第89話 ~隊長ユーステット⑤ ユース尾行レポート・筆者マグニス~
昨日調達した茶髪のカツラ、なかなか具合いいな。俺の赤毛は街中でも目立つし、せっかく服装を変えても、これがねえと意味がなくなっちまう。
「どうだ? 上手く変装できてるだろ」
「遠目から見たら、マグニスさんだとはわかりにくい、かな……顔を見られちゃうとどうにもならない気がするけど」
「ま、上手く立ち回るよ。物陰、人混み、最悪屋根の上って隠れ場所もある。あいつの視界内に顔さえ見せなきゃ、どうにかなるだろうよ」
こんな地味な服、俺のキャラじゃねえんだけどな。ま、ユース尾行してどんな話聞けるかなって楽しみと比べたら、その程度の肩身の狭さ、どうってこともねえけど。
「見つからないで下さいよ?」
「おう、任しとけ」
アルミナは知らねえだろうけど、陰行は苦手じゃねえし。特に女と歩いて集中力無くなってるユースの目をくぐるなんて、そう難しい話でもあるめえよ。
エレム王国騎士団本部、騎士館の前。待ち合わせ時間の10分前にここを訪れたユースの前に、木箱を抱えて立ってる女の子が約一名。うーん、相変わらず可愛いなアイツ。一度お茶に誘ってみたいんだが、過保護アルミナが黙ってねえだろうな。勿体ねえなぁ。
ユースに気付いてすぐ、ぱたぱたと元気良い足取りで駆け寄る仕草も良し。露骨にたじろぐなよ、ユース。ただの女の子だろうが。
「ユーステット様ですか?」
「あ、うん……君が……?」
様付けで呼ばれるなんて柄じゃない、ってアルミナやガンマにはすぐさま言い返すくせに、それがすぐに言えない程度にはテンパってやがるな。雑念はいらない、仕事に集中しよう、とでも頭の中で何度も暗唱してんだろうけど、結果的にノイズで頭いっぱいになって余裕がなくなってる、ってとこか。
「エレム王国第19大隊所属傭兵、プロン=リードブレイです。今日は、よろしくお願いします」
白のアンダーウェアに赤のノースリーブって、快活なイメージを上手く着飾れてていいよなぁ。アルミナよりもちょっと背が低いが、キャルほど幼くもなくて、大人に近付いてきた若い子って色気がよく出てるわ。黒髪をポニーテールにまとめてるのは、アルミナの髪型を真似してんだっけ。
にしても、暖かくなってきたこの季節、スパッツ一枚に短いスカート纏っただけのケツ周りは、ユースにはちょっと目の毒だろうよ。太ももから下の生足は、思春期の童貞にゃあ目のやり場に困る光景だろうしな。戦場駆けてる脚だけあって、きゅっと細くまとまってるし、胸元もいい形かつ張りがあって、ユースも目のやり場に困ってる感じか。ま、わからんでもない。
「……それじゃ、行こうか」
「はい」
とりあえずユースが前を歩いて、プロンが追従する形、と。まーひとつ年下の女の子と並んで歩くなんて慣れてないだろうし、その図式から逃げてる形ってとこかね。
あくまで仕事、なんて割り切って務められればどれほど楽なのやら。年頃の童貞君が、あんな可愛らしい年下の女の子と歩いてただ仕事に専念できるほど、人間ってやつは上手く出来ていないんだぜ。なぁ、ユース。
目的地は開発区の武器屋、"百発千中"っつってたな。アルミナ行き着けの店で、銃や弓、その使い手が動きやすいような軽装の鎧を扱ってる店だったっけ。開発区に一人で行くのが怖いって、旦那や俺がよくアルミナを連れて行ってやったなぁ。最近も、月に一回ぐらいは旦那と一緒に通ってんだっけ?
初めて行った時、店主の親父がサービス交じりにアルミナの銃を、ぱぱっと手入れしてやってたのが懐かしいな。あれを見て、アルミナが店主の親父に、銃の手入れの仕方を教わりたいって言いだしたんだよな。親父も了承したのはいいが、教わりに来るたびにアルミナには同伴役が必要で、旦那が入り用の時は俺が駆り出されたんだよなぁ。あれはダルかった。
「一度見せて貰ったんですが、先輩ってすごく銃の手入れが上手いんですよ。調子が悪かった私の銃を先輩がいじってたら、たちどころに具合よくなっちゃって」
「……そうなの?」
「ホンット凄いですよ、先輩。銃の簡単な手入れだけならまだしも、異常を見つけて自分で直してしまえる人なんか、第19大隊の中でもあんまりいませんもん」
銃の構造は複雑だからな。下手に素人がいじると、上手く稼動しなくなりやすいし、騎士団専属の職人に手入れや修理を任せる奴の方が多いのは当然だよ。自分で自分の銃いじって、戦場でいきなり動かなくなりました、なんてなったらシャレにならねえし。
それにしてもアルミナ、自分の銃の手入れや修理のみならず、プロンの銃もいじってやってたのか? そりゃすげえな。ただでさえ銃ってやつは構造も複雑なのに、日頃自分が扱ってる銃とは型も形式も違う、他人の銃をいじれる奴なんてそんなにいねえぞ。プロンがこの話、第19大隊の方にも吹いて回ってるなら、向こうさん方でも、第14小隊にはそんな腕利きがいるのか、って、ちょっと話題になってるだろうよ。
「先輩いわく、そのお店の職人さんは銃の扱いにかけては王都有数だそうなんです。先輩もそこで、銃の手入れの仕方を教えて貰ったらしくて」
「あ、うん……聞いたことはあるけど……」
「第19大隊の先輩達は、職人様に任せた方がいいって言ってくれるし、それも正しいやり方だとは思うんですけど……騎士団入りした時からのパートナーですし、やっぱり自分の手で、ね」
自分の命に関わる手元の武器は、いつでも万全の状態が当たり前だしな。武器が不全で、避けられたはずのピンチを回避できずに死んじまった、じゃ話にもならねえ。自分の武器に愛着を持つ者は多いもんだが、それでもやっぱ、信頼できる職人様にその手入れを任せるのが普通の考え方か。
プロンも後生大事に、自分の銃が入ってるっぽい木の箱を抱きしめて歩いてるし、自分の武器に対する思い入れは強いんだろうな。そういう辺りも、アルミナとはよく気が合うわけだ。
「第19大隊の方々もいい人達ばかりですけど……やっぱり私が一番尊敬するのは先輩だなって思うんです。あ、タムサート隊長はちょっと別次元ですけど」
「ふぅん……」
にしてもプロン、アルミナのことを"アルミナ先輩"とか"アルミナさん"って呼ぶんじゃなくて、"先輩"って呼ぶんだな。ってことは、プロンが特別あの名で呼ぶのは、アルミナだけってことなのかね。アルミナのことを慕ってたのは元々わかってたが、ここ数ヶ月の付き合いで、前以上に相当懐いちまったみたいだな。
……しっかし、問題はユースか。こうして遠巻きに眺めてるだけでも、明らかに態度がいつものあいつじゃねえわ。聞き耳立てて会話聞いてみりゃ、語り口も鈍いし、声も重いし。
プロンが自分の武器への愛着語ってる時だって、ユースにとっちゃ食いつける話題のはずなんだがな。あれも騎士団入りした時からの騎士剣を未だに使ってるクチだし、シリカに新しい盾を貰ってお蔵入りになった古い方の盾も、綺麗な箱に収めて自室に置いてんだっけ。あの古い方の盾、誰かが何かの間違いで捨てたりしたら、ユースはマジで怒るだろうし。
そんぐらい自分の武具への愛着の強い奴なんだから、今プロンが言ったことをきっかけにして、自分の騎士剣に対する思い入れを語ったり、盾あって戦場を切り抜けてきた思い出を話したり出来たはずだと思うんだが。そういう話になってくりゃ、プロンだって銃と共に戦場を駆け抜けてきた思い出の語り甲斐もあるし、会話も弾むってもんじゃねえか。普段なら、話術とか意識しなくたって出るはずの引き出しが、なぜか出てこないってことは、こりゃ相当あがっちまってるな。
「……ご、ごめんなさい、私ばっかり喋っちゃって。退屈ですよね? こんなお話」
「え!? い、いや、そんなことないけど……」
ほらなぁ、変に目を泳がせてるから上の空と思われて、プロンも気まずくなるじゃねえか。だいたいプロンだって一人の女の子として、ユース以上に、自分がどう見られるかには敏感だってのに。
家計の支えになればと始めた傭兵暮らしらしいが、戦う力をつける一方で、女の子らしさのいくつかを捨ててきた部分もあんだろうしなぁ。友達と遊ぶための時間とか、お洒落するために買い物に行く時間とかさ。だからこういう非番の時は、出陣の時にはつけてるあの男臭いベルト――弾倉を詰めるためのベルトだっけか。あれの代わりにスカート一枚凝ってみて、日頃置き去りにしてきた女の子らしさを取り戻そうとするんだろうし。
「……ユーステット様は、騎士様ですよね。やっぱり、武器に愛着とか、あります?」
「え、あ、うん……もちろん……やっぱ、何年も使ってきた剣だし……」
プロンは小顔で可愛らしいし、シリカの意志強い眼差しにアルミナの気遣い溢れる光を宿したような、いい目を持ってるしな。今まで俺が見てきた女の中でも、正直あれってかなりの上玉の部類に入るってのに、それと正面きって話すのはユースにゃハードル高すぎたか? 仮にも仕事中、変なことを考えるなと心中で首をぶんぶん振りながらも、結局数秒後には意識してしまって、って感じなのが透けて見えるわ。
「普段はご自分でお手入れされてるんですか? それともやっぱり、騎士団の職人様に?」
「あ、いや……俺は自分でやってる。思い出もいっぱいある、大事な騎士剣だし……」
他愛ない話を繋げるプロンだが、あれをお喋りな女の子なんだな、なんて短絡な結論付けるほど、ユースも鈍感じゃねえだろ。プロンの語り口は、場を温めるのが好きなアルミナの間の取り方と殆ど一緒だし、ユース目線でもプロンがなんとか空気を温めようとしてくれてるのは読めてるはず。
わかっていても、上手くそれに応えて声を返すことが中々できないんだわな。年下の女の子に会話をリードして貰っている自分を自覚すればするほど、ユースの心はぺきぺき折れていく、と。
結局何事もなく、意中の武器屋には着いたか。こんな日に限ってトラブルに巻き込まれた、なんて素敵な天運持ってりゃ面白かったんだが、そこまでユースも不運体質じゃなかったな。一応尾行も、万一の時に最悪の事態に陥らねえよう、保険をかけての行動だったんだがな。
つーか、いっそ悪漢か何かに絡まれた方がユースにとっちゃ見せ場作れた気さえするんだが。木剣握ったあいつに、その辺のゴロツキが束になってかかっても適いやしねえだろうし、そういう形になってた方がプロンにもかっこいい男の背中見せられたように思えてならねえわ。アルミナにはボツにされた案だが、その辺の荒くれ雇って狂言のひとつでも作ってやった方が面白かったんじゃねえの。
まあ、今となっちゃどうでもいいことだけど。二人して武器屋に入っていったが、ここまでのユースの動向を見るに、中でなら仲良く語らえる、なんて展開もねえだろうなぁ。どっかその辺の喫茶店ででも時間潰すとするかね。
あの武器屋のおっちゃんは若い奴からかうのが好きだし、二人を見たら、お似合いのカップルだとか挨拶代わりに言ってんじゃないのかね。そんでユースが取り乱すとこまで想像できるな。あとはまあ、おっちゃんといプロンが銃の話を真剣に始めたら、入り込む隙間もなくてユースがぼっちになるかな。そしたらユースも暇潰しにユースが自分の盾でも磨き始めて――そしたらおっちゃんが新しい盾を薦めてくるけど、愛用の盾なのでとか言ってユースも断るってとこか。
そこでプロンなら、思い入れのある盾なんですねとか言いそうだなぁ。でも――そうなったらユースなら、シリカ隊長に貰った盾だから大事にしてるなんて気恥ずかしくて言えなさそうだよな。そんで結局ユースは口ごもって……うーむ、見なくても想像が駆り立てられて楽しいもんだ。どう転んでも結局は、ユースの口下手の結論にしか収束しねえのが空しいとこだが。
――お、出てきた。けっこう長く居座ってたな。とりあえず移動するか。人通りも多くねえし、建物の陰から煙草吸って一服するフリして眺めてるのがベストってとこかな。
「え、えっと、ユースさん……帰り道も、よろしくお願いしますね?」
「……うん」
うむ、暗い。プロンもなんだか、ユースに対して距離を置いている気がするな。このぶんじゃ店内でも、ユースもプロンの語りかけに気の利いた返答をしっかりしていたわけじゃなさそうだ。特にユースは良くも悪くも、騎士としての腕前は広く知られつつあるし、アルミナも善意でプロンにユースのそうした雄姿は語ってもいるだろうけど――強い騎士様と聞くユースの口数が少ないと、女の子のプロンとしてはなんだか近寄りがたくなっちまうだろうしな。
第14小隊に初めてキャルが来た時、無愛想全開でキャルをしばらく怖がらせてしまったあの頃と、たいして変わっちゃいねえなぁ。うーん、アルミナのダチ二人同士の折り合いが悪くなっちまうのは、アルミナとしても嬉しくないだろうし、今回のこれは失敗だったかねぇ?
……うん? 意外だな。ユースの奴、プロンを喫茶店に誘うのか。夕暮れ前に王都の中心部の喫茶店は混んでるもんだが、それでも行くってのはやや強引じゃね?
まあ、今日一日どうせ気の利いたことも言えなかっただろうし、別れ際にお茶でもご馳走しなきゃ申し訳なくって仕方ない、とかそういう思考かね。わからんでもないが、プロンも、そんなの悪いですよと腰が引けるだろうに、その気遣いは間違っちゃいねえかな。
具合よく野外席に座ってくれたな。近い席に座って二人の話も聞いてみるか。顔さえ見られなきゃ気付かれはしねえだろ。少なくとも今のユースに、周り見る余裕があるとは思えんし。
「武器屋の職人様のお話、とても参考になりました。ユースさんが来て下さって、あのお店に行けたことは、すごくいい経験になりましたよ」
「あ、うん……だったら、よかったけど……」
"あ"とか、"え"とか、最初にうろたえた一文字を挟む癖をどうにか出来ねえのか。寡黙に見える騎士様に、一生懸命語りかけて話を広げようとしているプロンが気の毒にもなってくるな。最初はユーステット様と呼んでたのも、いつの間にかユースさんに変わってるが、気心知れてそういう変遷に至ったとは到底思えないし。
大方ユースが、その呼び名は緊張するからやめて欲しいとでも言ったんだろ。そりゃ俺の立場からすりゃその態度は可愛いもんだが、年下のプロンからすれば溝を作られる主張になり得るってのに。つくづくあいつ、逆、逆を地で行ってるな。
「え、ええと……先輩の言ってたとおり、そばにいてくれてすごく安心しましたよ。開発区を歩くのは少し怖かったのに、そんな気が全然しなくって……」
「……アルミナが、俺のこと何か言ってた?」
ほら、たまにユースが興味を示して返事を返したと思ったら、プロンが少し萎縮してるし。一度抱かれた印象ってのは簡単には覆らねえなぁ。
「えっと……強くて頼りになる方だって言ってました。先輩も何度もユースさんに助けて貰ったことがあって、すごく信頼している、って」
へえ、そりゃ面白ぇ。ユース本人の前では絶対そんなこと言わないアルミナだろうに、プロンの口からそれが漏れるとはな。ガールズトークで広がった秘密は、ふとしたきっかけで簡単に溢れるってことか。
「……それは多分、アルミナが俺のこと話してたうち、いいとこばっか言ってるんじゃない?」
「あー……その……」
「いや、具体的に言わなくていいよ。だいたいわかってるから」
周りが見えなくなることが多いとか、頭が固いとか、プロンもユースについてはアルミナから聞いてあったんだろうな。気まずそうな顔してるわ。そういう反応を促してしまうのは減点だが、意識がアルミナを思い出すことに偏ったせいか、ユースの態度が徐々に柔らかくなってきたのはいい傾向かね。
「アルミナって、人を手放しで褒めたりしないからな。よく知っている間柄の人の話をする時は、その人の良い所と欠点を両方喋っちゃう癖があるんだ」
「あ、わかるかもしれません。法騎士シリカ様の話をする時も、そんな感じでした」
ひひひ、アルミナはシリカの話をプロンにする時、自分目線から見たシリカのダメな部分にも言及してんのか。これはシリカが帰ってきた時、チクってやれば面白いことになりそうだ。
「でも、絶対悪口だけで収めたりはしないんだよな。気心知れた誰かに関して何か言うことがあっても、必ずその人のいい所も挙げるのがアルミナらしいというか」
「そうですね。先輩、マグニスさんっていう人の愚痴をよくこぼすことがありましたが、最後には色々と、マグニスさんが立派な人だっていうのを推して下さいましたし」
……いや、やっぱやめといてやるか。別にシリカにアルミナがダメ出しする時っつーたら、ちゃんと正面切って言ってるしな。わざわざ横から喋るようなことじゃねえわ。
「先輩、ユースさんのこともよくお話してくれましたよ。……勝手に言っちゃっていいことなのかはわかりませんけど、ユースさんが第26中隊に完全移籍するかもしれないっていう話になった時は、先輩も気が気でなかったって言ってました」
ふむ。表面上は平然としていたが、内心じゃやっぱ気になってたんだな。ユースも意外そうなのか声が止まったが、もうちょっと周りに大事に思われてることを自覚してもいいはずだがね。どうにもあいつは自己評価が、勝手に低すぎる。
「アルミナが……」
「だから私も、先輩がそこまで言うユースさんって、素敵な人なんだろうなって思ってたんです。今日も一日お世話になりましたけど、頼もしくって安心できたっていうのは本当ですよ」
おべっか……ってわけでも、なさそうだな。なんつーかプロンは、人のことを好意的に捉えやすい子ってことなんだろうな。
「私勝手に思ってたんですけど、先輩って人を見る目、けっこうありますよね」
「というより、人のいい所見つけるのがすごく早い」
「ああ、それですそれです。すごくしっくりきました」
確かにな。あいつの書いてた小説読んでみたが、変な話、登場人物の魅力を書き表すのがすげえ的確だった記憶があるし。日頃から人のことよく見て、いいとこちゃんと見つけてる証拠だわ。
「俺、最初マグニスさんのことちょっと苦手だったんだけど、アルミナが上手いことあの人の考えてくれてること解きほぐしてくれて、今じゃだいぶ見方変わった自覚あるよ。マグニスさんって遊んでばっかな部分が表に出るけど、実はみんなのことよく考えてくれてるってさ」
「あはは、私も第14小隊に来た時はあの人に、けっこう色目使われましたよ。だけど話してみるとお話もすごく面白くって、ただの軟派な人じゃなかったですよね」
なんだこいつら、いきなり俺のこと褒めちぎりやがって。まさか俺のこと気付いてて、わざとこうしてからかってやがんのか? まあ、そんな気配はねえけどさ。
「ガンマとかどうだった? 俺がいない間のあいつ、元気にしてた?」
「元気でしたよー。一緒に出陣しましたけど、私の10倍ぐらい駆け回ってましたね」
「あのバカでかい斧持ってだろ? あれ、初めて見た時びっくりするよな」
「凄かったですねぇ。鬼気迫る顔で魔物をなぎ倒して、ちょっと腰が引けそうなぐらい」
……そういやユースの奴、随分普通に喋れてるな。どうしたんだお前、そんなのお前らしくないぞ。
「戦場のあいつは迫力あるけど、戦ってない時は無邪気だよな。なんかこう、憎めないっていうか」
「そうそう、家に帰るとご飯が楽しみでずっとそわそわしてるんですよ。夕食を作るのがキャルさんだって知ったら、なんか倍のテンションになったりして」
「キャルの作るご飯、どっかで店出せるんじゃないかってぐらい美味しいからなぁ。シリカさんも、時々キャルの料理をよく見て、研究するようになったぐらいだし」
「悔しいから?」
「あーうん、多分。キャルがご飯作る時と、シリカさんがご飯作る時で、明らかにガンマの機嫌に差異があるからさ」
「ガンマさん、その辺隠せないんですねぇ……」
「俺はその辺も、ガンマのいいとこだと思ってるけどな。裏表がないっていうか」
「あはは、そうですね」
ああそうか、身内の話してるからか。ユースの声の弾みようが全然違うわ。アルミナもそうだが、第14小隊の誰かの話してる時、こいつらホント機嫌よく喋るんだよな。そんだけ周りの奴らのことが好きなんだろうけど。
さっきまであれだけガチガチだったのに、ダチの話をしだすとそれも忘れちまえるんだしなぁ。見えない所で人のことを良く言っている人間ほど信用できる、って言葉もあるが、やっぱこいつら基本的に人がいいんだよな。いつかタチの悪い奴に騙されそうで目が離せない、って旦那もよく言ってたが、その気持ちもよくわかるわ。
「先輩からもいくつか聞いてますが、法騎士シリカ様ってどんな方なんですか? 第14小隊にいた時はすごく優しくして頂いたんですが、恐れ多くてあんまりお話できなくって、あんまり深い所まで知れなかったんですよ」
「それ聞いたら俺も、アルミナがシリカさんをどんな風に言ってたか聞きたくなるんだけど。アルミナって結構、言う時は言うからさ」
「えー、ユースさんが先に教えて下さいよ。殿方から見たシリカ様と、先輩から見たあの人じゃ見方も全然変わりそうですし」
お、気になるな。男としてユースがシリカをどう見てるかどうかって、すげえ重要。
「殿方として、っていうか……あんまそんな意識はないんだけどな」
ちっ、つまらん。密かにシリカに恋してるとかそういう展開はねえのかよ。それとも、そうだとしても馬鹿正直には言わねえってだけか?
「……一番尊敬してる人だよ。勇騎士様や、聖騎士様と比べたって、俺の中じゃあの人が一番なんだ」
「どんな所がですか? 魔王マーディスを討伐した勇騎士ベルセリウス様や、戦人の鑑とさえ言われる聖騎士グラファス様を上回る根拠といえば?」
プロンも上手い喋りするな。その辺の下手糞な新聞記者よりも余程サマになった追求だわ。
「俺、今でも昔でもホント、周りが凄い人ばっかりなんだよ。今じゃシリカさんやクロムさん、マグニスさんのような凄い人がいて、年の近いガンマもすっごく強くてさ。アルミナやキャルだって俺には気付けないような所を沢山カバーしてて、みんな凄いと思うんだ。最近第14小隊に入ったチータだって、ちょっと無愛想なとこあるけど頭も良くて、ちょっとコンプレックス感じるし」
昔は落ちこぼれだったって所までは、流石に気恥ずかしいのか喋らねえか。まあ卑下が過ぎると場の空気もおかしくなるし、それはそれでいい。
「昔の俺だったら、ここにいるだけで不甲斐なくって、いつか故郷に帰ってたと思う。シリカさんと出会って、鍛えて貰って、昔より強くなれて、少しずつみんなの役に立てるようになって……みんなと肩並べて話したり出来るのは、あの人がそういう俺に導いてくれたからだって思うんだ」
後ろ向きに見えて、案外自分を客観的に見るのが苦手じゃないんだよな、ユースって。単なる形だけの謙虚じゃなくて、周りがいるから今の自分があるってのを自覚してるあたり、今日一番あいつらしい発言だわ。
「だから俺、シリカさんに出会えて本当に良かったって思ってる。正直言っちゃうと、第26中隊に残留しないことを選んだ最後の決め手は、やっぱりシリカさんが第14小隊にいることだったように思えるよ」
やるじゃん、ユース。プロンが聞き入ってるぞ。こっからじゃお前の顔見えねえけど、今すっげえ真っ直ぐな目をしてるのがわかるわ。だからプロンも話にのめり込めるんだろうし。
「……今の話、誰にも言わないで欲しいな。ちょっと恥ずかしいからさ、こんなの」
「はい、約束します。先輩にも言いませんよ」
「ホント、それが一番肝心。アルミナって口を堅くしようとはするけど、時々滑らせるから」
「あはは、あの人も結構お喋りですもんね」
ま、今聞いたことを俺が吹いて回るのも無粋だわな。シリカには黙っておいてやるか。旦那には土産話として喋っても問題ねえだろうけど。うひひ。
「さ、次はそっちの番だぞ。アルミナ、シリカさんのことどんな風に言ってた?」
「ユースさんと同じような感じでしたよ? ユースさんが内緒にしたいなら、これも正直なところ、私の口からは黙っておくべきなんじゃないですかねぇ……」
「ん、そうか……いやいや、でもそれはズルくない? 俺だけ先にって言わせておいてさ」
「んあー、困りました。言葉を選んでお話するぐらいに留めるぐらいならいいかなぁ……」
話題の幸運はあったものの、やれば出来るじゃねえか。お前はいいハート持ってんだから、そうして自然体にしてりゃ、それでいいんだよ。第14小隊も人のいい奴揃いだってのは否定しねえが、誰だって付き合う人間は選んで付き合うもんだ。みんながお前のことをダチだって、いい後輩だって認めて付き合ってんだから、そういうお前を普通に出してりゃいいんだよ。
……思ったよりもここで話し込みそうだな。まあ、これ以上いても仕方ねえし、帰るか。面白い話はまだまだ聞けるかもしれねえが、この空気で万一俺のことに気付かれたら、この日のいい思い出ごとぶち壊しになっちまうだろうし。
楽しいだろ、ユース。今まで話したことの無かった奴と打ち解けて、互いに知らなかったことを交換してお喋りすんのはさ。今でも充分お前はいい奴に囲まれてるし、それで満足できるのはわからんでもないが、たまにはそうして出会いに前向きになって視野を広げてみようぜ。この世界は悪い奴も山ほどいるが、それと同じだけの良い奴だって山ほどいる。そうした奴と出会えてダチになれる楽しみって、かけがえ無く尊いことなんだからよ。
人を守るために騎士を志した奴が、自分の幸せを願っちゃいけねえ道理なんてねえんだぜ。お前がいい嫁さん見つけて、華の結婚式に俺達を呼んでくれる日を、俺は楽しみにしてんだからな。




