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ジェノヴァの瞳 ランシィと女神の剣  作者: 河東ちか
第三章 風来人アルジェスの章
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第八話 <後>

 相手の剣を折る勢いでキアラは斧を振り回し、柄と石突きで賊達の顔や腹を容赦なく打ち据えた。一方でギリェルは、自分に迫ってくる賊の細剣を無駄のない動きでよけ、小刀の柄で、相手の首や腹を殴りつけている。小刀自体は攻撃のためではなく、相手の攻撃を受け流す盾の役目が大きいようだ。動きは剣技というより格闘技に近い。

「ランシィ、全部知ってるって事は、これがサルツニア国内の反乱と連動した計画だっていうのも知ってるんだよな?」

 キアラとギリェルの後に続こうとしたランシィを、アルジェスが片手で押しとどめた。受け取った細剣を手に、ランシィをとオルフェシアを背中にかばうようにして構えている。

 頷いたランシィと、新しい情報に驚愕した様子のオルフェシアをちらりと眺め、アルジェスは続けた。

「もちろん反乱軍は、ただ兵を興して戦ったところで大義が得られないのは判ってる。バルテロメの一番の狙いは、サルツニアの宝剣ジェノヴィアだ。ジェノヴァ神殿から神剣ジェノヴィアを奪い取り、そっくり同じに作った剣を掲げて、自分こそが正当なる王位継承者だと喧伝するつもりなんだ」

「……なんですって?!」

「奴は正規軍を打ち負かした後、大勢の貴族達の前でジェノヴィアを掲げる気だったんだ。最初のうちは十分勝てる見込みがあると思ってたんだろうが、反乱軍はまとまりに欠けて苦戦している。そこに、高級住宅街の制圧にも失敗し、王女も逃がしたとなれば、足止めしていたアルテヤ支援部隊が本国に戻るのも時間の問題だ。奴はすぐにでも、最後の頼みの綱のジェノヴィアを奪いに行くだろう」

 資格のない者には、神剣ジェノヴィアを持つことも、鞘から抜くこともできない。だが、台座に置かれた状態でなら、王族以外の者でも持ち上げることができるのだ。

 伝統を重んじ、権威に敬意を払うサルツニアの国民に、神剣ジェノヴィア自体をすりかえるという発想はないだろう。ましてやバルテロメは、血筋だけならサルツニア王家直系の男子なのだ。

 そっくり同じに作られた偽物の剣をバルテロメが掲げれば、『王女かわいさに、王がバルテロメにも継承権があることを握りつぶしたという噂は本当だったのだ』と信じる者も出てくるだろう。

「俺達に刺客まで用意してるんだ。バルテロメへの報告役は、とっくに町を出て馬を飛ばしてるだろう。シアが本国に戻るまでに、バルテロメがジェノヴァ神殿を制圧してジェノヴィアを手に入れれば、正規軍から反乱軍に寝返る者も多く出てくるはずだ。そうなってからだと、アルテヤに駐留してる支援部隊が本国に戻ったとしても、かなり苦しくなるぞ」

 アルジェスが言っている事は、ランシィがパルディナから聞かされた「将棋盤上の勢力図」とも合致する。サルツニア軍にとって、状況を一気にひっくり返せる切り札はオルフェシアだった。反乱軍に同じ効果をもたらすのが、神剣ジェノヴィアだったのだ。

 高級住宅街を制圧していた賊が既に逃げ出している以上、人質達が保護されるのはもう時間の問題だろう。アルテヤ内部で誰がバルテロメに加担していたのか、サルツニアの部隊が高級住宅街に踏み込む計画をバルテロメ側に伝えたのは誰か、調べる必要はもちろんあるだろうが、オルフェシアを奪回したサルツニアの部隊は、体勢が整い次第本国に帰還するはずだ。

 だがその時にはもう、バルテロメがジェノヴァ神殿から神剣ジェノヴィアを奪い去っているかも知れない。

 アルジェスはオルフェシアに、『今動け』と言っているのだ。

「……どうして、あなたがそんなことを教えてくれるのですか」

「俺はどうしても断れない条件だったから引き受けただけで、シアにもサルツニアにも、なんの恨みもないんだよ。おまけに、バルテロメから派手に裏切ってくれたんだ、あいつの思惑をひっくり返してやりたいと思うのは当たり前じゃないか? ……それに」

 足元に転がる、切断されかかった二本の矢をちらりと目を向け、アルジェスは肩をすくめた。

「ランシィがいなかったら、俺もギリェルもとっくに生きちゃいなかったろうからな。飛んでくる矢を剣で払うだなんて、よほど腕の立つ剣士でもなきゃ難しいぞ。お前、ほんとに一体何者なんだ?」

「……わたしは」

「行きます」

 ランシィがアルジェスの問いに答えるよりも早く、オルフェシアが真剣な目で呟いた。

「私ひとりでも、すぐに国に戻ります。アルジェス、ランシィ、お願いです、力を貸してください」

 ランシィにはともかく、今まで自分を幽閉していた者に対する言葉として、それは滑稽だったかも知れない。だがアルジェスは、楽しそうにニヤリと笑うと、

「北門の近くにある厩に、俺達の馬を預けてある。そこの爺さんに俺の名前を出せば、何も聞かずに出してくれる。東に迂回する交易用の街道じゃなく、南にまっすぐ向かう街道で山道を越えれば、国境の検問なしにサルツニア北側の山地に出る。俺達が、シアを連れて通ってきた道だ。その山地に、俺の古い知り合いがいるから、これを見せるんだ。俺の紹介だって言えば、すぐにでも人を集めてくれるだろう」

 言いながら、自分の腰に挿していた短剣を鞘ごと抜き、オルフェシアに放り投げた。凝った意匠の施された、特徴のある短剣だ。

 オルフェシアの視線を受け、ランシィが頷く。ルエラから南へ延びる街道、それは、ランシィがグレイスと共に、村から辿ってきた道だった。グレイスが、少年だったタリニオールが、サルツニアからアルテヤへと越えてきた道だった。

「俺が行ければいいんだが、モイセとユーゴのこともあるしな……ギリェル!」

 賊の数はやっと最初の半分ほどに減っている。この人数を相手にしながらも、キアラとギリェルは優勢を保ち続けていた。だが、相変わらずこちらに新たな助けが来る気配はない。もし賊にこれ以上援軍が現れたら、オルフェシアを守りきることは難しいかも知れない。

 手近のひとりを拳で殴り倒したギリェルが、隙なく周囲を警戒しながら下がってきた。

「聞いたとおりだ、悪いがこのふたりを、イーノスの所まで連れてってやってくれ、可能な限り速く」

「まったく、面倒なことはみんな俺に押しつけやがって」

「そう言うな、こういうのはお前が一番アテになる」

「ひとが忙しくしてる間に、勝手に話を進めてるんじゃないよ」

 聞こえていたのだろうが、キアラは一番前で賊達を相手にしていて、こちらの話に口を挟む余裕もないらしい。それでも振り回した戦斧で、目の前の賊を二人一緒になぎ倒し、構え直す。

「でも、今はどうやらそれが一番よさそうだ。タリニオール卿には、すぐにでも後を追うように伝えるから、怪我するような真似はするんじゃないよ。アルジェスの首根っこはしっかりつかまえておくからさ」

「この期に及んで逃げたりはしねぇよ」

 アルジェスは不服そうに言いながらも、ギリェルと位置を入れ替え、細剣を構えた。こちらの様子が変わったのに気付いたらしい賊が何人か、アルジェスに矛先を変えて向かってこようとしている。

「早く行け。この俺を出し抜いたんだ、小娘ふたり、どこまでやれるか見せてみろ!」

 オルフェシアは、ランシィとギリェルを交互に見やり、真剣な目で頷いた。背後で打ち合う金属音と、ひとが倒れる音を聞きながら、三人は北門に向けて駆けだした。

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