18.ふさわしい強さと心<4/5>
「剣を託されるのに、ふさわしい強さと、ふさわしい心……」
これは、使命を帯びて剣を預かる者全てが言われることではないか。授かる者にも授ける者にも大きな意味と責任が伴う剣が、この世の中にはあるのだ。カーシャム神官の剣然り、騎士の剣然り。
「もし条件を満たし、ランシィがジェノヴァの剣を託されることになれば、その結果、失われた左目を手に入れることができるかも知れない。そう言いにきたんじゃないのか」
「でも、宝剣ルベロクロスは、今はジェノヴァ神殿のものではなく、サルツニア国の宝剣なんですよ」
ユーシフの推測に思わず納得しそうになりながらも、グレイスは声を上げた。
「仮にランシィが剣を扱えるほどの技量を得たとしても、宝剣ルベロクロスがランシィの手にどうやったら託されるのか想像もつかないです。あれは、サルツニアにとっては王権の象徴だし、そもそも、ランシィは王族でも貴族でもなんでもない、田舎の村の農家の子供なんですよ」
「あら、それをいうなら、サルツニアの始祖シャール大帝も、出は名もない山村の猟師の子だったのよ」
パルディナはくすりと笑った。若いのに頭が固い男だとでも思われているのかも知れない。
「それに、ジェノヴァが与える剣が、必ずしも宝剣ルベロクロスだとは限らないんじゃない? あなたの剣だって、広い意味では、ジェノヴァから託されているものといえるでしょ」
「まぁ……そうなんですけど」
「なんだか、これってすっごい話じゃない?」
どうもあれこれ考えてしまうグレイスとは逆に、パルディナは目を輝かせて自分の胸の前で両手を握りしめた。
「その預言が成就しちゃったら、あたし達って新しい伝説の始まりの部分に居合わせてるって事にならない? 女神ジェノヴァの預言を託された隻眼の少女ランシィが左目を取り戻す、その始まりの物語の歌を、あたしが世に送り出すってことよね? すごーい!」
「ちょ、ちょっと」
勝手に盛り上がり始めたパルディナに、グレイスは戸惑って声を上げた。
「始まりの物語って、これが本当にジェノヴァの預言かどうかすらわからないのに」
「でも、筋道立てて考えたら、そう受け取るのが自然じゃない?」
「いやそれは……」
「まぁ、パルディナの言ってることはちょっと横に置いておいて」
さすがに苦笑いしながら、ユーシフが間に入った。
「ランシィのお爺さんは『自分で自分の身を守れるように、賢く強くなれ』とも、言っていたのだろう?」
「はぁ……」
「女神ジェノヴァから剣を託されてもおかしくないほどの賢さと強さを得ることは、そのお爺さんの願いとも、そうなりたいというランシィの望みとも、重なりやしないかい」
――頑張れば、おじさんみたいに強くなれる?
グレイスは、盗賊もどきを追い返した後のランシィの言葉を思い返した。
「確かに、片目が見えないとはいえあの聴力ですから、きちんと学べばそれなりに剣を扱えるようになるのもありえないことではないです。僕も、剣術を学び始めたのはあのくらいの年ですし……」
「それならさ、たとえ大きくなって、やっぱり片目を取り戻すなんて話が夢物語だったと気付いたとしても、強く賢くあるという目的に向かって進むこと自体は、ランシィにとって悪いことではないんじゃないかな」
ユーシフの冷静な指摘は説得力がある。確かに、ジェノヴァがどうとかいう話が出て来る前から、自分はランシィのためにあの村に導かれてきたのではないかと思ってすらいたのだ。ランシィが剣を学びたいと望むなら、自分にもなにかしら力になれることがあるかも知れない。
「なによ、夢物語って」
自分の時とは違って、グレイスがユーシフの言葉に反論すらしようとしないのが気に入らないらしい。パルディナはまた不満そうに頬をふくらませた。
「それなら、灰色の服の人は、なにしに出てきたのよ? ランシィをからかうために一〇年も前から準備してたって言うの? そっちのほうがおかしいじゃない」
「いや、それもそうなんですけど」
さっきのいざこざのせいか、パルディナが不機嫌になると、自分が悪いわけでもないのになぜか怯んでしまう。グレイスがおたおたしているのを、ユーシフは困ったような笑みで眺め、小さく息をついた。
「まぁ、あんまりいっぺんにいろいろなことに結論を出そうとしたって仕方ないさ。肝心のランシィは夢の中なんだし、おまえさんたちが頭の上で言い合ってても仕方がない」
「だってぇ」
「それにその子は、たった一人の身内を亡くしたばかりなんだろう?」
ユーシフの静かな物言いに、グレイスもパルディナもはっとして目を見あわせた。
「先の心配も悪くないが、せかすだけじゃなくて、少し立ち止まる時間をあげてもいいんじゃないかな。どうせこの雪じゃ、明日もこの村に足止めだろう」
雪が本格的に積もる前にと、先へ先へと急ぎすぎて、確かにランシィからゆっくり考える時間を奪っていたかも知れない。少し振り返って今までのことを考えるのも、先に進むためには大事なことではないか。
「そうね、もう寝ないとお肌に悪いし、明日また改めてお話ししましょ」
「あ、それじゃ……」
「いいわよ、この子はこのままで。起こすのは可哀相じゃない」
眠り込んだままのランシィをどうしようか、グレイスの内心を見透かしたようにパルディナは言うと、ふと思い出したように意地悪く目を細めた。
「なんなら、あなたもご一緒にいかが?」
「え、遠慮しておきます……」
一気に冷や汗をかいたグレイスを、わざとらしく睨み付け、パルディナは一転してくすくすと笑い始めた。
こんなだから余計にからかわれるのかも知れないが、自分の頭をどうひねっても、気の利いたかわし方は思いつきそうになかった。ユーシフは歌姫のいたずらなど慣れっこらしく、グレイスを見る目には、気の毒そうな様子すら伺える。
さっき押し入ってきた男も、自分のようにこうやってからかわれて、のぼせ上がってしまった者の一人なのではないか。鏡台の片隅に、小さな贈り物の箱が置かれているのに気付いて、グレイスは止めに入ったのがなんだか申し訳ないような気分にすらなってしまった。
夜中に一旦やんだ雪と風は、明け方にまた勢いを増したようだ。夜が明けても外は薄暗く、窓から見える景色は灰色に染まっている。地元の者でもよほど慣れていなければ、この吹雪の中を村から出ることは難しそうだった。
昼にはやむだろうという話だったが、雪がやんだとしても、積もった直後の新雪をかき分けて先に進むのは難しい。
宿の泊まり客も半数が、朝の吹雪で村を出るのをあきらめたようだった。歌姫も何日か逗留する予定であるというし、最初からそれを目当てに来ている者達も多いようだ。
今の泊まり客の数に対応するには圧倒的に人手が足りないらしく、朝になって宿の女主人が、もう一日二日、手伝ってもらえないかとグレイスに打診してきた。そのかわり、部屋にあきが出たから納戸からそちらに移ってもよいという。
どうせこの吹雪の中、小さな子供を連れて出立はできない。ただ、ランシィはまだパルディナに預けたきりだったので、一応相談したいと話を答えたら、ランシィは既に歌姫と一緒に食堂に来ているという。




