第5話 逆転劇
タイトル変えさせていただきました。すみません。
第5話 逆転劇
アイチが大怪我を負って帰ってきた次の日の朝。食卓にはピリピリとした空気が漂っていた。ハルさんはずっと爪を噛んでおり、ミカは俯いて涙を流している。最強だと思われていたアイチが敗北した事実は、皆の心に大きな不安を与えた。ミカは朝食を殆ど残し、寝室に向かった。
アイチは寝室に寝かせている。悪魔の力なのか、折れた腕は徐々に再生しており、傷も塞がり始めている。しかし、気は失ったままだ。
「このままだと、アイチくんを倒した連中がミカをさらいに来るかもしれないですね」
ハルさんは爪を噛みながら答えた。
「卑怯な手を使ったに決まってるけど、アイチを倒した奴らが大人数でここに攻めてきたらまずいわね…」
もちろん、ミカをそう簡単に攫わせるつもりはない。それに、俺は明日までにここを取材しなければならないのだ。ミカのため、愛塚親子のため、俺のため、ここを守らなければならない。無理だろうけど。
突然、思い出したようにハルさんが言った。
「そうよ!ミカをトワちゃんのとこに預けましょうよ!それがいいわ!」
「ええっ!?マジすか!?」
「大マジよ〜」ハルさんは続けた。
「だって、敵はトワちゃんのことを知らないし、何よりあんたは意識のあるミカに干渉できる唯一の存在なのよ!トワちゃんがミカに触れているだけで、相手は手を出せないわ!」
相手が手を出せないのは、きっとミカの秘密が関係してるのだろう。
それにしても、ミカが家に来るのは構わないが、多くの危険な人間に狙われるほどの秘密を持ったミカを、本当に俺のところに預けるつもりなのか?そうハルさんに訊くと、「当然よ」と返してきた。
「ミカはああ見えて警戒心が強いのよ?あれだけ懐かれてるんだから、私もあんたのことは信じるわ」
だったら、やるしかないのか…人に人望を与えるミカという人物と、ミカを信じ抜くハルさんの覚悟を尊敬した。
「そうと決まったら早速移動よ!ミカと交渉してくるわ!」
俺にミカを守れるだろうか。でもなんだか、少し楽しそうだ。
***
十分後。俺とミカは白界寺を出発した。ミカは最後までアイチを心配していたが、高速で傷の癒えるアイチをみて少し安心したようだ。
ミカには厚着にサングラス、さらにマスクをしてもらった。敵に見つからないための工夫のつもりだが、何だか逆に怪しく見える。ハルさんには白界寺に残ってもらった。いつ敵が攻めてくるかわからないこの状況、一瞬たりとも気を抜けない。
慎重に白界寺から出ると、ゆっくりと回り道をしながらアパートへ向かった。
「トワぁ…ちょっと暑いです…」
「我慢しろ。もう少しだから」
「トワぁ…マスク邪魔です…取ってもいいですか?」
「我慢しろ。もう少しだから」
「トワぁ…トイレ行きたいです…」
「我慢しろ。もう少しだから」
そんな会話を繰り返しながら、全然もう少しではない道を進み、どうにかこうにかアパートが見えてきた。
油断した、その時だった。
後ろから勢いよくバイクが飛び出してきたのだ。俺は思い切り棒状のもので後頭部を殴られたかもしれないと思い慌てたが、今意識がある時点でそんなはずがない。
バイクは前方で止まり、ライダーがフルフェイスのヘルメットを外しながら降りてきた。
「天使は俺らがもらうよ?」
キザなセリフとともに、男がヘルメットを完全に脱いだ。
なんと、男はヘルメットの下にヒーローのお面をつけていた。そこを指摘すると、「違うだろ!」とツッコまれた。
「何で天使だと分かったかって?いいだろう教えてやろう」
訊いていないが、確かに気になる。
「何でだよ?」
「理由は単純さ。ただ俺たちの人数がとにかく多いだけ。ずっと監視させてもらったぜ」
あんなに注意を払っていたのに、気付かれてたのか。何人体制で見張ってんだよ。
ミカはバレていると分かると、すぐさまサングラスとマスクを外した。その顔は、なんと希望に輝いていた。
「すごい!お面ライダーイブです!」
お面ライダーイブとは、「伊吹原のご当地ヒーローです!」とミカが説明してくれた。
「私もお面、持ってるんですよ」
お面男は嬉しそうに「君もか」と言った。
「同志を攫うのは気が退けるが、許せ!」
まずい。顔が割れたらアパートに着いてもどうしようもない。かといって、俺の力でアイチの上をいった奴に勝てるわけでもない。
頭の中に、様々な選択肢が浮かんでは浮かんでいく。浮かびすぎて優柔不断な俺には決められない。結局、一つの結論に達した。こうなったら…
「白界寺に戻る!」
俺はミカを担いで、元来た方向へと猛ダッシュした。「待ちやがれ!」と、男がバイクにまたがり追跡してくる。とにかく今は死ぬ気で走るしかない。
しかし、所詮は人間とバイク。一分もしない間に追いつかれた。お面男がまたも道を遮った。
「馬鹿が、俺の『悪魔の力』から逃げ切れると思うなよ…?」
悪魔の力…?その言葉には微かに聞き覚えがあった。昨夜、アイチが言った言葉だ。もしかしてこいつも、アイチと同じく身体能力がずば抜けているのか?
お面男は一気に攻めてきた。道路を蹴り一瞬で距離を縮めると、そのまま時計回りに回転し、腰をひねって俺に回し蹴りを浴びせた。
リュックを盾にダメージを軽減したが、たまらず地面に倒れこむ。
アイチよりは強くなかったが、とても勝てる相手じゃない。
しかし、俺には武器がある。
倒れたところに、お面男がまたがり顔を殴り付けようとする。すると、ずっと怯えて縮こまっていたミカが、「喧嘩はダメですよぉ〜!」と二人の間割ってに入る。瞬間、お面男は宙を舞い、十メートルほど離れたところへ吹き飛ばされた。
ミカTUEEEE!
スーパー人任せヒーロー、ここに爆誕である。
「ぐう…さすがは天使といったところか…」
相手が怯んでいる隙に、ハルさんに言われた通りミカの頭を触り、ふわふわの髪をわしゃわしゃし挙げ句の果てにはクンカクンカした。ああ、天使の匂い。
「お前、天使に触れるどころか髪の毛をクンカクンカできるのか!?」
気持ち悪い絵面だが、しょうがない。敵に俺という存在の特別さを伝えるには、これくらいする必要があるんだ。
そして、何度も練習したセリフを冷静に言った。
「俺が天使に触れられる上にクンカクンカできるということは…何をするか、わかるな?」
ハルさんの言った通り、お面男は明らかに動揺している。
だが、この後の彼の言葉で、逆に俺が動揺することになる。
「お前まさか、『願い』を叶えるつもりか!」
…え?
…願い?
「ね、願い?叶える?そんなことできんの?!」
それがミカの秘密なのか?驚いて目の前のミカに尋ねると、「そんなぁ、聞いたことないです!」と不安そうな表情を浮かべていた。
すると、「なんだ、知らないでハッタリかけていたのか…」とバイク男が呟いた。
「だったら、先手必勝だぜ!」
お面男はポケットから箱を取り出した。綺麗な修飾の施された箱からは、可愛らしいオルゴールが出てきた。
何を思ったのか、お面男はオルゴールを鳴らし始めた。綺麗な、例えるならば、天使の歌声のようだった。
その音色が聞こえた瞬間、変化が起きた。
急に、ミカの肩の力が抜けてしまったのだ。俺の体にもたれかかり、寝息を立て始めた。
「実験は成功だ!セカイさんに報告しておかなきゃな」
お面男は、まるで結果を知っているかのようだった。お面の奥で、ほくそ笑む顔が想像できる。聞いたことのない名前が聞こえたが、その時の俺の耳には届かなかった。まずい。ミカの意識がなくなってしまったら…
打つ手がない!
ミカが完全に眠ってしまったところで、お面男と同じお面をつけた人間がたくさん集まってきた。ずっとこの機会を狙っていたのか。三人の男に羽交い締めにされ、身動きが取れなくなる。なんつー怪力だ。
「天使はもらってくぜ。お前ら、ずらかるぞ!」
「おい!放せ!放せよ!その娘を放せ!」
力の限り叫ぶが、声は届かない。喉がつぶれるかと思うくらい叫び続けた。今は正午前。外を歩いてる人くらいいそうなものだが、残念ながら見当たらない。
「俺はどうなってもいいから!頼むからその娘は放してくれ!」
俺はいつの間にかミカのために自分の命をかけていた。出会ってたったの1日ちょっとだが、ミカのためなら命をかけていい。そう思ってしまった。
しかし、相手は聞いてくれない。
「こんなやつ置いて、天使を連れ帰るぞ」
そう最初に襲ってきたお面男が言った時だった。
「ちょっと待て。こいつも連れて行くべきではないか?」
そう言ったのは、俺を押さえつけているうちの一人だった。
「何言ってやがる。邪魔なだけだ」
「だが、こいつは天使に触れられる貴重な存在だぞ?必ずセカイさんがデータが欲しいというに違いない」
そいつの言葉に、周りの何人かも、「確かに」と頷き始めた。
「……フッ、流石『俺』だな。お前の言うとおりだ」
最初のお面男も賛成した。しかし、明らかに文法がおかしい。
「流石俺って、どういうことだ?」
枯れた声で、そう尋ねる。
「どうって、まだ分からないのか?ここにいる全員が、みんな『俺』なんだよ」
「はあ?何言ってんだお前。悪魔の力とか言ってたが、もしかしてお前は脳味噌で悪魔と契約したのか?」
すると、お面男たちは意外そうに「ほう」と呟いた。
「惜しいなぁ。確かに俺がたくさんいるのは悪魔の力だ。何故だか、教えてやろうか?」
嫌味のつもりで言ったのに、全く話が噛み合わない。やはりこいつは脳味噌を悪魔に差し出したに違いない。しかも、訊いてもいないのに自分から秘密をバラしていく。
「俺が契約したのは『ドッペルゲンガー』だ。どっかで聞いたことないか?自分とそっくりの悪魔の話さ。さあ、こいつらをトラックに積むぞ」
ドッペルゲンガーは、オカルトマニアの中でもかなり有名な話だ。自分とそっくりの容姿をしたドッペルゲンガーに出会ってしまうと、不幸になるとかなんとか。
「俺は今能力で二十体の自分を作り出し、お前らを監視させていた。ちなみに本体はここにはいない。かといって、半径2kmから出てしまうと分身は消滅するし、かなり不便だがな」
俺は今、こいつの話のすみからすみを頭の中にメモしている。このまま逃げるのは不可能なので、一度捕まる必要がある。その時役に立つからだ。それにしても、俺も一緒に捕まれてよかった。
これがプランBだ。もしも相手に既に作戦がバレていた場合、俺だけでは相手できないし、だからと言ってミカを道具のように使うのもいけない。一旦敵のアジトにわざと連れて行ってもらい、何か手を使ってハルさんに連絡する。相手を内側から破壊するのだ。
しかし、この作戦には色々な問題点があった。例えば、敵に囲まれた状況でどうやってハルさんに連絡するか、だ。
自分で言うのもなんだが、俺は頭が切れる。その時々の状況を整理し、臨機応変に対応することができる。フリーライターとしてあまり使うことのなかった長所が、ようやく発揮された。
適当に抵抗しながら、俺とミカは手首を縄に縛られ軽トラに詰められた。縄はトラックにくくりつけられた。後ろの荷台は幕が張られ、外が見えないようになっている。
しかし、俺には彼らが俺たちをどこへ連れて行こうとしているかハルさんに連絡することができるのだ。
まずは連絡方法だが、これはシンプル。縛られているという状況に安心している彼らの隙を利用し、メールで連絡する。
問題は縄だが、俺は厚着をしている。さらに俺は痩せているので、服と体の隙間を利用し腕を捻り、三分間の格闘の末、縄が外れた。
そしてアジトの場所だが、相手はとんでもないヒントを自ら伝えてしまったのだ。
『半径2kmから出てしまうと、分身は消滅する』
この彼の能力の特性、軽トラやバイクを収納できるような地形。これらを踏まえれば、敵のアジトはここから半径2kmにある、倉庫のような建物である事が俺には想像できた。
そろそろ軽トラが発車してしまう。そう思って少し焦っていたが、心配なかった。きっと車は盗んだのだろう。どうやって発進するかで何人かがもめていた。
「ハンドルの真ん中を押せ!」
「おい!音がなったぞ!」
「でもエンジンはかからねぇぞ!」
「あ、そうだ!鍵を差し込むんだよ!探せ!」
やっぱバカだ。
急いでハルさんにメールを打つ。
『俺のアパート付近から2km以内にある倉庫のような建物を探してください。急ぎでお願いします』
俺はメールに、『あるもの』を着けてきてほしいとも書いた。これで確実に『本体』をやれるはず…
ようやくトラックにエンジンがかかる。タイミングよくメールが来た。
『分かったけど、アイチが行っちゃったわ。まだ治りきってないし、力も再生で使い切ったのに…ごめんなさい!』
なんてこった。あいつが来るのか。でも今は、アイチのミカを思う気持ちに賭けるしかない。
勝利を確信した時こそが、一番の隙なのだよ。
加賀宮 勇之助…お面男
能力:自分とそっくりのクローンの生成、操作
属性:モブ
好きなヒーロー:お面ライダーイブ
頭脳:悪い