第31回活動報告:顛末とこれから
顛末とこれから
活動報告者:山谷勇也 覚得之高校一年生 自然散策部 部員
なんだがな。
僕は今の状況を見てそういう感想がでた。
ただ、ファオンのことを聞きに来ただけのはずなのに……。
「では、あなた方の証言は嘘だったということになりますが?」
「ち、違う。気が動転して、そ、そうだ。その後勝手にファオンが奴隷商人に捕まっただけだ。なあ!!」
「そうそう!!」
ラナさんが鋭い視線でファオンが嵌められたというパーティーメンバーの尋問を行っていた。
僕たちは一応ファオンの主人ということで、尋問に同席することになったのだ。
今はファオンがどうして嵌められて売られたという事の話しなのだが、やっぱりというか、話が二転三転している。
当初はこいつらは冒険者ギルドにファオンは魔物との戦闘中に命を落としたと報告をして、ギルドカードを返納してきたらしいのだが、今の証言はファオンが死んだと思ったと言っている。
「……ギルドカードをまさぐる余裕があって死んだと思ったんですか?」
「……そ、そうだ」
なんとも苦しい言い訳だ。
当事者のファオンは先輩と一緒に別の部屋でモッサギルド長から話を聞かれていて、すでに奴隷商人の方へ確認を取りに行っているらしい。
この場でラナさんが事情を聴いているのはほぼ無意味というか、情状酌量の余地があるかという状態だ。
正直、ファオンが奴隷になった件がツーチやアンが言ったようにどうにもならないものと思っていたんだけど、ギルドの動きは予想外に早かった。
僕はなんでかと不思議だったんだけど、先輩が説明してくれた。
『それは、日本に比べると奴隷とかいて治安は悪いかもしれないけど、戦争でもないのに町にいる人が、正当な理由なく奴隷にされていたら、普通の人はいなくなるだろうね』
納得の説明だった。
確かに、日本よりは治安は悪いけど、無法地帯というわけでもない。
偉い人からの指示でもない限り、無実の人が不当に裁かれたり、理不尽な目に合うことはない。
町にはちゃんとした秩序が存在している。
それがなければ人はその土地に住もうとはしないだろう。
それは冒険者ギルドも同じだったということだ。
そんな仲間を売るような冒険者がいれば、ギルドが犯罪者の片棒を担いでいると思われるのは、冒険者ギルドに仕事を持ってこようと思う人も減るだろうし、領主ににらまれるだろうし、ギルドにとっては損失でしかない。
だから迅速に対応したということだ。
「……そうですか。その発言に偽りはありませんね?」
ラナさんの尋問……ではなく、取り調べは終わりに近づいている。
3人は最後通告だと理解していないのか……、それともさっきの説明で説得できたと思ったのか……。
「「「間違いありません」」」
と答える始末。
馬鹿だろこいつら。
見た目はまあ普通の冒険者に見えるのに、しかも男3人じゃなくて1人は女性でその女性も若い。僕たちと同じ年ぐらいだ。
同じ年ぐらいだからファオンは信じたのか?
それを狙ってこの3人は動いていたのか?
でも、この説明の仕方はお粗末だよな。
僕でも簡単に嘘だと分かるいい分。
ラナさんももちろん信じているとは思えない、絶対零度の微笑み。
そして、その笑顔のまま口を開き、止めを刺す。
「では、ファオンさんを所持していた奴隷商人から確認を取っていますので、少々お待ちください」
「「「えっ!?」」」
ラナさんの言葉に驚く3人。
やっぱり気が付いてなかったのか……。
「あ、あの、ちょ、ちょっと」
「なんでしょうか?」
「そ、そ、そこまでする必要はないんじゃ……」
「いえ、そういうわけにはいきません。あなたちが嘘を言っていないとなると、ファオンさんが嘘をついているということです。つまり、冒険者の評判を落としているということ。これは冒険者ギルド全体の問題です。私たちが冒険者を奴隷に落として売り捌いていると言っているものですよ? こんなことを放っておけば、領主様から調べも入るでしょうし、町の皆さんの仕事を頼まなくなります。これは厳しく取り締まらなくてはいけません」
「「「……」」」
明らかに動揺する3人。
だめだこの人たち。
そして、今度はお互いに目を合わせて頷きあう。
これはあれかな、と思い僕も越郁とアイコンタクトでお互い構えようとすると、3人が同時に立ち上がって、ラナさんに飛び掛かった。
まずっ!?
ちょっと反応が遅かった。
こんな簡単に実力行使に出る馬鹿とは思わなかった。
ラナさんは僕たちとは違い反応できていない、このままだと捕まる。
仕方がない、魔術で……。
ドゴン!!
そんな音が響いて、僕は魔術を撃つのやめた。
いや、魔術を撃つのを忘れて、固まった。
越郁はもちろん、襲い掛かっていた2人も同じように唖然として固まっている。
その場で動いていたのはただ1人。
「じっとしていてくださいね」
そう笑顔で突き出した拳を戻すラナさんだった。
ズルッ……、ドサ。
そんな音がして、壁の方に視線を向けると、ラナさんに襲い掛かっていた正面の男が壁の真下に倒れ伏していた。
違うな。木造の壁にひびが入っているから、ラナさんに殴り飛ばされて、壁にぶつかり、ずり落ちたのだろう。
「すっげー。ラナさん強いんだ」
ラナさんの思いもよらぬパワフルさに越郁が称賛の声を上げる。
「いえいえ。コイク様たちには及びませんよ。でも、こういうトラブルもないこともないので、何もできない非戦闘員の職員が話を聞くと思いますか?」
「あー、そりゃそうだね」
「ご理解いただけて何よりです」
そう笑顔で越郁と会話をしたと思ったらそのまま話を聞いていた2人に向き直り……。
「さて、あなたたちはどうされますか? 大人しく座っていますか? それとも……暴れてみますか?」
ぶんぶん!!
と首を横に振り、大人しく座りなおす2人。
敵わないと理解したのだろう。
ちなみに、壁に殴り飛ばされた人はそのままだ。
「では、話を聞きましょう。先ほどの行動で疑問が出来ましたので。ショウジキニ答えてくださいね」
ガクガク!!
それからは話は早かった。
この3人。ソロ、つまり1人で冒険者の仕事をしていたファオンに狙いをつけて、ちょっと難易度の高い採取仕事を受け、道中で休んでいるファオンを縛り上げ、仕事中死亡扱いにして、奴隷として売りさばいたそうだ。
それにしては、やり方がお粗末だったのは、今回か初犯だそうで、色々初めてだったそうだ。
不幸中の幸いというのはなんだけど、奴隷商人ともすぐに連絡がついてこの3人が実際に売り払ったという証言も得られた。
動機はお金に困っていたそうで、ファオンを自身を売るのはもちろん、持っていた武器や道具もすべて売り払ってお金に変えたそうだ。
「この度はご迷惑をおかけしました」
「手をかけさてすまない。これで新人冒険者が救われた感謝する」
ことのいきさつを聞いたあとは、ラナさんとモッサギルド長が迷惑をかけた謝罪とお礼を言ってきた。
「こんなことって、ここらへんじゃよくあるの?」
越郁が当然の疑問を言う。
流石に、ファオンがこの事件の当事者だと気になるところだ。
ツーチやアンもと気になってしまう。
「いや、よくあることじゃない。奴隷の管理は厳しくしているからな」
「でも、ファオンは奴隷になってたけど?」
「あー、そこらへんは色々あるんだが、あくまでも奴隷を厳しく扱っているのは、町なんだよ。村とか集落は口減らしの為に奴隷っていうのはあるんだ」
「あー、この町では厳しくても、外での売買には口をだせないのか」
「そういうことだ」
確かに口減らしとかの為に人を売るというのは、この文明レベルだと、地球でもよくあることだったらしい。
戦国時代でも、捕虜を売り払う人買いというのは存在していたし、あまり珍しいことでもないみたいだ。
この文化レベルだと、十分な国からの庇護を受けているのは町ぐらいのもので、辺鄙な場所にある村などは自分たちの力で生きて行かなくてはいけない。
そのために必要であれば、村の人たちを奴隷商に売り渡して、村の存続を図るというのはよくあることだったみたいだ。
だから、ファオンを買い取った奴隷商人も、そのたぐいだと思っていたらしい。
冒険者が村での依頼を受けて報酬ついでに村人を渡たされて困ることは多々あるらしい。
その時に利用するのが奴隷商というわけだ。
奴隷制度はお偉いだけが使う物ではなくて、逆に言えば、庶民が使う事の方が多かったそうだ。
その中では不本意に売られる人もいるが、厄介払いということもあるので、姿形がが良ければ高く売れることもあり、ファオンは犬人族であったことから、買い取ったそうだ。
「事情は分かりました。で、ファオンはどうなるんですか?」
話しはわかった。
あとは、ファオンの扱いだ。
「はい。ファオン様は不当に奴隷にされたことがわかりましたので、解放されるはずなのですが……」
「なのですが? なにか問題でもあった?」
越郁と僕が首を傾げていると、一緒にいたツーチが疑問に答えてくれた。
「家にいたときに言われたことではないですか?」
「家で?」
「はい。コイク様たちの奴隷でいたほうが1人で生活するよりよっぽどいいと」
「あ、そんなこと言ってたね。モッサのおっちゃん、ラナさんそんな感じ?」
「ええ。その通りです」
「それで、事情を聴いていたヒビキ殿に泣きついているところだな」
「泣きついている?」
「このまま一緒にいさせてくれと」
「「あー」」
そんな話をしていると、扉が開いて、本人が入ってきた。
先輩にがっしりしがみついたままで、先輩は苦笑いをしている。
「なあ、頼むよヒビキ様ー」
「いや、もうファオンは奴隷じゃないからねー。ともかく、他のみんなと話してみよう。ほら、みんないるから」
「あ、コイク様、ユウヤ様、昨日も言った通り、奴隷のままでいいんで、一緒にいさせてください!!」
そういって、頭を下げるファオン。
なんというか、昨日1日ですっかり餌付けされたなー。
「奴隷のままでいいって、もう解放されたんでしょう?」
「ああ、不当だったからね。すぐに奴隷契約は解除だよ」
「あれ? その場合ファオンを買った費用とかは?」
「そっちは、ファオンを売り払った3人を逆に奴隷として売り払ったお金で受け取ったよ。迷惑料も込みで」
「うわっ。行動早いね。情状酌量の余地なし?」
そういって越郁はモッサさんとラナさんを見ると、2人はうなずく。
「ラナから尋問の時の態度を聞いたからな。悪質だ。あの手合いを野放しにしていると盗賊まがいのことをしかねん。奴隷として売っぱらって、鉱山で使いつぶした方が身のためだな」
「はい。冒険者が冒険者ギルドを愚弄して行った行動ですからね。厳しくさせていただきました。こうでもしないとガーナン辺境伯様に睨まれてしまうでしょう。犯罪者を野放しにする冒険者ギルドとして」
一概に厳しいとは言えないよな。
しっかりした司法なんてここにはないんだから、各々で処理をしないといけない。
冒険者ギルド内で起こった事件でもあるから、処罰を下すのは冒険者ギルドの判断になる。
だけど、仲間を売り払うような奴らを簡単な処罰で町に開放されたたまらないものな。
「と、話がそれた。で、ファオンはとにかく奴隷じゃないでしょう? どうやって奴隷になるの? というか本人が希望してなれるものなの?」
越郁はそういって、モッサさんとラナさんを見る。
「まあ、村とかの場合は志願で奴隷になる人はいるな。村の為と覚悟してだが」
「ですね。でも、ファオン様みたいに、コイク様たちのとの生活がいいからというのはなかなかないですね」
苦笑いしているラナさん。
まあ、そりゃそうか。
いや、ちょっとまてよ。
確か地球でも奴隷解放運動で、似たようなことが起きたって里中先生から聞いたことがあるな。
地球で別名奴隷解放戦争といわれる、アメリカの南北戦争ではリンカーンは奴隷解放をしたといわれるが、実のところ、解放後のアフターケア、つまり、生活の保障をしていなかったため、かえって食べられなく、生活できなくなったということがあったそうだ。
奴隷、家畜と一緒であれば、主人から最低限の食事を貰えたが、解放されたあと、奴隷への生活保障がなかったので仕事をしなければ食べていけなかった。
当時山ほど解放した奴隷への生活保障がなかったため、はじめは奴隷に戻りたがった人も多かったという。
これは僕たちの世界で、ようやくわかったことだ。
奴隷を手放す弊害、産業革命などへの時代移動におこる問題をこの中世ヨーロッパ程度の文明レベルの人たちが知るわけもないのだ。
奴隷解放というのは、正しさだけではない。
ちゃんとした、経済に根付く国家戦略を含んだものが存在する。
ただ人々は平等だと叫んだだけで、人が付いてくるわけもないんだ。
だからこそ里中先生は奴隷解放を気安く口にするものではない。と厳しく言っていた。
奴隷を使って経済を成り立たせているこの世界では、ある意味奴隷解放はとてつもない危険思想だからだ。
と、いけない。
今はそこはどうでいいか。
ファオンをどうするかだけど……。
「本人が奴隷になるという希望は出せますので、大丈夫だと思います」
「だせるんだ」
「はい。本来はお金を得るためですけど。まあ、コイク様たちとファオンや他の奴隷の関係を見るに、ちゃんと生活保障をしているので問題ないと思います」
あ、そうか。
村で奴隷になる人は代わりにお金を得ているんだから、志願での奴隷もあるんだ。
これはその一種ということかな?
「じゃ、ファオン。なんか変な感じだけど、奴隷になれそうだけど、なる? 奴隷にならずに仲間ってのはちょっと、私たちには秘密が多いからね。ダメなんだ」
「なる!! コイク様たちならひどい扱いをしないのは昨日でわかったからな!! 秘密を守るためにも奴隷になるよ」
「そっか。ならこれからもよろしくね。ファオン」
「あ、うん」
そういって握手する越郁とファオン。
それを見て、不思議そうな顔をツーチとアン。
「これって、奴隷っていうんですか?」
「わかりません」
それを見て、苦笑いをする先輩。
「まあ、労働条件や安全保障が確立した奴隷契約という奴だろうね。今でいう契約社員みたいなものかな」
「なるほど。そんな感じですね。奴隷契約を簡易にすることで、契約書のような働きをするわけですか」
「そうそう。案外、これが奴隷解放の一歩になるかもね」
先輩と僕はその姿を見ながら、そんな話をしていた。
すると、越郁が振り返って……。
「さ、冒険者ギルドの用事は終わったし、お店の準備だよ。がんばるぞー!!」
「「「おー!!」」」
さあ、まだまだ今日は始まったばかりだ。




