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ジェノヴァの瞳 ランシィと女神の剣  作者: 河東ちか
第三章 風来人アルジェスの章
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17.ランシィ、歌姫とアルジェスを引き合わせる<3/4>

 もう一曲歌い終わると、パルディナが舞台から客席近くまで降り、簡単な会話がてら希望の歌はないか聞きはじめた。

 一方で、店の給仕が空の杯や皿を集め、更に注文を聞き回っている。酒を供する店なので、こうした小休止の時間も必要らしい。

 パルディナに問われ、『自分以外の女によく視線を奪われる恋人を叱る歌がいい』と連れの男を横目で見ながら答えた女の声に、周囲から苦笑いに近い笑い声が洩れた。

 それならと、パルディナが歌い始めたのは、異国の王子に思いを寄せる姫を、密かに思う若い騎士の歌だった。

 異国の王子は見目が美しいが浮き名も多く、姫を悲しませている。その王子に憤る騎士が、客の男達をその王子に見立て、自分がいかに姫を思っているかを訴えながら説教して回るのだ。どうも元は、歌劇に使われる歌らしい。

 数年前のパルディナの持ち歌にはなかった歌だ。しかも声色も表情も変わるので、パルディナが歌っているのに、女達は自分を密かに想う騎士がいるかのように聞き惚れ、説教される役の男達が怯むのを気分よさそうに眺めている。

 最後は、王子の本当の思いを知り、騎士は潔く身を引くのだが、自分が本当に姫君にでもなったかのような悩ましげな女達の表情が、ランシィにはなんだか可愛らしく思えた。


 女達の嫉妬が上手く中和されたあと、パルディナがもうひとつ、注文に応えて歌ったのが、アルテヤに伝わる「竜斧の戦乙女賛歌」だった。

 伝わるといっても、この歌の歴史はさほど古くない。一三年前の戦争の、終結の時に起きた実際の出来事がもとになっている。

 ……『魔導師』を自称する者に唆され、周りの忠言に耳を貸さずに戦を続けた当時の王はついに追い詰められ、アルテヤの都は王弟リュゴーを支援する連合軍に包囲されていた。王は度重なる降伏勧告にも耳を貸さず、アルテヤの市壁を頑なに閉ざしていた。

 男達の多くは戦にとられ、町に残っていたのは女子供と老人ばかりで、アルテヤ王に従う兵士達に抵抗できない。しかし、門を閉ざす兵士達も、町の者たちに十分な食料を与えてくれるわけではないのだ。このままでは王が捕らえられる前に、町の者たちが疲弊してしまう。

 膠着状態を打ち破ったのは、『竜槍の乙女隊』を名乗り、槍を手に蜂起した町娘の一団だった。

 その先頭に立つのは、雪山の神の使いといわれる大きな白い狼を従え、竜頭の飾りのついた戦斧を振りかざす可憐な乙女。

 彼女たちは東門を守る兵士を打ち破り、内側から門を開いて連合軍を招き入れる。連合軍はそのままアルテヤ城に攻め入り、時の王と王妃を捕らえ、王弟リュゴーとその家族達を救出したのだ。

 都が歓びに沸き立つ中、戦斧を持った娘と白い狼はいつの間にか姿を消し、「竜槍の乙女隊」を構成していた娘達もまた、ひっそりと町の中に紛れてしまった。先頭に立つ戦乙女を目撃したという者の話では、可憐な妖精のような姿でありながら、まるで竜が獲物を食らうかのような強さで兵士達を打ちのめしていったのだという。その話から、彼女は『竜斧の戦乙女』と呼ばれ、今も伝説として語り継がれていた。

 パルディナの姿を美しい戦乙女に重ね、客達は皆、息を詰める思いで武勇譚に聞き入っている。旅の歌姫が、自分たちの町の歴史に関わる歌を、まるで見てきたように歌うのだから、親近感もひとしおのようだ。

 しかし、町の危機とその解決を語る歌を、アルジェスはどう受け取るのだろう。それとなく様子を伺ってみたが、アルジェス自身はすっかり観客として場を楽しんでいる。自分の身に置き換えて、話を受け取ったりはしていないようだ。


 会場が大きく盛り上がったあとは、一息つくように、またパルディナの用意してきた歌になった。

 秋が深まり、遠くの町に働きに行った夫や恋人を思う歌、雪に閉ざされた冬を、家族と一緒に暖炉を囲んで過ごす温かな歌。季節の移りのはっきりしたこの国の住人には、特に共感できる歌だったろう。

 流れからして、ここでまた小休止し、給仕達が客の注文を聞いてまわる時間のようなのだが、パルディナは冬の歌に絡めて少し話をした後、

「アルテヤの冬と聞くと、思い出すことがあります。小さな村に立ち寄ったとき、生まれて間もない赤ん坊を連れた女性が、雪の降る中を私に会いに来てくれたのです」

 聖母のような高貴な表情で、パルディナはピアノの伴奏もないまま歌い始めた。

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