三田の場合
秋の日の放課後。
今日も今日とて、三田は羽柴とつるんでいた。
「女子の髪型はポニーテール一択!」
「うなじ最高!」
と、男子トークに熱中していたが、そこへ体操着を着た一人の男子生徒が教室に現れた。
「おー、三田と羽柴じゃん。なにしてんのー?」
朝時間をかけたであろう髪形をした村本だった。
「羽柴とちょっと男談義をな。お前こそ、部活は?」
「いま休憩中ー。なになに、女の子の話?」
「ザッツライト!」
村本は三田の隣の椅子に座る。
「うちのクラスの女子はレベルが高いからねー。俺、三組で良かったわ」
「マジでな。四月の始業日のテンションの上がり方ハンパなかったよな」
「僕なんか名前の一覧二度見したよ」
「ホントホント。俺は志賀さんと同じクラスになれて本気で嬉しかったー。あの子絶対学校で一番可愛いよ。色白で小動物みたいでたまんねー!」
「確かに可愛いよな! ……でも村本が志賀と話したところ見たことねぇけど」
村本は急に目を逸らして落ちつかなそうにそわそわとし始めた。
「い、いやだって……恥ずかしいし……」
三田は正直「きめぇ」と目の前の男子が照れる姿に思ったが、友人のために口には出さなかった。
「お、俺のことは良いだろ! それより、お前らの押し女子はどうなんだよ? 倉野と柿崎だろ?」
「ああ! 柿崎は美人でいいよな! 大人っぽいし好みだわ」
「倉野さん良いよね。優しいし素朴で可愛いよね」
三田と羽柴がそう答えたところ、村本が目を瞬かせた。
「えっ? お前ら逆じゃね?」
「なにが?」
三田は聞き返すが、村本は怪訝そうだった。
「だって、この間三田は倉野が良いって言ってたし、羽柴は柿崎だったろ?」
「……ああ!」
確かにこの間、三田は倉野、羽柴は柿崎が最高だと主張していた。
が。
「あれは足の話だよ。女子のタイプなら柿崎の方が俺は好みだぜ」
「僕もそういう意味なら倉野さんが良いかな」
そうなのだ。それとこれとは別なのだ。
三田にとっていくら柿崎がタイプでも、こと足に関しては倉野の名を挙げるのだ。
村本は呆れたような顔をした。
「そういうこと……。よくわかんねぇけど」
「それがさ、別に柿崎に倉野の格好してくれってわけでもないんだよなぁ」
「あー分かる。柿崎さんのあの格好はすごく素敵なんだよ。でも倉野さんがその格好をしたら、彼女の良さがなくなってしまいそうなんだよねぇ」
全くもって同感なのである。
「意味わかんねぇ……」
「お前もまだまだだな」
三田がぽん、と村本の肩を叩く。村本は「理解不能」とばかリに首を横に振った。
「まぁいいや。俺、そろそろ部活戻るわ」
「せいぜい汗かいてこいよー」
手を振って村本を送り出すと、羽柴が椅子から立ち上がった。
「しまった。僕もう塾に行かないと」
「お前も大変だねぇ」
「三田はまだ帰らないの?」
「俺はもうちょっとだるっとしてくわ」
羽柴は「じゃあ」と鞄を手にすると教室を出て行った。
しばらくの間、開いた窓から吹く秋の心地良い風が三田の頬を撫でていた。
「あ……」
声が聞こえ、三田は後ろを振り返る。
廊下の扉の前にお下げ髪の少女が立っていた。
「お、倉野じゃねーか。お前も部活?」
「う、ううん」
倉野はなぜか三田から視線を逸らした。
「先生に、呼ばれて職員室にいたんだけど……」
「へぇ、倉野がって、お前が悪い意味で呼ばれるわけねーよなぁ。日直とか?」
「そ、そうなの」
三田は首を傾げる。
心なしか倉野の顔が赤い気がする。いや、夕焼けのせいだろうか。
「三田くんは?」
「ああ俺? ぼーっとしてたんだけど、そろそろ帰ろうかなっと。倉野も帰るのか?」
「うん」
「じゃあ一緒に帰るか」
そう言うと倉野がいきなり挙動不審になった。
「いっ、一緒、に!?」
「え? あ、嫌だった?」
何気なく誘ったのだが自分とは帰りたくなかっただろうか。
それとも倉野のことだ。男とは帰ったりしないのかもしれない。
三田は別段クラスメイトの女子と帰ることは珍しくないし(もちろんやましい事やいい感じになったこともないが)、気軽に言ってみただけなのだ。
しかしこの純粋そうな少女にはハードルが高いことだったのかもしれない。
「い、嫌じゃ、ないよ! その、うん、一緒に帰ろうっ」
まるで一大決心とでも言いたげに倉野がそう答える。
その頬はやはり赤く染まっているようで、大きな黒目は潤んでいる。それを見て、三田は思わずどきっとした。
「……お、おお。良かった。じゃあ、行くか」
声が微妙に裏返ってしまった。
(いかんいかん、ちょっと変なこと考えそうだった)
三田は己の頬を両手で叩くとリュックサックを背負った。