第45回活動報告:意外と有名らしい
意外と有名らしい
活動報告者:宇野空響 覚得之高校二年生 自然散策部 部長
しまった。
僕はスィリナたちからの話を聞いて思った。
彼女たちの話し方が悪いというわけではない。
僕たちの基礎知識が圧倒的に足らなかった。
彼女たちにとっては常識でも、僕たちにとってそれは未だ経験したことのない、未知のことであり、知らない町の話や冒険者ギルドの仕事などの話をされても、全然想像が及ばない。
この剣と魔法の世界の社会の常識など知るはずもないのだから。
なんとなく言っていることはわかる。
ドゥーケイの町はぶどうを使ったワイン産業が盛んで、それに伴ったぶどう園の護衛などの仕事が多い。
王都の回りは、魔物や盗賊が少なく、王都でのお手伝い仕事や商隊の仕事が多いらしい。
だが、なんとなくわかるぐらいだ。
こういうのは行ってみないと、経験してみないと分からないものだと、彼女たちの話を聞いて深く思った。
まあ、ちゃんとそういう情報は得られたから悪いことではないのだけれど、僕たちが何も知らないということに、改めて気が付かされた。
里中先生が言ったように、近いうちに私たちは違う町にでることになると思う。
今後のことを考えると、先生に言われた通り、ツーチたちの育成を早めにしておいてよかったと思う。
彼女たちの冒険活劇はただのお話としては十分に楽しい物だったので、気が付けば、ツーチたちがお使いから戻ってきていた。
「ただいま戻りました」
「あー、重い。けど、重くない不思議」
「ファオンさん。ちゃんと挨拶しないと、ただいまです」
「あーただいまー」
そういってリビングに入ってくるツーチたちは、両手に小麦粉の袋を抱えている。
1つ10キロというところで、彼女たちには重い物だろう。
いや、先生の走り込みに比べれば全然だろうね。
ファオンの妙なセリフがあの地獄を思い起こさせる。
そんな痛痒しな思い出を彼女たちを見て思い出していると、お客さんのスィリナさんたちにツーチたちが気が付く。
「あ、失礼しました。お客様ですか?」
「え? あ、本当だ」
「お客様です?」
「やあ、お邪魔している」
「やほー。お邪魔しているわ」
「どうもー」
スィリナさんたちが挨拶をすると3人も慌ててお辞儀をする。
「えーと……、私たちはどうしたら……」
ツーチは挨拶をした後、私たちに支持を仰ぐ。
ああ、そうか、僕たちは彼女たちの主人だったね。
来客があったら、普通は彼女たちが手足となってサポートするべき事柄か。
奴隷と思うから、変に感じるのであって、彼女たちを事務員や受付などの立場に置いて考えてみると、当然の行動だろう。
そうか、社会人としてみればそこまで違和感がないね。
それで、勇也君や越郁君には説明してみよう。
私たちが保護者だという風に思うから、何かと遠慮してしまうのであって、雇用主と被雇用者という関係でいけばいいのか。
と、いけない。ツーチの疑問に答えてあげないと。
「3人はこれからの予定はなかったよね?」
「いえ。この小麦粉を調理場に持って行って、そのあとは夕食のお手伝いを……」
「ああ、それはいいよー。お客さんもいるし、私たちがやるから、それより、この人たち。有名な冒険者らしくてさ。お話を聞いてみると、色々役に立つかもしれないよ。だから、私たちと一緒に話でも聞かない?」
「はぁ、そういわれるのでしたら……」
越郁君の提案にそんな必要があるのかと言いたげだが、流石、ツーチ。
そういうことは言わずに大人しくうなずく。
「やったー。コイク様たちの料理だってさ!!」
「今日はどんなお料理か楽しみですねー」
ファオンやアンは冒険者の話より、私たちが用意する地球の料理が楽しみみたいだ。……どうせ、夜の訓練で全部戻すのにね。
まあ、私みたいに、食べないって言うのよりはましかもしれない。
後で燃料不足で動けなくなるからね。
食べられるときに食べておくのは間違いではない。
そんなやり取りをして、3人は小麦粉を運んでいく。
その姿をリビングから見ていた、スィリナさんたちは興味ありげに3人のことを聞いてきた。
「彼女たちは、君たちが買い入れた奴隷のようだが、よくなついているな」
「随分と、良い扱いしてるのね」
「目が死んでないから、判りやすいよね。長い付き合いって感じ。つい最近リーフロングに来たっていってたし、道中で手に入れたの?」
「いや、普通にこの町で買ったよ」
「ほお。そんな短時間であんなに忠誠心厚くはならないと思うが……」
「そうね。何というか信頼ているって感じがするわ」
「あれじゃない? 私と同じように、あの子たちもコイクに喧嘩を売ってボコボコにされて、見直したとか」
「「アノンじゃあるまいし」」
「なんだとー!?」
「「「あははは……」」」
そんな風に笑いあっていると、小麦粉を運び終わった3人がリビングに戻ってくる。
「おかえり。あたらめて、お仕事お疲れ様」
「いえ、ヒビキ様。与えられた仕事をこなすのは当然のことです」
相変わらず硬いなーと思うけど、さっきの雇用と被雇用者の関係を考えると当然だよね。
そこら辺の、塩梅もこれからの生活でバランスが取れていくといいかな?
ツーチの気持ちもわかるけど、雇用主の希望に沿うことも仕事の一つなんだよってね。
「じゃ、3人とも座って、お茶を用意するから」
「い、いえ、ユーヤ様。そういうことは私たちが……」
「いいんだよ。ツーチたちが頑張っているのは知っているからね。まあ、勇也君のは趣味みたいなものも含まれてるから」
「趣味というより、主夫なんだよねー。もう、日常の一つ」
「2人の言う通り、全然嫌じゃないからいいよ。それに3人とも夜は大変だろうし、体力は温存しておくといいよ」
勇也君がそういうと、すぐにツーチは大人しくなる。
疲れているからといって、先生が特訓を軽くするわけもないと理解しているのだろう。
これ幸いと、極限状態で生き残るための訓練に切り替えるだろう。
いや、常に極限状態のような気がするけど。
自分の腕や足がボトボトと……。
はっ、そういうのはいいんだ。
今は、スィリナさんたちの話を楽しく聞くために、料理だ料理。
美味しい料理があれば、話が進むはずだからね。
「じゃ、私とゆーやは料理に行ってくるよ。せんぱいはこっちをよろしく」
「ああ、頼むよ」
「任せてください」
なんか僕も料理をする気持ちでいたが、お客さんがいるのに、僕たち3人とも席を離れるわけにもいかないので、料理が得意な勇也君と越郁君が調理場に行って、僕がスィリナさんたちの相手をすることになる。
情報を聞くのも目的だからね、ツーチたちに任せていいことでもないのだ。
そんなことを考えていると、スィリナさんが私に向かって頭を下げる。
「いや、夕食までお世話してもらってすまない。アノン馬鹿なことをしたのに」
「いえ。お話を聞かせてもらっているのに、何ももてなしをしないというのはあれですし、食事はみんなで楽しくした方がいいですから」
「そうだよねー! ヒビキ良いこと言った!!」
「アノン……。あんたが一番反省しないといけないんでしょうが。ねえ、ツーチだっけ? アノン分はいらないって、コイクとユーヤに言ってくれない?」
「ちょっとー!? 何言ってんの!? ジャムパンだってこれだけ美味しかったんだから!! 君、言っちゃだめだからね!!」
「あの、えーっと……」
冗談なのだが、初対面のツーチはどうしていいかわかるはずもなく、僕に視線を向ける。
「ごめんね。ちょっとした冗談だよ。真に受けなくていいから。全員分用意してもらうよ」
「はい。かしこまりました」
「しかし、彼女たちにも聞かせる内容か……」
「はいはい、ちょっと待ちなよスィリナ。まだ自己紹介がまだだよ」
「そうね。彼女たちとは初対面だしね」
「ああ、そうだった。挨拶が遅れて申し訳ない。私は輝きの剣のリーダーをしているスィリナという」
「私はナーヤよ」
「アノンだよ」
スィリナたちが自己紹介をすると、ツーチたちも自己紹介を始める。
「ご丁寧にありがとうございます。私はツーチと申します。見ての通り、ヒビキ様に仕えております」
「アンです」
と、2人は普通に挨拶をしたのだが、ファオンだけが何か考え込むような素振りで挨拶をしなかった。
「こら、ファオン!! お客様に挨拶をしなさい!!」
「あ、うん。ごめん。じゃなかった、すいませんでした。ファオンといいます」
ツーチに怒鳴られて、我に返ったのかすぐに挨拶をしたのだが、続けて喋りだす。
「あの、失礼ですが、輝きの剣といわれましたか?」
「ああ」
「冒険者の?」
「そうよ」
「本物?」
「本物よ。ほらギルドカード」
アノンに差し出されたカードを凝視するファオン。
「ええーー!? 本当にあの輝きの剣!?」
そして叫ぶ。
「ファオン!! 大きな声を出さない!!」
「い、いや、流石にこれは驚くって、ツーチは聞いたことないか。ほら、リーフロングまでは言わないけど、強い魔物が住む山の近くにある町が、突如魔物の群れの襲撃を受けて、全滅しそうになったって話」
「なにをいきなり、その話は有名ではないですか。ウィールアアインでのことですね。近くに砦もなく、領軍は周辺の魔物間引きに行っていて冒険者が奮起して町を守り抜いたという話ですよね? それの何が関係が?」
「いや、だからその町を救ったのが、ここにいる輝きの剣だよ。女性冒険者が慌てて逃げ出そうとする他の冒険者をまとめ上げて、魔物の群れから町を守り抜いた」
へー、ファオンは冒険者だったから詳しいんだろうな。
というか、スィリナさんたちはやっぱり凄腕の冒険者なんだなーと思う話だね。
なぜか彼女たちからは今までの会話で聞かなかったけど、まあ、こうやって騒がれるのを嫌がったんだろうね。
それに、幾ら褒めたたえられても、全部が上手くいったわけではないだろうしね。
自分の指揮で人が死ぬというのは、物凄い重荷だ。
私がそんなことを考えているうちに、ファオンの説明がようやく理解できたのか、ツーチが驚いたような顔になる。
「え? 本当なのですか?」
「うん。ほら、カード」
アノンはファオンの時と同じように、気軽にカードを表示して渡す。
「……ウィールアアインの英雄。ほ、本当に、本物……」
カードを持つ手が震えている。
「そうそう」
その姿を見て嬉しいのか、にっこりとして答えるアノン。
「し、失礼しましたっ」
「いや、何も失礼なことはしていないから気にしないでくれ」
「アノン。遊ばないの」
そういって、ナーヤさんがアノンにげんこつを落とす。
「あいたー!? いいじゃん。この子たちの反応が普通でしょう!?」
「い、いったい、どのようなことがあって、ヒビキ様たちは輝きの剣の皆様と!?」
「いや、まあ、なんというか……」
アノンの名誉にかかわる話だから、なんと言っていいものやらと思っていると、スィリナさんがためらいもなく事実を口にする。
「隠す必要もない。先ほど、多少口走っているし、冒険者ギルドで聞けばわかることだ。さて、ツーチ。どう知り合ったかというとだな」
「はい」
「簡単だ。もともとヒビキたちは色々情報を欲していた。その最中、私たちがこのリーフロングに訪れた。だから、話を聞きに出会ったというわけだ」
「なるほど」
「まあ、私たちは最初、このジャムパン目当てにヒビキたちが訪ねる前にここに訪れていたのだが。今日そのパン屋が私たちを訪ねてくるとは思わなかった。そして、アノンがあっさり負けたこともな」
「ま、負けたって!?」
「なに、ヒビキたちが不帰の森から来たと聞いたもんだから、力試しをしようとして、コイクに返り討ちにあっただけだ」
「「「あー」」」
なぜか、3人はその話に納得した。
「納得ではありますが、やはりヒビキ様たちはすごい実力者なんですね」
「まあ、コイク様は強そうにみえないから、気持ちはわかるよなー」
「でも、アノン様もコイク様と勝負できたからすごいんですよね?」
「おー、そのとおりだよ。アン。君はわかっているね。お姉さんがそんな君の為に色々お話をしてあげよう」
とまあ、私たちとの出会いをきっかけに、ツーチたと仲良く話せているし、あの出会いもあの出会いで悪くはなかったのかな?
そう思っていると……。
「お待たせしました」
「今日はビーフシチューにしてみたよー。パンには合うからね」
晩御飯はできたようだ。
さて、これからさらに話をする前に、美味しいご飯でもたべて、英気を養うとしよう。




