第47回活動報告:楽はできない
楽はできない
活動報告者:海川越郁 覚得之高校一年生 自然散策部 部員
さてさて、今日は有意義な夜の時間を過ごした。
スィリナたちからの情報は今後の方針を決めるのに、とても参考になった。
彼女たちはまだまだお礼したりないといって、今度王都に行く機会が重なれば同行してもいいとまで言ってくれている。
まあ、ツーチたちもついてくるようなら、流石に厳しいだろうとも言っている。
確かに、素人2人に、元普通の冒険者が、わずか一年で一流の冒険者とか武芸者になれるわけもないからね。
というか、何年かけたところで一流になれるとも限らないからね、あの反応が普通なんだろう。
だけど、私たちは違う見解を持っている。
人は、叩き込めば何とかなるのだ。
気合いと根性とかいう話ではない。
私たちがその証拠だ。
勉強も、この世界の人から比べれば高水準だし、変な能力はあれど、基礎訓練で馬鹿みたいに鍛えた。しかも、これで日本や地球の基準ではまだまだだ。
変な能力があってようやく本職と互角にやれるかというぐらいで、しかも一度限りの意表を突く形でしか勝利を得られないだろう。
人は学習して、対応し、成長するのだ。
だから、私たちを鍛え上げてくれた里中せんせいが、ツーチたちをあの世界での一流といわれる腕前に引き上げられないわけがないと確信している。
とまあ、そうは思っていても、現実はどうなるかわからない。
だから、報告も兼ねて今日の話を里中せんせいに相談しにきたのだ。
今、家にはスィリナたちが酒をかっ食らって寝ている。
その見張りはゆーやとせんぱい。
なにかお客さんがいるので特別な感じがするが、いつもの通り交代で報告に来ただけだ。
「よっと」
転移でいつものように、家の前に到着すると、そこには……。
「ひゅー、ひゅー……」
「ぜー、ぜー……」
「はひっ、はひっ……」
そんな声を上げながら、ひーこら家の周りを走っているツーチたちがいた。
背中には行軍用の40キロバッグを背負っている。
ああ、懐かしいね。
そんなことを考えていると、里中せんせいがこちらに気が付いて近づいてきた。
「こんばんは。報告書ですか?」
「あ、はい」
どうやら、里中せんせいもツーチたちと一緒に走っていたらしく、同じように行軍用の荷物を背負っていた。多少汗はながしているけど、疲れを感じさせない足取りだ。
これで、強化系の魔術も使ってないとかルール違反のような気がするんだけどね。
これをずっとやっているんだから、継続は力なりとよくわかる。
「では受け取りますね」
「あ、それと今日は相談があるんですけど……」
「わかりました。家の方で伺いましょう。ツーチさんたちは、そのまま走っているように。何度もいいますが、速度は遅くても構いませんから、走っている体勢を崩さないように」
「「「はいっ!!」」」
返事だけはハキハキ返してくることから、さぼるようなことはなさそうだ。
正直に言って、最初のころのせんぱいよりは遥かにマシだよねー。
「知識は教育の関係上、海川さんたちよりは遅れていますが、厳しい環境で育ってきた分、根性はありますね」
私の視線を追って察したのか、せんせいがそういうが、少し引っかかることがあった。
「あれ? 根性だけですか? 体力とかは?」
「上回っているわけがないでしょう。これもよく勘違いされがちなのですが、畑仕事をしているから、現代人より体力があるというのは勘違いです」
「そうなんですか?」
「ええ。こういう中世ヨーロッパレベルの生活基準だと、毎日食べることも精いっぱいのはずです。栄養を考えてとかではなく、とにかく死なないために食べる。幸い、リーフロングの町はガーナンさんがしっかりした統治をしているのか、さほど食料に困っているようには見えませんが、やはり人の線は細いです。デブじゃなかった、横に広がっている人はそこまで見なかったでしょう?」
「ああ、そういえばそうです」
「つまり、まともに毎日しっかりした量の食事をとれている人は少ないのです。となると、それに応じて体力も決まりますので……」
「奴隷とかは特に体力がない?」
「その通りです。食事は必要最低限、環境は劣悪、これで体力が、食事、運動などなどしっかりした日本人以上なわけがありません」
言われてみればその通りだ。
「まあ、そう考える理屈もわかるんです。慣れないことをするからしばらくは筋肉痛などや不慣れで現地の人の方がすごいと思いますから」
「ああ、そういうことか」
「畑仕事をしたことない人が毎日畑仕事をしている人以上に動けるわけがないのです。と、長話になりましたね。さ、中に入りましょう」
「はい」
私とせんせいは家にはいると、リビングで話をする。
「まずは、いつもの報告書です」
「はい。お疲れ様です。で、さっそくですが相談したいこととは?」
「えーっと、報告書にも書いているんですけど、今日、他所の町から腕のいい冒険者が来まして、私たちのパン屋に来てくれたんですよ。それをきっかけで話を聞いたんですけど……」
ということで、簡単にツーチたちってどれぐらいで戦力になる? って聞いた。
「何を持って戦力というのかによりますが、先ほどのはなしからすれば、王都までの旅に耐えられて、道中の盗賊や魔物を倒せる程度ですね」
「ええ。まあ、それぐらいあれば助かります。王都で色々巻き込まれそうなんですけど、それはまあ、人付き合いで敵味方変わるでしょうし……」
「王都に務める騎士の強さがわかりませんからね。人海戦術で押してくることも考えられますから、安易に計算はできませんね」
「で、やっぱり一か月は無理ですか?」
「うーん。こういうのはいくら訓練したからといって、実戦で動けるかはまた別物ですからね。逆に実戦に放り込んでから訓練したほうが実になりやすいというのもあります」
「あー、それはわかります」
ちゃんと訓練期間を終えたら大丈夫というわけでもない。
実戦にならったらダメだというのもよく聞く。
戦場でなくても職場の話、いい大学を出たからといって、しっかり働けるということはない。勉強が出来なくても仕事はバリバリできる人もいる。
「まあ、私もある程度厳しくしていますから、3か月あれば道中ば一通りのことは教えられます」
「じゃ、1年はかからないってことですね」
「最低条件というやつですね。海川さんたちもそんな感じでしたし」
「なるほど」
そういえば私たちも短期で叩き込まれたんだった。
じゃ、問題ないか。
「問題はあるとすれば教育、もっと具体的に言えば学力の差ですが、そこは詰め込んだからといってできるわけでもないですからね」
「勉強はですねー……」
私だって勉強は得意じゃないからね。
しかもツーチたちにとっては異世界の知識だから、覚えるのにはかなりつらいだろう。
「まあ、そこは追々ということで、話はわかりました。で、そのことは3人には?」
「あ、いえ、まだ言ってないです」
「では、海川さんたちの方から言うべきですね」
「そうですね。わかりました。って、訓練で3か月も過ごしていたら、僕たちのGW終わりません? 約2日分ですよ?」
「いえ、詳しくいえばあと一日ありますから、こっちの時間で一か月ほど猶予はありますが……。まあ、確かに時間は厳しいかもしれませんね」
「学校行きながら移動ってことになると、スィリナたちの案内は使えないってことになるのか……」
「いえ、その場合は現実のほうで仕事の休暇支援申請をすればいいだけなので、そこまで問題はないのですが」
「そんな精度ってあるんですか?」
「ありますよ。というかこういう休暇支援がないと、こっちの仕事をしている人は全然異世界調査ができないことになりますからね。こっちで職がある人も沢山いますし」
「あ、そっか」
言われてみればそうだ。
私たち以外の調査員も山ほどいるんだし、学生以外の人もいるんだから、こっちで仕事をしながら調査をしている人もいて当然だ。
その場合、週一という短い冒険期間になるから、長距離の旅はできない。
遠くても往復一か月ほど、つまりこちらの30時間ぐらいの距離に限られる。
地球の往復一か月といえば、地球一周できるじゃん。と思うだろうが、異世界は未開の地。
飛行機もなければ、車もない、もっていくことは可能だけど、諸事情で使えないことが多く、基本的な移動は足か馬。
となると、一か月という時間は異世界に於いては旅をする上では、当たり前のレベルなのだ。
ということで、異世界で活動をする私たちと同じような学生や別仕事を持つ、異世界調査員にとっては週一の休みでは全然遠出が出来ないことになる。
だから、休暇支援という裏工作があるわけか。
そうじゃないと、私やゆーや、せんぱいは学校の授業から置いてけぼりになってしまうよね。
「まあ、学生さんはせいぜい長くて2、3年ですからね。学業に集中してもらうのが当たり前なので、学業は自力で頑張ってもらう必要はありますが」
「えっ!?」
「仕事と違い、他の生徒の足並みもありますからね。学校でのテストは遅らせることは可能ですけど、高校受験や大学受験を遅らせることは、できないことはないですが、莫大な資金と労力がかかるので異世界管理局としては、よほどなことがない限りそんな工作はしません」
「……つまり、今回、私たちが王都に行くとして、1日、2日の勉強の遅れは自力で取り戻せという話ですかね?」
「ええ。そうですね。まあ、1日、2日なら全然追いつけるでしょう。まあ、その間に遭難とかトラブルに見舞われないように気を付けてくださいね。というか、ここにいる時間は長いんですから、海川さんたちは他の学生に比べて勉強する時間は取れるんです。これで、試験が赤点とかないですよね?」
「うぐっ!?」
痛いところを突かれた!?
そうだ、私たちの体感時間は他の一般学生に比べてかなり長い。
そこでなんで勉強しないんだ? とせんせいは言っているわけだ。
「まさか、ツーチさんにあれだけ自分たちの都合で振り回しているのに、本人たちは赤点を取るとかないですよね?」
「も、もちろんですよ!! じゃ、じゃあ、私はこれで失礼しますね」
「ええ。べんきょう、頑張ってください」
「は、はい」
私は逃げるように、家に戻ることになった。
「おかえり。って、なんでそんなにやっちまったって顔してるんだ?」
「ん? おや、かえって来たのかい? じゃ、次は僕の番かな」
そういって、出て行こうとするせんぱいの手をつかんで止める。
「ちょっと、まって、色々話したことの報告があるんだ」
「ああ、そういえばそうだったね。先生は何か言ってたかい?」
「いえ、特に止められはしなかったんですけど……」
「けど? どうしたんだ、越郁?」
「……勉強に関して」
「「?」」
首を傾げる2人に、学業による支援は休みを合法的に入れてくれるだけで、成績をアップしてくれるような補正はないと説明したのだが……。
「いや、勉強しろよ」
「教科書を読むだけだしねー」
「おまえらはー、今時の学生かー!! 夏休みの宿題は全部するタイプかー!!」
何を不思議なことを言っているんだという2人に、つい感情が爆発してしまった。
何? 異世界に来てまで、真面目に勉強しちゃうの!?
「落ち着け、大学までは出るって話しただろう?」
「そうだよ。何かあって調査員をやめた時、こっちで仕事探さないといけないんだから、学歴は必要だよ」
「むきゃー!? 現実的過ぎて、ゆーやとせんぱいが、頼もしいけど、夢がない!」
私がそういって憤慨していると、ゆーやが優しくポンと頭に手をおく。
「はいはい。どうせそんなことだろうと思ったよ。心配するな」
「え? それって、私は勉強しなくていいって……」
「一緒に勉強すればいい。ちゃんとお前の分も持ってきてるから」
「私も手伝うよ越郁君」
駄目だ、この真面目共め!!
くそー、藪蛇な報告をしてしまった!?
そんなことを叫びつつ、ゆーやに無理やり、夜な夜な勉強プレイ(全然楽しくない)をさせられるのであった。




