第13回活動報告:町へ向かう途中の講義
町へ向かう途中の講義
活動報告者:山谷勇也 覚得之高校一年生 自然散策部 部員
昨日、覚山へ登ったかと思えば、今日はいよいよ、仮免異世界調査員として、異世界の町へ向かう日になっている。
なんとなく、慌ただしいなーと思いつつも、こういう予定外のこともある物だと、里中先生は言っていたから、一つの経験という事なんだろう。
そんなことを考えていると、里中先生が僕たちの姿を確認して、口を開く。
「準備は出来ているようですね。ですが、その前に私と一戦してから行きましょう。ここ数日、私はまともな指導はしていませんから、あなたたちがどれだけ自己鍛錬していたかを見たいと思います」
にっこりと処刑宣告をしてくる里中先生。
やっぱりか、と思うと同時に不安も出てくる。
「その、ひどければ、仮免は取り消しでしょうか?」
「いえ、この戦いはただ自分がどれだけなまっているかを確認してもらうだけのことです。慢心は敵だと、自分が一番戦うべきは弱い己だということを再確認してください」
なるほど。
町に行く前に、もう一度叩きのめして、僕たちはまだまだひっよっこであるということを心に刻み込むわけですか。
油断しないように。
「では、構えてください。行きますよ」
そういわれて、僕たち3人は決死の覚悟で、里中先生に対峙する。
出発前にせめて、一撃ぐらいは入れようと、3人で訓練したんだから……。
「ゆーや!! 先輩!! 行くよ!!」
先生が動き出す前に、越郁の合図でまずは先制で動きだして、流れをとる!!
「はい。お疲れ様でした。では、体力がもどり次第、出発していいですよ。私は先に家に戻っていますね」
そういって、先生はさっさと家に戻っていくが、僕たちは地べたに這いつくばっていた。
「……あー、やっぱり、まだまだか」
「……そうだね。最初はうまく行ったと思ったんだけど」
「……遠いですね」
結果はいつもの通り、一撃を入れることなく、敗北。
こっちでの訓練はなかったとは言え、先生が言うような体が訛るようなことはしないで自宅で訓練していたけど、現状を維持するだけじゃ、やっぱり先生には届かないらしい。
「あいたたた……。でも、骨折ぐらいで済ませてくれたから、ちゃんと配慮はしてくれてたね」
「……そうだね。いつもなら血まみれだし」
「流石に、血まみれだと着替えないといけませんからね」
まあ、配慮してくれて骨折だから、なかなかつらい出発だ。
とりあえず、個人の治療魔術で治せるレベルだったから、治して、すぐに出発することになった。
町の方角は教えてもらったけど、どれだけ離れているかは分からないから、早めに出発しないと、夜は森で野宿になってしまう。
いや、実は、二、三日はかかるかもしれないけど、なるべく余裕のある初日に距離を稼ぎたいからだ。
「さて、予定通り、超低空飛行、木の天辺ぎりぎりを飛行していこう。この前、ドラゴンがいたところまでは30キロってところだったけど、見渡す限り森だったからねー。最低100キロは離れているって見たほうがいいね」
「最低でだけどね。今日は予定通り最低200キロは行く予定なんだろう?」
「うん。そうだよ先輩。飛行魔術は時速せいぜい80キロだし、200キロ進むのにも3時間ぐらいはいるからね。魔力の残量も考慮しないといけないから、もっと時間はかかると思う」
「長時間ずっと飛ぶわけにもいかないだろうし、休憩時間を考えると、最低200キロも案外厳しいか」
先輩のいう通り、200キロ進むという目標も案外厳しい。
「今回はゴールデンウィークを目一杯使えるんだから、えーと、3日ほどだから72時間で、こっちでは72日。まあそれだけ時間があれば、町にはたどり着くよきっと」
「その前に、物資が枯渇するだろうから、戻るか、現地調達になるだろうねー」
「そこは現地調達で」
「越郁ならそういうと思ったよ。ともかく、まずは出発しよう」
「そうだね。ここで話しても、町との距離は縮まるわけじゃないし」
「よーし。じゃ、出発だ!!」
そういうことで僕たちは、町へ向けて出発した。
といっても、延々と低空を飛ぶだけの簡単な作業。
幸い、森のからバクッと何か生物が出てくることもなく、1時間ほど飛んでいる。
「ゆーや、暇だねー」
「暇でいいじゃないか」
やっぱり、越郁はこういう退屈なことに耐えられる性分ではなく、すぐに退屈だと言い始めた。
流石に、携帯ゲームとかを取り出して、プレイしながら飛ぶわけにもいかないから、やれることといえば、会話するぐらいしかないから、退屈なのは分からないでもないが。
「暇なのはいいとして、かれこれ、1時間か、すでに80キロ近く。日本で言えば下手すると2県、3県は移動している距離だね。それでも、まだまだ森は途切れそうもないね。いやー、大きな森だ」
「というより、ここまで大きいとアマゾンとかじゃないですかねー」
「いや、それは流石に言い過ぎだ。アマゾンは確か700万平方kmはあるから100キロとかはまだまだ序の口だろうさ」
「あー、アマゾンってそんなに広かったんだ」
「そうそう。まあ、それぐらい広くないとは言い切れないけどね。でも、里中先生が町の人から得た情報で、不帰の森とか言われてるから、そこまで大きくないと捉えることもできる」
「それ、こっちの人たちの基準によりますよねー」
「確かに、越郁君のいう通りこっちの人たちの基準にもよるんだろうけど、そもそも、こちらの人たちの文明レベルは低いからね。大森林とかを、ただの不帰の森ということはないんじゃないかな?」
なるほど。
宇野空先輩のいう通りかもしれない。
この土地の人たちがこの森を、不帰の森と呼んでいるからには、ちゃんと外周をぐるっと回って大きさを知っているからかもしれないのか。
「となると、思ったよりも大きくない?」
「どうだろうね。日本を基準で考えれば今の状態だって十分大きいからね」
そんな会話を2人がしている間に僕は進んでいる方向を見ていると、結構遠いけど、森がなくなっていることに気が付いた。
「越郁、宇野空先輩、森が途切れてませんか?」
「「え!?」」
僕の発言に驚いた2人は会話をやめて、同じように進んでいる方向を凝視する。
「……あー、なんか綺麗にスパッと森がなくなってるね」
「そう見えるね。まばらになって減っていないから、これは人工的に切り出した草原なのか、それとも、あそこを境に、土地の環境が違うのか。いや、町や村が近くにないから、ここから木を伐りだすのはあまり賢くないか。ならやっぱり環境的な問題か」
「どういうことですか?」
「えーと、草原ができる主な理由は2つ。森林ができる環境が整っていないか、人工的に木を切り倒して環境を整えるかなんだけど、見たところ、周りに町や村は無いし、定期的に木を切るにしては不便すぎる。そして、自然と木が生えてい来る環境なら、草原の中に木が生えていてもおかしくないだろう?」
「ああ、そうですね。でも、草原が一面に広がっているってことは……」
「単に自然環境的に木が生える状況が整っていないんだろう。こういう環境は、日本では珍しいけど、外国ではよくある風景らしいね」
「へー。一面草原かー。ねえ、降りてみない? 報告書もある程度書かないといけないし」
「いいんじゃないか?」
「僕もいいと思うよ」
「よし、なら休憩も兼ねて、草原へ着陸」
草原に着陸してみると、空の上で見るよりも、違った風景が目に入ってくる。
「うわー、凄いね。草原で地平線が見えるよ。草の海原だー」
「こうやって見るとすごいね。確か人の身長で地平線が見えるのは4キロ半ぐらいだというのは知っていたけど、こうやって自分の目でみると、やっぱり違うね」
「そうですねー。圧倒されます」
眼前に広がるのは、海原ではなく、草の海、しかも、背の高い草ではなく、せいぜい長くて膝に当たる程度の長さしかない。
草自体もそこまで硬いものでなく、柔らかく、これはよく外国の映画で見るような草原で寝っ転がるというのが出来そうだし、心地よさそうだ。
「うわー、ふかふか。痛くないよ。すごいすごい、ゆーや!!」
「はいはい。落ち着け」
僕がそんなことを考えている間に越郁は転がっている。
まったく、こいつは……。
「大体、1時間半ぐらいで森を抜けたってことは、時速80キロぐらいだったから、大体120キロってところかな? そして、そこからさらに草原が広がると……」
宇野空先輩はすぐに報告書に今のことを記載している。
越郁も見習ってほしいもんだよ。
「しかし、ここまで起伏のない草原もあるんだね」
「あ、そういえば思ったより地面が盛り上がっているとかないですね」
「だね。起伏があるにはあるが、視界を遮られるほどじゃないから、たかが知れているだろう。となると、ここら辺の生態系はどうなっているのかな? 木はないし、見た感じ水源もないから、小動物ぐらいしか生息できないきがするけど、魔物っているのかな?」
「どうでしょう?」
僕と宇野空先輩がそんな疑問を抱いていると、越郁が目の前に走ってくる。
「みてみて、ゆーや!! 先輩!! うさぎがいたよ!! ほら!!」
その手には、ぐったりしたうさぎが掴まれていた。
「へー、やっぱり小動物はいるんだ。でも、うさぎだね。こういう生態系は似てるのかな?」
「森にも、クマとかトラとかいましたしね。で、越郁。そのうさぎ生きてるのか?」
「うん。生きてるよ。ビリッと電気ショックで気絶してるだけ。流石にまだ、食料不足じゃないからね。無益な殺生はしないよ」
そういって越郁はうさぎを地面に下し、魔術で水を呼び出しうさぎにかけると、うさぎは目を覚まして、そのまま草原に逃げ込んでいった。
よかった。
記念に食べようとか言い出さなくて。
うさぎ、今日のことを学んで、その越郁には近寄らないようにな。
「あ、でも、野兎って結構お肉美味しかったよね。逃がしたのは惜しかったかな? もっかい捕まえる? 周りには結構いるよ?」
「いや、いらない」
「捌くのに時間がかかるからね。今日はやめておこう」
「そっかー。まあ、まずは町に行くことだしね。森を抜けたんだし、そこまで遠くないよね?」
「どうかなー?」
「不帰の森なんていわれているから、あんまり近くに一般の人が住む場所は無いかもね。砦とかならありそうだけど」
「なるほどー。じゃ、一旦砦?」
「うーん、日が暮れる前に見つけたなら、一旦保留で奥に行けば町が見つかるかもしれないね。日が暮れているなら、砦の近くでキャンプするにしても、一度は挨拶が必要だし、砦による必要はあるだろうね」
「あと、あれだ、越郁。砦とかは権力者がいるから、下手をすると目を付けれられるかもしれない」
「あー、じゃ、砦見つけてもパスで。遠くでキャンプしよう。町を見つけても入れないとかなったら嫌だし」
「そういう事なら、さっさと移動を開始しよう。もうお昼はすぎているし、こっちの文明レベルだと魔物が闊歩している世界で、夜に町に入ることはできないと思うよ。城壁とかでしっかりガードしているだろうからね。門も閉じているだろう」
「あっそか。じゃ、急いでいこう。空飛ぶのは森を抜けたときと同じぐらいの高度で」
「「了解」」
魔術で一気に飛び上がって、草原の海を飛んでいく。
多少上から草原を見ているおかげか、風が吹いて、草が波打つ。
自然が織り成す絶景って言うのだろうな。
「すごいねー」
「ああ、こういうのを見られるのはいいね」
と、いう感想を持っていたのは、最初の20分程度でそのあとは、いつまでも続く草原に飽きてきた。
「うあー、まだ何も見えないー」
「まあ、まだ30キロほどだしね」
「でも、時折、少しだけの林があったりしますね。あれも自然にできたりするんですか?」
「どこまで一緒かは分からないけど、地球の環境と同じだとすると、あそこにまとまった水分があるんだ。例えば池があったりね。草原に木が生えてこない主な理由は主に3つ、平均気温、年間の降水量、年間の日照量だ。草よりも、大きい木はその分、必要な条件が厳しいわけだ。逆に、その条件が軽い草はアルプスなどの降水量が少ないというか、雲よりも上の場所でも育っているだろう?」
「ああ、そういえばそうだ」
「先輩よく知ってますね」
「先生の講義の時に気になってね。ヨーロッパの気候とか環境を調べたんだよ」
「じゃあ、先輩。ここら辺ってそこまで雨が降らないってことですよね?」
「ああ。地球と同じ条件で育つというならそうだよ」
「なら、ここら辺の人は何を食べるんです?」
越郁の質問はもっともだ。
草原しかないということは雨がそこまで降らないということ、それじゃ、何を育てて食べるのか?
あれ? でも、ヨーロッパも同じような環境だし、あっちの主食は……。
「パンじゃないか?」
「そう。勇也君当たりだよ」
「あ、パンってことは、小麦ですか?」
「うん。その通りだよ越郁君。小麦は比較的水分がなくても育つ作物でね。年間降水量で500mmほどでいいらしいんだ。でもこれは逆に雨が降りすぎると育たなくなる。だから、日本では水を多く確保できるから稲作が多くなったんじゃないかって言われているね」
「えーと、降水量500mmってどのぐらいなんですか?」
「うーん、具体的にいうのは難しいんだけど、日本で一番降水量の少ない所は年間で900mmぐらいだね」
「というと、その半分ぐらいで小麦が育つんですね」
「そうだね。でも、日本は山国で水が結構豊富にあるから、降水量が少ないのもそこまで問題にならない。だけど、見てわかると思うけど、ここまで草原が広がっていても池などが見当たらないことからわかると思うけど、水源はかなり貴重なんだ。だから、作物を育てるのに、わざわざ日本みたいに池や川から水を引っ張ってきたりしない。自然に降ってくる雨を利用する天水農業を主にしているんだ」
「ああ、外国の水って高いっていいますね」
「そうだね。ワインよりも水が高い。なんて言われたこともあったぐらい、水は貴重なんだ。だから、越郁君が思っている以上に、使っている水は少ないと思うよ」
「そっかー。雨が降る分だけでいいってぐらいですから、かなりいい加減ですもんね」
「うん。自然と降る雨だけで農作物が育つ小麦は主要作物として、ヨーロッパでは育てられたわけだ。その結果のパンが主食というのは当然の帰結だろうね」
「ということは、領主になっても、ご飯、稲作は厳しい?」
「厳しいだろうねー。水源を確保していても、それは住民のインフラの為だろうし、農業用水なんて余分があるとは思えないね」
「ゆーやー、どうしよう。ご飯食べる野望が……」
「うーん、探せば湿地帯とかはあるだろうし、そこを拠点にするとか、究極的な荒業としては、僕たちの魔術を使って、巨大なダムをつくってそこに魔術で水を溜めるとか、地下水を掘り当てるとか?」
「それだ!!」
越郁は特に考えもせずに食いつてい来るけど、先輩は微妙に苦笑いをして口を開く。
「僕としては、湿地帯を探す以外は反対だね。ダムは僕たちがいないと機能しないだろうし、地下水を吸い上げるのも、環境にどんな影響がでるか分からない。他の町の水源につながっていたりしたら、そっちを干上がらせることになるし、戦争のきっかけになりかねないからね」
「水一つで大変だー」
「水がなければ生きていけないからね。日本だって、昔は水源をめぐって殺し合いに発展したことがあるし、元々水源の少ないこういう土地は、もっと水に対してシビアだろうね。そして、日本のほぼろ過もなく飲める水源というのは世界的にみてもかなり珍しいんだよ」
「恵まれてるんですね。日本は」
「そうだね」
そんな宇野空先輩の講義を受けていると、先輩がふいに一点を見つめ始めた。
「どうしました?」
「いや、あれ、人工物じゃないかな? 2時方向」
そういわれて、見ると、たしかに何か見える。
「あ、ほんとだ!! あれ壁だよ壁!! よこに続いているからそうだよ!!」
「みたいだな。でも、町にしては小さくないか?」
一面壁が広がるのではなく、視界のちょこっとってところだから、せいぜいよくて4、5キロのはず。
あれじゃ、そんなに人が入れないんじゃないか?
「いや、中世ヨーロッパでは人口が1万も越えれば都市と呼ばれたんだ。5万もあれば、大都市といわれたほどだよ。この世界では魔物という脅威も存在していることだし、地球よりももっと人数は少ないかもね」
なるほど、たしかに、魔物とかがいるから、人の生活範囲は地球よりも狭いはずだ。
人の数も多いわけがない。
「あそこまで立派な壁があるんだから、しっかりした統治機構が存在しているのは間違いない。独立しているのか、どこかの国の所属なのかは分からないけど、情報はそれなりにあるだろうね。たぶん、あれが里中先生が言っていた町なんだろう」
「じゃ、そろそろ降りよう。警戒されるのは嫌だし」
「そうだね。目のいい人は私たちが飛んでいることに気が付くかもしれないし、もう降りたほうがいいね」
ということで、ちょっと距離はあると思うが、草原に降りてそこからは歩いていくことになる。
そして、どんどん近づいていくにつれて、壁が大きくはっきり見えてくる。
「うわー、すごいねー」
「こうやって見るとすごいね。そして近づいて分かったけど、中に立派なお城があるね」
「ということは、王様でもいるんですか?」
「いや。お城にるのは王様ってわけじゃないさ。領主が権威の証としてや、防衛の要として作ることはおおいよ。ほら、日本でもお城に住んでいるのは大名ってわけじゃないだろう? 部下の人が管理しているのがほとんどだ」
「なるほどー」
「さて、説明はここまででいいとして、そろそろ町へ接触するわけだけど、越郁君、方針はどうするんだい?」
「特に変更なし、理不尽なことをされない限り、穏便に、まずは町に紛れ込んでこの町の情報収集から」
「「了解」」
さあ、いよいよ異世界の町への接触だ。