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ジェノヴァの瞳 ランシィと女神の剣  作者: 河東ちか
第一章 神官グレイスの章
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2.黒衣の神官、少女と出会う<2/4>

 グレイスはとっさに声もでず、閉じられた扉を呆然と見つめていた。

 なにか変な事を言ったろうか? カーシャムの名前を出したから? いや、おじさんと言われて戸惑ったのを逆に変に思われたのだろうか。

 もう一度扉を叩くべきか、誰か大人が出てくるまでもう少し待った方がいいのか。判断がつかないでいたら、一旦家の中に消えていった足音が再び扉の前まで戻ってきた。

 どうやら単純に、中の誰かに来客のことを伝えに行っただけらしい。

 今度はグレイスが通れるほどに扉をあけ、さっきの少女が視線だけで、中に入れと促した。

 顔全体が見えたことで初めて気付いたが、伸ばした前髪が顔の左側を覆っていて、少女の右目しか見ることができない。こんな風に左目を隠していたら視力が悪くなりはしないか、触れた髪の先が頬に触れて肌荒れの原因になるのではないかと、グレイスは妙な心配をしてしまった。

 頭をぶつけないように戸口をくぐり、中の暖かい空気にグレイスがほっとしている間に、子供は素早く扉を閉じ、つっかえ棒をして更に扉の前に大きな板をたてかけている。どうやら外の冷気が隙間から入ってくるのを防ぐためらしい。小さな体なのに動きがとても慣れていて、手伝おうと手を出す暇もなかった。

 子供が無言で壁際の洋服かけを指し示したので、雪が溶けて表面が多少湿った外套を脱いでそこにかけ、促されるままにもうひとつ奥の扉をくぐった。

 田舎の住居にしては、こぢんまりとした家だった。雪の降る地方で、必要以上に間取りを広くしたら、部屋全体を温めるのに燃料を余計に食うからだろう。

 通されたのは居間のようだった。あるのは小さな暖炉と、大人用の揺り椅子と、四人がけのテーブルと布張りの長椅子くらいだ。台所などは別に部屋にあるらしく、テーブルの上には、子供が読んでいたらしい本と飲みかけの白湯のカップが置いてある。

 暖炉の前の揺り椅子には、ひどく細くてしわだらけの顔の老齢の男性が座ったまま、部屋に入ってきたグレイスに好意的な笑顔を見せた。自力で立つのも容易ではなさそうなのが、グレイスにも見て取れる。

 まさかこの老人と子供が二人だけでここにいるわけではないだろうが、他に人の気配はしなかった。たまたま家のものは出かけているだけだろう。グレイスは落ち着かない気分で頭を下げた。

「こんな村に、よくいらっしゃった。誰もいないので驚いただろう」

「ええ……」

「秋の終わりに、最後の一家が村を出て行ったからの。とうとう残ったのはわしとランシィだけになってしまった」

 言いながら、老人はテーブルの上を片付けている子供に目を向けた。グレイスは驚いて、改めて部屋の中を見回した。

「本当にお二人だけなんですか?」

 これから冬を迎えるというのに、残っているのは見るからに体の自由がきかない老人と、子供だけとはどういう事なのか。この二人が誰もいない村に残されるのを承知で、最後の一家は出て行ったというのか。近くの村や町から援助でもあるのだろうか。

 いろいろな疑問が頭をよぎったが、それが言葉になる前に、ランシィがテーブルに備え付けの椅子を暖炉の側まで引っ張ってきた。髪の間から見えている右目が、グレイスに座れと促している。

 動きは機敏だし、気もきくようだが、どうしてこの子はこんなに無口なんだろう。人見知りをしているのではなさそうだし、逆に人嫌いというわけでもないようだが。

 グレイスは多少戸惑いながら礼を言うと、背負っていた剣を近くの壁にたてかけた。腰掛けた椅子は、暖炉の炎と老人の姿とが目に入る位置に、ちょうど良く置かれている。

 いろいろ聞きたいことはあったが、冷えていた手足がほぐれるように暖まっていくのがまず心地よい。老人は客があること自体が嬉しいのだろう。グレイスの動きひとつひとつを、皺だらけの笑顔で眺めている。

「贅沢なものはないが、神官殿お一人が一晩体を休めるくらいのことはして差し上げられる。いろいろ疑問もあろうが、まずはグレイス殿がここに来るまでの話を聞かせてもらえぬかな」

 確かに、辺境の村に旅人が訪れて、なにが喜ばれるかと言えば、その土地以外の出来事を話し聞かせることだ。異国どころか、住む場所によっては自国の王都すらも見る機会のない者が大半の世の中だ。戦争後の疲弊から回復しきっていないこの国では、なおさらだろう。

 横から、ランシィが湯気の立ったカップを差し出してきた。グレイスが礼を言って受け取ると、ランシィは自分も椅子を近くまで引き寄せて、その上にちょこんとおさまった。

 表情は相変わらず乏しいが、ひょっとしてこの子は自分の内心を表情にするのが苦手なだけなのかも知れない。

 グレイスは温かいカップを両手で抱えて指先を温めながら、どこからかいつまんで話せばいいか、自分の今までの足取りを頭の中で辿り始めた。

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