー」
確かに越郁君の言うように、ナラリーさんたちが今どこにいるのかもわからない。
下手をすれば通り過ぎているという可能性もある。
まあ、森の中をまっすぐ突っ切ってきて、森の真ん中あたりから、僕たちが入ってきた村の位置を12時として、約4時方向に直線的に出てきたのだから、外周組が通り過ぎたとは思わないけど。
「おそらくはまだこちらに来てはいません。外周チームは私たちと合流する可能性もあると話しているので、その時に、通り過ぎた目印に外周の木々に一定間隔ごとに傷をつけると話しています」
「あー、そう言えば。そういうこともあったね。となると、明日はその傷を探すって感じかな?」
「はい。そうなります。その傷が見つかるか見つからないかで、またとるべき行動がかわってきます」
「追うか、待つかって感じかー」
「はい。具体的にはそのどっちかになります。まあ、恐らくこの場で待つことになると思います。目印を作るときに、外周の木を確認しましたが、傷らしいものはありませんでしたから」
確かに、木にあからさまな人工的な傷があったのは見ていない。
僕たちが見つけられていないという可能性もあるだろうが、僕たちは陸竜の足跡を追ってここまで来たのだし、そういうのを見落とすとは思えない。
つまり、明日はここで足跡の詳しい捜索をしつつ、外周を歩いているであろうナラリーさんたちを待たないといけないわけだ。
いや、下手をすると数日この場で待機になるのかな?
……今聞くと後悔しそうだから、明日来ると思っておこう。
そんな風に食事をしながら、明日の予定を話し合ったあとは、昨日と同じように2人1チーム交代で夜の見張りをして、夜を過ごすことになった。
「コイク様とユーヤ様はもう休まれたようですね」
「昨日は夜の見張りで寝不足のようでしたから、早めに休んだんでしょう」
「なるほど確かに」
昨日の勇也君はともかく、越郁君は昨日色々話をしててなかなか眠れなかったみたいだしね。
色々厄介なことがこっちで起こるかもしれないし、それに学校も始まるからね。
まあ、休み明けの心境と考えればそうなのかもしれないけど。
まだまだ、時間はあるからねー。
と、それだけじゃないか。
この調査中も、実は先生のところに行って報告中だ。
つまり、実はまだ寝ていない。
先生と、これからのリーフロングの活動について色々話していることだろう。
だって、他国かどうかは分からないけど、陸竜の人為的な輸送というのが濃厚になってきたからだ。
こうなると、学業の間にリーフロングを中心に活動するのであれば、下手をすると陸竜を放った連中とぶつかる可能性が出てきたわけだ。
それはキツイ様な気がする。
夏休みの間であれば、まだマシなんだろうけどね。
まだ、初めての中間テストも越えていないとなれば、不安に思うのも仕方ないか。
そんなことを考えながら、夜空を眺める。
本日は晴れていて、夜空が綺麗だ。そして草原の真ん中。
日本からみる夜空とは大違い。天然のプラネタリウムというやつだね。
色々不便ではあるけど、魔術とか、スキルとか、こうした自然はいいよね。
良くも悪くもってやつなんだろう。
家の中、日本にいただけじゃわからないものがあるって言うのがよくわかる。
「……あの、夜空を眺めているようですが、何か意味でも?」
どうやら、僕が夜空をぼーっと眺めているのが気になったようだ。
「ああ、いえ。こうして落ち着いて夜空を眺めることはなかなかなくて。ほら、周りに明かりもないですから、綺麗に夜空が見えるんですよ」
「はぁ、綺麗に見えるですか……」
ラナさんはあまり僕が言っていることがよくわかっていないようだが、とりあえず同じように夜空を見上げる。
まあ、ラナさんがわかるわけがない。
日本のような夜にでも大光量があふれているところにいたことはないだろうから。
リーフロングの町でも、夜に空をみればこの景色は見られる。
「あはは、僕の所は森の中ですからね。草原の中での風景というのもあるかもしれません。ほら、こう、夜空と草原の境が綺麗でしょう? 星が草原から生まれてくるみたいで」
「ああ、そういわれると。町では壁しか見えませんからね。確かに、草原から星が生まれてくるように見えます。不思議ですね」
とっさにテキトーなこと言ったけど、なぜかラナさんが乗ってきてくれた。
……くさいというか、僕が呼んでいた小説の一節なんだけど、まあ納得してくれたのならよしとしよう。
そこで気が付いた。夜空だって、立派な歴史が存在する。
「そういえば、僕たちの所では星と星繋げて何かの生物や物に見立ててたりしたのを、星座と言ったりするんですよ。他には星に名前を付けたりですね。こちらにはそういう風習などはあるんでしょうか?」
「えーと、あったりはしますが、私の知っていることはとりあえず、あの赤い星だけですね」
「赤い星?」
ラナさんの指差す方向を探してみると、確かに赤く輝く星があった。
星の色が赤や青に見えるのは大気と角度の影響だっけ?
と、そこはいい。今はあの星にまつわる話だ。
「ああ、見つけました。あの星にはどういうお話が?」
「特に大した話ではないですが、あの赤い星が見える時は稀で幸運が訪れるとか。冒険者や旅をする人たちにとっては安全に道中を進めるというそういう話ですね」
「なるほど」
日本でいうお地蔵様などの道祖神のような感じかな。
こういう文明では赤い星とかは凶兆とか言われているかと思ったらそうでもないようだ。
たしか、オーロラを見た大昔の地球の人はかなり慌てたようすだけど、こっちでは不吉の兆しとかはないのだろうか?
「あの、幸運の星を見たところで聞きにくいんですが……」
「何でしょうか?」
「そういえば、逆にこれは不幸の兆しとか言われることはありますか? 星じゃなくてもいいので。そういえば聞いたことがなかったんですよ。知らずに周りが不幸だと思うことをやってしまっては問題なので」
「ああ、なるほど。国が違えば文化も違って当然ですからね」
ラナさんはそう納得して、色々知っている不幸な兆しなどの話を聞きながら、夜を過ごしていく。
内容については特に気になる話はなかった。
茶柱が立つとか、下駄を投げるとか、そういった話ばかりだった。
最後に、日中に太陽が隠れて暗くなるというのがあったが、僕たちからすれば日食なので特に気にすることはないと思ていたのだが……。
「このお昼なの暗くなる日。暗日以降、魔物が活性化するという話があって、暗日の跡はなるべく魔物退治は控える冒険者は多いですね」
「なるほど」
どうやら、魔物が活性化するなどと言われているようだ。
関連性はよく分からないけど、無視することはできない。
日食を合図に巣を変えるような、特異な魔物がいてもおかしくはないからね。
「まあ、暗日というのは、場所によりますが、10年に一度ぐらいはどこかで見られていますし、自然の摂理だとわかっていますけどね」
「天文学も進んでいるんですね」
確かに、日食というのは、地球上で最低1年に二回起こると言われているから、10年も同じ地域にいれば、一度ぐらいは観測されるだろう。
それを冒険者ギルドのラナさんが知っているということは、それなりに天文学が進んでいるあかしだ。
どこかに専門で調べているところがあるのだろう。
「私は聞きかじっただけですけどね。でも……」
「でも?」
「今日は赤い星をみつけられましたから、私たちが見つけた馬車の跡は幸運につながると思っていいんじゃないでしょうか」
「確かに、見つけられずにいるよりは、見つけたのほうがいいですからね」
「ええ」
僕がそう同意すると、ラナさんが笑いながら頷いてくれる。
ああ、僕たちは不幸そうな顔でもしていたのかな?
うーん。ラナさんに気を遣われちゃったのかもしれない。
あとで、これはみんなに言って注意しておかないとな。
それに、ラナさんの言うように、痕跡を見つけられたのは不幸より、幸運だろう。
これで、リーフロングは唐突に何かが起こって慌てるのではなく、対処できるのだから。
そう思いなおして、僕とラナさんは再び夜空を眺めながら交代の時間までのんびりしていくのであった。




