第38回活動報告:動き出す
動き出す
活動報告者:海川越郁 覚得之高校一年生 自然散策部 部員
とんとん拍子でジャムの製造の推薦をハブルばあからもらって、禿げのゼイルさんとガーナンのおっちゃんに話して、あっさり私たちがジャムを作ることに色々な方面から協力を得たうえで許可が下りた。
『よしっ。これから、コイク殿たちには個人的に頼みたいものがあってだな……』
『ああ、毛生薬ね。はい』
『な、なんで!?』
と、こんな感じでゼイルさんの弱点を製造という所から握って、ガーナンのおっちゃんからは感謝された。
『ほう。ハブルばあさんの推薦をもらえたか。しかも、薬で体調を良くしてやったか。後継ぎを探す時間が出来たな。感謝するぞ。こっちとしては、このジャムパンが販売されることは賛成だ。美味い物はみんなで食ってこそだよな』
とまあ、こっちはハブルばあと同じように、ジャムパン作って売ってくれとのお言葉ももらい、主食のパンという売り出しではなく、お菓子という位置づけにしてくれたので、既存のパン屋とぶつかる可能性は低くなった。
まあ、もともと他のパン屋とは違って、ジャムとか形に工夫がされている分、高くなるから、そこまで影響はないだろうと私たちは思っているけどね。
と、そんなことを考えつつ、私は今、道具をそろえ終わったところだ。
「さて、みんな。ジャム作りの許可も出たし、そこまでまだ日も明るいから、ジャムをさっそく作ってみよー」
「「「おー」」
材料もしっかりゼイルさんから強請って……じゃなく、快く譲ってくれたので、ちゃんと大量にある。
といっても、材料は基本的に砂糖と果物だけなんだけどね。
そして、いうならジャム作りの初日にやることなどほとんどない。
「じゃ、まずは果物の水分を出す為、そして甘みを加えるために、切った果物に砂糖を加えて、一晩放置します」
「一晩ですか?」
「水を加えるんじゃだめなのか?」
ツーチやファオンが聞き返してくる。
「そう、一晩。水を入れると薄くなるからね。いい味を出すにはこれが一番なんだ。まあ、あれだ、そういうなら実感したほうがいいから、水を入れて片方作ってみようか」
ファオンの疑問をそのままにしておくと、勝手に作って後で面倒な失敗を引き起こしかねないから、やってみることにする。
水を入れたところで、果物自体からのエキスが出ないとだめなんだけど、そこは料理経験がないと分からないからね。
「案外、こっちの果物は水につけるだけでいいかもしれないからね」
「ああ、そっか」
先輩のいう通り、この世界の果物が地球と同じ反応をするとは限らないわけだ。
言われて気が付いた。
「でも、ハブルばあの作り方も同じだったよね?」
「まあ、全部が全部ってわけじゃないからね。ジャムの種類も野イチゴにリンゴが精々だから」
「あー、そっか」
「現代の地球と違ってなんでもジャムにしようぜ。って感じじゃないからな。やってみて正解だと思うぞ越郁」
ジャムの種類は聞いてなかったな。
先輩に感謝だ。
そして、ゆーやの言葉も受けて、やってみることはやっぱり有益みたいなのでそのまま作る。
ゆーやの言う通り、水出しの方がいいジャムもあるかもしれない。
元々粘度が高くて、煮詰める必要がないとか。
でも、そういうのって消毒とかどうするんだろう?
結局消毒の為に煮詰めないといけないじゃないかな?
ま、そこはいいか。まずは……このオレンジっぽいやつ。
マーマレードジャムにしよう。
というか、野イチゴやリンゴってのは単語はあるから、恐らく同じモノなんだとは思うけど、オレンジはないのかね。
あ、オレンジは生産地が南だから、まだ単語自体が伝わっていないって感じ?
いや、日本でもみかんはあったからなー。
とりあず、実験ということで、水出しも作って、今はただ水を加えて上からすり潰して、煮詰めるだけの適当ジャムを一個作ってみた結果……。
「うへー。なんか水っぽいな」
「うーん。甘すぎるジュースという感じですね」
「これじゃ、パンに塗れません」
予想通りの結果となった。
水を足して果肉つぶしただけじゃそりゃー、ジャムというよりジュースだよね。
100%じゃなくて割合的に大体70%ジュースぐらいかな?
砂糖が無駄に多いからツーチの言う通り甘いわー。
これなら、砂糖入れないで作った方がよくね?
幸い、冷蔵庫はあるからさ。
ん? これっていい売り物になる?
「ねえ。ゆーや、せんぱい、この出来損ないのジュースって……」
「売り物になりそうって言うのは同意だが……」
「ほかの飲食店でやっているだろうね」
「あー。それもそうか。お城でも果実水でたね」
「まあ、今はパンだからそれをしっかり作ってからだ」
「そうだね」
うん。
あんまり右に左にそれても、ファオンたちが付いていけないだろうからね。
私たちも商人ってわけじゃないし、初心者でもある。
まずは地に足つけて一個ずつ確実にね。
それから、特に問題なく、新ジャムの開発に成功して、ジャムパンの種類を増やすことに成功。
パン作りも問題なくファオンたちはもちろん、私たちも学んでいって、並行して、パン屋としての店をレイアウトを変更していき、思ったよりもいいお店になり。
僅か6日ほどで営業ができるようになってしまった。
日本ではありえない速度だ。
保健所とか消防とかの検査がないのが原因なんだけど。
まあ、この世界にお店を開くために、衛生管理とか、建築基準検査とかはないからね。
ガーナンのおっちゃんの許可と、禿げゼイルさんの許可が出れば即時お店ができるというわけだ。
無論書類とかは書かないといけないけど、そういうのは真っ先にやってくれたからね。
ということで、その順調な滑り出しを里中先生に報告をすると、先生は喜んでくれたんだけど……。
「おめでとうございます。パン屋さん開店ですね」
「どうも。カタログとかで準備してたかいがありました」
「順調に町になじんでいるようで何よりです。で、雇った彼女たちはどうですか? 協力者になりそうですか?」
そういわれて、私は返答に困った。
「うーん……。まあ、よく手伝ってはくれるんですけど……」
それだからと言って信じられるのか、というか私たちの厄介事に巻き込んでいいのかという疑問がある。
「ふむ。色々と悩んでいるようですね。他の2人もそうでした」
「ゆーややせんぱいも?」
「ええ。雇った3人に自分の都合を押し付けるのはどうかと。パン屋づくりも手伝ってもらったのにとね」
「まあ、パン屋の維持もありますからね」
「そうですね。だからこそ、私は訓練を受けさせるべきだと思うんですが」
「え?」
「いつか、ではなく、近いうちに海川さんたちはあの町を出て、いろんなところに行くことになるでしょう。それはわかりますね?」
「はい」
そりゃ、異世界調査がお仕事だから、一つの町にずっととどまるわけにはいかないよね。
「確かに、今日まで色々残るかもしれない彼女たちに便宜を図ってきたでしょう。ですが、それは海川さんたちが頼んだことであり、彼女たちが大事だからというわけではありませんよね」
「まあ、そうですけど。信頼できると思います」
「ええ。ですが、それで彼女たちの自己防衛ができないでいいという話ではありません」
「でも、それで教えていいんですかね?」
「どうやら3人とも深く考えすぎなようですね。私たち異世界管理局はそういう指導した異世界人が離反した時の備えもありますし、教えるレベルもちゃんと適したものにします。まあ、そんな気配があるような人なら私が弾きますから心配いらないですよ」
「はあ……」
「制限時間があることを忘れないでください。そして私が指導できればいい戦力にもなるでしょう。それが、彼女たちの安全にもつながります」
「なるほど。こき使っているわけじゃなくて、安全のための必要措置ってことですか」
「はい。そう思ってください。まあ不適合者だったらという心配もあると思いますが、この程度で評価が上下することはありませんから。逆に慎重になりすぎてこの機会を逃すことに注意してください」
「あー、私たちって慎重ですか?」
「慎重ですね。私としては評価したい所です。が、まあ消極的過ぎても、今後の展開が遅くなりますからね。そこらへんは心配であります。調子のいい馬鹿は王城とかに乗り込んでる例もありますから」
「いや、それは流石に……」
「はい。流石にそれはないですが、奴隷に気を使って色々教えるならともかく、気を使いすぎて教えることをためらっていますからね」
うーん。そういわれるとな……。
「まあ、2人とよく話し合ってください」
「はい。わかりました」
ということで、私の報告は終わったんだけど、そのあとはやっぱり3人で会議になった。
「その様子だと越郁もいわれたか」
「みたいだね」
「うん。3人を連れてきたらどうかってさ。私たちは遠慮しすぎみたいだね」
そういって3人ともお茶を飲む。
「でもなー」
「まあね。人を扱うっていうのは慣れないね」
「まだ、私たち学生ですからねー」
別に生徒会長ってわけでもガキ大将でもないから、人に指示を出して踏ん反りかえるのはね。
「いや、越郁は俺とか先輩とかを引っ張っていってるだろう」
「ああ。リーダーシップはあるね」
「そういわれてもね。ゆーやとせんぱいを信頼してるからできることだからなー」
「ま、とりあえず、なあなあがダメな時期になったってことかな」
「そうだろうね。仕事を僕たちはやっているんだ」
「そっかー。私たちは仕事をしているんだった」
これは私たちだけの冒険譚じゃない。
日本の為に働く公務員だ。
仕事。
そう。仕事を私たちはしているんだ。
このパン屋とか家も、せんせいのいや、異世界管理局のサポートがあってだ。
無料でやっているわけじゃない。
ちゃんとした成果を求められているんだ。
それを言わないせんせいは優しいのかな?
それとも、これぐらい自分で気が付きなさいってことかな?
「あー、うだうだ悩んだって仕方がない!!」
「越郁?」
「越郁君?」
「今悩んでいるのは、彼女たちだ。その彼女たちを無視して考えても仕方がない。だから直接聞こう!! せんせい、知り合いに鍛えてもらうってことを話すんだ。私たちが勝手に判断していいことじゃないよ。彼女たちの人生がかかってるんだから」
このまま普通のパン屋の娘って感じで終えたいのか、私たちと一緒に色々なことに関わっていくのか、一生に関わることだ。
だから、聞かないといけない。
「……そうだな。越郁のいう通り、何も言わないで僕たちが決めていいことでもないな」
「だね。詳しくは話せないにしても、選択肢を与えて選ばせるのは大事だと思う」
ゆーやとせんぱいも納得してくれたので、その日のうちに3人を呼んで、今後のことを話すことにした。
「ふぁー。いったい、どうしたんだコイク様。寝てたってのに……」
「こら。ファオン。この時間に私たちを起こしたということはどれだけ大事な話ということです。起きなさい」
「ふぁ……」
まあ、せんせいへの報告、そしてさっきの会議をした後だから時間的にはもう0時を回っている。
日本ならようやく寝る時間ってところだけど、こっちはすでに就寝している時間帯だ。
なにせ夜を明るく照らすものがないからね。
蝋燭とかはあるけど、明かり代も馬鹿にならないし、一般人は寝る。
だからこそ、この時間に話すのは私たちにとっては都合がよかったのかもしれない。
「ごめんね。だけど、お茶を飲んでちょっと目を覚ましてもらえないかな。ツーチの言うように大事な話なんだ」
私がそういうと、ファオンは雰囲気を感じ取り、目がしっかり見開かれて、ツーチは頷いて、まだ寝ているアンを起こし始めた。
「あの、悪い話じゃないよな?」
ファオンはちょっと不安に思ったのか、そう聞いてくる。
「えーと、どうなんだろう?」
悪い話といえば悪い話に聞こえる。
無理に働かせるような内容だし?
私がそう悩んでいると、せんぱいが代わりに説明してくれる。
「悪いという話じゃないね。これから君たちがどうしたいかで、どっちの選択がいいかが変わるだけだよ」
「選択?」
「ああ。詳しくはアンが起きてからだね」
で、アンを見て見ると……。
「ほら。起きなさい」
「ふえ? もうお腹一杯です……」
「だから、ご飯じゃないから」
なんかほっこりした。




