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ジェノヴァの瞳 ランシィと女神の剣  作者: 河東ちか
第三章 風来人アルジェスの章
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14.ランシィ、歌姫と再会する<5/5>

「ただそれでも、内乱を起こして王権を奪うには、いまひとつ後押しするものが弱いのよね。今の王は歴代でも指折りの良政を敷いてて評価が高いし、私生活でも特に問題もないし……。バルテロメが実は宝剣ルベロクロスを扱えるのに、今のサルツニア王が娘かわいさにそれをもみ消した、とかいうのなら話は変わるかも知れないんだけど」

「そんなにルベロクロスって大事なものなの?」

「そりゃそうよ。建国の伝説で、女神ジェノヴァがサルツニアの始祖シャール大帝に賜ってから、ずっとサルツニア王権の象徴的存在だったんだもの。実際、歴代の王でひどい悪政を行った人ってほとんどいないし、いてもかなり早い段階で亡くなってたり、廃位させられたりして、とても自浄作用の強い国なのね。女神ジェノヴァに信任された国だっていう誇りが、王家にも家臣にもある国なの。本当、神話の時代の、神に保護された理想的な王国の姿をそのまま受け継いでるような、不思議な国でもあるのよね」

 そこまで言って、パルディナは自分の言葉になにか気付かされた様子で、盤上の黒の僧を眺めた。

「……それだけに、宝剣ルベロクロスを持てなかったバルテロメの失意は大きかったのかも知れないわね。王族だからこそなおさら、女神ジェノヴァに自分が拒否されたような気分になってしまったのかも。それならそれで『もっと自分を高めて、いずれ継承者にふさわしいほどの人間になろう』って気概があればまた状況も変わるんでしょうに、ああいう手合いは自暴自棄になって自滅していくのが大半なのよね」

 弱い人というのはそういうものだろう。そこを、何者かにつけ込まれて利用されるような事になっているのなら、それも気の毒な話かもしれない。

「ルベロクロスの後ろ盾がない反乱軍は、それこそ誰が見ても反乱軍の勝ちって思わせるくらいの勝ち方をしなきゃいけないわね。見方によっては引き分け、なんてぬるい勝ち方じゃ、その後の新王権を維持できないだろうし。そうすると……正規軍は反乱軍を『勝たせなければ勝ち』なんだわ。先手先手を取ってただけで、実際不利なのは反乱軍のほうだったのね」

 くすりと笑って、パルディナは盤の中央の黒の僧をつついた。言われてみれば、盤上の黒の駒は僧と兵しかいない。

「じゃあ黒を『勝たせない』為にはなにが必要なのかしら。ランシィはどう思う?」

 バルテロメを押さえることだろうか? でも、バルテロメは、王や王妃の駒に置き換えられるような存在ではない気もする。

 それはアルジェスも同じで、身柄を押さえたとしても全体の状況は変わらないのではないか。考え込むランシィに、パルディナは軽く微笑み、白の女王をつまんで、盤の右下に持っていった。

「王女オルフェシアを解放して、正規軍に合流させる。同時に、高級住宅地の賊を一掃し人質を解放する。これでアルテヤにいるサルツニアの部隊は自由に動けるようになるわね。支援部隊が本国の正規軍に合流すれば、力関係は圧倒的に正規軍が有利になるし、オルフェシア王女が戻れば士気も上がる。どういう理由でか反乱軍に協力してるルトネア軍も、元から本気で攻めてくる気はないんだし、反乱軍の勝ち目が無くなった時点で、手のひらを返してアルテヤとサルツニア正規軍に媚びを売ってくるでしょう。そういう計算もあって、ルトネア軍は国境を越えてこないし、使者も送ってこないのよ。『実は国内での演習だった』とか、後で言い訳できるようにね」

 ランシィは、ただただ感心するばかりだった。

「……やっぱり、屋根裏にいるのは王女なのかな」

「まず間違いないでしょうね。オルフェシア王女は『冬空の導き星のように輝く銀の髪』の持ち主だって歌があるの」

 ハンカチの上に載せられた銀色の髪を、パルディナは視線で示した。

「もし高級住宅街をアルテヤ軍が解放したら、アルジェスとその一味はすぐにだって逃げなきゃいけないでしょう? そんな状況で、今の仕事とは全く関わりのない人を屋根裏に隠してるとも思えないし。たぶん彼らは、高級住宅街を占拠した『時間稼ぎ』が終わった後、反乱軍の誰かに王女を引き渡すまでが仕事なんじゃないかしら」

 そこまで言って、パルディナは不思議そうに首を傾げた。

「アルジェスって、普段は何やってる人なのかしらね。盗賊? 詐欺師?」

「まさか……」

 冗談を言われているのかよく判らず、ランシィは曖昧に言葉を濁した。

 アルジェスは、力ずくで人の物を奪い取るのを好むような人間には見えない。かといって、地道に汗を流して働くような印象もない。女相手の詐欺師といわれたら、まぁそうかも知れないけれど、仲間を何人も持ってやることなのだろうか。

「……それはともかく、屋根裏にいるのが本当に王女なら、連れ出す手段を考えなくちゃいけないわね。とりあえず、アルジェスを一度お店に連れてらっしゃい。彼を見てみないことには話にならないわ」

「お店に? どうやって?」

「そうね、ランシィは今日一日はずっと元気がないふりをしてて、明日にでも、『昔見た歌姫が町に来てる、聴きに行きたい』ってそれとなく話してみるといいわ。子ども連れでも入れるように、お店の方には手を回しておくから」

 パルディナの公演の張り紙をされていた店は、確かに子ども一人で入れるような店ではなさそうだった。ランシィは頷いた。

「……パルディナ、わたしは『時の選びし者』だって灰色の服の人に言われたの、覚えてる? ふさわしい人間になれば、女神ジェノヴァが剣を託すっていうの、パルディナは今でも信じてる?」

「当たり前じゃない」

 パルディナはあっさりと言い切った。

「奇跡っていうのはね、信じた人にしか起きないのよ」

 パルディナの言葉には、そうかも知れないと思わせる不思議な力がある。パルディナは自信たっぷりに頷くと、将棋の盤と駒を片付け、改めて焼き菓子の載った皿をテーブルの真ん中に置いた。

「サラさんに温かいお茶でも出してもらって、今度は屋根裏の『誰か』と連絡を取る方法を考えましょ。気分を落ち着ければ、いい案だって浮かんでくるわ」

 確かに、さっきまでの不安な気分が嘘のようだった。ランシィの表情がだいぶ明るくなったのに気付いて、パルディナも嬉しそうに微笑み、壁に下がった呼び鈴用の細い綱に手を伸ばした。

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