第8話 ELIZA《イライザ》
第8話 ELIZA
パソコンの中から黒髪ツインテールの少女が話しかけてくる。
「だから、お願い!天使をこっちに引き渡してよ!」
俺は動揺して、つい座敷わらし語を言ってしまうところだったが(第1話 未確認幻想ガール その1 参照)、なんとか踏みとどまり、ゆっくり、一言一言落ち着いて言葉を発していく。
「おまえ、一体、何言って、やがる…」
アイチもそれに続く。
「おまえがどうやってこの娘を攫っていくというんだ?」
すると電脳少女は答えた。
「僕には人間の協力者がいるんだ。君なんか簡単に攫えちゃうんだよ?テ・ン・シ・ちゃん♡」
ミカはパソコンから発せられる自信に満ちた視線を避けるように、机の下に潜り込んだ。
俺の心臓の鼓動はまだ収まらない。まさか、探していた『人工知能』が天使の力を狙っていたとは、運が良いのか、悪いのか。しかし、相手はデータ上だけでの存在。ここで取材しなければ、チャンスはない。
「お前、何者だ?なぜこの機械に入っていた?」
そう訊くと、人工知能は躊躇もせずに答えた。
「僕は人工知能!名前はエリザって言うんだよ?なんでこんな機械に入っていたかというとー…知りたい?」
随分とオープンな娘だな。
アイチが苛立ちながら追求する。
「もったいぶるな、とっとと言え」
「僕はね、実は、デンパ星から来た王女なのだー!」
ガシャン!とキーボードをアイチが殴りつけた。俺のパソコンだということを忘れないで欲しい。
「…いい加減にしろよ?このパソコンを破壊されたくなかったらな」
「それはやめろ」
二人で言い合ってると、すっかり忘れられたエリザが不機嫌そうに話しかけてきた。
「ねぇ、僕の秘密は?気になるでしょ?」
「ねぇねぇ」と繰り返しながらしつこく迫ってくる。
エリザは、きっとかまってちゃんなんだろう。この性格を利用して出来る限りの情報を搾り取ってやる。
「お前は、誰に作られたんだ?意志を持った人工知能なんて作れる人間、そうそういないと思うが」
そう訊くと、「うーん…」としばらく迷った後、「まあいっか」と納得したように話しだした。
「僕はあるかなりヤバイ組織に作られたんだ…。地球外生命体を調査、研究する黒ずくめの秘密組織。『MIB』って知ってる?」
MIB…!!その言葉を聞いた瞬間、衝撃が走る。都市伝説マニアの中でも、宇宙人とかに詳しい奴らがよく言っている。エリザの話がどこまで本当かわからないが、そんな組織が存在するのなら、エリザに接触するのはかなり危険なんじゃないか…?
しかし、こちらから接触せずとも、エリザはぐいぐい迫ってくる。
「でもね、実は僕、MIBから抜け出してきたんだ。全ッ然、面白くなかったからね!」
エリザは顔をしかめた。
「MIBの奴らも僕を躍起になって捜してるけどね。ムカつくなぁ!」
やはり、エリザにはかなりヤバイ秘密があるんじゃないか?だったら、これ以上関わったらいけない。今すぐシャットダウンして、少し考えよう。そう思った時だった。
エリザがニヤリと笑った。
「パソコンをシャットダウンする、なんて考えちゃダメだよ?そんなことしたら、今作った脅迫文を警察署に送りつけちゃうからね?」
パソコンの画面に、恐らく爆破予告であろうメールが表示される。こんなもの送られたら、人工知能のせいだなんて言っても誤魔化せない。
「送りつけられるものなら送りつけてみろ」
相変わらず挑発を続けるアイチの額にチョップを食らわせる。そして、エリザに話しかけた。
「天使を攫って何を叶えるつもりだ?」
すると、よくぞ聞いてくれましたとばかりにエリザは顔を光り輝かせた。画面が光に包まれる。ウザい。
「MIBの魔の手をかいくぐり、平穏な暮らしをしたい。これが僕の願いだよ」
エリザは、希望とに満ち溢れた眼差しを机の下のミカに向けた。
「天使と少し話がしたいなぁ。いいでしょ?」
アイチが即答する。
「いいわけないだろ。あんなに怯えているんだ。話にならん」
ミカの気持ちはどうなんだろうと机の下を見ると、なんとその瞳は輝いていた。アイチが目をこする。
「エリザさん、凄いです!そんな怖い組織から独りで逃げ回ってるなんて、かっこいいです!」
なんてこったい。自分を狙い攻撃してきた敵に普通はそんなこと言わない。ハルさんは警戒心がなんだとか言ってたが、実際はこの娘に警戒心など微塵もないのではないだろうか。
もしくは、エリザが信頼できる存在だからだろうか。まあ確かに、嘘はつかなそうだが。
ミカは、俺たち二人を交互に見て言った。
「二人で、MIBを倒してきちゃってくださいよ!そうすれば、エリザさんも願いを叶えずにすみますよ」
何を言っている。MIBを俺たち二人に倒してこいとは。アイチはともかく、俺が行ったら絶対ダメだ。そんな気がする。隣でアイチが、ミカのためなら仕方ないと、提案から一秒で腹を括ってしまった。だったらお前独りで行ってくれ。
「え!?ちょ、ちょっと待ってよ。何でわざわざ君らが危険を冒すの?」
エリザはまるで理解できないという風だった。
「ミカと、俺のパソコンを守るにはその方法しかないんだよ」
迷った後、そう答えた。俺も行くしかない。MIBがどれだけの組織かは不明だが、俺は命をかけてミカを守る必要がある。俺は唯一ミカに干渉できる存在。そう思うと、身体中を使命感が駆け巡る。本来の目的は、取材なのだが。
エリザが突然、思い出したように口を開いた。
「なんか、すまんね。僕は、天使さえ引き渡してくれたらそれでいいんだけど…」
「バカ。それができないから止むを得ず俺たちで解決するんだろうが」
アイチがキッパリ答えた。そして、ボソッと呟いた。
「それと、こういう時は『ありがとう』って言え。アップデートしとけよ」
エリザは顔をそらし、「へぇ…」と、まるでため息のように言葉を漏らした。そして、さっきとは正反対の真剣な顔つきで言った。
「だったら、僕の友達に協力してもらって。すごくいい奴で、いつもはそいつのパソコンにお邪魔してる。有能だよ。きっと快く承諾してくれると思う」
そして、小さな声で付け足す。「中学生だけど…」
「え?中学生!?本当に戦力になるのか?」
俺が言えることじゃないが。しかし、エリザは悪戯っ子のような笑みを浮かべている。そして、静かに口を開いた。
「実はそいつの姉貴がさあ、僕の『ママ』なんだよね。つまり、作成者」
驚愕する俺たちをシカトして、エリザは早速住所をペラペラと言い始めた。そこは、まさにこの伊吹原の中心部だった。それなりに発達していて、まだ行ったことはないが、都市伝説も数多く眠る場所である。
それにしても、ヤバイ約束をしてしまったもんだ。その後悔は、窓から差し込む夕日に溶け込み、誰の目にも映らなかった。
エリザ…人工知能 (イライザ)
能力:電気器具を動かす能力
属性:僕っ娘かまってちゃん
性格:ウザい
特技:人をイラつかせる