三田と羽柴の主張
夏の残暑も消え失せ、寒さに身を縮ませるようになっていた。
窓からは周りに植えられた紅葉が季節の彩を校庭に添えている。
「秋か……実に良い季節だ」
昼休みの教室で、窓に寄りかかりながら外を眺めていた中学二年生の三田はそうしみじみと呟いた。
夏の暑さに開放され、栗や芋、そろそろ鍋も活躍する季節である。最高だ。
「そうかなぁ。僕は夏のほうが好きだね」
三田の隣で、クラスメイトの羽柴が不満そうだった。
「なんでだよ。夏なんてアイスや冷しそうめんが旨くて夏休みがあってプールと海に入れてカブトムシが捕れて甲子園があるくらいじゃないか」
「三田は夏も好きなんだね」
羽柴はふう、と一息を着くと窓に背を向けた。教室ではクラスメイトたちが食後の雑談や睡眠をとっている。
「三田は悲しくならない?」
「なにがだ?」
「あれだよ」
すっと羽柴が指を差したのは、女子生徒の二人だった。
「あれは倉野と柿崎だな。あいつらがどうかしたのか」
倉野と柿崎は仲良さそうに教室の前の方で話をしている。
倉野は大人しめな少女で、しかし暗いというわけではなく友達は多い。髪をふたつに縛っていて素朴な感じの女の子だ。
柿崎はクラスの中でもリーダータイプの姉御肌だ。すらりとした大人っぽい雰囲気の女子である。
「倉野さんと柿崎さんが……ってわけじゃない。女生徒全員にい言えることさ」
「どういうことだ」
「……君は『女子生徒』に『夏から秋』を足したらなにか考え付かない? 男として」
「!?」
「男として」。三田はその言葉でピンと来た。
女子生徒たちにもう一度目を向ける。
彼女たちは白いシャツに赤いネクタイ、そして紺のベストを羽織っている。
だが!
夏の間はそうじゃなかった――。
「くっ! 確かに秋が恨めしいぜ!」
夏の間には溢れていた、女子生徒たちのシャツからちらりとのぞく瑞々しい肌を拝むことができなくなる季節!
「来年の衣替えになるまで拝めなくなるなんて……つらいね……」
「いやまて。上は残念だが足は変わらず拝めるだろう! 俺たちにはまだ希望が残っている!」
クラスの女子たちが二人の会話を聞いていたら、すぐさま軽蔑の眼差しを向けるであろう。だが幸いにもそういうことはなく、三田と羽柴はさらに熱く語る。
「女の子は不思議だよね。真冬でもミニ丈着衣で過ごすんだもん。僕だったら凍死する」
「確かに……って、別に俺はミニ丈スカートなんて興味ねぇ」
「は? なに言ってるの?」
「たしかにミニ丈の方が肌面積は大きい。しかし! そんなものは高校生のお姉さま方を拝めば十分だ! 中学生女子ならば膝丈最高だろうが!」
「三田が足なら変わらず拝めるって言ったんじゃないか……」
「あの靴下と膝丈スカートのわずかな間が良いんじゃないか」
真顔の三田に真顔で羽柴が応じる。
「僕には理解不能だ。あんな面積、ズボンを履いているのと同じじゃないか。三田、あれを見て」
羽柴は教卓の前に立っている柿崎を指差した。
柿崎の短めのスカートからは、彼女の長い足がすっと伸びており、紺色の靴下との間に絶妙な空間を保っている。
「柿崎さんは最高だ。僕の好みを分かっていらっしゃる! あの比率は見えそうで見えない男心をもくすぐり、だからといって短すぎずいやらしさを感じさせないまさに最上級の比率なんだ!」
「ふざけんな! 最高だというなら倉野の方だろうが! 見ろよあれを!」
倉野は膝ほどのスカートに白色の靴下を履いている。微かにのぞく膝が男へときめきを与え、また白ソックスというのが純真さを象徴し、爽やかさと艶やかさを同居させている。
「やべぇだろ!? 最高だよ、倉野最高だよ!」
「同意できないね! 柿崎さんこそ最高だよ!」
「なんだと!?」
「やるかい!?」
……と、三田と羽柴が馬鹿トークを繰り広げる少し前。
「ねぇ、なんか三田くんと羽柴くん、わたしたちの方見てない?」
「え? ……ホントだ。なにかしら」
さすがに熱い視線で女子生徒の足を見ていたことがバレていた。
「なんか言いたいことがあるのかなー」
「えっ、柿ちゃんどうするの?」
二人の方に向かう柿崎を倉野が引き止める。
「そりゃ、あんたたちなに見てんのよー! ……とでも言おうかと」
「でも、なんか勘違いかもしれないし」
「あんなガン見で勘違いはないでしょ。倉をあんなに見るなんて不届きな奴らだねーなんてね!」
あははと笑いながら三田たちのところに行く柿崎の後ろを倉野は不安そうに、それでもついていく。
三田と羽柴は途中から言い争いを始めたようだったが、構わず柿崎は二人に声を掛けようと傍に寄った。
のだが。
「柿崎さん素敵! 柿崎さん大好きだ!」
「倉野マジ最高! 倉野超好きだ!」
名前の後に「の足が」という言葉が抜けているが、本人たちは気にしていない。
しかし言わなかったことが「セーフ!」と言えなくもない。「~~の足最高!」と言い合っている男子生徒など女子からしたら踏み潰しても足りないだろう。そんな男子生徒は残りの中学生活を、女子生徒たちから蔑みの眼差しを向けられて暮らしていかなければならない。
結果的に三田も羽柴も言わなかった。最悪な学校生活は免れた。
しかし。
「なっ……なに言って……?」
「えっ、えっ?」
二人の女子生徒は顔を真っ赤にすることとなった。
そしてそのことを、三田も羽柴も気づかなかった。