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ジェノヴァの瞳 ランシィと女神の剣  作者: 河東ちか
第一章 神官グレイスの章
19/71

19.ふさわしい強さと心<5/5>

 食堂には、外に出られず退屈している泊まり客が何組か、朝食をすませた後も残ってくつろいでいる姿があった。パルディナとユーシフは、夜の舞台の準備のついでに、物珍しそうに小道具をのぞきに来る子供達の相手をしていた。ランシィも、ユーシフが見せる異国の楽器の説明を、楽しそうに聞いている。

 そういえばランシィは、自分と同年代の子供達とまともに触れあったことがあるのだろうか。

 普通なら、学校とまではいかなくても、村や教会の集まりで自然と遊び相手ができる年頃だ。パルディナとユーシフが気にかけてくれるなら、しばらくここに置いておいてもよさそうだった。

 神官学校の寄宿舎での経験があるから、掃除や寝具の入れ替えなどもグレイスにはそれほど苦ではない。急に頼まれて手伝いに来た様子のほかの者たちよりも、手際がいいくらいだ。

 頼まれた仕事を一通り終えて、休息がてらの遅い昼食をとりに食堂に戻ると、パルディナが子供達を相手に、鮮やかな色で描かれた何枚かの絵を使って、物語を聞かせている最中だった。

 朝見た時よりも、子供の数が増えている。吹雪がおさまってきて、泊まり客ではない村の住人達も、子供を連れて遊びに来ているらしい。手作りの菓子や飲み物を持ってくる者も多く、ちょっとした宴席のようになっている。

 パルディナはこうして見ると、子供達の相手を心から楽しんでいるようだ。そういえば、昨夜の舞台でも、子供にも判る歌を用意していたし、手みやげまで持たせていた。歌姫なんて華やかな職業なのに、驕ったところがないのはグレイスにも好感が持てた。

「……で、あんたはこれから、あの子を連れてどうするつもりでいるんだい?」

 昼食を頂いて胃袋が満たされたせいもあるのか、なんだか穏やかな気持ちで食堂の光景を眺めているグレイスに、温かい茶の入ったカップを持ったユーシフが近づいてきた。ランシィは、パルディナの語る物語を聞く子供達の中で、遠慮がちに隅に寄って耳を傾けている。

「あまり雪が深くならないうちに、王都に行って、教会に相談してみようと思っています。大きな町では、レマイナ教会が孤児院を運営しているものですし。カーシャム教会の道場に頼めば、孤児院の子相手にでも、剣の指導をしてくれると思うんです」

「それまで、一人であの子の面倒を見ていくつもりなんだ? 王都は北の方角だから、ここから先はもっと雪も深くなるぞ。子供連れでは思うように進めなくなることが多くなると思うが、路銀は大丈夫なのか?」

「それは……」

 オルネストが剣と一緒に残した銀貨の袋があるから、最悪この冬の時期に宿も取れないということは避けられる。でもこれは、可能な限り手つかずでランシィの未来のために残しておきたかった。そのために、少しでも出費をおさえて、自分の手持ちだけでなんとかなるように、こうして頭と体を使っているのだ。

「あの後、パルディナと話したんだが」

 どう自分の考えを説明しようか、頭の中で言葉をまとめているグレイスを少し眺め、ユーシフは続けた。

「俺達が西からこの道に抜けてきたのは、南に向かってサルツニアに続く道があるって聞いてきたからなんだよ。でも、この辺りまで来て地元の人に確認したら、どうも夏場でも厳しいような山道らしいじゃないか」

「ああ……」

 ここから南にといったら、自分がサルツニアからランシィの村へとたどってきた、山地から続く道しかない。自分だって、道を知っていた騎士がいる部隊と途中まで同行できたから通れただけで、普通の旅人が使うには険しすぎるだろう。

「かといって、東に行くにはまた一山越えなきゃならんらしい。ここまで雪が降ってくると、難しい道なんだそうだ。それなら、ゆっくりでも移動が可能な王都方面に行くのがよさそうなんだよ。俺達は田舎の村にあんまり長居すると、逆に儲けが少なくなるから、ある程度移動できないと商売あがったりなんだ」

「はぁ」

「それなら、いっそあんた達と一緒でいいんじゃないかって、パルディナが言うのさ」

 間の抜けた声で返事をしたグレイスに、ユーシフはにやりと笑った。

「慣れない雪道だ、お互い同行者は多い方が安心だろう。宿だって、俺達と一緒なら宿代もかからない。カーシャムの神官殿なら用心棒としても申し分ないし、どうだろう?」

「それは……」

 正直、自分以外の大人がいてくれた方が、なにかと心強くはある。ランシィも、パルディナを警戒している様子はない。歌姫としての知名度もあるし、素性の判らない旅人と一緒よりは安心かもしれないが……

「……パルディナの母親は、俺が長いこと世話になってた旅芸人の一座にいた女だったんだが」

 ユーシフは、子供達に囲まれて物語を語るパルディナに視線を移した。

 絵に合わせて巧みに声色を変え、表情を変えて語るパルディナの語り口に、子供達はいつしか引き込まれ、真剣な表情で耳を傾けている。

「美しかったが、愚かな女だったよ。うまいこと言って近づいてくる男にころころ騙されちゃ捨てられて、父親が誰かも判らない子供を産み落として、あげく散々迷惑かけた一座にその子供を残して、新しい男と消えちまった。その後は知らない。相手の男には人買いの噂もあったから、あの女ももう生きてないんじゃないかな」

 なんでもなさそうに言って、ユーシフは少し湯気のおさまったカップに口をつけた。

「俺は、パルディナにはことあるごとに言ってきたわけ。男に頼って泣かされてるようなつまらない女にはなるな。顔と若さは一時の武器でしかない、自分の足で一生立てるくらいの実力を身につけろ。時には馬鹿な男を手玉にとって泣かせてやるような、賢くて力のある女になれ」

「……はぁ」

「その結果がああなったのは少し反省している」

 しみじみとユーシフが付け足したので、グレイスは思わず吹き出した。

 ユーシフは頭をかくと、いくぶん表情を和らげた。

「だからパルディナには、ランシィの話が他人事には思えなかったみたいだ。俺にも、ランシィに賢くなれ強くなれって言って聞かせてた爺さんの気持ちはよく判る。後はランシィが、その『強さ』や『賢さ』の意味をどう解釈するかだな」

 自分を護れるくらい強くなれ。ランシィの祖父はその言葉に、抵抗する術もないまま赤ん坊を守るために死んでいったランシィの両親の姿を重ねていたのだろうか。

 ランシィの左目は、彼らの無力さの象徴ともいえる。失われた左目の代わりに、ランシィはこれから何を得るのだろう。

 不意に、たくさんの小さな手のひらが打ち鳴らされる音がして、グレイスは考え事から現実に引き戻された。物語が終わり、子供達の精いっぱいの拍手と笑顔が歌姫に向けられている。

 その音に驚いたのか、近くで母親に抱かれていた赤ん坊が目を覚まし、弱々しい泣き声を上げた。

 周りの子供達が物珍しそうに周りに集まって、あやされる赤ん坊を眺めている。赤ん坊は、やっと首が据わったくらいだ。人間はあんなに小さく産まれてくるものなのかと、グレイスでも改めて驚くほどだった。

 赤ん坊など見るのは、ランシィは初めてなのだろう。ほかの子供達の陰からおそるおそる、赤ん坊が一生懸命声を上げるのを眺めている。

「……この子はどんな子になるかしら」

 不意に、柔らかく通る声で、歌姫が優しい歌声を上げた。



 この子はどんな子になるかしら

 その手はなにを掴むのかしら

 野に咲く水仙の花かしら

 それを大事な人にあげるのかしら


 その目はなにを見るのかしら

 夜空に流れる星の河かしら

 それを大事な人と指さすのかしら


 強さは優しさを忘れないこころ

 賢さは道を違えぬ正しい瞳

 忘れないでね 私の大事な子

 いつかあなたが私の手を離れても

 私はあなたを愛しているわ


 だから安心して

 おやすみなさい おやすみなさい




 即興なのか、元からそういう歌があるのかは判らない。パルディナの美しい子守歌に、子供達だけではなく、周りの大人もうっとりと耳を傾けている。

 同じように聞き惚れていたグレイスは、何気なくランシィに目を向けてはっとなった。静かに耳を傾ける子供達のなかで、ただ一人、ランシィだけが唇をかみしめて、なにかを堪えているようだった。

 今の歌でランシィの脳裏に、今まで自分に教えられて来た両親の最期と、それを語る祖父の言葉が蘇ってきたのだろうと、グレイスにもすぐ推察できた。それでもランシィは、誰にも顔を見られないようにうつむいて、肩を振るわせて拳を握りしめ、声を上げようとはしない。

 グレイスは思わず立ち上がった。

 あのまま我慢させてはいけないと思ったのだ。表情の乏しい瞳の下に隠されてきた正直な感情を、外に出す方法を知らないままに大きくなってはいけない。

 驚いたようなユーシフの表情も、大人達の怪訝な顔つきも、どうでもよかった。グレイスは、誰にも気がつかれないように少しづつ子供達の輪から離れようとしているランシィに駆け寄ると、膝をついて有無を言わせずに小さな体を抱きしめた。抱きしめる直前、潤んだランシィの右目が、驚いたように見開かれたのが見えた。

「自分の本当の心から逃げないのも、強さなんだよ」

 苦しくないように力を調整しながら、グレイスはランシィの背中を包むように囁いた。

「大事な人を思って泣くのは恥ずかしい事なんかじゃない。哀しいときと嬉しいときは、我慢しなくていいんだよ」

 それまで息を殺すように震えていた喉が、大きく息を吸い込んだのが判った。グレイスの体にぎゅっと抱きついたランシィの嗚咽がグレイスの胸を打ち、熱く温かいものが法衣を湿らせる。

 歌い終わったパルディナは、グレイスの背を見て静かに微笑んだ。グレイスの動きにきょとんとしているほかの子供達を手招きし、今度は四角い色紙を与え始める。

 色鮮やかな異国の紙が、パルディナの手の中で、人形や風船に形を変えていく。それを見て、ほかの大人達もそちらに関心を移したようだ。

 短い間かも知れないけれど、自分に託されたこの宝物のような子供を精いっぱい守ってあげよう。強さと賢さを得る為の助けになってあげよう。

 人に大事にされた記憶は、大きくなってもきっと支えになるはずだ。グレイスはランシィの髪に頬を寄せ、黙って背中を撫でていた。自分の腕の中の小さなぬくもりは、逆にグレイスに力を与えてくれるようだった。

次回より二章です。

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