第36回活動報告:思ったよりもできました
思ったよりもできました
活動報告者:宇野空響 覚得之高校二年生 自然散策部 部長
「あの、これで終わりなのですか?」
そんなツーチの言葉がキッチンに響く。
「なんかもっと忙しいのかと思ってた」
「はい。パンを作るのは大変って聞いてました」
ツーチの言葉に同意するように、ファオンやアンも意外だったという。
まあ、それもそのはず。
パンを作るのに一番時間を食うのは案外発酵時間だったりする。
パンがふっくらする原因はイースト菌がパンの中、つまり小麦粉の中で発酵することにより気泡が生まれてふっくらするんだ。
だから、それをやらないで焼いてしまうと固いパン。乾パンなどやクッキーになってしまうのだ。
幾ら日本のドライイーストの発酵が速いとは言え、それでも40分はかかるので、材料を混ぜてそれから発酵に適した温度に設定してある発酵機械に放り込んで待機という状態だ。
これでは確かにつまらないだろう。
一応、発酵した後に、生地を整えて、焼くというメイン作業があるのだが、ここは地球の機械文明万歳というところで、僕たちは薪に気を使って火力調整などはしなくていいから放置だ。
だから、あと一番忙しいのは生地を整えるというところだが、今回は丸パンを作る予定なので、生地を整えるといってもそこまで忙しいものでもないだろう。
これがクロワッサンとかなら難しいのだろうけどね。
ということで、僕たちは生地をささっと作ったあとは寝かせている時間でこんな話をしているというわけだ。
「終わったわけじゃないよ。生地を発酵させているんだよ」
「それがパンをふわっとさせるんだ。この発酵がないと固いパンとかクッキーみたいになるね」
私が考えた通りの説明をする2人。
「とりあえず、さっきので分量とかは生地の作り方は覚えたでしょう? あれは適当じゃだめだからね。分量が毎回違うと、味が変わるから。そこはしっかりね」
「売り出そうってやつだからね。そこはちゃんとしないといけないよ」
「あー。ツーチ、さっきの覚えてるか?」
「あ、いえ。作るのに夢中で……」
「おぼえてないです。ごめんなさい」
あ、しまった。私も覚えていない。
分量は大事だね。
お店を出すなら味は安定させないといけない。
家庭で作るような感じではだめなんだ。
「まあ、分量に関しては食べてみて色々変えるけど、最終的にはこれが私たちのお店の秘伝の分量になるからね。みんなで色々作ってみるから、美味しいと思うパンができたときの分量を覚えて書き留めておくといいよ」
「なるほどな。それで同じ味がだせるってことか。わかったよ、コイク様」
「これからの必要なことということですね」
「ほえー。わかりました」
そんな感じで、発酵時間は越郁君によるパンの講座、授業が始まった。
意外に見えて、越郁君は料理が上手い。
普通に魚も捌けるし、凝った料理も作れる。
まあ、普段は勇也君にまかせっきりで誤解があるが、彼女も勇也君や自分が面白おかしく過ごす為には労は惜しまない。
越郁君らしいといえばらしいだろう。
「……とまあ、こんな感じで私たちの所にはいろんなパンがあるんだよ」
「へー。変な形だけどサクサクしてて美味しいなこれ。クロワッサンだっけ? これ作らね?」
「無理よ。こんな複雑なの作れるわけがないわ」
「難しそうです」
「いやー。クロワッサンぐらいなら簡単に作れると思うよ。まあ、ツーチが言うように複雑な形をしているし、ちょっと作り方が違うから覚えないといけないけどね。まあ、それはおいおいということで、今回はとにかく丸パンだよ」
そういって越郁君は発酵機に入れたボールを取り出して、私たちに見せる。
「こんな感じで、発酵すると大きくなるんだ。大体二倍ぐらいに大きくなるね」
「おおー。すげー、膨らんでる」
「これが発酵ですか」
「ふくらんでますー」
確かに膨らんでいる。
これがイーストを使った発酵か。
テレビなどでは見たことがあるけど、実際みるとやはり違う。
なんというか、現実味がある。
そんな感想を抱いていると、越郁君はボールから生地を取り出して、スパッと手のひらほどの大きさに切り取っていく。
「これを、こうやって、形を整えるんだ」
越郁君は切り取った生地を何度か折り表面の生地がつるっとした感じに仕上げる。
折り返しの厚みで丸みを出すのか。
手のひらで丸めるわけではないんだね。
「さ、やってみて」
そういわれて、やってみるがなかなかうまく行かない。
生地を折りすぎては生地が裂けてしまうし、数回のうちに表面をつるつるに仕上げるのはなかなか難しい。
ファオンやツーチも苦戦している。
「コイク様。これでいいですか?」
「おー、アンは呑み込みがいいね。パン作りに向いてるかもしれない」
「えへへー」
どうやら、アンはこういう作業に向いていたらしく、簡単に綺麗に生地を整えている。
……私やファオン、ツーチが不器用なわけではないと思いたい。
そのあと、まあ再び生地を寝かせたり、形を整えたり、さらに発酵して、ようやく焼いて完成となった。
「ふあー。疲れたー。とうか、待つ時間が辛かった」
「そうですね。思ったよりも待つ時間が長いです」
「はっこうに時間がかかります」
「うん。そうなんだ。発酵がパンにとっては大事なんだ。まあ、だからそこを利用していろいろなパンを作るんだけどね。一種類だと今のように手持ち無沙汰になるからね。焼くのはそこまで時間はかからないからね」
越郁君のいう通り、パンを焼く時間はこの大きさの丸パンは15分程度で、もう出来上がっていた。
3人が言ったように、発酵させて待つ時間の方が長い。
そんなことを考えていると、勇也君がパンを取り出して私たちの前に置いてくれた。
「うわー。すげー、本当にパンだ」
「でも、綺麗ですね。つやつやです」
「ほんとうだー。外で買ってきたパンよりきれいだ」
「それは、照卵を塗ったからだね。そこがいい感じに焼けてつやつやに見えているんだ」
リーフロングのパンは卵を塗ってつやを出す問ということはなく、そこまで形も整えないみたいで、丸パンではあったけど、表面はザラザラだった。
まあ、食にそこまでこだわっていないからだろうね。
この時代にそこまでこだわれる余裕があるのかっていう問題もあるだろうから。
「焼きたてだから美味しいよ。さ、食べよう」
「うん。ゆーやのいう通り。焼きたてが一番おいしいからね。食べよう」
そういうことで、出来立てのパンを食べる。
うん。美味しい。
自分で作ったというのも加味されているんだろうと思うが、リーフロングのパンを知っている身としては、これなら売れると思う。
「すげっー。白パンもそうだけど、ライ麦の方までふわふわだ」
「ライ麦で作っているのにここまでふわふわになるモノなんですね」
「おいひーです」
とりあえず、失敗は無いようだ。
初めてにしては上出来じゃないかな?
「よーし、あとはこれを放置しておこう」
「え? 食べないのか?」
「うん。放置してどれだけ味を保っていられるかってのもちゃんと確認しないとだめだよ」
「なるほど。売り物ですからね。味が落ちる時間なども把握しておかなければいけないんですね」
「そうだね。ツーチのいう通り。あと、ゼイルさんに持っていく分もあるからね。焼きたてとそうじゃないのも持って行って食べてもらわないといけないから」
「はむっ、はむっ」
アンは聞いているのか怪しいけど、確かにゼイルさんには持っていくと言っているから必要だろう。
焼きたてパンはもちろん時間が経ったパンも、私たちの腕前を見せるために。
「ま、今日の残りの時間は色々まぜて生地を試してみようか。クロワッサンとかできるといいね」
「「「はい」」」
ということで、その日は一日パン作りに励んだわけだけど……。
「うう、もうパン見たくない」
「胸やけが……」
「パンいっぱいですねー」
ファオンとツーチはパンに拒絶反応がでていて、アンは嬉しそうだった。
僕はどちらかというと、拒絶反応かな。
まあ、作ったパンを片っ端から味見していたからね。
「いや、売り物でもないんだし、おすそ分けでよかったじゃん」
「越郁、自分で作ったものは食べたいもんだ。というか味見も仕事だしな」
「程度ってものがあるでしょうに」
ぬぐ。
珍しく越郁君のいう通りだ。
程度を考えていなかった。
これは反省だね。
「ま、でも、思ったより色々出来たね」
「ああ、ジャムパンやアンパンも普通にできたな」
そう、一日パン作りに励んだ結果、ジャムや餡子は持ってきていたものを使って作ってみたんだけど、思ったよりも上手くいった。
クロワッサンも形は悪いけどできたし、棒状のフランスパンみたいなのもできた。
素人がやった割には色々できたと思う。
日本のレシピ集は優秀だったわけだ。
これで、あとは何度も作って完成度を高めていくわけだ。
そんな感じで、パン作りは思ったよりも成功して、翌日ゼイルさんに試作品を持っていくことになった。
「昨日の今日で早いな」
「準備はしてたからね。とりあえず、パンだよ。まあ、丸パンはともかく、他のおやつって感じで作ったから」
「ふむ。きれいなパンだな。つやがある」
ゼイルさんはそう感想を言って、パンをつかんで口に入れる。
「ほお。美味いな」
「そりゃよかった。じゃ、次はこっちね」
「なんだ、同じ丸パンじゃないのか?」
「中にちょっとジャムを入れてみました」
「ジャム? またそんな高級品を……。ああ、お前さんたちが持っててもなにも不思議じゃないか。しかし、ジャムは塗る物だろう?」
「まあまあ、食べてみて」
ジャムをパンの中にというのはゼイルさんやツーチたちの反応を見るにやはり珍しいものなのだろう。
ジャムは高級品、それを中に入れるというのは考えつかないようだ。
多少訝しげにしつつも、パンを口に入れる。
「ふむ……。ほう、なるほどな」
半分ほど食べてから、パンを口から離す。
その断面には、イチゴジャムがパンの中から見えていた。
「こうすることで、ジャムを節約しつつも、一般で売ることもできるわけか」
「そうそう。味はどう?」
「これは野イチゴか、酸味と甘みでいい感じだな」
「それはよかったよ。後は砂糖の値段だね」
「作る時のコストか。まあ、最初にいったがこれなら一般で売ることもできるだろう。ここまで入れなければ」
「あ、やっぱり多かった?」
「まあな。もうちょっと、減らさないと一般で売るには高くなるだろうな。せいぜい普通のパン二個三個分ぐらいの値段を想定しているんだろう?」
「それぐらいだね」
「なら、やはりもうちょっとジャムは減らした方がいいな。あとはジャムの材料になる果物と砂糖の入荷というわけか」
「そこらへんも聞きに来たよ。売れそうでしょう?」
「売れるな。これは売れる。ジャムは高級品といえど、そこまで砂糖は使わないからな。果物を煮込むだけだ。まあ、それでも小さいビン一つで銀貨3枚ほどだからな。一般人にはやはり高級品だ。祝いの時ぐらいにしか買わないようなものだな。あとは薬にも使われている」
なるほど、約3万円か。
それは高い。
となると、あの量を入れたジャムパンは1000円前後?
ものすごく高い菓子パンもあったものだね。
「え? 薬?」
私がゼイルさんの話に納得していると、最後にでた薬という単語に越郁君は首を傾げている。
ああ、今とはなっては砂糖は調味料の一つだけど、昔は砂糖は薬として扱われていたのだ。
だからこそ、貴重で高かったんだろうね。
「そうだよ越郁君。砂糖をふんだんに使ったものや、砂糖自体は薬として扱われることも多いからね。疲れを取ったりとかすぐにエネルギーになるから」
「ああー、登山とかでのチョコ?」
「そうそう。だから、ここでは砂糖は薬という意味もあるんだろう。それにジャムは果実と砂糖を混ぜたものだから、薬としては案外すごいものかもしれないね」
「いや、まあそこまで信じられてはいないが、甘くて誰でも食べられるからな。そういう意味では、ジャムは信頼が高い」
なるほど。
物を食べられなくなった人にはうってつけの食品ってわけか。
「へー。ってことは勝手に作るのは怒られる?」
ああ、越郁君のいうように、薬としての価値が高いならほいほい作っていいわけがないね。許可とか色々あるかもしれない。
「普通ならな。本来は魔法薬に分類されるものだ」
「へー。あ、そういうこと?」
「昨日言っていた、リーフロングの魔法薬師のおばあさんの代わりにということですか?」
「ああ。ジャムを作るなら魔法薬を作ることも引き受けてくれると助かるな。物のついでというやつだ。その分こっちもフォローできる。ジャムに関してもコイク殿たちが勝手に作って消費するだけだからな、誰も文句は言わないだろう」
「どうする? みんな?」
勇也君がそう僕たちに問いかける。
さて、まだパン屋も出来ていないのに薬屋さんか。
しかし、ジャムパンを売れないのは難しい。
悩むところだね。
「とりあえず、変わりが務まるか分からないから、そのおばあさんと会ってみるよ」
「ああ、それは大事だな。案内するか?」
「いや、場所おしえてくれるだけでいいよ。普通に会ってみる」
「自分で見極めるか。別に頑固なばあさんってわけじゃないぞ?」
「どうしてもガーナンのおっちゃんやゼイルさんが入ると正直なことは言えないでしょう?」
「まあな。わかった。地図を描く」
さて、僕たちはそんな感じで魔法薬師のおばあさんと会うことになったわけだ。
どんなおばあさんが薬を作っているのか僕としては興味深いね。




