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ジェノヴァの瞳 ランシィと女神の剣  作者: 河東ちか
第三章 風来人アルジェスの章
46/71

11.ランシィ、歌姫と再会する<2/5>

 通された部屋は、アルジェス達の酒場の倍ほどの広さがあった。

 パルディナと旅をしていた頃は、よくこういう部屋に泊めてもらった。ランシィは孤児院のつつましい生活の後、タリニオールの屋敷に迎えられて、一般市民と貴族階級の生活両方を経験している。そのなかで改めて、パルディナはやはり世間一般の旅芸人の中でも別格の、まさに「歌姫」だったのだと、しみじみと感じたものだった。

 しかし、パルディナがいるなら、当然一緒だと思っていた人がいない。頭に巻いたスカーフを外し、きょろきょろ部屋を見回していると、パルディナはちょっと困った様子で肩をすくめた。

「ユーシフもねぇ、若ぶってるけど、あれで結構歳なのよね。春先に、ちょっと腰を痛めちゃって」

「ええ?」

「ちょうど近くに、領地持ちの貴族に嫁いだ娘がいたから、今はその館でお世話になってるわ。しょうがないから、あたしはひとりでこうして回ってるの。別にいいって言われてるんだけど、やっぱり薬代くらいは出してあげたいもの」

 ユーシフに娘とは、なんだか想像がつかない。そもそも奥さんや家族がいるのに、ああしてパルディナと各地を旅して歩いていたのだろうか。

 ランシィの疑問に気付いたらしく、パルディナはおかしそうに顔の前で手を振った。

「娘っていっても、本当のじゃないわよ。ユーシフにはあたし以外にも、親代わりになって育ててきた子どもが何人もいるの。そのくせ好きな女にはいつも逃げられて、ほんと損な役回りよね」

 なるほど、それならユーシフらしい。思わず納得したランシィに椅子を勧め、パルディナは優しくランシィの肩を抱いた。

「もちろん、ランシィもユーシフの娘なのよ」

 自分には、自分を娘だといってくれる人が何人もいる。今度こそランシィの目の端からあふれそうになった涙を、パルディナは自分のスカーフでそっと押さえてくれた。ランシィは気恥ずかしさを隠すように、ぎこちなく微笑んだ。

「そういえば、グレイスはあの後どうしたの」

「そう、グレイス!」

 当時はなにも知らないただの田舎の子どもだったランシィにも、パルディナがグレイスにただの旅仲間以上の好意を抱いていたのは察しがついていた。ただグレイスは、パルディナが自分をからかって遊んでいるのだとずっと思っていたようだ。

 今までの聖母のような微笑みから一転、パルディナは大げさ頬を押さえて悔しそうに首を振った。

「逃げられちゃったのよぉ」

「えええ?」

「ランシィをあの孤児院に預けたあとも、実はしばらく陰ながら、様子を見てたのよね」

 最善に最善を考えて選んだ孤児院ではあったけれど、やはり人の合う合わないはそこで実際に暮らしてみなければ判らない。しばらくこの町に留まって様子を見た後、ランシィは大丈夫と判断して、その時点でグレイスは、パルディナと一緒に旅をする理由はなくなっていたはずだった。彼は教会からの指示で、アルテヤ全域の人々の暮らしぶりを、行政側とは別の視点で見て回る役目の途中だったのだ。

 それでもパルディナがなんだかんだと理由をつけ、しばらくの間一緒に行動していた。

 それが、ルトネアとの国境に近い町で、領主のまつりごとに不満を持った領民が蜂起して反乱を起こしたところに行きあってしまい、その混乱の中ではぐれてしまったのだという。

 その後、黒の法衣を着た青年が、混乱に乗じた強盗や暴漢に襲われそうになった人たちを助けながら反乱軍の中を突っ切っていったという話が何件か聞かれたので、とにかくグレイスはその場を無事に切り抜けたらしい。しかしその時は、グレイスとは合流できないまま、パルディナとユーシフはルトネア方面に脱出しなければいけなくなってしまった。

「落としたと思ったのにー」

 なにを落としたのだろうと、ランシィは首を傾げた。パルディナは大げさに泣き真似をして見せた後、気を取り直したように綺麗な舌を見せた。

「まぁ、お互い無事で生きてて、あたしがこうして歌ってれば、また会えるでしょう。ランシィにもちゃんと会えたしね」

 言いながら、水差しの水をグラスに注いで、パルディナもランシィの向かいに腰をおろした。水差しの水、といっても、薔薇の花びらが散らされた、なにやら甘い香りのついた水だ。

「で、一体なにが起きたの? 高級住宅街を、ルトネアの間者と思われる者達が占拠してるって話は聞いてるんだけど、具体的に中のどんな人たちが人質になって、賊はなにを要求してるのかも、情報は伏せられてるようなのよ。まず、ランシィが経験したことと、今までのことを、順を追って話してもらってもいいかしら?」

 やっと、全てを安心して話せる大人が現れた。ランシィは大きく頷き、これまでの流れを頭の中で整理しながら、カップの水を口に運んだ。

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