プロローグ
プロローグ
欲。どんな生物にも平等に存在し、最も純粋な心の働き。
冒険家は新たな発見を求め危険を省みず進み、天下を獲りたかった男は長年従った主人を裏切った。人類の進歩は、何もかも「欲」から始まっている。
そんな「欲」を一瞬にして叶える代物がこの世には存在する。
「それ」は時には聖人の血を浴びた器であったり、人の魂を喰う悪魔であったりした。
しかし、今は違う。
「天使」と呼ばれる「人間」だ。
これは言わば、都市伝説と呼ばれるものだが、真実を確かめるため、我々は 東京都最強の都市伝説の宝庫、「伊吹原」へと足を踏み入れた。
* * *
「ヒィッ、や、やめろ!わかった謝るから!」
悲痛な叫び声が聞こえる。老け顔の男が傷だらけの体で許しを請う。
「はあ?お前自分が何したかわかってんだろうなぁ?」
対する声の主は躊躇せずに男を蹴り飛ばし、男のすねを思い切り踏み潰した。
バキン!と、まるで薄い木の板を割るようにたやすく、脚の骨は砕かれた。
声にならない悲鳴が夜の街に響き渡る。
「お前、金欲しさに天使を狙ったんだって?」
月明かりが声の主の姿を照らす。
その正体は、まだ二十歳にもなっていない青年であった。
「これでもう、天使に干渉することはできないだろ?」
青年はそう言い放つと、男のもう片方の脚を砕いた。
伊吹原に哀れな男の叫びがこだまする。
いくら老けていたとしても、成人男性の骨を粉砕するのは人力では難しい。それを片足でやってのけた青年は、とても人間とは思えなかった。
夜の闇を纏った彼は、「悪魔」と例えるのに丁度良かった。
明らかに異質な街、伊吹原。
己の「欲」をかけた天使争奪戦が、今、始まろうとしている。