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ジェノヴァの瞳 ランシィと女神の剣  作者: 河東ちか
第三章 風来人アルジェスの章
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第七話 3

 二度目の対局は、珍しくユーゴの辛勝に終わり、二人とも対局に更に熱が入ってきた様子だった。ランシィはいつものように、一足早く寝る支度を済ませて二階に上がった。

 夜気に着替えて長椅子に横になる前に、窓からの月明かりだけでもすぐに着替えられるように、服と持ち物の場所を整える。

 少しでも眠った方がいいのだろうが、気が昂ぶっていてやはり眠れない。何度かうとうとしたようだが、浅い眠りの中で、幻のような夢を見るたびに目が醒め、寝返りを打った。

 何度目かに目が醒めて、窓から差し込む月明かりがだいぶ長くなっているのに気がついた。ランシィはそっと部屋を伺った。いつもなら、モイセとユーゴのうち、夜明かしする役の者は一階にいて、もうひとりは夜半には二階で眠っているのだが、まだどちらも上がって来ていない。一階も静かだ。

 ランシィはそっと起き上がり、足音を殺して階段を降りた。階下に降りきるまでもなく、将棋盤を挟んで向かい合ったふたりが眠り込んでいるのが、燭台の灯りの中に見える。ユーゴは腕を組み、次の一手を考えるような姿勢のまま。モイセはこらえきれずテーブルに突っ伏して、軽いいびきまでかいている。モイセの腰には、特徴のある鍵束が下がっていた。

 ランシィはためしにモイセの肩にそっと触れてみた。もともと、人の気配などに敏感ではないモイセは、薬の効き目もあってまったく気がつく気配がなかった。二人を起こさないよう、音を立てないように、ランシィはモイセの腰から鍵束を外した。鍵束についている布の色を確認し、二階に戻る。

 焦らないように気をつけながら普段の服に着替え、剣を背負った。あらかじめ用意していた麻袋に、館から持ち出してきた銀貨の袋と、昼に使って余った干しぶどうの袋を入れる。それを、いつでも持ち出せるように長椅子の上に置き、ランシィは鍵束を手に壁際へと向かった。

 たったひとつだけ、新しい鍵穴のついた扉。

 毎日見ていた扉だが、どの鍵があうのかまではランシィには判らない。幸い、最初にあたりをつけた、布のついていない鍵を鍵穴の中で回したら、重い手応えを感じた。

 扉をあけると、目の前にあったのは、人がひとり立っていられるだけの縦長の空間と、上に伸びたはしごだった。触れる空気がほんのり暖かい。見上げると、上の階で灯りが揺らいでいるのが判った。

 ランシィは周りの壁に体や持ち物をぶつけないように、慎重に階段を登った。上の階に顔を出すと、すぐ目に入ったのは小さなランタンだった。

 ランタンの光の先には、人がひとり寝そべられる程度の縦長の空間があった。その両側は、鉄の格子が壁を作っている。両側の格子にはそれぞれ向かい合わせるように扉があり、鍵穴の側に緑と黄色の布がそれぞれくくりつけられていた。

 どちらかの掃除をするときは、中の人間に反対の部屋に移ってもらうような仕組みになっているらしい。ランタンは、右の格子の隙間から手を伸ばしても触れられない場所に置かれていた。夜も真っ暗にならないように、でも中の人間が手にして、火事でも起こさないようにという配慮だろう。屋根裏の部屋なので狭いが、廊下に当たる部分の先に、ガラスがはめ込まれた窓があり、それで昼夜の判断はつけられそうだ。

 右の格子の部屋には、寝台と背の低い箪笥チェストが置かれている。チェストの上には見覚えのある本が数冊積まれ、その下の床に、アルジェスがいつも屋根裏の「誰か」に持っていく食事を入れるかごがあった。

 下の階で扉があけられる音に気付いていたのか、寝台には起き上がった人影が腰をかけていた。ランタンの光の中でも静かに輝く銀の髪。ほっそりとした手足は、大人と言うよりは少女のものだ。

「あなたは……?」

 助けが来た、という反応にはほど遠い、不思議そうな声だった。

 しおりの存在に気付いていたとしても、やってくるのが子供だとはさすがに思わなかったのだろう。ひょっとして、アルジェス達から用を言いつけられただけで、『片眼の女神の紋章を持つ者』とは違うかも知れないと、警戒しているのかも知れない。

 ランシィは格子の前で片膝をつき、背負った剣の柄に巻かれた布をほどいた。柄には、サルツニア王家の者なら一目で判る、女神ジェノヴァの紋章が埋め込まれている。

 今度こそ、彼女の瞳が驚きに丸くなり、同時に、なにかに得心した光が見えた。

「あなた、お名前は?」

「……ランシィです。騎士タリニオールの娘です」

 ランシィの声に、彼女は嬉しそうに微笑んだ。

「あなたの話はずっと、定期的に城に報告に来るタリニオール卿の使いから聞いていました。アルジェスから、彼が『拾ってきた子供』の特徴を聞いて、ひょっとしたらとは思ってたんだけど……」

 立ち上がり、歩み寄ってくる彼女の動きはしっかりしていて、屋根裏生活の中でも特に弱ったところもなさそうだった。ランシィははっとして、黄色い布のついた鍵で格子の扉を開いた。

 彼女は片膝をついたランシィの前まで来ると、視線の高さをあわせ、微笑んだ。

「私はオルフェシア。あなたが、私を迎えに来てくれる『片眼の女神の紋章を持つ者』なのですね?」

ランシィは頷きかけ、動きを止めた。

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