第6話 多勢は無勢!
第6話 多勢は無勢!
出発してから二分もしないうちに、軽トラは停車した。
いや、停車とは程遠いただの衝突事故のように感じたが、そんなことは今はどうでもいい。
荷台の幕を乱暴に開けたのは、お面男だった。
「おら、着いたぞ」
俺は縄をほどいたわけではないので、メールしたのをバレないように、元のように縄に腕を通していた。
トラックに縛り付けられた姿勢のまま、荷台の幕が完全に取られる。すると、そこが四方を壁に囲まれた、まさに大きな倉庫の中だということが分かった。
その時、視界の右側から堂々とお面男が現れた。
「ようこそ我が城へ。俺が本体だ」
とても城とは言えないが、黙っておくことにしよう。
「お前、これから俺たちをどうするつもりだ!」
「君はどうでもいい。用があるのはそこの天使ちゃんだけだ」
なんと失礼な。元はと言えばお前が連れてきたんだろうが。そう言ったが、お面男は無視して、天使の縄をほどいた。
「ようやく…ようやく願いが叶う!」
やはり、願いを叶えるつもりか。心臓の鼓動が速くなる。ミカの力を人一人の欲のために使わせるわけにはいかない。アイチが来るまで、俺が時間を稼がなければ…
「おい、お前は一体何の願いを叶えるつもりだ」
しかし、依然としてぶっきらぼうな態度でお面男は言った。
「お前に言う必要はない」
ミカの体を覆う分厚いコートを乱暴に脱がし、最初に出会った時の白いワンピースが露わになる。
「どうせお前も天使を使って願いを叶えたいんだろう?所詮その程度の愛情だ」
お面男の身勝手な行動と言動に理性が吹っ切れそうになるが、舌を噛み、痛みで平常心を保った。ここで騒ぎ立てたら、気絶させられる可能性もある。そうなったら、望みはない。
平静を保ち、再度話しかける。
「教えてくれたって構わないだろ?それとも、そんな恥ずかしい内容なのか?」
お面男の周りの空気が一瞬歪んで見えた。
「…なんだと?」
やっぱ単純。このまま時間を稼いでやる。
「自力で叶えられない夢なんて諦めてさっさと働けよガキが」
できるだけ怒らせ、相手の判断力を鈍らせる。予想通り、お面男はミカから離れ、一歩一歩確実な殺気を漂わせて近づいてきた。
お面男は荷台に登り、そのまま俺の顔を蹴りつけた。
「ぐっ…!」
歯をくいしばったが、衝撃で頭がクラクラする。めまいの次に感じたのは、口の中に広がる血の味だった。
「所詮傍観者でしかねぇてめえが、何調子こいたこと言ってんだ?」
お面男はゆっくりと屈んで、耳元でそう呟いた。男の脚は、今度は俺のお腹を貫いた。
強烈な痛みが全身に伝わり、思わず手首を縛られた状態のまま突っ伏した。まだ少し、時間を稼がないと…しかし、声が出なかった。
すると、怒りで冷静さを失ったお面男が口を開いた。「小学生からの夢だ」
「俺は、ヒーローになりたかった。伊吹原で育った俺は、いつしかここを護るヒーローになりたいと思っていた」
だから、ヒーローのお面を被っているのか。男は続けた。
「中学生の時、俺のクラスにはイジメがあった。相当酷いやつだ。俺はいじめる側でも、いじめられる側でも無い、ただの傍観者だった。でも、俺は心の底からそのクラスを変えようと思っていたんだ。それこそ、弱気を助け、強きをくじくヒーローになりたかった」
お面男の声は、まるで友人に夢を語る小学生のようだった。それが彼の意志の強さを現わしていた。
「でもそんなのは当時の俺には出来っこなかった。夢は夢のまま終わったんだ」
お面男の声に熱がこもる。
「でもな、高校生になった時、また俺のクラスでイジメが始まったんだ。だから俺は悪魔と契約して、この力を手に入れたんだ。傍観者ではなく、護る側になりたかった。イジメの主犯格の野郎をボコボコにしてやった。スッキリしたよ」
しかし、お面男はさっきとは正反対の憂鬱な声で言った。
「そして気づいたよ。心の痛みは螺旋階段だ。痛みはどんなに頑張っても伝染し、止まらずに侵食していく。俺がなったのは結局悪魔だったんだ。ヒーローでもなんでもなかった。だから、自分を変えるんだ。螺旋を破壊し、圧倒的な強さで正義を貫いてやる。全ては、夢のためだ」
お面男は一通り話し終えると、くるりとミカに向き直った。
「その夢が、今叶うんだ…」
あともう少し、時間が必要だ。俺は最悪の状況を想像しこれからやってくるであろう恐怖を振り払った。決心して口を開く。
「そうか。そんなくだらないふざけた夢を叶えるのか。さぞもったいないだろうな」
お面男の何かがプツンと切れる音がした。
「くだらない…?」
男は何か叫びながら俺の体を蹴りつける。肉が裂け、そこから血が滴る。
「お前が、お前が、お前が、お前が、お前が!俺の夢のを貶すなぁぁあ!」
意識が飛びかけた、その時だった。
ガシャァン!と何かが炸裂した。音のした方向には、割れたガラスの破片が落ちていた。そこから、何者かが颯爽と登場する。
「夢だ夢だうるせぇな。そんなに大事なことなら、人に頼らないでやりきってみせろ」
窓から差し込む光は、青年の背中を照らし、その正面に大きな影を作り出した。
「弱えくせに頑張ったじゃん、お兄さんよう」
お面男は明らかに動揺していた。
「なんでお前が…ここにいる!?」
半人半魔の愛塚 愛知は答えた。
「天使のためなら、俺はどこにだって現れる」
ようやく来てくれたか…安心しきって、体にどっと疲れが押し寄せる。
「アイチ…くん。あとは頼んだ…」
すると、アイチは首だけをこちらに向け、訝しげな顔をした。
「……アイチでいい」
なるほど。仲直りというわけですか。自然と笑みがこぼれた。
しかし、アイチはそういうわけにはいかないらしい。その目は、心配と哀れみと怒りを混ぜ合わせたような、複雑な色をしていた。
「くそお、お前ら、俺を守れ!」
お面男がそう号令をかけると、最初の二十人のほか、大体三十人のクローンが出現し、本体の周りを囲んだ。これでは、手の出しようがない。そういえば、最初の二十人のうちの1人がいない気がする。
しかし、アイチの力は予想以上だった。まだ怪我が治りきってないとはいえ、高速で距離を詰めクローンの死角に入り込み、山のように積もったホコリと共に、三人のクローンを吹き飛ばした。ホコリが舞い上がり、一瞬視界が遮られる。
次の瞬間、お面男たちは息を飲んだ。なんと、さっき爽やかに登場したはずのアイチが煙のようにどこかに消えてしまったのだ。「どこだ!」と声が飛び交う。
その時、急にクローンの一人がその場に倒れた。また一人、また一人と、計四人のクローンがその場に倒れ、跡形もなく消え去る。
そう。俺があの時ハルさんに頼んだものとは、お面ライダーイブのお面である。既にクローンの一人を外で倒していたアイチは、その服に着替え、砂埃を上げた時に素早くお面を装着し、クローンの一人になりきったのだ。これだけ多くのクローンがいる中、アイチを見つけるのは至難の技だ。
「まさに、『多勢は無勢』って感じの状況だな!」
アイチが自作語で今のこの状況を例える。
「どこだ、どこから来やがる!」
完全に冷静さを失ったお面男は、致命的なミスを犯してしまった。
「はっ!クローンを消せばいいんだ!」
本体が指を弾くと、残ったクローンは全員煙のように消え、その場にはアイチとお面男の本体が残った。
「あ………」
アイチはお面の奥で目を光らせた。
「食らいやがれぇぇ!!」
アイチは全力でお面男の顔を殴り、後方へ吹っ飛ばした。お面が弾き飛び、青なじみのできたお面男の顔が露わになった。
タイミングよく、ミカが起床した。
「くはあぁ〜、よく寝ました…」
アイチがすぐさまミカに駆け寄る。
「大丈夫だったか!?変なことされてないか!?」
ミカはとろけた口調で答えた。
「なんでアイチがいるんですか…?もしかして、まだ夢の中ですか?」
俺は痛む体を強引に動かし、奥で仰向けに倒れているお面男の元へ向かった。
「…今更何の用だ」
「お前の夢を貶した事、謝る。すまなかった!」
俺は頭をしっかり下げて謝罪した。それが常識だからとかではなく、一人の人間として謝りたかった。
「勝者が正義、敗者が悪。この世界の定法だ。仕方ないことだ…」
唐突に、気になっていたことを訊いてみた。
「お前、本当にもう夢を諦めたのか?」
男は一瞬黙って答えた。
「俺にはもう何も護る自信がない」
「そうか…俺は、お前が夢を諦めたとは到底思えないけどなぁ」
「…何を言っている。もう何も護れないと…」
「本当にそうか?」
男はもう反論しなかった。どうやら、俺の話を聞く気になったらしい。
「お前は夢を諦めたんじゃない。歩みを少し止めたんだ。どでかい壁にぶち当たって、これ以上先に進めなかった。だから天使に頼った。別に、これは人間としてしょうがないことだと俺は思う。でも、お前は最後まで歩むことをやめなかった。夢を夢で終わらさず、最後まで手を伸ばし続けた。心の中で、お前もそれに気づいていたんだろう?」
男は無言で目をそらす。俺は続けた。
「お前は護りたい護りたいと言っていたが、結局お前は何を護るつもりなんだ?いじめられっ子か?伊吹原か?違うだろ?お前が護りたかったのは、その『夢』なんだろ?お前が追い続けた夢。でも、そんな夢を想いつづける自信をなくしたから、天使に頼んで、夢を叶えて欲しかったんだろ?そうすれば、夢の重みを抱えずに生きられるから」
男は無言のまま話を聞いていた。
「でも、そうしても夢は諦めきれない。それは誰よりもお前が知っていた。夢を見続けたかったんだろ?いいじゃん、それ。一生ヒーローを目指してただひたすら生きていくって、いいじゃん。お前みたいな奴が、新たな世代に夢を与えるんだろうな、きっと」
そう締め括って、俺は足早にそこを立ち去った。天使と悪魔が待っている。ミカは俺の姿を見つけるとすぐさま近づいてきた。それを見て、アイチが俺を睨みつける。
「おい、お前」
「トワでいいよ…」
「…トワ。お前ほど弱い奴は久々に見た」
「アイチ、お前ほどバケモンじみてる奴もそうそういねぇぞ」
「でも、お前はある意味強い」
「…へ?」
アイチは、敵わないと言ったような顔で、ミカと俺を交互に見つめた。
「…お前は立派な守護者だ。これからもミカを頼む」
そう言われて戸惑ったが、嬉しかった。しかし…
「俺は保護者その2だよ…本当にミカを守れるのはお前だけだよ、アイチ」
「…そうか?」
アイチは青年らしくはにかんだ。伊吹原の住人は単純な奴が多い。
俺とアイチはミカを挟んで、白界寺への道をゆっくり歩いて行った。
夕陽が、伊吹原の空を橙色に染め上げ、ようやく平静が訪れようとしていた。
***
「やっぱり、敵わないな。トワ、お前って奴は本当に恐ろしい」
アイチが誰もいない虚空に向かって呟いた。