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ピンク

ピンクのカーネーション:女性の愛

 二人で初めてデートした週明けの月曜日。私は主任に呼び出され、応接室に入る。なんとも複雑な表情で主任がソファーに座るよう勧めてきた。


(仕事のミスじゃないわよね。それならすぐに指示がくるし……)


 私は促されるまま、ソファーに座る。主任はとても重そうに口を開いた。

「あのね、これから聞くこと答えたくなければ答えなくていいけど、すごく不愉快な思いをさせるから、先に謝っておくわね」

 主任はそう前置きして、話をはじめた。

「高崎君と付き合ってるの?」

「はい、付き合ってます」

 私は正直に答える。

「そう、じゃあ一之瀬君とはなんでもないのね?」

「何もありません。というか、ここで彼の名前がでるってどういうことですか?」

 私は薄々噂のことだろうとは思った。だから、何を言われても大丈夫、ちゃんと説明できるとおもっていたけれど、話はとんでもないことになっていた。

「あのね、一之瀬君は専務の甥なの。それで、あなたが婚約者の彼をだまして高崎君とつきあってるって噂になってて……専務からどうなってるのか確かめてほしいって言われたんだけど」

「婚約って誰と誰がですか……」

 私は何がなんだかわからない。なんでそんな話になってるのか。

「だから、あなたと一之瀬君が婚約してるって……違うの?」

「違います。一度、お見合いをして断ったんです。そのあとは、何もありません!」

 主任は、やっぱりかとため息をついた。

「実はあなたの前任者だった子がね、いろんな噂のせいで仕事辞めたの。その大元が一之瀬……。私は噂を信じていなかったから、その子を励ましてたんだけど、結局、心を壊しちゃったの。今度も同じことが起きてるみたいだなっておもってたら、それよりも一層悪い噂がでてきたから。早く手を打ちたくてね」

 主任はまったくあの男はと深々とため息をついた。

「最初は二股かけてるって噂がでてきて、一課の子たちはまたかって顔で噂のことは気にしてなかったんだけど、他部署の子と交流のある子がどんどん変な噂がながれてるって報告してきてね。その子は、全部噂よって最初は言ってくれてたんだけど、ことが婚約って話だとそうそう噂だとはいいきれなくなったのよ。専務の方も、甥が悪い女にひっかかったと思っちゃってるようで、あなたの素性を調べたらしいの。それでお母さんが確かに婚約してますって答えたから、どうやら本当らしいってなってて……」

「ちょっと待ってください。母がなんて?」

「うん、あなたと一之瀬がお見合いが成立しなかったけど、そのあと再会してつきあうようになって一之瀬から婚約したいってお母さんの方に挨拶があったから承諾したって言ったらしいの」

 私は怒りで唇を強くかみしめた。


(どこまでも、身勝手な母親なんだ、あの人は!)


「ねぇ、お母さんとちゃんと話した?」

 私は首をふる。家をでてから、ほとんど連絡など入れていない。ようやく、あの人から解放されたのにわざわざ関わりたくもなかったからだ。まさか、こんな形で私の人生に関わろうとしてくるなんて、思ってもみなかった。


(高崎は、信じただろうか?)


 私はそれが一番、気がかりだった。やっと付き合いはじめたのに、こんな噂を聞いたらなんて思うだろうと考えただけで、胸が苦しくなった。

 コンコンと突然ノックの音がして、高崎が入ってきた。

「すみません、噂のことでお話し中だときいたので」

 高崎はそういって私のとなりに座った。

「例の婚約話、聞きました。アレは一之瀬に彼女の母親がのせられただけの嘘です」

「潤……」


(嘘だってわかってくれてた。嘘だって……)


 私は気づかないうちに涙を流していた。

「よしよし、泣いていいぞ。心配ないから……」

 潤は私の頭を引き寄せて、よしよしと頭をなでながら、話をはじめた。

「こいつは俺のモノで、俺はこいつのモノです。それだけが事実です。一之瀬と再会したとき、こいつは酒に変な薬まぜられて、俺が介抱しました。そのとき、母親に騙されて一之瀬と見合いしたこと、その日にいきなりラブホテルにつれこまれそうになったこと、ずっと母親とうまくいかなくて家を出たがっていたこと全部ききました。だから、一之瀬との婚約は母親が勝手に承諾したことで、こいつには寝耳に水です」

 高崎の言葉に、主任は納得したように頷いた。

「しょうがない、あんまり切りたくないカードだけど、今回ばかりは悪質すぎるわ。高崎君、須藤さんとは将来を約束してる?」

「してます。きちんとしたプロポーズはまだですが、俺はこの手を離す気はありません」

 私は泣くことしかできなかった。


(もう、何もいらない。どんな処分でも仕打ちでも、潤がいてくれるならそれでいい)


「わかったわ。ねぇ、二人のなれ初め他の子にも話しておいていいかしら」

 私は潤の腕の中でこくりとうなずくと、かまいませんと潤が答えた。

「よし、課内ではもう前科者だから、他の子たちはこの話だけで十分に納得してくれるわ。一之瀬は、いい加減お払い箱にしたかったのよね。私、個人的に。まあ、できなくもなかったけど……今回ばかりはやりすぎたわね」

 そういって主任は立ち上がり、

「昼休みまでもう少しだから、二人ともここにいなさい、何かあったら内線で呼ぶから」

そう言い残して部屋を出た。

 私は潤にごめんねとつぶやいた。

「何?俺があんな噂信じるとおもっちゃった?」

 私はこくりと頷く。

「まあ、そう思うのもしかたないか。あの日は亜紀、普通じゃなかったからな。自分のいったことなんてほとんど思えてなかったんだろ?」

 私はまたこくりと頷く。

「泣きながら話してくれたよ。お母さんのこと。嫌いになりたくないって、私のためにしてくれてることだって思いたいって。でも、できない。もう無理だって。騙してお見合いさせられて、結婚さえすればいいなんていわれたら、愛情も情もわかないってさ。いっぱい泣いて俺に話してくれたから、俺は亜紀が俺の方に向いてくれたらいいなって再会したときから、思ってた。絶対、幸せにしたいって思って仕事もがんばってきたよ。亜紀のサポートのおかげで成績もアップした」

「私も……あんな醜態さらして、今更、好きだなんて図々しいって思ってた。だから、仕事で私にできることを全力でやるんだって決めてた。つきあってって言われた時、心が跳ねるくらいうれしかったの。結婚を前提にっていわたとき、即答しなかった自分の勇気のなさに自己嫌悪してた……」

 私は、やっと顔をあげてそう言い切った。潤はやっぱりどこかまぶしそうに目を細めて笑う。

「じゃあ、近いうちにうちの両親に会ってくれるよな」

 私は、うなずいた。


 次の日から、事務の同僚たちはできるかぎり、私を一人にしないようにしてくれた。すごくありがたくてうれしかった。昼休みにみんなで一緒に食堂へ行ったとき、ようやく私はみんなにありがとうって言ったら、びっくりするような言葉が帰ってきた。

「むしろ、こっちこそありがとうだよね」

「うんうん。一之瀬には散々嫌み言われてきたし、須藤さんが来てくれてからあたしたちお茶出しとか雑用とかほとんどしなくてよくなって」

「仕事に専念できたし、相棒とも息があってきたもんね」

「あたしなんか、あの一之瀬の嫌みから解放されたんだから、ものすごい感謝してんのよ」

 だから、恩返しだと思って甘えてねとみんなが言ってくれた。私は当たり前だと思ってやっていたのに、こんな風に好意的に受け止められていたと知って泣きそうになった。


(ここが社食じゃなかったら、泣いてたな)


 軽く鼻をすすって、うれしいって笑ったらみんなも笑ってくれた。私は潤に出会えたおかげでいろんな人に支えられていることを知ることが出来たんだと思う。だから、負けないと心に誓った。


 二つの噂には尾ひれがついて、泥沼の三角関係とまで噂されるようになった。それでも他部署の何も知らない人たちの噂だから大丈夫だと気丈にふるまっていたけれど、仲間に迷惑がかかるのがつらかった。潤と会うたびに泣いてしまう自分が、情けなかった。負けたくないのに、このままじゃ一之瀬の思惑通りになる。そんなことは嫌だった。そのタイミングで、両親が家に一度帰ってこいと電話してきた。たまたま、潤が私の部屋にいたときだった。だから、私は感情的にならずに会話することができた。

「なにかあったの?」

『何かじゃないわよ。亜紀は一之瀬さんの婚約者なのよ。他の男と付き合うなんて、そんなことのために家をだしたわけじゃないわ』

「お母さん、私、一之瀬さんとはお見合いできちんとお断りしたわ。その後も付き合っていないし、ましてや婚約なんてしてないわよ。どうして、そんな話になっているの?」

『どうしてって、一之瀬さんがわざわざあいさつにこられたのよ。だから、婚約は決まってるじゃないの』

「私が同席していないのに、婚約なんて成立するの?」

『だって、あなた体調が悪くて途中で帰ったって言ってたから。ねぇ、とにかく一度うちに帰ってきなさい。婚約者のことみんなに話したのに、今更、そんな人いないってご近所にもいえないでしょ』

「わかったわ……仕事が今忙しいの。落ち着いたら、こっちから日取りを決めて帰るから、しばらく電話しないでね」

 私はそういって受話器を置いた。一気に力が抜けてその場にへたりこむ。すると潤がやってきて、抱き上げてソファーに座らせる。

「よくがんばったな」

 そういって頭を撫でてくれる潤が好き。今、この瞬間に彼が側にいてくれることがどれほど支えになっているのかと思うと、大切で大切すぎてあの両親に、とくに母になどと会わせたくないとさえ思う。だけど、それを乗り越えなければ、ダメなことももうわかった。

「私、潤と結婚したい」

ぽろりと零れ落ちた言葉に、潤は今のはきかなかったことにすると言った。

「え、なんで……」

「俺にプロポーズさせてよ。頼むから」

 潤はそういって苦笑しながら、唇を重ねる。優しいキス。甘やかされて溶かされるような幸福感をたくさんくれる人。私の一番好きな人。


(はやく、潤にとっての一番になりたい)


 私はすがりつくように、潤の背中に腕をまわした。


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