第37回活動報告:魔法薬屋
魔法薬屋
活動報告者:山谷勇也 覚得之高校一年生 自然散策部 部員
ゼイルさんに書かれた地図を見て着いてみれば、その魔法薬屋さんは、大通りに面していて、僕たちの家の近所だった。
「というか、目と鼻の先じゃん」
越郁が言うように、僕たちの家は向かいの角ぐらいで徒歩3分といったところだろうか?
大通りにあるってことはそれなりに需要があるってことで、魔法薬屋はお客が多いということかな?
それとも、ガーナンさんの許可がいるということから、こういう所に店を構えていられるんだろうか?
パッと見て、人が出入りしているような感じはない。
僕たちが知る薬局とはちがって、本当に薬だけを扱っているような店だ。
日本でいうドラッグストアみたいにティッシュとか生活用品が売っているわけではないから、お客も薬が欲しい人だけになるから当然と言えば当然か。
というか、そんなに品揃えを整えられるわけがない。
そんなくだらないことをお店を眺めながら考えていると、越郁はそのまま魔法薬屋さんへと入っていく。
「おっと、越郁君を追いかけないとね」
先輩に言われて、僕たちも越郁を追いかけてお店に入っていく。
お店の中は電気などがないので、昼でも薄暗い。
といっても、薬品を扱っているからか、商品が手に取れるようなところに置いているようなことはなく、カウンターが目の前にあって、そのカウンターの後ろに薬品棚が存在している。
恐らく、店主のおばあさんに話して薬を貰う、処方してもらうんだろう。
薬は一つ間違えば毒にもなるし、薬自体も高級品だ。
こういう売り方が当たり前なのだろう。
「ごめんくださーい!!」
と、僕たちが店内を眺めていると、越郁がお店の人を呼んでいた。
そういえば、おばあさんと話さないといけないから呼ばないといけないよな。
「「「……」」」
しかし、反応はない。
留守なのかな?
「……はーい。どちら様ですか?」
と思っていたら、お店の奥からそんな声が聞こえてきたと思ったら、優しそうなおばあさんがゆっくりと出てきた。
「よっこいしょ……」
お店と家の境にある段差をゆっくりと降りていく足取りは少々おぼつかない。
「ゼイルさんが変わってくれというのはこういう理由か。納得だね」
横で先輩がそうつぶやく。
僕も同意だ。
このおばあさんが薬屋をやっていくのには無理があるのは誰の目から見てもわかる。
僕たちがそんな感じで眺めている間におばあさんは無事にお店に降り立ち、カウンターの椅子に腰かける。
「はい。お待たせしました。どのようなお薬がご入用ですか?」
おばあさんは優しそうな声音で聞いてくる。
「あ、いや、違うんだおばあちゃん。私たちゼイルさんい言われてきたんだ」
「ゼイル? ゼイルの坊やからかい? あの薬かね。ちょっと待ってておくれ」
「はい?」
勝手に納得して棚を漁るおばあちゃんに越郁が首を首を傾げる。
というか、初老に入っているゼイルさんは坊や呼ばわりってこの人一体いくつなんだろう。
「はい。これがいつもの薬ね。お金は持ってきているかい?」
「あ、はい」
「じゃ、銀貨5枚だよ」
「あ、はい」
越郁はただ返事して財布から銀貨を5枚とりだし……。
「って、まて越郁!!」
「はっ!? いや、とりあえず5枚ね」
「はい。確かに。お使いご苦労さん。お嬢ちゃん」
「いやいや、なんで支払った!?」
「え? 面白そうじゃん」
そう言いつつ、もらった薬を確認する。
丁寧におばあさんが書いたのか、薬が入っている袋には薬品名と仕様用法用量がしっかり書かれていた。
『毛生薬 一日二回頭皮に塗ること』
「「「ぶはっ」」」
「?」
その薬品を見たアン以外の僕たち5人は吹き出した。
ゼイルさんの髪は毛生の結果だったのか!?
しかし、この毛生が笑いどころというのは異世界でも同じらしく、ファオンやツーチも口を押えて震えている。
「おや。聞いてなかったのかい?」
意外そうにおばあさんが首を傾げる。
あ、しまった。
騙した感じになるよなこれ。
正直に話して謝った方がいいんじゃないかと思ったんだが……。
「まあ、いいかね。これで最後になりそうだしね。ゼイルの坊やにはあとは残った髪を大事にしてねと言ってくれ」
そんな言葉を言ったのだ。
「え、おばあさん。最後ってどういうこと?」
「ん? 簡単さね。見ての通りもう老いぼれでね。歩くのにも一苦労。お店をたたもうかと思ってたんだよ。その薬はお嬢ちゃんたちが笑ったように、知られたくないことだろうからね。このばあがお店をたためば、ゼイルの坊やは薬を頼むことはないだろうさ」
なるほど。
本当にこのお店はもう長くないらしい。
というか、もう畳む気満々みたいだ。
「それに。この毛生薬は特殊な作り方でね。ばあ意外にはちょっと無理かね。不帰の森の素材もあるからね」
さらに僕たちでなければキツイ内容もあるようだ。
尚のことゼイルさんが僕たちに検討してくれというわけだ。
毛の為とは思いたくないけど。
しかし、育毛ではなく、毛生えというあたり、育てるという科学的認識はないんだなーと妙なところで納得していた。
「うーん。そうかー」
越郁はおばあさんの話を聞いてうんうんとうなずいていた。
「で、ゼイル坊やのお使いでは初めてだよね。お嬢ちゃんたちは?」
「あ、うん。初めまして、おばあさん。私、越郁っていうんだ」
そこから自己紹介が始まり全員が名前を告げる。
「ばあはハブルっていうんだけど。みんな、ばあって呼ぶね」
まあ、その通りの名前だと思う。
「なんというか、店を畳む直前にこうやって新しい出会いがあるとは思わなかったね」
「このお店は後継ぎとかはいないの?」
「いないねー。息子夫婦はよその町で魔法薬屋として招かれていてね。こっちには戻って来れそうにないんだよ」
「あー、このリーフロングのお店を維持する人がいないってことか」
「そうだよ。息子夫婦の方から薬の方は都合してもらうようにいってるから、時間はかかるだろうけど、一般的に必要な薬が枯渇することはないはずさ。ま、仕方ないのないことだね」
こういうことで、ガーナンさんはこっちのことは触れてなかったのか。
ゼイルさんにとってはある意味死活問題だったんだろうけど。
で、そこはいいとして、越郁はどうするつもりなんだろうか?
魔法薬屋の店主のおばあさんに会って話すことはできた。
特に感じの悪いおばあさんでもないみたいだ。
「うーん。例えばだけど、お弟子さんを取るとかは考えてないの?」
「このばあが教えるのはきつくてね。あと、一番大事なことだけど、高価な薬品もあれば、使い方を間違えば毒になるモノまで色々あるから簡単に迎えるわけにもいかなんだよ。今までガーナン坊やが色々探してくれたんだけど、わざわざこのリーフロングに来てくれるって特異な人はいなかったみたいでね」
尤もな話だ。
リーフロングは危険な不帰の森が隣接する場所であり、わざわざ危険を冒して王都とか他の所から来る理由もないだろう。
「じゃ、私とかは?」
「お嬢ちゃんがかい?」
越郁の言葉におばあさんがきょとんとする。
「うーん。確かに、ゼイルの坊やからの使いなら信用はあるんだろうけど、お嬢ちゃんが難しい薬の作り方を覚えられるとは思えないけどねー」
そう苦笑いしておばあさんは答えるが、越郁はそんなのを無視して、ごそごそと袋をから先輩が作った試験管の簡易薬を出す。
「ほい」
「ほいって。ん?」
流石、魔法薬屋をやっているからなのか、すぐに取り出した薬に反応する。
「んん? ちょっと見せてもらっていいかい? いや、中身を確かめるために使わせてもらっていいかい? お金はもちろん払うよ」
「いいよー」
そして、おばあさんは何かつぶやきつつものその薬を観察して、本を取ったりして、最終的には飲んだ。
すると、足腰が弱っていたはずなのに、血からずよく立ち上がった。
あー。
なるほど、ゼイルさんが絶句したわけだ。
先輩としては即席で回復できる常備薬みたいな感じだったんだけど、まあ、よく考えれば傷を一瞬で治すタイプの物だから常識外の薬だよな。
僕がそんなことを考えていると、おばあさんは自分の体の動きを確かめるように、その場でジャンプしたり果ては腕立て伏せなんかをしたりして驚いた顔をした。
「まさか、エリクサーをお目にかかるとは思わなかったよ。お嬢ちゃん。この薬はどこで手に入れ……」
「せんぱいが作った」
手に入れたという言葉を遮って、越郁は後ろにいる先輩に視線を送る。
「こっちのお嬢ちゃんがこの薬を?」
「ええ。まあ……」
先輩は苦笑いしながら答える。
まさか、越郁が先輩が作った薬を見せるとは思っていなかったので、どう反応していいものかといった感じだ。
前もって相談してくれればよかったのに。
「というか、あれエリクサーっていうんだ。ちょっと強い回復薬じゃなかったの?」
「いや。鑑定では効果の高い回復薬としか出てなかったからね。僕も意外だよ。エリクサーって万能薬、不老不死の薬とかと言われているから、怪我を治すだけじゃねえ」
「あ、まあそうか」
「いやいや、お嬢ちゃんたち。見ての通り、ばあの年老いた体まで治したんだから、これは不老不死の薬といっても間違いじゃないよ」
あー、なるほど。
そういう見方をすれば確かに不老不死の薬には見えるかもしれない。
「まあ、おばあさんのこの薬がエリクサーかどうかはおいておくとして、つくったのは確かに私です」
先輩はとりあえず話を進めることを選んだようだ。
「なるほど。といいたいが、これを作ったとは……」
「信じられないですか?」
「申し訳ないけどねぇ」
「まあ、当然だと思います。で、この薬を見せたってことは越郁君は薬屋も兼任するって感じでいいのかな?」
「んー。まあ、とりあえず私たちも作れるよって見せたかった感じかな。でも、せんぱいの薬飲んで元気になったみたいだし、普通にジャムを生産してもらって譲ってもらえればいいんじゃないかーって。そから、ジャムの製造許可もらうとか?」
「ん? どういうことだい?」
そこでようやく、越郁はこのお店を訪ねた経緯を話すことになった。
「なるほどね。ゼイルの坊やは気を使ってくれたのかね。それとも、その毛生薬の為かね?」
「さあ、それはなんとも……」
僕は苦笑いで答えるしかできない。
まだ若いし、父方、母方どちらとも禿げはいないので、その気持ちはきっと理解できないものだろう。
「しかし、お嬢ちゃんたちが凄腕の魔術師ねぇ。いや、信じていないわけじゃないんだけど、どもうねえ」
「まあ、仕方ないよ。こんなかわいい子が強いとか思わないもんね」
「あはは、コイクちゃんのいう通りだよ」
どうやら、越郁のことを気に入ったみたいで和やかに話は進んでいって、そのまま薬を作るところを見せてもらったり、先輩や僕たちが薬を作って見せたりして、こっちの実力は正しく把握してもらえた。
「すごいものだね。こんな若くしてここまでの技術を持っているなんて」
「いえ。鑑定っていうスキルのおかげですし」
「それを持っているだけでここまでの技術を習得したわけじゃないだろう? わかるよ。ちゃんと努力してここまでできるようになったことぐらいは」
「恐れ入ります」
まあ、チート能力でそこまで時間はかかっていないんだけど、こうやって認められるのは嬉しいのか、先輩も笑顔になっている。
努力をしたことに間違いないしからね。
「で、こんな風にパンにジャムを入れて売り出そうって話だね」
「そうそう。でもさ、薬も兼ねているって話で、こっちで勝手に作るのはーってことになったんだ」
「ふむ。まあ、ガーナンの坊やとも知り合いらしいからジャムだけの許可ももらえるだろうけど、私からの許可もあった方がやりやすいだろうね」
「うん」
「わかったよ。ジャムの制作許可に、パンに入れて売ることも了承したって手紙を書こう」
「お、おあばあさんありがとう」
「いやいや、知らなかったとは言えエリクサーを飲んでしまったからね。このぐらい安いものだよ」
これでジャムの許可はもらえたわけだけど……。
「あ、でもさ。このお店の方はどうするの?」
「幸い、ヒビキちゃんがくれたエリクサーのおかげであと数年はできそうだね。だけど、このお店をお嬢ちゃんたちにというのは無理だろうね。色々世界を見て回るんだろう?」
「うん」
「じゃ、この町を守るための薬屋は任せられないね」
「そうだよね……」
おばあさんのいう通り、僕たちはあくまでも情報収集の為にお店を開くのであって、ここで永住するわけじゃないから、薬屋を継ぐというのは話が違うよな。
「コイクちゃん。そこまで残念がることはないよ。薬の供給は息子夫婦に頼んでいるし、お嬢ちゃんたちの腕前なら、ゼイル坊やの毛生薬は教えてもいいからね。お嬢ちゃんたちはこの町にいる間は薬を作る手伝いをしてくれればそれだけで大助かりさ」
「そうかな?」
「そうとも。それでも気に病むなら、いつかこの町を出て世界を見に行くときに、このお店を任せていいだろうって人を見つけてくれればたすかるねえ。お嬢ちゃんたちからの推薦なら腕は確かだろうしね」
「なるほど。じゃ、そっちでがんばるよ!!」
「ああ、楽しみにしてるよ。あと、このジャムパン。このばあに毎日作ってくれると嬉しいね」
そんな感じで、パン屋の顧客を一人捕まえたのであった。




