第11回活動報告:自然散策部の活動
自然散策部の活動
活動報告者:海川越郁 覚得之高校一年生 自然散策部 部員
結局あのおっぱい先輩、じゃなくて、時範先輩の参加は認められたらしく、本日は部室に集まって、そのまま山に登る話になっていた。
本日の訓練は無しで、自然散策部の活動を優先することになったわけだ。
「そうですね。いい機会ですから、ちゃんと部活動としての側面も機能させておきましょう。廃部になっては困りますし、ちゃんと活動していると、他の人に見せるにはいい機会です」
そういう理由で里中先生は時範先輩の参加を認めたらしい。
どのみち、今のところ、私たちの自然散策部は部活といいつつ愛好会で、規定人数に達してはいない。
幸い、この学校の部活動棟の部室は余っていたので、そこを使わせてもらった。
余っている理由としては、別にこの学校は部活動に力を入れているわけでもなく、人集めの建前上、部活動も力を入れていますというアピールで部活動棟が存在しているだけらしく、実際の部活動は数が少なく、部活動棟は結構がらんとしているのだ。
運動部とかは、運動場の端のプレハブみたいなところにあるし、文化部系がこの部活動棟を主に使うのだが、そんなに文科系の部が存在するわけものなくがらんとしているのだ。
どちらかというと、私たち、自然散策部は運動の大会などがあるわけもなく、雄大な自然と触れ合うためなのが目的なので、文化部よりなのだ。
山岳部みたいに、きっつい山を登るわけでもなく、山といってもハイキングコース程度だ。
といっても、何もしないで部活動と認められるわけもなく、愛好会から部活動になるには、一定以上の成果、または規定人数を超えることある。
ということで、今回の活動につながる。
今回の山登りも、地元の覚山にハイキングコースから山頂の広場を目指すだけのものだ。
宿泊とかもなく、わずか数時間で登れるほどのもの。
だが、それは記録をして報告をすれば立派な活動報告になる、部の実績となる。
少しでも、部活動が欲しい学校側としては、活動さえ認められれば、すぐに部に昇格してもらえると里中先生は言っていた。
「これも、異世界調査員として、こちらの日常にも気を遣うという当たり前のことをこなすための訓練ですね。宇野空さんの友人である時範さんのことを気遣い、自分たちの力量がばれないように頑張ってください」
「そこはいいんですけど、具体的にどんな準備をして現地でどんなことをすればいいんですか? 自然散策部の活動ってよくわかんないんですけど」
私はこの話の当初から疑問だったことを里中先生にぶつける。
そう、この自然散策部は表向きの顔で、裏は異世界を調査するエージェントを育てるための超厳しい訓練機関なのである。
だから、自然散策部の活動など知るわけがない。
というか、自然散策部とか聞いたことないし。
「そうですね。自然散策部の活動をしっかり説明しておきましょう。いままでは調査員になるための訓練ばかりでしたし、部活動のことを知らない部員などがいては問題ですからね」
そういって、里中先生はホワイトボードに『自然探索部とは?』と書いて、振り返った。
「さて、自然探索部というのは、前も言いましたが、表向き、文字通り自然の中を散策する部活動で、詳しく言うと、自然公園などのところを散歩、楽しむ部活動で、公園などや神社仏閣、果ては山や海などの観光名所を歩いて、その中で学習していこうという、という部活動です。つまり、そこを歩いた記念写真などを取って、その土地のことを調べて感想文でも書けばいいでしょう」
「写真はともかく、感想文はなー」
「まあ、報告書のようなものでも構いません。食べられる野草が多かったとか、きれいな花が咲いていたとか、動物が多かったと、これらをさらに種類を特定して適当に書けば出来上がるでしょう」
「そんなのでいいんですか?」
先生の投げやりな報告書の制作方法を聞いて、宇野空先輩が心配そうに聞き返す。
「そんなのというか、あなたたちが自然散策部でどのようなことに興味を持ったのか? という事がわかりますからね。ある意味、異世界調査員の報告書と変わりありませんよ。ただし、調査員の報告書より、さらに報告することがないので、工夫することを覚えるでしょうね。普段は注視しないところに意識を向けて書くようになるので、そういういみでも、よい訓練となるでしょう」
そういうことか、いや、どんなことにも学ぶべきことがあるということを教えたいんだね。
まあ、そうでもしないと私は四苦八苦しそうだし、感想文というより、報告書みたいに項目分けをしてそこを埋めるようにしておこう。
山だし、食べられる植物系かなー?
「先生。でも、ゴールデンウィークの初日を使ってよかったんですか? 本来なら、私たちの仮免調査員の出発日じゃ?」
「さっきも言いましたが、こちらの生活を蔑ろにしていいわけではありませんので、必要なコミュニケーションだと思ってください。楽しみにしていた海川さんには残念かもしれませんが、こういうことも大事です」
「了解です」
そういわれたら仕方ない。
とりあえず、わかりやすい学生生活を堪能しろというわけか。
「で、先生。当日はどこに集合して、どんなものを持っていけばいいんですか? 写真を撮るとか言ってますけど、携帯電話の写真機能でいいんですか?」
ゆーやはそういって当日に用意するべくことを聞く。
そういえば、ゴールデンウィークはもうあと2日後だし用意するにも急がないといけないわけか。
「集合場所は朝6時に学校の校門前。覚山のハイキングコースまでは車で向かいます。写真については一台はこちらでデジタルカメラを用意します。あとは各々の形態のカメラでいいと思います。画素数はそこまで変わりありませんし。個人的にデジカメや一眼レフなどを持ってくるのは逆にやめてください。破損に対して責任が持てません。あとは、お弁当、水分補給の水筒、通り雨に対応するための雨合羽ですね。傘はやめてください。両手を自由にできるというのが大事なので、そしてタオルぐらいですね。タオルがあれば体を拭いたり、敷物にもしたりと用途の幅は広いので持っていて損はありません」
先生はそう言いながら、集合時間や、当日必要な道具などをホワイトボードに書き足していく。
これぐらいあれば楽だねー。
あー、そういえばこんなのが入るカバンとかあったっけ?
そんなことを考えていると、里中先生の話が終わる。
「……ということで、大体こんなところですね。さて、今日、明日は準備ということで訓練は無し。必要なものを買いに行ってくださいね」
「「「はい」」」
「さて、そのたった3日ですが、訓練しなかった日々でどれだけ腕が落ちるか楽しみですね。意図的に訓練できない日というのも、そういうのを教えるためには必要だと思います。自分を甘やかすということを肌で実感するといいでしょう。人は思ったよりも、自分に厳しくするのは難しいですから」
「「「……」」」
何というか、その里中先生の微笑みに、寒気を感じる。
これは、山登りが終わったら、仮免調査員として出発する前に、一戦強烈なのがあるね。
……ラノベとかゲームを我慢して、ゆーやや宇野空先輩と作戦を立てて、練習する必要があるな。
くそー!? ゆっくりした休みにはなりそうにないね。
ゆーやと爛れた休みでも送ろうかと思っていたのに。
あ、だから、ちゃんと周りを押さえて、ゆっくり休みを取れるように立ち回れってことか。
くそー、あのおっぱい先輩は、どうやら私の幸せを脅かすタイプの人だったらしい。
そんなことがありつつも、自然散策部としての準備を整え、調査員としての訓練も短い時間でこなしていると、アッという間に山登りの日になった。
「くあー、朝5時起きとかつらいわー」
「越郁の弁当を作った俺はもっと早く起きたんだから、もっと頑張れよ」
「いや、それは私はゆーやの弁当を食べる係だから」
現在、まだ薄暗い通学路をゆーやと二人で歩いている。
日頃の通学時間よりもなんと2時間も早い時刻にだ。
なにが悲しくて、ゴールデンウィークの初日にこんな拷問を受けなければならないのかと思ってしまう。
これがまだ、異世界調査員の訓練なら楽しいのにさ。
これから始まるのは、のんびりとした山登りときたもんだ。
昔懐かし、小学校の遠足行事かね?
まあ、先生もこっちの日常の関係を保つための大事な仕事のうちって言ってるし、頑張るしかないかー。
そんな憂鬱な気分で校門に到着すると、すでに里中先生、宇野空先輩、時範先輩はそろっていた。
「おはようございます。山谷君、海川さん」
「やあ、勇也君、越郁君」
「おはようございます。今日はお邪魔させてもらいますね。2人ともよろしくお願いします」
「あ、どうもおはようございます。時範先輩、僕たちも今日はよろしくお願いします」
「おはよーございます。しかし、先生も、先輩2人も、まだ6時前10分だってのに、お早い到着だねー」
「私は部活の顧問ですからね。といっても前20分ぐらいですよ」
「僕は15分前ぐらいかな。奏と合流するって予定もあったから早めについただけだよ」
「私も普段は10分から5分前なんだけど、今日は響の言ったように合流したからね。ちょっと早かったのよ」
まあ、説明を聞く限り納得できるが。
しかし、先生はいいとして、宇野空先輩と時範先輩は私の勘がなんかささやいている。
時範先輩と出会った最初から、何か違和感があったんだけど、この過剰な過保護っぷりは、まさか……。
いや、マンガじゃあるまいし。
ロリータスタイルでオタクの私だってゆーやがいるんだから、あれだけ女性らしい恰好の時範先輩がそんなことあるわけないか……。
そんなくだらないことを考えている間に、里中先生の車の前まで移動していた。
「さ、荷物は後ろのバックドアに積んで、車に乗ってください」
「「「はい」」」
そういわれて、みんな背中に背負ったリュックサックをバックドアに入れていく。
しかし、なぜ車のチョイスがハイ〇ースなのか?
エロイことをしろというのか?
でも、男女比逆だし、ゆーやを食えと?
そんなくだらないことを考えていると、頭をペンと叩かれる。
「越郁。アホなこと考えてないで、車のれ」
「はーい」
ゆーやに促されて、車に乗り込む。
流石、ハイ〇ース。
中は広々していて窮屈ではない。
「と、あれ? 時範先輩、宇野空先輩は?」
なぜか、一緒の席には時範先輩がいて、宇野空先輩は見当たらなかった。
「響は助手席よ」
「そうだよ。僕はこっちだよ」
「ありゃ? てっきり2人は一緒に座るもんかと思ってましたよ」
「一応、部長だからね。先生のサポート役として助手席なんだよ。まあ、助手席に座って何をサポートするのかは分からないけどね。今時、地図を見る必要もないからね」
「形というのは大事ですよ。さて、カーナビに入力は済みましたのでそろそろ出発したいと思いますが、トイレとかは大丈夫ですか?」
皆、特に問題なく、そのまま出発することになった。
まあ、目的地は遠い場所ではなく、目の前に見える山だから、15分もすれば到着する。
「そうえいば、覚山って何メートルあるの?」
今更だが、覚山の高さを知らないと気が付いた。
「確か、632メートルだったはずよ」
意外に、私の質問に答えたのは時範先輩だった。
「へー。よく知ってますね」
「偶然、町内広報読んでね」
「あー、あれ読む人いたんだ。というか、覚得之町在住だったですか」
「そうよ。で、広報を読んだのはあれよ、文芸部の関係でね。町民図書館で読み聞かせ会とかあるのよ」
「そういうのをうちの高校もやってるんですね」
「やってるのよ。驚きよねー。まあ、それで、読み聞かせ会の反響とかあるからね。気になって読んでるのよ。その時に覚山の記事があって覚えてたわけ」
「なるほど。他になにか、覚山の記事で面白い話とかありました?」
「そうねー。昔は神隠しだとか鬼がでるだとか、そんな話が会ったらしいけど、今では全然というか、どこの山でもよく聞く話だだからね。天狗がでたとか、妖怪がいるだとかは」
……ちょいまち。
それって、私たちが3月に遭遇したアレのことですかね?
それが昔から伝わっているなら、かなり昔から異世界へ転移した人がいたってことか。
「あ、でも、鬼ってのが結構どんな容姿か具体的に書かれているのが、町内図書館の歴史書コーナーの貴書であってね。それで鬼の容姿は大猪が二足歩行で歩いてた。なんて話しで、当時書かれた絵って言っても、水墨画みたいなのも、本当に猪が二足歩行で立った、まんまの絵でね。ただ単に、大猪の前足上げたときの威嚇に驚いただけよねーって、一緒に見てた友達と笑ってたわ」
……それ、あそこの森のオークさんじゃないですかね?
一応、向こうのドラゴンを囲んで叩き落すぐらいの実力はあるし、鬼って呼ばれるぐらいはこっちでは強いと思う。
「え、えーと、その大猪の鬼さんはどうなったとかあるんですか?」
「え? えーっと、たしか、諸国を旅していた誰だったかな……塚原なんとかっていう剣士が退治したって話だったかな?」
うーん。私、その塚原って人の名前を知っている気がする。
「……その人の名前。卜伝じゃないですか?」
「ああ、そうそう。卜伝。塚原卜伝。なにか有名な剣士だったらしくてね。その人が覚得之によった証拠の為にその鬼伝説があるとかなんとか……」
あー、なるほど。
本当にかの剣聖ならオークぐらいどうにでもなるよね。
私がそんな感想を覚えていると、助手席に座っている宇野空先輩が会話に参加してきた。
「……奏。その塚原卜伝は剣士どころじゃなくて、剣聖って言われたほどの、日本の剣士の中ではトップクラスの人物だよ」
「そうなの?」
「あー、君はどちらかというと、洋書を好むタイプだったね」
「そうよ。日本の文学も悪いとは言わないけど、なんというか、妖怪にしても奇跡にしても、夢が足りないじゃない? ほら、魔法でパッーとというやつじゃなくて、あまり救いがないというか」
「まあねー。日本の文学はそういう傾向がおおいからね。といっても、洋書もハッピーエンドって言うのはここ最近で、童話の元はあまり救いがなかったはずだよ」
「それは知ってるけど、魔法とか妖精とか可愛げがあるじゃない。日本の妖怪とかはどうもねー」
おうおう、妖怪盛大にディスられてるね。
いや、顔が非常に崩壊してたり、化け物さんたちはたくさんいるから仕方ないけど。
つーか、顔が整っている奴に限って妖怪では危険度ランクが高かったりするからなー。
というかさ、妖怪で思い出したけど、日本の妖怪って西洋で出てくる魔物とか、異世界の魔物とかと比べると、異質極まりないよね。
魔物たちは曲りなりも物理的手段で殺しにかかってくるけど、日本の妖怪は影舐めたらしぬとか、目を合わせたら死ぬとか、立ちふさがると殺されるとか、なんというか、絶命属性おおいよね。魔物よりよっぽど性質が悪い。
と、そんな感じで、途中からは宇野空先輩と時範先輩の文学談義に変わってしまって、気が付けば覚山に到着していた。
「はい。では、これから山頂へ向かうハイキングコースに向かいます。上級者向けとはにはいきませんが、ちゃんと足元に注意して、進んでください。先頭は宇野空さん。一番最後に私が行きます。こうすれば、脱落や迷子がでてもすぐわかりますからね」
先生はそう言って、進む順番が決まり、ハイキングコースへと進む事になった。
「しかし、晴れてよかったー」
「だな。雨が降ってたら雨合羽だし、山頂についてもきれいな景色は見えなかっただろうし」
私とゆーやはそういいながら、山をのんびり上っていた。
今までの訓練からすれば余裕がかなりあるので、特に何も問題はない。
逆にゆっくり進みすぎて、それが面倒だ。
私たちだけなら駆け上る予定だったが、今回は時範先輩がいるからなー。
そう思いながら目の前を見ると、まだまだ登り始めて時間も経っていないので、楽しそうに、宇野空先輩と話しをしながら登っている時範先輩がいる。
「あ、響。あそこにリスいない?」
「どこだい? ああ、いるね。こんなところにもいるんだね」
そういって、宇野空先輩が里中先生から貸し出されたデジカメでシャッターを切る。
え、リス!? マジで!?
「ゆーや、リスどこ!?」
「いまの声で逃げたよ」
「そんなー」
「海川さんはもっと周りに気を配る訓練をした方がいいかもしれませんね。直感はいいのですが、それだけでは隙を突かれますよ。この程度の山にる生き物の位置ぐらいは把握できるようになりましょう」
「レーダーの魔術を使えばいいんだよ」
「いや、こっちで能力を使うのはだめだろう?」
「はぁ、あんまり勉強はしていないようですね。自己防衛、要救助のためならば能力行使は認められています。あと、こっそり能力を使う訓練も兼ねています」
あー、そういうことか。
そうなっとくしていると、まだ先生の話には続きがあったのが、再び口を開く。
「あとは、先ほど、時範さんから聞いたように、異世界からの侵入者を排除するためでもあります」
「……え。やっぱりあの話は?」
「おそらく真実でしょう。実際に異世界への扉があるのはあなたたちも知っての通りです。まあ、それだけならいいのですが、日本の固有種である妖怪がかかわると、非常に厳しいものがありますね」
「ちょっと待ってください。その言い方だと、妖怪が実在……」
「しますよ? 異世界が存在して、その中に魔法や魔物があり、なんで地球の固有種がいないと思うんですか?」
真実!?
妖怪は実在した!?
いや、言われて当然とは思うけどさ!?
「でも、そ、そんなこと、見たことも……」
「それはそうです。そっちはそっちで専門の機関が存在しますから。陰陽師とかですね」
「……マジで存在したのか」
「ええ。ですが大っぴらに公表して信じてもらえるわけもありませんし、日本のどこかに人食い鬼がいたり、即死させる妖怪がいるなんて言えば、一気にパニックですからね」
「そりゃー、そうでしょうよ」
「まあ、だからこそ、異世界からの侵略を防げたのでしょうが」
「あー……、そんな化け物ランドの土地に住んでればねー」
なるほど。
日本人は戦闘民族だったわけか。
「ですから、こういう土地でいわくつきの場所を調査することも調査員の仕事なんです。そういうための自然散策部でもあります」
「異世界の調査だけじゃなくて、こっちの調査をするためでもあったんですねー」
「そうです。最悪、地元の妖怪と一戦することもありますから注意は怠らないようにしてください。大抵はお地蔵様などの土着信仰によって封印されていることがほとんどですが、稀に封印が解かれていて、陰陽師などに手配する前に、私たちが対処することもありますので」
あれー?
異世界ファンタジーかと思ってたら、日本伝奇物も混じってきたよ?
なんか簡単な山登りのはずなのに、緊張してきた……。