第51回活動報告:出発準備色々
出発準備色々
活動報告者:宇野空響 覚得之高校二年生 自然散策部 部長
さて、都合よく……はないかな。
思ったよりも長期の仕事になりそうだ。
「仕事は3日後だな。コイクたちはお店が休むことも言わなくてはいけないしな。それまでに各自準備しておこう。ラナさんその予定でお願いします」
「はい。3日後ご出発ですね。一応当日顔をだしてください」
「わかりました」
スィリナさんのいうとおり、僕たちは3日後出発することとなったが、一週間もお店を閉めておくのは大丈夫かな?
そんなことを考えてしまう。
まだ開店したばかりだからね、いきなり長期休むというのはあれだ。
今更ながら色々不安が出てきた。
「さて、私は3日後からの準備で色々買い出しにでも行ってこようかと思うが、コイクたちは何かいるものはあるか? 店のことで忙しいだろう? 代わりに買って気やるぞ」
「おー。スィリナやさしー。じゃ、ついでに私の分もお願い」
「アノンは自分で買いにいけ」
「そう? スィリナが買ってもいいんじゃない? 無駄に荷物が増えるんだし」
「あー。よし、お前の荷物は私とナーヤが全部準備してやろう」
「あ、なしなし!! 遠慮しまーす。私ってば、乙女だし、色々準備がいるんだよー。じゃねー」
アノンはそういってぴゅーっと走り去っていった。
うーん。本当にアノンさんはノリがね。あれで優秀な冒険者って言うのはなかなか信じられないよね。
「まったく。まあ、今すぐに何がいるかと言われても分からないだろうから、家にある物を確認してそれから頼んでくれ」
「いいんですか?」
「ああ、世話になってるからな」
スィリナさんは流石リーダーなだけあって、こういう所はしっかりしていて、頼りがいがある。
「このぐらいお安い御用よ。あ、どうしてもっていうなら、今日の晩御飯も美味しいのがいいかな?」
「はい。わかりました」
そして、ナーヤさんは強かだ。
僕の勇也君にさりげなく晩御飯の催促をしている。
まあ、総じてバランスがいいんだろうと思う。
バランスが悪ければ、ここまで冒険者をやれるわけがないのだから。
そんな感じで僕たちはスィリナさんたちと一旦分かれて、家に戻るって相談を始める。
「では、1週間遠征のための準備を始めたいと思います!!」
「いや、村についてから1週間だから、移動に3日かかるんだろう? 片道3日だから合計6日、つまり13日は最低いるわけだ」
「おー、そういえばそうだ。となると約2週間分? あれ? 思ったよりも長い?」
「そうだよ。意外にこの仕事は長い。でも、冒険の準備といってもそこまで慌てることもないよ。すでにアイテムボックスには色々あるからね」
1年ほど遭難して極端なところでも生きていけるぐらいの物資はある。
「まあ、スィリナさんたちが戻ってきたときに、一般的な遠征道具を見せてもらうのもいいと思うよ」
「ああ、そうですね。僕たちが使う道具は一応見た目はそれっぽくしてありますけど、あくまでもそれっぽくですし、案外違うかもしれないですね」
「ああー。そっかー。なら、道具一式見せてもらって、同じモノ買う?」
「それがいいかもしれないね。あとは、魔術は目立つみたいだし、ここの武器やでもよってそれなりの武器を買った方がいいかもしれない。ナイフ一本にしても地球の物と、こっちのものでは雲泥の差だからね」
こっちはステンレスとかないだろうし。金属の出所を聞かれると色々面倒になりかねないからね。
「よーし、なら当初から目的の色々な武器を買おう作戦だね」
「あー、なんかそんなこと言ってたな」
「話を聞いた時はどうかと思ったけど、案外いいかもしれないね。武器を見ればどういう、相手をする傾向にあるのかとかもわかるだろうし。と、そこはいいとして……」
いけないな。そこは後でいいんだ。
まずは2週間近く休む件についてだ。
「これから2週間近く休むことになるんだけど、大丈夫かな?」
「え? 告知するんでしょう?」
「越郁。そっちじゃない。お店を開けない期間でお客さんがいなくなるとかそっちの心配ですよね?」
「うん。勇也君の言う通りだよ。なにせ開けたばっかりだからね」
「あー、そういうことかー。……私としては問題ないと思うんだけどな」
「なぜだい?」
「だってさ。こういうお店は仕入れで開けることもあるでしょう? まあ、パン屋はないだろうけどさ。うちのパン屋はもともとジャムパンが主流なんだし、ジャムの材料探しって感じで納得してくれると思うけどな。砂糖とかも簡単に入手できるもんでもないし」
「なるほど」
越郁君の言う事も一理ある。
私の考えは、日本での商売に当てはめてだ。
だけど、こっちは物資の補給がままならない異世界だ。
商品が常に充実しているというのは珍しい。
この前、露店やお店を見て回ったが、一面商品が並べられているということはなかった。
露店はまあ仕方がないとして、店舗を構えている店ですら、陳列棚に空きがあるのが普通だった。
つまり、日本のお店では御法度に近い品切れ、欠品という失態がこの世界では当たり前なのだ。
「まあ、心配ならゼイルさんに聞いてみればいいんじゃないの? パンの方は作り置きでもして、ゼイルさんに委託販売でもしてもらえばいいんだし」
「その手があったね」
「委託販売か。越郁はよく気が付いたな」
「ふふふ、同人を捌くために友人がよくやってる手だからね」
なんとなく、修羅の道のような気がするから詳しくはきかないでおこう。
と、そこはいいとしてゼイルさんに色々話を聞いてみるのはいいかもしれない。
作り置きして、いない間の販売を任せるというのもありだ。
「時間もないことだし、さっそく行ってみよう」
「おー」
「わかりました」
ということで、商業ギルドの方に赴いて、事情を話してみると……。
「几帳面なだなヒビキ殿。いや惜しいな。それで本格的な商人であれば大儲けで来ただろうに。まあ、いい思いはさせてもらっているから、コイク殿の意見もいい案だ。流石に、あのジャムパンが二週間近くも手に入らなくなるのは私だっていやだからな。その委託の話は受けよう」
こんな感じであっさり了承してくれた。
パンの引き渡しは明日ということと、流石に僕たちの店舗で販売をするのは手間なので、商業ギルドで販売をする旨をお客さんに伝えるように頼まれた。
で、その帰り道に越郁君があることに気が付いた。
「ちょとまって、そうなると、向こう2週間分のパンを焼かないといけないってことだよね?」
「「……」」
越郁君の言う通りだ。僕は店が閉まることばかりを考えていて、開けている間の商品などのことは考えていなかった。
話を通した以上は、今更なかったことにすれば信頼はがた落ちだし、引き返せない。やるしかないのだ。
「とりあえず。何個必要なのか試算してみるから、勇也君と越郁君は生地の準備をお願い。僕が試算する間に、試算以上の生地が作れるわけがないからね」
「わかりました」
「おーけー。……重労働だ。って、あ。ゆーやは晩御飯つくらないと。約束してたでしょう」
「あ、そうか」
ぬぐっ、思ったよりも戦力が削れる。
だが、やるしかない。やるしかないんだよ。
そういう事情で、私たちはある意味、この世界で初めて切羽詰まった状態になった。
だけど、幸い事情をしったスィリナさんたちが戻ってきてから、パン作りの手伝いをしてくれたおかげで、何とか間に合いそうだ。
まあ、それでも明日一杯までパン作りに追われるだろう。
そして、その次の日に出発か。色々辛いな。
……今後は考えなしの発言はやめておこう。いや、考えたつもりだったんだけど、考えが足りなかった。まだまだ僕は学生気分が抜けないんだろうな。
社会人の大変さが身に染みた事件だった。
いや、終わってないけどね。
「ふひゃー。スィリナたちがいなければ眠らないでやるところだったよね」
そういって越郁君はソファーに寝そべる。
越郁君の言う通り、スィリナさんたちの手助けがなければ寝る余裕もなかっただろう。
如何に、個人が優れていようと、所詮は個人ということだ。
大事なのは人との繋がり。
「明日の晩御飯も奮発しないとな」
「そうだねー。あれだけ手伝わせてるんだから、せめてね」
「うん。本当に感謝だね。と、そこはいいとして、今からツーチたちの件を聞かないとね」
「あ、それが残ってたか」
そう、ここからが問題だ。
一か月後に合わせて訓練を頼んだに、予定変更みたいな話だ。
こちらから頼んでおいてだから、先生には申し訳ない。
「とりあえず、僕が今回のことは伝えてみるよ」
「あ、せんぱいお願いしまーす」
「よろしくお願いします」
2人は残って休憩が終わり次第、パンの仕込みの準備だ。
僕が残って手伝うより効率がいいからね。適材適所というやつだ。
ということで、僕は不帰の森の家に戻ってきたんだけど……。
「うぐっ……」
「……いぎっ」
「あう……」
そこは地獄だった。
転移場所が家の前で、訓練場の広場が見える位置だったのが不幸というか……。
いや、結局はせんせいを探しに顔を出すだろうから、この場面は見ることになっただろう。
結局、私の我儘なんだろう。人の傷つく場面に慣れていないと駄目なのにね。
そんなことを考えていると、地面に倒れているツーチたちに先生がのんびりと話しかける。
「そのまま寝ていても死ぬだけですよ。さあ、立ち上がりましょう」
軽い調子で先生は言っているが、3人の手の向きから察するに、折れている。
あれで立ち上がるのはかなりキツイ。
腕しか折れていないなら、立ち上がれるじゃないかと私も思っていたが、それは本当に死ぬ気でやらないと動けない。
ぽっきり折れていると、さほど痛みはないのだが、ひびが入っていると、なぜか少し動かすだけですごい痛いのだ。
だから、立ち上がる衝撃でもものすごい激痛が走るので、痛みに慣れてない人は叫ぶしかできない。
だが、ツーチたちは先生の言葉から多少時間はかかったものの立ち上がった。
「よくできました。さて、私のところまで来たら治療と行きたいところですが、今日は、あなたちのご主人に治してもらうといいでしょう」
「え?」
「あ、ヒビキ……様」
「……きてたん、ですね」
どうやら、先生には私が来たことはばれていたらしい。
「まだまだですよ。身内が傷ついたからこそ動揺してはいけません。その隙をつかれることになります」
「はい」
「よろしい。では、3人を治療した後に話を聞くとしましょう。宇野空さんの診断や回復魔術を見せてもらういい機会ですし」
しまった。タイミングを間違えたかな?
私は戦々恐々としながら、なるべく落ち着いて3人の診断と治療をした。
「どうだい? まだ痛むところはあるかい?」
「はい。折れた腕は治りました。流石ヒビキ様です」
「痛むところは全身未だに痛いですけど、やっぱりヒビキ様もすごいよな」
「すごいです。やっぱりヒビキ様もすごい魔術師様です!!」
3人は私の治療は喜んでくれたが、肝心の先生からの反応がない。
「……ふむ。腕は鈍っていないようですね。で、どうしましたか? 報告書を提出するには早い時間ですが?」
ほっ、どうやら及第点はもらえたらしい。
と、そこはいい。今は冒険者ギルドで受けた仕事の件を説明しないと……。
「……というわけで、ツーチたちも同行させたいのですけど」
私は正直、まだ骨が折れて蹲るレベルでは許可が下りないと思っていた。
だけど、答えは違っていた。
「なるほど。話はよく分かります。同行者の冒険者の方もツーチたちを連れて行くのであれば、どれほど動けるか把握したいのは当然ですね。それに、ツーチたち自信にもいい経験になるでしょう。そして、宇野空さんたちにとってもです」
「私たちにとってもですか? スィリナさんたちとの冒険がですか?」
「ええ。それもありますが、これはツーチたちを安全に守れるかということも出てきます。下手をすれば、宇野空さんたちの判断ミスでツーチたちが命を落とすかもしれません。……ひどい意見かもしれませんが、そういう経験を積むには実際やってみるしかないんです」
……なるほど。許可を出したのはツーチたちやスィリナさんたちのためだけでなく、私たちの心構えをさらに鍛えようというわけか。
「というわけで、ツーチたちはどうしますか? ついていきますか? 命を落とすかもしれません。それでも……」
「行きます!! 私たちはいつまでもヒビキ様たちに甘えているわけにはいかないんです!!」
「そうだ!! これでも元冒険者だし、そこらへんは色々サポートできるはず!!」
「あの、えっと、がんばります!!」
命の掛かった選択に、彼女たちはためらいもしなかった。
「ふむ。よろしい。では、今日の訓練はここまで、家にもどって装備などを整えるといいでしょう。あと、ツーチたちは冒険者の装備一式を自分で持つこと。それも鍛錬ですから。ああ、宇野空さんへばったら捨てて行っていいですからね」
「え?」
「そんな柔な鍛え方はしていませんので、その程度で足を引っ張るなら、いっそ殺しなさい。と言いたいですが、無理でしょうから、捨てていきなさい。いいですね? 3人とも?」
「「「はい!! 問題ありません!!」」」
どうやら、予想以上に彼女たちは地獄の特訓を受けているようだった。
これ、普通に戦闘もこなせるんじゃないかなー?




