第39回活動報告:彼女たちの選択
彼女たちの選択
活動報告者:宇野空響 覚得之高校二年生 自然散策部 部長
「ほら、しっかりしなさい」
「ふぇ? あ、みんさん。どうしたんですか? あ、もう朝ですか!?」
ツーチに声をかけれてようやく覚醒したアンは寝坊したと思い、慌てて椅子から立ち上がり、頭を下げる。
「ご、ごめんなさい!!」
「あー、いや。夜だよ。深夜」
「ほえ?」
越郁君がおちつけと言わんばかりに平坦に返事を返す。
「用事があってね。ちょっと起きてもらったんだ。アンは寝たまま連れてこられて、今ツーチに起こしてもらったところ。遅くにごめんね」
「用事ですか?」
「そう、用事。今から3人に聞いてもらいたいことがあるんだ。ファオンとツーチには言ったけど、アンの為にもう一度言うね」
越郁君はそういって僕に視線を向ける。
じゃ、もう一度いうかな。
「詳しくは言ってないから大丈夫だよ。さっきも言ったけど、悪いと話じゃない。これから君たちがどうしたいかで、どっちの選択がいいかが変わるだけだよ」
「選択ですか?」
「そう。それでアンを起こすことになったんだ。もう起きているから詳しい説明に入らせてもらうよ。いいかな?」
僕がそう聞くと3人とも頷く。
それを確認してからわかりやすくを意識して、ゆっくりとはっきり声をだす。
「僕たちはようやくパン屋さんを開業するに至った。まあ、実際に明後日からだけど、それは僕たちにとっては通過点でしかないというのは覚えているかな?」
「えーっと、確か、コイク様たちのお師匠さんが、この国の情報を集めてこいって話だっけ?」
「このパン屋も情報を集めるための一環と聞いています」
「えと、そうきいています」
3人ともそれは理解しているらしい。
じゃ、次の説明は言うまでもないかな?
でも、言っておくべきだよね。
「まあ、そのことを理解しているのならわかると思うけど、僕たちはパン屋をずっとやっているわけじゃない。冒険者ギルドの仕事や、商業ギルドの依頼であっちこっちに行くことになると思う。いや、絶対にそうなる。そこはわかるね?」
「そりゃー、当然だな」
「はい。理解しています」
「わかります」
さて、ここからが問題だ。
彼女たちが何を望むかによって、今から言うことは天国にも地獄にも思えるだろう。
「で、そうなると。必然的にこのパン屋は君たちに任せることになるか、一緒についてくるなら、出かけている間は閉めることになる。でも、君たちだけじゃどっちとも心もとない」
「え? でも、旅についていくならともかく、リーフロングにいるなら、私たちになにかあっても大丈夫なように冒険者ギルドと商業ギルドに挨拶にいってたんじゃ?」
「ちがうんですか?」
ファオンとアンは私の言っていることはよくわかっていないようだが、ツーチははっきりと理解したようで、2人を向いて説明をする。
「2人とも、何かあった時にフォローしてくれるように確かに頼みましたが、それは私たちが連絡できた時だけです。悪い人がそれをさせる前に何か行動を起こした場合私たちは成す術がない」
「あ、そういえばそうだな」
「でも、そんなこと起こるんですか?」
「アン。わかっていると思うけど、コイク様たちは凄腕の魔術師。そして、この家を見てわかると思うけど、ものすごい道具を多数所持しているの。この白い光が灯るランプだけでもどれほど価値があると思う?」
「……とても高いと思います。そっか、泥棒に入られても連絡することしかできないんですね」
「そういうことです。家を任されて盗みをされるようでは雇っている意味がありません。確かに、各ギルドにフォローをお願いしていますが、それは事後処理のようなものです。そんな私たちに家を任せられると思いますか?」
「……思いません」
「いや、それなら私が頑張れば」
「ファオン。あなたが冒険者だったことは認めますが、コイク様たちの持つ希少な道具を狙ってくる輩が、ファオンで対処できるような相手とは思えません」
「なにを!!」
馬鹿にされたと思ったのか、ファオンは椅子から立ち上がるが、ツーチが手を前に出して抑える。
「落ち着いてください。実力がないと馬鹿にしているわけではないのです。コイク様たちほどの凄腕の方々の家に盗みにくるのです。それ相応の相手と言っていいでしょう。……コイク様たちと出会っても対処できるぐらいには。ファオンはコイク様たちに勝てますか?」
「……それは」
「無理でしょう。私など対処するどころか、一瞬で命を奪われてしまうと思います」
……いや、なんかすっごい物騒な話になっているね。
僕たちとしてはそういうことがないように、訓練しないかい?という話だったんだけど。
「じゃ、私たちはクビってこと?」
「ええっ!?」
ファオンやアンは目に涙を溜めてこちらを見る。
「落ち着きなさい。悪い話になるかどうかは私たち次第といっているのですから、そうですよね? ヒビキ様」
「ああ。話したいことは、その旅についてくることや留守番を自分たちでできるようになりたいかい? という提案だ」
「どういうこと?」
「わかんないです」
2人はわからなかったみたいだけど、ツーチはわかったようで、驚きに目を丸くしつつ……。
「なるほど。私たちにコイク様たちが戦う術を教えてくれるということですか?」
「え!? ほ、本当か!? じゃなくて、本当ですか!?」
「まじゅつは秘密ってききましたよ? 教えていいんですか?」
ツーチの言ったことに2人はものすごい勢いで反応した。
まあ、強くなれるかもって言うのは憧れるだろうからね。
……現実を知らないうちはね。
と、気が遠くなる話は今はいいか。
まずは、3人の意思を聞かないとね。
「僕たちの先生。師匠といった方がわかりやすいかな? その人が、君たちに色々教えてもいいっていっている」
「すげー!! コイク様たちのお師匠様が!! その人ってすごいんだよな!!」
「すごいんですか!?」
「……不帰の森から一人でやってきた大魔術師マンナ様が、私たちに指導を?」
「すっげー!! 不帰の森から一人でやってきたって!? コイク様たちは3人だぜ!!」
「すごいんですねー!!」
「……し、しかし、私たちが指導を受けるとなると、パン屋などはどうなるのでしょうか?」
「「あ」」
ツーチの一言に2人は冷静になる。
「そのぐらいは私たちで切り盛りするよ。大事なのは君たちがその指導を受けて出て僕たちを手伝ってくれることだね」
「まあ、たぶん。こっちにはすぐ戻って来れるようになるとはおもうけどねー」
越郁君がちょっと先走ったことを言ってしまったが、まあ、いいか。
「もどってこれる?」
「僕たちは転移の魔術が使えるからね。指導を受けている間もパン屋のお手伝いはできると思うよ」
「え、なら、受けない理由がないんじゃね? どうっちもやれるさ!!」
「そうですね。わたしもどっちも頑張ります!!」
ファオンとアンは乗り気だけど、僕の予想だと、こっちに戻ってきてパン屋のお手伝いする暇なんてないと思うよ。
……体力的にも精神的にもね。
「……なぜ、そこまでしてくれるのですか?」
しかし、ツーチだけはこの厚遇に不安を持っているようだ。
いや、普通ならツーチのような反応が普通だろうね。
甘い話には罠があるっていうのは定番だ。
まあ、隠す気はないから素直にいうけどね。
「ツーチにとっては厚遇に聞こえるかもしれないけど、今の所この町である程度交流を持って教えてもいいかなと思えるのは3人ぐらいなのはわかるかい?」
「それは、はい。奴隷でもありますし」
「そういう意味でも君たちが最適なわけだ。無論、指導が生半可じゃないから、喜んでいる2人が悲鳴を上げるだろうという予想もできている」
「そんな弱音は吐かいないぜ!! ヒビキ様!!」
「がんばります!!」
「……なるほど。だから私たちにとって良いか悪いかが変わるのですね」
「うん。ただパン屋で働くだけってのを望んでいるならそれでいいと思う。パン屋の貴重品とかは別に盗まれても構わないからね。一番に大事なのは僕たちを信頼してくれている君たちだ。それは替えがきかないからね」
そう、物は買いかえればいい。
だが、信頼は買えない。
僕たちがこの異世界において大事にするべきは、この3人だ。
僕たちの代わりとなりうる可能性を持ったこの3人。
いまこの世界において、3人の代わりは存在しない。
そして僕が喋り終わったのをみて、越郁君と勇也君が話しかける。
「というわけで、3人には、普通のパン屋さんとして働くか、私たちと一緒に冒険するかを選んでもらおうと思います。ああ、後者はせんぱいが言ったように、せんせいのクソしごきがあるのを覚悟してね」
「どっちを選んでも扱いが変わることはないから安心していいよ。正直な話、越郁が言ったように訓練が厳しいから、そこでパン屋って変更もありだから」
うん。
そのぐらいの逃げ道は必要だろう。
逃亡不可だと、精神ぶっ壊れそうだからね。
いや、先生ならその処置ぐらいはできるとはいってたけど、僕たちはそこまでして3人を引き込みたいとも思わない。
……たぶん、甘いんだろうね。
でも、言わずには入れらない。
逃げたっていいんだよ。って。
だけど、やはりというか、彼女たちの顔には決意が見て取れて……。
「何度も言うけど、私はコイク様たちについていく!! 奴隷から救ってもらって、また奴隷にしてもらって、恩を返さないとかありえないから!!」
「わたしも、コイクさまたちにおんがえしするんです!!」
ファオンとアンははっきりと決意を口にし、そして残るはツーチだけど……。
「……私も是非その話を受けたく思います。弱いという言い訳に逃げてはだめなのです。自ら強くなることを望まなければ」
ツーチの言葉にファオンとアンもうなずく。
なるほど、僕たちにとって逃げは次があるものだ。
だけど、彼女たちにとって、逃げたからこそ奴隷になったという経緯があるのだろう。
まあ、意味の捉え方も色々あるだろうけど、私はツーチの言葉をそう受け取った。
納得できることでもあるからね。
ツーチの言葉は逆に人は頑張れば絶対強くなれる。という意味だ。
私たちだって日本の教育と、先生の指導のおかげでここまでこれたのだ、彼女たちにできないわけがない。
「よし!! じゃ、さっそくだけど、せんせいの所にいこうか」
「「「え?」」」
首を傾げる3人をよそに、越郁君は先生と連絡を取る。
「あ、せんせいですか? 夜分にすいません。ちょっと、お願いしたいことがありまして……。そうそう。さっそく話してみて、3人ともやる気があるみたいで……」
「コイク様。一人でなに話してるんだろう?」
「どうしたんでしょうか?」
「……静かにしなさい。きっと魔術を使ってマンナ様と連絡を取っているのよ」
うん。ツーチ当たり。
しかし、魔術があってよかったと思う。
家具にしてもそういう魔術道具で説明が済むんだからね。
そんなことを考えていると、不意にリビングのドアが開かれて……。
「なるほど。彼女たちがそうですか」
里中先生が入ってきた。
すぐに転移してきたんだ。
僕たちがこう動くと予想されてたのかな?
「さて、あなたたちが私の指導を受けるという話は聞きました」
「え? え?」
「???」
「……一体、どちら様でしょうか?」
流石に、知らない人が入ってくれば当然の反応かな。
でも、察しが悪いともとれるかな?
いや、さっき連絡したからといっていきなり家に現れるとは思わないから仕方ないかな。
「これは失礼しました。私は、こちらの3人を指導したマンナといいます。そして、あなたたちの指導もすることになりますからよろしくね」
そう、里中先生はいい笑顔で挨拶をする。
「「「えええーーー!?」」」
予想通り驚く3人。
そして、すぐに連れて行かれる。
日中いきなり消えるというのはあれだから、夜のうちに仕込むべきです。
と、里中先生の談。
つまり、3人がパン屋の手伝いができることは当分ないということ。
だって家に帰ってきたら寝るしかないからね。




