第34回活動報告:異世界のパン
異世界のパン
活動報告者:山谷勇也 覚得之高校一年生 自然散策部 部員
「ユーヤ様。美味しそうなパンですね」
「そうだね。アン」
僕とアンは今、パン屋に顔を出している。
露店の方では残念ながら、焼き固めた乾パンしか置いてなかったからだ。
まあ、露店の品物はちゃんと記録してきたから、後で整理してみればパン以外の市場価格とかもわかるだろう。
今回の目的はあくまでも、パンを作るための情報集めが目的だから、他の品物は後回しとなったわけだ。
しかし、パン屋に来てみたのはいいけど……。
「ライ麦パンばかりだね」
「そうですよ? 白パンは高いんです」
なるほど。
ライ麦パンが大衆の食べ物で、白いパンは高級品という認識なのか。
いや、そうか、あれだけ荒い小麦粉から白いパンを作ろうとするとそれなりに手間がかかるのは分かりきっているからな。
しかし、白パンもあるというのが分かったから、振るいに掛けて上質な小麦粉を精製するという技法は編み出されているわけか。
ゼイルさんが驚いていたのは上質な小麦粉が袋一杯に存在していたことなのか。
あれ一袋でかなりの価値になるんだろうな……。
ああ、確かライ麦パンと白パンは別の食べ物のように扱われていて、ライ麦パン屋と白パン屋がはっきりと分けられていたって文献があったような。
こっちでも同じ感じなのか。
しかし、種類がない。
たった一種類しか置いていないのだ。
いや、厳密には大きさの違うのだが、中身はすべてライ麦パン。
恐らく、家族用とか個人用というやつだろう。
まあ、この文明レベルだと、いろいろなパンを作るというメリットもあまり存在しないからな。
その分食品の保存とか購入費とか手間もかかるし。
そんな感じでまじまじとライ麦パンを見ていると、パン屋のおばちゃんが声をかけてきた。
「お兄ちゃん。何を悩んでいるんだい?」
「あ、いえ。6人家族なんですけど、どれぐらい買っていけばいいかよくわからなくて。このパンってどれぐらい腹持ちしますか?」
流石に、一種類だけですか?とは聞けないので、とっさにそう答える。
「そうだねー。うちのパンはお腹に溜まるように作っているから、基本的に小さいの6つ買えば晩御飯にはなるね。でも、小さいのを6つ買うと割高だしね。こっちの大きいのを2つ買うといいさ」
「なるほど。じゃ、それを二つください」
「あいよ。鉄貨5枚だよ」
この大きさで500円ぐらいか。
お買い得というより、この価格設定をガーナン伯爵がしているんだろうな。
確か、中世ヨーロッパでのパンの価値はその土地を収める領主が厳格に定めていたらしい。
まあ、どこまで同じか分からないけど、そうでもしないとお金をあまり持たない平民は飢えてしまう。
それでは労働力が確保できないし、そんなきついところに人は集まらないから、パンという一般的に食べられる物の価格設定はかなり考えて決められているはずだ。
と、いけない。お金お金と。
「はい」
「毎度あり」
このリーフロングの町というかこの世界では、買い物袋を提供する店など存在しない。
エコバックに入れるのが当たり前である。
いや、エコというかこっちではただのバックだな。
買い物袋を提供するなんてコストがかかりすぎるからな。
パンを受け取り持ってきたバックに入れる。
この町に合わせてバックというよりバスケットかな?
「すみません。ちょっといいですか?」
「ん? なんだい?」
「今日はちょっと祝い事でして、ワインでもと思っているんですが、どこで売っていますかね?」
「あー、それは……」
そういうことで、おばちゃんに教えてもらった酒屋にやってきたのだが……。
「いらっしゃい。……って、ガキが買えるものじゃないぞ。帰った帰った」
酒屋の店主は愛想が最悪だった。
まあ、日本人は童顔だし、アンも連れていることもあって、子供がのぞきに来たと思われたのかもしれない。
「いえ。お金はあります。お祝い事でちょっと一本譲ってほしいんですよ」
「ガキの小遣いで買えるような額じゃねーぞ? いくら持っているんだ?」
「そうですね。予算は金貨5枚ほどですかね」
「なっ!? 金貨5枚!?」
そういって驚いた店主らしきおじさんはすぐにびしっとなって、丁寧に口を開く。
「ど、どこかのお坊ちゃまとお嬢様でしょうか?」
「まあ、そんなものですね。店の品ぞろえとかの確認も兼ねて美味しいのがあれば、常連になるかもしれませんね」
「しょ、少々お待ちください!!」
店主は慌てて店の奥に消えていく。
「……あの人嫌いです。お金持ちと分かってすぐに態度を変えた」
アンはそういって僕にしがみついてくる。
ちょっとあの店主の対応が怖かったみたいだ。
「うーん。まあ、お金を持っているかは一種の身分を測るための基準だからね。僕たちが子供に見えたから、貧乏人でお店に被害が出るかもって考えたのかもしれない。邪険にしてれば、近寄ろうとは思わないだろう?」
「……はい。でも、ああいうひとはすぐ殴るから嫌いです」
なるほど。
そういうトラウマみたいなのがあるのか。
そうだよな。この子だって奴隷なんだ。
幸せに奴隷になることなんてないだろうから、どこかで辛い思いをしているんだろうな。
それを無理やり聞き出すようなことはしないけど。
とりあえず、店主が出てきてワインのうんちくを急いでいると断り、さっさと受け取って出てきた。
アンに無理やり怖い思いをさせることはないだろう。
「あ、あの、ユーヤ様。もう、大丈夫です」
そう声をかけてくるまで気が付かなかったけど、いつしか最初の露店の場所まで戻ってきていた。
結構早足だったのか、アンは少し肩で息をしていた。
「ごめんね。ちょっと早かったかな」
「い、え。私の為にすみません」
アンは自分のせいであの酒屋を出て行ったと分かっているみたいだ。
うーん、ここら辺はもうちょっと気を遣わないといけないな。
越郁ならこういうことはあまり気にしないから、考えたも事もなかった。
とりあえず、息が上がっているアンをこれ以上歩かせるわけにもいかないので、ささっと持ち上げる。
「あわわっ!? え? ユーヤ様?」
「とりあえず。しっかり捕まってね。荷物もあるからね」
「あ、はい……」
そう畳みかけると、すぐにおとなしくなるアン。
ちゃんと首に腕を巻き付けているし、問題なし。
とりあえず、これ以上買う物もないし、戻ろうと思っていると、名前を呼ばれる。
「おーい、ゆーや!!」
「あ、まてって、コイク様!?」
呼ばれた方向を見ると、越郁とファオンがこちらに駆け寄っていた。
なんかたくさんの荷物を抱えて。
「あ、コイク様。ファオンさん」
「お? アンどうかしたのか? おんぶって具合でも悪くなった?」
「いえ、その……」
なぜか言いにくそうにしているので、僕が代わりに答えることにする。
「ちょっと僕の歩く速さに追いつけなくてね。疲れてたんだよ」
「ああ、なるほど」
「ふーん。ゆーやがね。ま、そういうならそれていいけどさ」
ファオンは納得したけど、越郁は何か走るような原因があったと察したようだ。
流石に幼馴染なだけはある。
「まあ、こっちはそういう理由だけど。そっちはなんでそんなに色々買い込んでいるんだ? パンがメインのはずだろう?」
そう、アンをおぶっているよりも、越郁とファオン抱えている荷物の方が気になる。
どう見ても、剣や鎧みたいなものまである。
どこの調査をしてきたんだか。
僕がそう呆れながら聞いていると、越郁はごそごそと荷物を漁ってある物を差し出してきた。
「パンもあるよ。ほら、白パンとライ麦パン。すごいよねー、白パンが高級で、ライ麦パンが一般的なのは本当だったよ」
「コイク様はなんか白パンとライ麦パンを見て驚いているんだけど、ユーヤ様もか?」
ちゃんと仕事はしているぞというアピールにファオンの質問もあったので、追及は一旦やめるしかないか。
「まあ、僕たちのとことでは普通に白パンだったからね。ライ麦パンとはそこまで遜色ない値段だったから」
「へー。すごいんだな。魔術師が住む町ってのは」
あ、なるほど。
ファオンは僕たちが住んでいた場所は魔術師が多く住む町って認識なんだ。
だから、ある程度の常識の違いはそこで納得するのか。
すごい魔術師たちがいるならこのぐらいあるだろうという感じなんだろうな。
まあ、細かい説明をする必要がなくて助かるか。
おかげで、その荷物の山の説明を……。
「でさ、ゆーや。色々買ってきたからさ、戻って品定めしよう。ずっとパンを作るわけでもないし、現物があるほうがいいでしょう」
「なるほど。でも、その剣とか盾って高そうだけど、お金足りたのか?」
「んー。いや、こっちの剣とか盾は私用のコレクションって感じで予算からじゃなくて、私のお小遣いで買ったから問題なし」
「あ、そうなんだ」
「だってさ、武器っていうなら先生から支給してもらったものの方がいいじゃん。特に特殊能力があるわけでもないし」
それもそうか。
こっちで剣とか買うよりも、銃の方がいいよな。
まあ、日本には剣であれ、銃であれ持ち込めないし、こっちでなら大丈夫だから越郁のように買ってみるか?
と、考えていると不意にあることを思い出した。
「いや、手入れとかどうするんだ? 放っておくと錆びるぞ?」
そう。手入れもなしに武具どころか、全ての物は長く維持できない。
「まあ、最悪アイテムボックスに仕舞っておくよ。先生にきけばなんか保存用の魔術とかもあるかもしれないし」
「なにかあるといいな」
「うん。こういうのは飾ってこそだよねー」
僕と越郁がそう話していると、ファオンとアンは首を傾げながら……。
「あの、ファオンさん。越郁様が買った武具で飾るタイプなんですか?」
そうだよね。
武器買ってきて飾るとかおかしいよな。
本当に武器がいる人からみれば怒るかもしれない。
「いや。普通に実用タイプだったけど。まあ、コイク様たちなら武器なんていらないんだろうな……」
「はあ、そうなんですか?」
「実際に戦ったところは見たことないけど、冒険者ギルドに行ったときにすんなりギルド長とかと会ってたし、それなりの実力のはずだ」
「なるほど。ユーヤ様たちはすごいんですね!!」
「ん? そうだよ。私やゆーやはすごいんだよ。でも、まだまだ知らないことも多いからアンも手伝ってね」
「はい。任せてください」
「ま、その剣とかも、しじょうちょうさの一環なんだろう。ならいいじゃん」
ファオンのいう通り市場調査の一環にはなるだろう。
どの程度の武器を取り扱っているとうことから、一般的な人々の武装とかがわかるはずだ。
「それよりさ、パンを作るって話だけど。こんなにパン屋があるのに、売れるのかな? そもそも、私は店で売るパンを作れるとは思わないんだけど……」
「まあ、それは家に戻ってからだね」
「そうだな。まずはパンを作れるかどうかと家に戻って試さないとな」
「あ、なら、私、降ります」
背中にいたアンは降りようとするが、特に問題ないのでそのまま帰ることにする。
「あの、もう大丈夫ですけど?」
「まあまあ、ゆーやのおんぶにしてもらって帰ればいいよ。家に戻ったらパン作りで大変だからね」
「はあ、いいんでしょうか?」
「コイク様やユーヤ様がいいっていうんならいいんだろうさ。奴隷の扱いにしては不思議だけど」
やっぱり、奴隷には奴隷に対する常識っていうのもあるんだろうな。
そこらへんも覚えておかないと、変なトラブルに巻き込まれるかもしれない。
と、そんな感じで、雑談しつつ家に戻ると……。
「やあ、そろそろ戻るころだと思ったよ」
「おかえりなさいませ、コイク様、ユーヤ様。2人もおかえりなさい」
ヒビキ先輩と、立派なメイドを務めているツーチが迎えてくれた。
露店の方で見なかったから、すでに家に戻ってると思ったのだがやっぱりそうだった。
「さ、中でお昼のパンでも食べながら、今後の予定でも話し合おう」
「はい。味の見本になるかもと思いヒビキ様が皆様の分も購入しておられますので、どうぞリビングへ」
「「「あ」」」
そういわれて、僕たちは顔を見合わせることになる。
そういえばそうだ。
パンを調べてたのだから買うのは当然だ。
その結果、3チームともパンを買っているので、お昼の食卓はパンだらけになってしまった。
「うわー。パンだらけだ……」
「これは流石に食べられないな」
「流石に、私も大きいの二つだな」
「そんなに食べるんですかファオンさん!?」
「別にお昼に食べきる必要はないのですから、そこまで気にしなくていいかと」
「そうだね。ツーチのいう通り、今日の夜、明日の朝にでも消費すればなくなるだろう。そこはいいとして、結構パン屋があるんだね。少なくても3チームが別のパン屋に行ってるから、少なくても3つ。まあ、普通に考えるとそれ以上にあるんだろうね」
「それはそうです。消費するのはこのリーフロングに住む人すべてです。たった3つで間に合うわけがありませんので」
なるほど。ツーチのいう通り、このリーフロングではパンが主食だから、それを3つのパン屋で補うのは流石に無理がある気がする。
全部の家庭が自宅で作るわけじゃないし、買って食べる人もたくさんいるだろう。
「じゃ、パン屋で競合はそこまで問題なさそうだね。と、まずはお昼にしようか。いろいろなパン屋の味比べだ。そこがまずはパン作りのための第一歩だよみんな。いただきます」
「「「いただきます」」」
そういうことで、お昼のパン試食会が始まった。




