第69回活動報告:森の中を調べよう
森の中を調べよう
活動報告者:海川越郁 覚得之高校一年生 自然散策部 部員
さあ、昨日の夜は学校生活のことで少し憂鬱になったけど、今更そんなことを気にしたって仕方がない。
なるようになるさ。
休みというわけでもないけど、私にとってはご褒美の異世界冒険譚はあと20日弱しかないのだ。
五月病とか夏休みとかを引きずるとか考えず、楽しまないとね!!
幸い、宿題などという物はないからね!!
まあ、五月末の中間テストはアレだけど……。
「いやいや。仕事中だし、しっかりしないと」
そう。すでに私たちはスィリナ、サラ、ナラリーたちと別れて、先に森の中の探索へと乗り出してきているのだ。
いつ、モンスターが出てくるかも変わらないんだから、勉強とか学校のことはほっとこう!!
「どうかしましたかコイク様?」
私は頭を振って嫌なことを忘れようとしていると、ラナさんが心配そうに声を掛けてきた。
いきなり頭を振り始めたらそりゃ心配するよね。
「いや、ちょっと蜘蛛の巣があったみたいで、あはは……」
流石に学校行きたくないとかは言えない。
というか、一緒にいるゆーやとせんぱいは察しているのか、半目で見たり、苦笑いしている。
「そうですか。蜘蛛とか虫はいるようですね」
とっさに、嘘をついたつもりだったが、ラナさんは僕の嘘に興味を示してきた。
「あ、そういえば、虫はいるね」
蜘蛛のことは嘘だけど、足元を見ればアリみたいなのがうろうろしているのが見て取れる。
私の言葉につられて、ゆーやとせんぱいも足元にいる虫を確認して、何か気が付いたようで、。
「そうえいば、陸竜と会った時は虫いましたっけ?」
「うーん。どうだろう? 動物とかはいなかったけど、あんまり意識していなかったな。ラナさん、虫の様子で森の異変がわかるってことはあるんですか?」
ああ、なんか変なことが起こると虫が大移動するとかは聞いたことあるな。
この世界にもそういう話はあるのかな?
「どうでしょうか。大きな魔物がいれば、他の動物や魔物が移動するのは聞いたことがありますが、虫となると……」
流石にこの世界では虫のことはあまり調べていないらしい。
まあ、ファーブルさんとかみたいな昆虫好きがいても、魔物が多くて調べられないよね。
そう考えると、魔物って結構人の文明を進めるのには障害なんだなーって思う。
だけど、魔物も魔物で生きてるんだから難しい話だよね。
でも、襲ってくるなら潰すけどね。
「そうですか。何かヒントになればと思いましたが、そう簡単にいきませんね」
「ですが、今回は皆様が一緒なので、私としてはずいぶん気が楽な仕事ですよ」
「あはは、それは僕たちのセリフですよ。知識豊富なラナさんが一緒だから僕たちは護衛に専念できますから」
「そうそう。私たちじゃ、森の中を歩いて警戒するぐらいしかできないからね。調査とかも魔物のことを知らないからさっぱりだし」
「では、お互い気を抜きすぎない程度に頑張りましょう」
「「「はい」」」
ラナさんにそう言われて、みんなで森の奥に進んでいく。
ま、実際な話、ラナさんがいないと、森の中で素材になりそうなもの、つまり冒険者ギルドの仕事になりそうなことなんてさっぱりだしね。
ラナさんに頑張ってもらって、村の人が困らないようになればと思う。
私たちにできるのは、やっかいな魔物でもでれば代わりに戦うぐらいかな?
でも、ラナさんならそのぐらい簡単に倒せそうな気がするんだけどなー。
そんなことを思いながらラナさんの顔を見つめていると、気が付いたようすで……。
「何か?」
「いいや、ラナさんなら、一人でも行けたんじゃないかーって」
「流石に、一人で何でもはできませんね。それに私は今ギルド職員ですから、私やギルド長が出しゃばっても、冒険者の仕事を奪うだけです」
「だよねー」
あくまでも、ラナさんたちは仕事をあっせんする人達であって、仕事をする人ではない。
まあ、いざという事態になればやるだろうが、率先して冒険者たちの仕事を奪うようなことはしないよね。
「あ、でも、そうなるといざという事態は動くんですよね?」
「はい。今回のように、仕事の場所となりうるのかとか、ご領主様の支援要請があればですね。元々、リーフロングは不帰の森という、かなり難易度の高い場所がありますので、冒険者ギルドの職員もそれなりの腕前の人も多々います。いないと、冒険者ギルドが説明できませんからね」
「じゃ、やっぱりギルド長は強いんだよね」
「ええ。ああ見えて、かなりの腕前ですよ。だからこそ、あのギルドの長を務めているのです」
あのモッサおじいちゃんは、なんか違和感があったんだけど、なるほど。
やっぱり色々腕が立つんだ。
そう思って、何に違和感があったのかがわかった。
「あー、おじいちゃんらしい動きがぎこちなかった気がするんだ」
「そうだな。そういえば、無理に杖を持っている感じがしたな」
「だね。足腰はしっかりしているのに、無理に杖を突いているかんじがしたよ」
「ええ。その通りです。若い冒険者が図に乗りやすいような演技をして、度が過ぎる冒険者にはキツイ灸をすえるんですけど、まあ、そういうのはほとんどありませんね。その前に私や他の職員、サラ様やドーザ様がいさめますから。ギルド長がでるのは、よほどの大物の時ぐらいですね」
「大物って言うと……どういうの?」
「最近では、マンナ様ですね」
「「「あー」」」
納得。
あれは、大物というか、ラスボス越えた裏ボスだ。
「不帰の森から、ドラゴンを数匹引きずってきた時は、ギルド長も顔が引きつっていましたが」
「そりゃー」
ドラゴンを連れてきたとは聞いてたけど、数匹を引きずってきたんですか……。
「まあ、ギルド長だけではなく、ガーナン辺境伯様にゼイル様も同じでしたけど。いや、というか、リーフロングの住人全員でしたね。私も含めて」
「それは……」
「大変な……」
「ご迷惑をおかけしました」
3人で深々と頭を下げる。
さぞ、大騒ぎだったことだろうね。
だから、みんな私たちに遠慮というか、しっかり礼儀を払っていたわけだと改めて実感した。
よくよく考えれば、ちょっとやそっとのことで、ふらりと現れた若い3人組に領主様とかが相手をするわけないもんね。
そういう意味では、里中せんせいの方法は正しかったんだろうけど。
「いえ。ああいうやり方が正しかったと理解しています。いくら口で言われても信じられないものというのはよくありますし、マンナ様はそれを見越していたのでしょう」
「そういってもらえると助かります」
ゆーやがそういってほっとしているけど、いざ許さないとか言われてもどうしようもないけどね。
というか、反抗しようもないんだろうけど。
いやー、物理的な力ってすごいね。あはは……。
そんな雑談を交えながら、ラナさんと共に森の奥へと進んでいくと……。
ガサガサ……。
前方の方から茂みが揺れる音が響く。
「「「……」」」
全員声を出すほど間抜けではなく、顔を見合わせて頷く。
僕もレーダーの魔術を展開して辺りを確認すると、前方だけではなく、距離はあるが辺りに反応がある。
なんでまた、せんぱいは気が付いていないのかな?
そう思って顔を見ると、ウィンクしているところから、どうやら気が付いているようだ。
ラナさんの手前、隠しているんだろうな。
前回の陸竜の時は、体がでかく、森の中を思ったより早く進むうえ、せんぱいはトイレ中というのが重なっていたので発見が遅れたのだ。
前回の村の調査でも、レーダーは使っても反応はなかったのに……。
ま、とにかくやることは一つ。
静かに音がした方へと近づく。
反応からして……、恐らく……。
「ガウッ、ガブ」
「ガブガブ」
ゴブリンだ。
二匹いて、なにやら木に生っている果物を取ろうとしているらしい。
とりあえず、確認したので距離をあけたあと、ラナさんと話し合う。
「ゴブリンですが、魔物がいましたね」
「戻ってきたってことでしょうか?」
「どうでしょうか? 草原にいたのが入ってきたというのも考えられます。とりあえず、魔物がいたという証拠で狩っていきましょう。ゴブリン2匹程度で他の魔物を見なくなるなら、偶然入ってきたということですし、この先の調査にも邪魔なだけです」
「「「了解」」」
そのあと、ゴブリンは私たちに一瞬で倒されて、遺体を確認することになった。
しかし、別に強くもないから、この程度は狩人さんでも普通に倒せるだろう。
こりゃ、ツーチたちがあっけなさげにするわけだよ。
そんなことを考えていると、ゴブリンの遺体を確認していたラナさんが口を開く。
「……とくに不審な点はありませんね。木の枝を利用した、こん棒の簡素な装備。一番弱いタイプのゴブリンですね」
「ゴブリンの強い弱いの見分け方ってあるんですか?」
「簡単にいうと、持っている武器が判断基準ですね」
「武器?」
「はい。ゴブリンの一番弱いとされるのは、こういうこん棒を持っているタイプです。つぎは石を削ってナイフにしたものや、槍にしたもの、さらには鉄製の武器とかですね。ゴブリンの中ではより強いゴブリンがいい武器を持つと予想されています。それに、鉄製の武器となると……」
「人を襲って奪い取ったとかですか?」
「はい。事故死した遺体から剥ぎ取った可能性もありますが、冒険者としては、倒したという方向性を念頭にやるべきでしょう。まあ、武器以外にも格上のゴブリンナイトやキングなどがいて、体格が人並みになっているのでわかりやすいですね」
「へー。で、このゴブリンは弱いってことはわかったけど、森との関係はさっぱり?」
私はラナさんのゴブリンの生態系説明に関心しつつ、このゴブリンは森と関係があるのかを聞いてみる。
「流石に森との関係は今の所わかりませんが、コイク様たちや村長様たちのお話によれば、魔物や動物は一切見かけなかったという話ですし、森は落ち着いたという見方ができるかもしれません」
「なるほどー」
確かに、前回森に入った時は全く魔物や動物は見なかったから、陸竜みたいな脅威はいなくなったのかもしれない。
「とはいえ、まだまだ調べ始めたばかりですし、元より、この森を調べるのは村の依頼のほかに、陸竜がどこから来たのかを調べるのが主な目的ですから」
そうだった。
森の中の調査は基本的に二の次というか、次善策というやつで、私たちの目的はあの陸竜がどこから来たのかというのを調べるのが目的だった。
リーフロングとしても厄介なことという認識だった。
そこで会議のことを思い出して、思い切って聞いてみることにする。
「というか、正直な話、他国の介入って線を疑っているんでしょう?」
「……はい。疑っています。知っているかと思いますがリーフロングを境に他国と接しているので、何かどこかの国が動いたという可能性を考慮しないわけにはいきません。何しろ、元々、陸竜なんて魔物が確認されなかったこの森にそんなのが突如現れたんですから。自然に来たと判断できた方がマシですね」
「やっぱり、他国との情勢はよくないんですか?」
せんぱいが心配そうに話を伺う。
私たちもいずれ、この国を出て色々見て回ろうという予定もあるんだし、心配というか仕事上死活問題だよね。
いちおう、私たちは異世界管理局の職員、現地調査員だから、日本を守る必要がある。
戦争なんかに巻き込まれたら面倒なことにしかならないよ。
「今のところは、リーフロングが面している国々は友好的ではあります。なにせ、厄介な森がありますからね」
「ああ、不帰の森?」
「その通りです。あそこの森の魔物の強さは並ではありません。ですので、そこから魔物があふれ出した場合、自国でなくとも、その恐怖は並大抵ではありません。隣の国で不帰の森の魔物が暴れているとなれば、次は我が身と思うはずです。だからこそ、この不帰の森に面している町は国は違えど協力しているのです」
「でも、今回は他国の介入があったと考えている?」
「別に、私たちのお隣が何かをしたと限定しなくてもいいんです」
どういうことだろう? と首をラナさんの言い回しに首を傾げていると、せんぱいが納得した様子で頷く。
「なるほど。他の国がこの国の後方を乱そうという類の話ですか?」
「まあ、どれも可能性でしかありませんけどね。それをはっきりさせるための調査ですから」
そんな、不穏な話を聞きつつも、私たちは私たちがのんびり異世界調査ができるように、森の奥深くへと入って行くのであった。




