第40回活動報告:パン屋開店
パン屋開店
活動報告者:山谷勇也 覚得之高校一年生 自然散策部 部員
さて、色々あったけど奴隷だった彼女たち、ファオン、ツーチ、アンは本人たちが望んで、里中先生の指導を受けることとなった。
これで、一か月もすればそれなりになるだろう。
まあ、それまで持つか? という疑問はあるけど、そこは彼女たちの決意に期待するしかない。
「おーい。ゆーや、仕込み終わった?」
「ああ、終わった。そっち手伝うよ」
「じゃ、勇也君。こっちのジャムパン作ってくれないかい?」
「わかりました」
今、僕たちはまだ暗いリーフロングの町で仕事を始めていた。
パン屋の仕事だ。
彼女たちへの指導が開始したと同時に僕たちもパン屋を開き、彼女たちが先生からの指導を諦めてもこっちで生活できるように基盤をちゃんと作っておこうというわけだ。
ここで情報を集めるために必要だから僕たちがやる意味もちゃんとある。
正直な話、お店の経営なんて初めてだから僕たちも楽しみというのもあるし、必要な経験だとも思っているから、何ら苦もない。
「今日のジャムは……」
「こっちのビンを使ってくれ。ハブルさんの新作だよ」
「新作ですか?」
「そう。あれから色々果物をジャムにしていると話したら、ハブルさんも乗り気になってね」
「一緒につくったんだよ。ゆーや」
どうやら、僕が一人で生地をこねている間に、女の子同士でなかよくなったようだ。
ハブルさんもまだまだ長生きしそうでよかったよ。
「じゃ、今日は新作ジャムパンだな」
僕はそういってジャムパンを作り始める。
今日も完売するといいな。
そんなことを考えながら、しばしパン作りに専念していると、二階から足音が響いてくる。
「おや。帰ってきたみたいだね」
「今日は手伝う余裕があると思う?」
「まだ、指導開始してから3日だ。無理だろ。僕たちだってひーひー言ってたんだから」
越郁の話に真っ先に否定する。
あの訓練を受けてぴんぴんしている人は職業軍人とかそういう人だよ。
「……ただいま」
「……ただいま戻りました」
「……ただいまです」
そんな話をしているうちに3人は下に降りてきた。
今日も今日とてボロボロだ。
鎧はもう破片が付いているだけのような感じだし、服はズタボロ。
もちろん元気もない。
だが、怪我一つないという不思議。
いや、里中先生が後遺症とかを残すわけないから、治療した結果なんだろうけど。
そんな疲れ切った3人に越郁は笑顔で声をかける。
「おかえりー。今日も今日とて扱かれたみたいだねー。まだ3日目だし、基礎訓練かな?」
「……きそ?」
「……きそというのは何を意味するのでしょうか?」
「……きそきそきそそそそ?」
あ、やばい。
なんか基礎って意味が彼女たちの中でゲシュタルト崩壊を起こしている。
特にアンがぶっ壊れている気がする。
小さい子にやっぱりきついよな。
「なあ、アン。無理をしなくても……」
「いえ!! 大丈夫です!! ちょっと、疲れていただけです!!」
「あ、そう?」
そう声をかけた瞬間にアンが即答する。
まあ、正常に戻ったみたいだし、いいのか?
……深く考えたらだめか。とりあえず、彼女たちを休ませよう。
「お風呂は沸いてるし、替えの服は用意してるから、すっきりして、ゆっくり休むといいよ」
「ありがとう。ユーヤ様」
「お手を煩わせて申し訳ありません。ユーヤ様のご厚意心より感謝いたします」
「ユーヤ様。いつもありがとー」
そういって、3人はふらふらとお風呂へと向かう。
「初日はツーチとか頭必死に下げてたけど、流石に3日目となると、そんな余裕はないみたいだねー」
「まあ、徐々にきつくなるからね。ツーチもこれ以上は無駄に体力を減らすのはよくないと理解したんだろうね」
「とりあえず、時間は測っておくぞ。お風呂で溺死とか嫌だからな」
疲れ切った3人がお風呂で寝てしまって死んだとかは寝覚めがわるすぎるので、それを防止するためにもタイマーをセットしておいて、3人で順番に確認することになっている。
僕たちの訓練の時にも越郁が寝ていて湯船に顔が沈む寸前だったので、こういう対応策が生まれた。
最初はお風呂で寝るとかよくわからなかったが、人は限界まで疲れるとどこでもれられるようになるというのが、先生の訓練によりわかった。
3人とも現代の日本人女性みたいにお風呂に何時間もかけるわけじゃないので、そこまで管理時間は長くない。せいぜい30分そこらだ。
「じゃ、さっさとパンを作ってしまおうか」
「まあ、あとは焼くだけだから待つぐらいだけどね」
「そこまで種類もありませんからね。よっと、はいこのジャムパンで最後」
最後のパンを鉄板に置いて、本日はあと焼くだけ。
オーブンのタイマーをセットして、あとは先輩の言う通り待つだけだ。
「でもさー、3日目で慣れたよねー」
越郁はそういいながら後片付けを始める。
「そうだね。3日会わば刮目してみよって感じかな。男子だけじゃなく女子もそうだったようだね。しかし、初日はどうなるかと思ったけど、思ったよりお客さんが来てよかったね。閑古鳥が鳴くかと思ってたから」
「まあ、ガーナンさんとかゼイルさんとかが口コミで広げてくれましたからね」
開店して3日。
お客さんはくるかという心配はあったけど、ガーナンさんやゼイルさんが色々手を回していてくれたみたいで、初日から人が来てくれた。
あとでお礼を言いに行かないとな。
おかげで、3日目で大体パン作りには慣れてきたし、接客も慣れてきた。
もちろん失敗はあるが、それも含めて慣れてきたというやつだ。
3日連続で通ってくれるお客さんもいるし、パンがなくて残念がるお客さんもいた。
幸い、どの人もジャムパン美味しいって言ってくれるから、これが食べてもらえる喜びってやつなのかなと思っている。
越郁に喜んでもらうのも嬉しいけど、こうやっていろいろな人に喜んでもらえるのもまた別の嬉しさがある。
そんな感じで近況を話し合っていると、タイマーがなる。
「お、ゆーや行ってらっしゃい」
「何かあったら、ためらわないでいいからね。彼女たちの裸を見るとか気にしなくていいから」
「わかってますって」
そういうことで、僕はお風呂に入った3人の様子を見に行く。
一応順番としては、僕、越郁、先輩という形になっている。
だいたい、先輩が見に行く頃には上がる直前なのでもう一周することは今のところない。
まあ、僕が最初なのは、彼女たちの裸体を見る可能性が低いだろうという考慮からだ。
でも、先輩が言ったように、何かあれば遠慮はしない。
どこかのラブコメみたいに慌てていたら命を落とすからだ。
とまあ、大げさに言ったけど……。
「3人とも起きてるかー?」
「「「起きてまーす」」」
お風呂のドア越しに声をかけて、3人の返事が聞こえるのでこれで終わりだ。
僕は確認を終えると、パン屋の開店準備に取り掛かるためにお店の方に戻る。
すでに越郁と先輩はお店の方にでて掃除を始めていた。
「お、どうだった?」
「その様子だと問題なかったみたいだね」
「ええ。3人とも疲れてはいるみたいだけど、寝ていませんでしたよ」
「ちぇ、それだとゆーやが3人の裸体を拝むようなハプニングはなさそうだな」
「まだ3人ともそんな余裕はないだろうからね。それはまだ先かな」
うーん。
2人とも本当に僕のハーレムを狙っているのがよく分からない。
越郁は何でまた僕に女をあてがおうとするんだろうな。
まあ、そこはいいか、別にそんなことで越郁を嫌いになるような間柄でもないし、何か考え会ってのことだというのはわかるからな。
下手に何か言うと墓穴を掘りかねないし、聞き流して開店準備をしよう。
で、そんなことをしているうちに二度目のアラームが鳴り、今度は越郁が3人の様子を見に行く。
その間に、パンが焼きあがり、それを僕と先輩で取り出し、2人でパンの出来を調べるために一つのパンを半分にして食べる。
「今日もいい出来だね」
「そうですね」
今日もパンはいい出来だ。
新しいジャムもいい感じでパンと合う。
見たことない果物だったけど、味としてはすももが一番近いと思う。
今日の売れ行き次第では、メインの商品が増えるかもしれない。
とりあえず、商品ポップと値段を書こう。
そんな感じで準備をしていると、3人の入浴確認を終えた越郁が戻ってきた。
「どうだった越郁?」
「バッチリ。というか、もう上がるみたいだから、せんぱいの出番はないかな」
「そっか。徐々にお風呂の時間も短くなっているね」
「それだけ、訓練がきつくなっているんでしょうね」
「だろうね。もうお風呂とかぱっと済ませてねるのが前半の普通だったよね」
越郁の言葉に2人で頷く。
ゆっくりお風呂で疲れを取るというのは、余裕がある人だけだ。
本当に疲れている人は風呂に入っている時間も惜しいぐらい。
僕たちは日本人ということでお風呂に入って当たり前という認識があるが、こっちの世界ではお風呂は贅沢品。彼女たちにとっては僕たちが入れと言っているから入っているだけだ。
だから、自然と疲れているならすぐに寝て体を休めたいという結果になるのだろう。
そんなことを考えていると、3人が離れのお風呂から戻ってきた。
「やあ、すっきりしたら。あとはゆっくり休むといいよ。ご飯を食べてっていいたけどそんな余裕もないだろうからね」
「うん。ごめんコイク様、ヒビキ様、ユーヤ様」
「気にしなくていいよ、ファオン。僕たちも同じだったからね」
「……流石、ヒビキ様たちのお師匠様ですね。すごいキツイです。申し訳ないですが、お昼にはお手伝いしますので……」
「無理はしなくていいから、今はゆっくり休むんだよ。アンもお休み」
「ふぁい。おやすみなさい」
そういって、3人は2階の部屋に戻っていった。
「これだと、また夕方ごろかな起きるのは」
「仕方ないだろう。あれだけきついんだから」
「起きたあと、髪を梳かす準備をしておかないとね」
先輩の言う通り、濡れた髪のままで寝るもので、起きたときには髪が爆発している。
それを整えるのも一苦労だ。
女性は色々大変だと思う。
「ま、今日もお昼の営業時間の応援は期待しないで、夕方の商業ギルドへ仕入れ委に行ってもらうぐらいだろうね」
「そうだろうね」
「まあ、それは当分先だよな」
そんなことを言いつつ、そろそろ開店の時間だ。
「さて、そろそろお店を開けようか」
「だねー。ゆーや表お願い」
「了解」
そういわれて、お店の戸を開けると……。
「開いた!!」
「早い者勝ちだ!!」
「私が先よ!!」
とそんな声と共に、ドドド……、と人が押し寄せてきた。
なんか日に日に、開店前に待ちかまえている人が増えているんだよな。
口コミの力恐るべしって感じか。
「はーい。全員分ありますので、ゆっくり落ち着いて、店内で喧嘩をした人は放り出しますので、注意してくださいねー。あと、ジャムパンは1人2つまでとさせていただきますので、ご了承ください」
初日にジャムパンを食べた人がそのまま戻ってきて、財布の許す限り買っていくということが起こったのだ。
まさか、そんなことがジャムパンごときで起こると思っていなかったので、慌てて規制を設けて、増産することで初日は乗り切った。
別にパンの売り上げで生きて行こうというわけではないので、客の要求に合わせて増産するということはないのでこういう措置を取っている。
まあ、こんな勢いはどうせ長くは続かないだろうという予想もあるのだ。
僕たちにとってこのパン屋はこの世界の情報を集めるための、手段に過ぎないのだから。
「新作のジャムパンを2つ。それとイチゴジャムパンを2つ」
「はい。ありがとうございます」
「んー、もっと買いたいけど、そうなるとお金持ちに全部持っていかれちゃうからね。仕方ないわ」
「それだけ気に入ってもらえると嬉しいです」
そんな会話をしながら、パンを袋に詰めて、代金をもらい、おつりを渡す。
レジというのは今は存在しておらず、3人で各自おつりを持って、対応している。
「あ、そういえば、ジャムで思い出したけど、ロッツの果実とか合うんじゃないかしら」
「ロッツの果実ですか?」
「あら、知らない? 東の方からたまに流れてくる果物でね。こう刺々しい形なんだけど、黄色い身が中にあってね、甘酸っぱい美味しさなのよ」
「へー。今度商業ギルドで聞いてみますね」
「ええ。ぜひ聞いてみて。私、食べてみたいわ」
「あはは、頑張ります」
こんな風に色々な情報をリーフロングの住人から集めている。
次は噂を聞きつけた町の外の人たちもやってくるだろう。
その人たちの話を聞いてこれからの方針を考えるという予定なのだ。
ま、当分先の話しなんだけど。
「すまない。ちょっと訪ねたいのだが」
「はい。なんでしょう……か」
声をかけられて振り返ると、そこには騎士っぽい女性と僧侶っぽい女性がこっちを見ていた。
ん? もうよその人がきたのか?




