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ジェノヴァの瞳 ランシィと女神の剣  作者: 河東ちか
第三章 風来人アルジェスの章
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第六話 2

 頃合いを見計らってランシィが階下に降りると、既にアルジェスは出かけていた。今日は屋根裏の「誰か」に湯を使わせる日らしく、厨房ではモイセが窯に火を入れて鍋に湯を沸かしていた。

「ちっこいの、アルジェスが用事で昼までいないから、悪いけど今日は二つお使いを頼まれてくれないか」

 ユーゴに言われたのは、いつもどおりの本の交換と、前に行った肉屋で塩漬け肉とチーズをもらってくることだった。ランシィに少し長い時間、建物から離れていて欲しいのだろう。

 本のほかに、食べ物を入れられる麻袋も持たされて、ランシィは建物を出た。重さを考えたら、先に本を受け取ってから、食べ物をもらってきた方がいいだろう。しかし、今朝はキアラには会えるだろうか。

 共同井戸へ向かう道を通ると、昨日の八百屋の前にキアラの荷車はなかったが、ジャンが行儀良く座って待っていた。ランシィの姿を見つけると、ジャンは嬉しそうに立ち上がり、ランシィが追いつくのを待たずに歩き出した。少し歩くと振り返り、ランシィが近づくとまた歩き出し、そしてまた振り返る。

 ついてこい、と言われているらしい。なんだか楽しくなってきて、ランシィはジャンの後ろを歩いていった。

しばらく歩くと、表通りから一本中に入った細い裏路地に出た。人通りはないが、悪い雰囲気もない。更に歩くと、脇をかろうじて人一人が通れるくらい路肩に寄せて、幌つきの荷馬車が止められていた。

 荷馬車といったが、つながれているのはロバだ。荷車は贅沢さはないが、しっかりとした作りだった。

「お、来たね」

 荷台から酒の入った木箱をおろしていたキアラが、ランシィを見てにっと微笑んだ。役目は果たしたとばかりに横に座ったジャンの首を軽くなでている。

「別の町に行ってた仕入れの馬車がやっと帰ってきてね。高級住宅街の賊のせいで、町に入る時の検問が厳しくなってて、通るのも一苦労だよ」

 どうやらここがキアラの店らしい。それらしい看板が見あたらないのは、裏口だからだろう。一緒に作業していた、御者らしい男に声をかけて、キアラは木箱を持ったままランシィを中に促した。

 入ってすぐは広い土間になっている。倉庫代わりに使われているようだ。やっと人が通れるだけの隙間を残し、酒の木箱や樽が壁のように積み上げられている。

 途中で持っていた木箱を置くと、キアラは土間の横の狭い階段を先に立って上っていった。ランシィを見守るように、ジャンも後ろからついてくる。

 上りきると、そこは事務所と応接室を兼ねた部屋だった。壁際の作り付けの棚に、異国の珍しい形の酒瓶や、船が中に入れられた瓶などが飾られていている。その棚の前に置かれた木の長椅子に、見知った顔が座っていた。

「ランシィ!」

 タリニオールは、キアラに続いて部屋に入ってきたランシィの顔を見るなり、嬉しそうに声を上げて立ち上がった。慌てて横に避けたキアラの目もはばからずにランシィを抱きしめる。後ろからついてきたジャンが、抗議するように鳴き声を上げた。

「無事でよかった、また君を見失うのかと思ったよ」

 大げさで気恥ずかしいと思うのと一緒に、タリニオールの率直な行動が嬉しくもあって、ランシィはしばらくタリニオールのするに任せていた。離れていたのはたった五日ほどの間だが、状況が状況だけに、相当心配させたはずだ。

「町に入る検問の時に乗ってもらったんだ。騎士殿はまめに町のあちこちを視察に出向いてて、町の人にも顔を知られてたからね」

 そういえば、タリニオールを馬泥棒から助けた時も、視察で仲良くなった酒場からの帰りだと言っていた。タリニオールはあまり立ち回りは器用ではないが、気さくで人がよいから、町の人たちにも偉ぶった所を見せない。気軽に声をかけられることも多いらしい。

「昨日の夜、歌姫に会いに行ったんだよ。話はみんな聞いた。君は本当に、ジェノヴァに見守られているのかも知れないね」

 やっと体を離したタリニオールは、今度は目の端ににじんだ涙を恥ずかしそうに指で押さえている。キアラはジャンのために皿に水を入れて床に置くと、二人に椅子に座るよう促して、葡萄水の瓶をあけてカップに注ぎ始めた。ランシィの肩を抱くように一緒に椅子に座ると、受け取ったカップに申し訳程度に口をつけ、タリニオールは呼吸を整えるように小さく息をついた。

「……ディゼルトに、歌姫が町にいると話したら、すぐに店を調べてくれたのはいいんだが、ついでに店を借り切ってしまってね」

「ええ?」

 昨日、店を借り切った『お忍びの貴族らしい人物』とは、ディゼルトだったのだ。

「私も前から、歌姫の歌を聞いてみたいとは思っていたけど、まさかこんな時にそんなことを思いつくとはね……。でもそのおかげで、物陰からアルジェスという男を見ることが出来たよ。その時は、まだ歌姫に話を聞く前だったけどね」

 自分の心臓が跳ねた気がして、ランシィはタリニオールを見返した。さすがにアルジェスの名前を口にした時だけは、タリニオールの声に固いものが混じった。

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