翔くんのお友達(仮)
いつからだろうか。
僕が世の中にうんざりしてきたのは。
最初はあの事件だ。
小学生の頃、クラスで発覚したいじめ。犯人はとある女子グループだった。
しかし先生に問い詰められると、皆口々に言うのだ。
「私は関係ありません。○○ちゃんがやってました」と。
普段は仲の良かったグループ。いや、良いように見えていたグループ。
僕は戦慄した。
僕の見ていた「仲良し」は、全てまやかしだったのだ。
それからまたいろいろあって――その恐怖は呆れとなった。
――仲良しとか。馬鹿の一つ覚えみたいに。
――どうせお前もあいつらと同じ、いざという時は自分の身の心配しかしない。
――お前も騙し、騙されているんだよ……。
そんなことを考えて行動していると、気が付けば周りに人はいなかった。
でもこれでよい。これが僕が望んだ、理想の、姿なのだから。
***
「きりーつ、れい!」
『ありがとうございました!』
教室は一瞬で、喧騒とかえした。
友達を誘って、一緒に帰るもの。
体育着を片手に、更衣室へ急ぐもの。
そして――こちらに向かってくるもの。
「なぁなぁ、一緒に帰ろうぜ!」
「……なんで」
「なんでって……なんでもいいじゃん!翔、暇だろ?」
この馴れ馴れしい態度の奴は、内藤清一。顔よし、頭よし、性格よしの、まさに「イケメン」という感じのやつだ。
なぜか僕はこいつに、目をつけられている。下の名を呼ばれるので、即座に反応できないこともしばしば。
毎日毎日よくやる。どうせこいつも、騙し騙されているんだろうに。
ここまでしつこいと、追い払う気も失せるってもんだ。
「しょーうー。哀○翔ー」
「それは別人だ!」
「そっか。じゃあ○栖翔」
「それも違…誰だ、それ」
しかもこいつはクラスのムードメーカー。話はうまいし、絶妙なボケも入れてくるから、なぜか僕でも話が続いてしまう。
「知らないの!?……櫻○は?」
「それなら知って…………帰る。ついてくるなよ」
「えー。帰り道一緒じゃーん」
「反対方向だろっ!!」
ああ、嫌だ。
イケメンが嫌だ。ムードメーカーが嫌だ。話上手が嫌だ。馴れ馴れしいのが嫌だ。騙す奴が嫌だ。騙されている奴が嫌だ。騙されている自分が嫌だ。
それを少し楽しんでる、自分が嫌だ。
***
「内藤……」
「ん?どうした、翔」
ついてきたのは許そう。肩を並べて歩いたのも、まあいい。だが。
「家にまで来るか、普通!?しかも僕の部屋にまで上がりやがって!」
「あ、お邪魔してます!」
「知ってるよ!今日は僕しかいないよ!」
「あそこの幽霊は?」
「いねえよ!」
「いや、本当に……あ、お前の写真だった」
「殺すぞ!?」
僕は気が付けば肩で息をしている。
唯一の安息の場が、何故こんなことに……。
「つーかお前の名字、戸薪っていうんだな」
「知らなかったのかよ!!知らないでよくあのボケをかませたなぁ!!」
「えへへ……」
「褒めてねぇぇぇ!!」
「え、あんなボケかませるなんて、内藤くんは漫才の天才だな、ってことでしょ?」
「お前は人の話を聞かない天才だなあっ!!」
もう嫌だ……。
《ピンポーン》
玄関のチャイムが鳴る。これは最悪のタイミングだな……。
「ほら、翔。はよ出ろ」
「分かったけど……変なことすんなよ。僕が戻ってきたら、すぐ帰れ」
実に不安ながらも僕は内藤を部屋に残し、玄関へと下りた。
「はいはい」
「お届け物でーすっ」
元気のよい、青い制服の配達員から荷物を受け取り、部屋に戻る。
「おー、なんだっ……でかっ!!」
内藤が荷物をまじまじと見つめる。
それもそのはず。僕がまるまる一人入れるくらい、その荷物は大きかったのだ。
「確かにでかい……ってか帰れ!」
「なんなんだよ、これ。送り主は……戸薪俊?翔のパパンか?」
「あ、ああ……」
「パパン、一緒に住んでないのか?」
「……ん」
親父は今、名前も知らない外国にいる。
親父はその道では知られた科学者らしく、新しい開発やらなんやらで引っ張りだこなのだ。
内藤はそれをどう勘違いしたか、顔を伏せた。
「……ごめん」
「いや、別にそんな」
「翔が玄関に出てる間、部屋を荒らして」
「あやまれっっ!!土下座しろぉぉぉ!!」
「しかし翔、エロ本の類いが全くないんだが…大丈夫か?」
「お前の頭が大丈夫かぁぁ!!?」
そう叫んだ瞬間だ。
《ガタッ》
「…………ん?翔くん、今この箱、揺れなかった?」
「ば、馬鹿言うな…そんなわけ……」
《ガタガタッ》
「「ひいっ!」」
おかしい。あのバカ親父は何を送ってきたんだ。
「なぁ、翔…開けてみろよ」
「は、はぁ?」
「それ、お前宛てだろ?なら、開けて――」
「い、嫌だよ…こんな得体の知れない…」
《ガタッ》
「はやくぅぅっ!!」
内藤の声がガチだ。本当に怖いらしい。
このままこいつを見ていたい気もするが、さすがに僕もそこまでSではない。
それにこの箱…はやく処分したい。
「い、行くぞ」
「お、おうっ!」
ガムテープを外し、中をのぞく。するとそこには――
「ふう…、やっと、出られました」
「おんなの…こ?」
何を言っているか分からないだろうが、あえてありのままを話そう。
ふたをあけたら。
女の子――同い年くらいの子が、いた。
「あなた、翔様、ですか」
「え、あ、はいっ!」
「わたしは、U-E21sです、ドクター戸薪に作られた、ロボットです」
「「…………は」」
絶句とはまさにこのことだ。いや、確かに今年の年賀状に「ロボット作り、楽しいです」とかあったし、ついったでも「頭部合体、なう」とか呟いてたけど。けど、だ!
まさかこんな人型ロボット(ミ○・モ○クロームみたいな子)を作っていたなんて。
「マスター」
「ま、マスター?」
「はい。翔様は、私のマスターです。何でも命令してもらって、構いません」
そう言われた瞬間、隣の内藤が反応した。
「何でも!?じゃ、じゃあ、エロいことも…」
「私のマスターは、翔様です。どこの馬の骨とも、分からないあなたの、命令は聞きません」
…親父はなんてもんを作ったんだ。
内藤が泣いている。男泣きだ。
僕は仕方なくフォローを入れる。
「あ、その。こいつは僕のクラスメイトだから」
「翔、そこは友達と言ってほしかった」
「マスター。この方の序列を、上げますか?ただいま、レベル《HORSE'S BONE》」
「結局馬の骨なんだな」
いつの間にか、内藤がツッコミに回っている。さすが、親父のロボット。
しかし、序列か…。
「じゃあ、隣のクラスの交流のあまりない奴くらいにしといてくれ」
「クラスメイトはどこに!?」
「了解、しました。…こいつの、名前は?」
「『この方』ですらなくなった!」
「馬野ボーン君で」
「やっぱりそこに戻るのかぁぁぁぁ!!」
ふう。散々内藤で遊び、名前をちゃんと直してあげた後。
僕たちは本題へ戻った。
「ほんで、親父が君を…送ったって?」
「はい。ドクターは、おっしゃいました。翔様を、助けてあげてくれ、と」
「助けてあげてくれ…?」
「翔様は、彼女いない歴=年齢。もちろん、童w貞wだ、と」
「うん、親父を軽く殺したくなった。つか分からないじゃん!親父がいない間に、卒業したかもじゃん!」
「そして、こうおっしゃいました」
U-E21sが間を持たせるのに合わせ、僕たちも静かになる。
「友達に、なってあげてくれ、と」
「…親父」
「友達百人どころか、一人もいないだろうから、と」
「親父ぃぃぃ!!」
殴りたい!
すんげぇ殴りたい!
「パパンも大変なんだね」
内藤がうんうんと頷いていることも気になるが、それはスルーとして。
「お前…えーっと」
「U-E21sです。覚えにくいようでしたら、ユイで構いません」
「じゃあユイ。お前はいつまで、ここにいるつもりだ?」
ユイは間髪入れずに。
「マスターに友達ができるまでです」
「友達、の定義は?」
「例えば、一緒に帰ったり、家に呼んだりする間柄です」
実に不本意ながら。
僕にはすでに、そのような相手がいる。
「それってまんま、俺じゃん!な、翔?」
「…は?隣のクラスの分際で、何をほざいて、いるのですか」
本当、僕以外には容赦ないな、ユイ。
「ユイ、こいつの言っていることは本当だ」
「ま、マスター?」
「誠に遺憾ながら、だが」
「どういう意味かな、翔くん」
すると。ユイの目から、何かがこぼれた。
「ひ…ひっく…う……ぐすっ…」
「え?え?ユイ?」
「私は…うっ、マスターの友達になるため、だけに、うまれて…ぐ、き、きました……」
「うわ、翔が女の子泣かせたー」
「ですから、くすん、任務が終わった私は、多分…スクラップです……ぐちゃ、ぐちゃになって…死にます」
「重いな!」
「さようなら、……マスター、駄馬」
「最後は駄馬!?」
僕は人間は信じない。特に女子は。でも。
ロボットなら、信じてもいいのだろうか。
「…ユイ」
「……ふぁい?」
「嘘だ。こいつは、友達じゃない。だから、お前が死ぬ必要はない」
「そうだよ、ユイちゃん!」
「こいつは僕の下僕だ」
「そうなの、翔くん!?」
「だから……ここに、いてくれないか」
ユイの涙が、次第に消えていく。
そして、ユイの目は輝きに満ち――
「マスターぁぁぁ!!」
「ちょ、抱きつくな!!」
「あ、翔、ずるーい」
「マスター!ありがとう、ございます!ユイ、感激、です!」
「分かったから!離れろ!」
「マスター……いえ、ご主人様!私も、下僕となります!」
「友達じゃなくて!?」
「ご主人様に、一生、仕えますぅぅ!!」
なんだかんだあったけど。
こうして僕には下僕が二人、できました。