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法騎士シリカと第14小隊  作者: ざくろべぇ
第6章  過去より巣立つ序曲~オーバーチュア~
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第88話  ~隊長ユーステット④ 絶対こんなの仕事じゃない~



 さて、来たるべき時が来た。隊長職を預かった時から覚悟していたことだったが、右手に握った、任務報告書を入れた筒をぎゅっと握り締め、左拳で騎士館のとある一室のドアを叩く。


「……失礼します」


 向こうから、入れの一言が聞こえるまで数秒かかったが、その声を聞いてようやくユースは扉を開く。ノックして返事がなかろうと、返事があるまで扉を開かぬのは礼節においては基本。ましてや相手が遥か目上の聖騎士様ともなれば、それを守らず勝手に扉を開くなどあり得ない。


 わざと返事を遅らせて、相手がどういう行動に出るかを試すような聖騎士様。椅子に腰掛け、机を挟んでユースを迎え入れた聖騎士ナトームの、眼鏡越しの鋭い目線がユースに突き刺さる。


「ご苦労、騎士ユーステット=クロニクス」


「……はい」


 ユースはナトーム聖騎士と顔を合わせるのは初めてではない。以前、シリカに連れられる形でこの部屋に来たことはあるし、あの時はシリカに苛烈な処遇ばかりを預ける人物だと知られるナトームを、苦々しい目で見ていたものだ。正直、この人にはいい印象はない。


 改めて一対一で直面すると、とんでもなくきつい威圧感を持つ人物だとわかる。前回はナトームの意識がシリカに偏っていたからなのか、あるいは頼りのシリカがそばにいてくれたから自分が怖いもの知らずでいられたのか、いずれかはわからぬものの、今こうして見るとその眼差しに押し返されて回れ右をしたくなる衝動にも駆られる。


「……報告書です」


「ふむ」


 第14小隊直属の上司であり、シリカが報告書を届ける相手がこの人物。よくもまあこんな人の所に毎度毎度報告書を届けにこられるものだ、と内心シリカの肝の太さを想いながら、ユースは報告書を詰めた筒を差し出した。


 ユースの目の前、筒から報告書を取り出したナトームは、それを広げて目を通す。商人様の護送、賢者エルアーティとの対談という、二つの任務のいきさつと結果を書き記した報告書は、合計3枚。ナトームの目の動きは遅く、じっくり丹念に目を通しているようだ。待つ立場のユースにとってはすごく嫌な時間である。


 生まれて初めて手をつけた、隊長として書く報告書。粗もあるだろうし、駄目出しを食らう覚悟も決めてきているが、あまりひどいようだと、自分のみならず自分に隊長職を預けたシリカに対しても、ナトームのお叱りが向くかもしれない。恐ろしいのはそこ一点だ。


「あったことを忠実に書いてきただけ、か。まあ無難に纏めてきたな」


 妙にとげのある言い方をされたが、気にしない。とりあえず、無難と評価を得られたのであれば、シリカに預かった第14小隊隊長の名に傷はつかないだろう。


「あとは要点を短く纏めるよう努めてこい。報告書を受け取る側は、貴様からだけではなく、数多くの報告書を受け取り、目を通さねばならない。貴様のように、あったことすべてを書き留めてくるような報告書ばかりでは、上層部の仕事がいたずらに増えるばかりだ」


 初めての報告書を作る中、報告すべきことを書き漏らしてはならないと意気込んでいたユースの数時間前を、そのまま見透かした教え。ナトームのことが好きでないユースにも、この言葉にはうなずかんばかりの想いが沸く。


「まあ、私が相手ならばこれでも構わん。だが、次回報告書を作って来る際には、敢えてそれに努めて報告書を作ってこい。今後報告書を作って渡す相手が、私ばかりとは限らんのだからな」


 ユースの報告書を机に入れ、もう一度ユースを睨み付けるナトーム。遥か年上の厳しい眼差しはシリカのそれよりも数段とげが鋭く、その目線とかちあったユースの目がたじろぐ。


「意気込みを買うのは最初だけだ。結果を形にしていけぬようなら、貴様ならびに第14小隊全体の今後についても考え直すからな」


 半ば恫喝に近い言葉を受けた時、人は反発心を覚えるものだ。そんな感情をユースが抱けず、ただ萎縮するばかりでしかいられぬほど、初めて一対一で顔を合わせる聖騎士の気迫は重かった。











「おかえり、ユース。どうだった?」


「……まあ、無難な結果に落ち着いたと思う」


 家に着いたユースは、一仕事終えた後で平静時の表情だった。ここ二日間、職務と直面している間のユースは、常にどこか強張った表情だったし、肩の力が抜けた表情のユースを見てアルミナも、ひと段落ついたかな、と実感した。


「夕食までには時間があるけど、先にお風呂入ってくる? あんたも疲れてるでしょうし、私は後でも構わないけど」


「いや、いいよ。ちょっと素振りしてきたいし、まだ汗かくだろうから」


 そう言って、家の裏の訓練場に歩いていくユース。頑張ってきなよとばかりに手を振り、アルミナはユースを見送った。


 直後、豹変。ユースが目の前から去った途端、アルミナがうつむいて溜息を放つ。


「……堅い」


「モテねえよなぁ、アレ」


 げんなりした表情のアルミナの隣、苦笑い全開のマグニスがさくっと言い放つ。シリカとクロム、二人の大黒柱を欠いた第14小隊の中にあり、ユースに対しておおいに想う部分のあるアルミナとマグニスが、示し合わせたようにうなずき合う。


「騎士として生きるあいつの生き方は真っ直ぐで嫌いじゃないけど……まあ、いつかはそういうあいつを見初めてくれる女の人に、巡り会えるかもしれないけどさ」


「問題は出会いが無いことだよな。今までと同じく、高確率でこれからも」


 立派な騎士様として生きていく決心を固めたユースは、それこそ毎日自主鍛錬に明け暮れている。結果として1年前とは比べ物にならないぐらい前進しているし、それはそれでいいのだが、遊ぶための時間を作ろうともしないから、出会いがあるのやらと身内としては気にかかる。


 ユースが愛読するような騎士物語の主人公は、どこぞの国のお姫様のような、運命の人が物語内に用意されている。現実はそうはいくまい。ユースと付き合いのある女性というのを、アルミナもマグニスも、長い付き合いの中で全く聞いたことがない。シリカ、アルミナ、キャル、あとはせいぜい旅行先で出会った行商人のジーナぐらいのものだろうか。魔法都市ダニームの賢者様は別として。


「俺、一回あいつに、四十歳過ぎても童貞の寂しい人生でいいのかよ、って警告したことはあんだよ。流石にそん時はあいつも、それは怖いって顔してたけどな」


「ユースってばお母さんのことすごい尊敬してるし、いつか子供が出来たら、母さんみたいにしっかり子供を育てられる大人になりたい、って言ってたこともありますね。家庭を持つ、っていう夢があることの裏返しでもあったように思えるんですけど」


「まあ、わからんでもない。でも、そのためにはあいつ自身も努力しねえとなぁ」


 出会いは向こうからは転がってきてくれないのだ。ユースだって、異性と関わる願望があるならば自分で動いて出会いを探さねば、好機も巡って来るまい。逆に、その気になって出会い求めて歩けば、異性と関わる機会なんてこの世界に腐るほど溢れている。


 騎士団にだって、シリカのように剣の道に生きる女性は沢山いるのだ。にも関わらずユースの人付き合いは、男ばかり。マグニスが昔ユースに、ホモ疑惑をかけてからかった時には憤慨して否定してきたが、だったらお前女と付き合う気はねえのかよと返したら、おとなしくなってしまったものだ。


「思うにあいつ、女と顔合わせても何喋ればいいのかわかんねえんだろうな。免疫不足っつーか」


「わかりますよー。私も初めてあいつと会った頃、全然目も合わせてもらえませんでしたもん。出会い頭に何かやっちゃって、嫌われでもしたのかって思ってました」


 ユースはそんなつもりはなかったのだが、アルミナを避けていたのは事実だった。アルミナの方からちょっと勇気を出して話しかけても、目を合わせもせず素っ気無い返事を返してくるだけ。あの頃はアルミナも、怖い同い年のいる小隊に入っちゃったなと頭を悩ませたものである。ユースの隣には当時から気さくなガンマがいただけに、余計に。


 キャルと初めて会った頃のユースも同じような感じで、アルミナほど肝の太くないキャルなんて、当時のアルミナ以上にユースのことを怖がっていた。しばらくかけてそういう部分をクロムあたりが解析し、両者の誤解を解いてくれたものだが、その時の経験もあってか、ユースも異性が近付いてきても、そうそうはねっ返すような態度は取らないように努めている模様。


 が、それはあくまで、相手にとげのある態度に見られないように頑張っている程度のもの。初対面の女の子と話が上手く出来ない性分まで、治ったわけではない。


「長いこと見てるとわかるんですけどねぇ、あいつがそういう奴じゃなかったことぐらいは」


「理解者が拾ってくれる幸運でも無い限り、あいつ彼女できそうにねえよなぁ。いっそのことお前が拾ってやればいいんじゃね、って思うぐらいなんだが」


「うーん……」


 腕を組んで真剣に考え出すアルミナ。満更でもないのか、とマグニスもからかってやろうかと思ったが、明らかにアルミナの表情がそうでないので、それを胸の内にしまっておく。


「絶対に絶交したくない友達だとは思ってますけど、それ以上はいらないかなって感じですねぇ」


「女としての貴重なご意見どうも。恋人に昇華できない理由とかも聞かせてくれねえかな」


 また考え込むアルミナ。ユースのことを、魅力の無い男性だとは思っていない反応。でも、彼氏に選ぶような人物でないと暫定的な結論を出す根拠が何かと言われると、難しい。


「……恋心が騒がないんですよね」


 恋愛小説執筆経験者の語彙力が導き出した結論。それ以外に表現する言葉がなく、同時におそらく今後も余程大きなきっかけでもない限り、変遷の生まれないであろう現状を示唆したものだ。


「顔も悪くはないんだけど、良くも悪くも普通だしな。つくづく、異性ときめかす要素が表に無さ過ぎる奴だわ」


「せめて私と喋るときと同じぐらい、女の子と普通に話すことが出来るんなら、深い付き合いも生まれてユースの魅力に気付いてくれる人も出てきそうなんですけど……それが前提からつまづいてるんですよね」


 ユースのどこを褒めるかと言われれば、彼をよく知るアルミナの答えとしては、鍛錬に熱心な所とかそういう部分に集約される。人としては評価できても、それは間違いなく大きなモテ要素ではない。そもそもそれがちゃんと見えてくるのは、しっかりした人付き合いあってこそだ。今のままのユースがこのまま続けば、そういうユースをちゃんと見た上で見初めてくれる女性がいるか、非常に怪しい。


 友人としてアルミナも、四十過ぎて寂しく独身のユースなんて見たくない。いたたまれない。それでその時ユースがおっさんになってハゲていたりしたら、なんて想像すると、涙が出てきそうだ。


「ちょっとマジで動いてみます。せめてこう、女の子と話す機会ぐらい作ってあげて、そういうことに慣れさせてあげたいんで」


「世話焼きだねぇ、お前。お節介になり過ぎないように気をつけろよ」


 そんなこと言いつつ、アルミナが何か策でも練ろうものなら、乗っかって面白がろうとするのがマグニスという人物。お節介アルミナの行動がやや粗いことは予想されるが、マグニスの頭脳がそこに加われば、まあ整った形になってしまうだろう。


 お節介×策士=トラブル。渦中の人物ユースはそんなことも露知らず、訓練場でいつものように騎士剣を振るっていた。











 法騎士シリカが隊長を務める第14小隊は、日頃は優秀な隊にしか任せられないような、危険度の高い任務が預けられやすい。それだけ、ここ半年における第14小隊の活躍は目覚ましかったのだ。とはいえ今はシリカが休養中であり、騎士団も昨今のように重い任務を割り振ってくることがない。むしろシリカがいないこの機会に、第14小隊にはそこそこの任務を割り振りつつ、やや羽休めに時間を使わせる形を騎士団はとっている。第14小隊は傭兵も多いし、働かせすぎると給金も張る。固定給の騎士に仕事を割り振った方が、騎士団としても経済的なのだ。


「失礼します」


「ああ、どうぞどうぞ。入って」


 隊長職に就いて3日目の夕方、騎士団の上司に呼ばれたユースが、当の人物の部屋へと入っていく。この日は第14小隊に預けられた仕事はなく、休日に近い形だった。ユースも気ままに訓練場で剣を振るって、シリカが帰って来た時に、腕がなまったと言われぬように努めた後の夕方だ。


「やあ、騎士ユース君。僕の部屋に来るのは初めてかな?」


「はい。……本が多いんですね」


「デスクワークばかりだと退屈だからね。娯楽を部屋に持たなきゃやってられないよ」


 部屋の主、法騎士ダイアンはユースを愛称で気さくに呼び、話しかけられたユースも、ナトームと対面した時ほど緊張せずに済んでいる。とはいえ法騎士、それもシリカが尊敬する人物だとよく聞いたことのある人物だ。フランクに話しかけられても、一定の緊張感は程よく保っている。


「今日はお休みだったんだよね。どうだった?」


「どう、ということも……訓練場で素振りしてましたね」


「うんうん、向上心豊かで何よりだ。他にはどんなことしてた?」


 子供のようにうきうき尋ねてくるダイアン。返答に困るユース。変な沈黙が流れる。


「えーっと……小隊の友達と、木斧と木剣をぶつけての対人訓練もしまし。弓を扱う友達にも協力してもらって、視野を広げる練習をしたり……」


「そうじゃなくってさ、訓練以外の時間で。近頃の若い子は、どんな遊びが好きなのかなって」


 遊び。悩ましい響きだ。


「ええと、その……今日はそれぐらいで……」


「またまたぁ。ずっと一日中訓練してたわけじゃないでしょ?」


「…………」


 冗談半分で尋ねたダイアンの手前、明らかに返答を持っていないユースの顔。表情には出さないが、ダイアンの心中にも、まさかという想いが沸いてくる。


「別に僕は、君がちょっとぐらい遊んでてもシリカにチクったりしないよ? 聞かせてよ、どんな風に騎士団の子達が暇な時間を使ってるのか」


 ユース大ピンチ。目の前の上司は、年の離れた騎士の遊び方を尋ねたいようだが、この日のユースは一日中訓練場にいたので、望む回答が返せない。どう足掻いても、相手の喜ぶ答えを返せない。


「もしかして、冗談抜きでずっと鍛錬してた?」


「……はい」


「それならそれでいいよ。練習熱心な若い騎士は心強いしね」


 気さくに話しかけてくれた上官の期待に添えなかったと思ったのか、目に見えてその目が暗くなるユース。シリカに似過ぎて生真面目な子だなぁ、なんて思いながら、ダイアンは話を繋ぐ口を動かす。あんまりへこませて、空気が重くなってしまってはダイアンも楽しくない。


「さて、本題に入ろうか。明日君には、仕事が待ってるよ。今日一日休めただろうし、明日の任務には気を入れて臨むことだ」


「はい」


 こういう言い方をすればユースみたいな子は自然体が出るだろうな、などと考えながら、ダイアンも言葉を選んでいる。実際、今のユースの返事は、今日ここに来てから一番張りのある声だった。


「王都北東部の開発区には行ったことがあるかな?」


「いえ、まだ。あんまり、治安がよくないって言われる場所と聞いてますし」


 エレム王都も広く、王宮ならびに騎士館から遠い王都北東部は、王都中心部と比べて古い建物も多い。王都全体の発展に伴って最低限の進化は遂げてきたものの、昨今ようやくその辺りにも開発に力を入れようということになり、今その区画は開発区と呼ばれている。


 王都ならびに王国の治安を守る騎士団の本部は、王都中心部より南西寄りにあり、その区画とはやや隔たりが広い。駐在騎士を置いてはいるものの、人口も多い王都全体において、比較的治安が安定しない区画とされている。喧嘩っ早い若者や中年男性がよく住まうホームグラウンドとされ、整った王都の中心で穏やかな暮らしを営む人々にとっては近寄りがたく、暗黙の住み分けが為される地だ。第14小隊で言えば、そこに好んで足を運ぶのは、若い頃にあれこれ無茶をしてきた過去を持つ、経験豊富なクロムやマグニスぐらいのものである。


「あの区画には、"百発千中"っていう武器屋があるんだ。そこは、昔この騎士団専属の武器職人を務めたこともある職人さんが開いた店で、王都でも指折りの名店なんだよ」


 騎士団といえば、365日武器と付き合う組織だ。武器の具合が悪くなれば手入れをしてくれる騎士団専属の武器職人が、どんな時代であっても常にいる。かつてそこで20年働き、今は独立してその開発区で武器屋を構えるその人物なのだそうなので、腕が確かなのはユースにも想像がつく。


「その店の噂を聞いて、そこに行きたいっていう若い子がいるんだけど、開発区って怖いでしょ。だから、そこに至るまでの道と帰り道を、護衛して欲しいっていう依頼が来てるんだ」


 ユース個人も、開発区に対しては近寄りたくないイメージが強いだけに、この任務を引き受けるのは少し怖い。だからこそ、騎士団にそれを依頼してきた人物の気持ちも、わかる気がした。


「もちろん、武装は許す。万一の場合、正当防衛も許可するよ。あんまりやり過ぎたら問題だけど」


 昔チータがひったくり犯を焼いたことがあったなぁ、なんて思い出しながら、ダイアンの話を真摯に受け止めるユース。チータの所属する小隊に属し、かつ騎士でもある自分が同じようなことを起こしたら、そろそろ悪い意味で第14小隊の名が広まるかもしれない。もちろん自分からあんな風に暴れるつもりはないが、立ち回りには必要以上に気をつける配慮が求められそうだ。


「何人をその任務に割くのかは、現在の隊長である君に任せるよ。好きに采配していいからね」


 にっこりそう言ってくるダイアンは表面上優しげだが、これは暗に釘を刺した言葉だ。現在の第14小隊はユース以外、全員が傭兵である。つまり彼ら彼女らをこの任務に同行させれば、そこに対して騎士団が給金を用意しなくてはならない。ユースは騎士団所属で固定給だから、この任務にユースが関わっても経済的な変動はないが、それ以上の人手を割けば割くだけ騎士団の金庫に響いてくるのだ。


 人員の采配は任せるが、傭兵を使うなら騎士団が金をかけることを忘れるな、という示唆なのだ。そういった側面を緻密に計算するシリカの姿をよく見てきただけに、ユースも遠回しなダイアンの警告を、極めて自然に想像して受け取ることが出来た。


 トラブルに巻き込まれないように動き、揉め事に直面しそうになれば頭を下げてでも危険は避け、どうにもならないようなら依頼者を逃がすことに全力を尽くす。明日はそんな動きが求められる中、どういう動きを取ればいいかな、なんて、この時点で考えられる程度には、ユースも仕事に対しては頭の回転が速くなっている。今はダイアンの話を聞くのが先決なので、ひとまずそれは頭の隅に置く。


「依頼者の名前は、アルミナ=マイスダート。開発区に行きたいというのは、その子の後輩だそうだ。多感な年頃の子のようだし、危ない目に遭わせないよう細心の注意を払うことだね」


 そして、頭の隅に置いてあったものが一瞬で吹っ飛んだ。任務前日から問題発生である。


 同姓同名の人ですよね? なんて思わず尋ねてしまったものだが、第14小隊に属する狙撃手の女の子だとダイアンが(やたら楽しそうに)言うので、どうやら自分の悪い予想は間違ってなかったらしい。それ以外の何かがすべて間違っている気がするが。


「……すいません。ちょっと確認させて貰っていいですか?」


「うん、何だい?」


「同じ小隊に属する人が、その隊に任務を依頼するのってアリなんですか?」


 むしろ何が駄目なの? なんて返してくる辺り、ダイアンも裏の事情を知って楽しんでいるような気がしてならなかった。シリカにも何度か聞いたことがあったが、法騎士ダイアンという人物はこういう人なんだなと、ユースは頭を抱えそうになっていた。











 話はこの日の昼間に遡るのだが。


「プロンちゃんの銃も随分使い込んでるのね。そろそろ買い替えの時期?」


「そうなんですけど……できればセンパイのように自分で手入れして、使い続けたいんですよね。働き始めた時からのパートナーで、愛着もありますし」


 喫茶店でアルミナは、エレム王国騎士団第19大隊で傭兵に務めるプロンとお茶していた。以前、ユースが第26中隊に短期異動していたあの時、入れ替わりで第14小隊に短期異動していた、銃を武器に戦う少女だ。その時をきっかけに出会ったアルミナは、今ではすっかりプロンと仲良くなり、こうしてお互い時間を作れた時に一緒にいることが多かった。プロンも騎士団の先輩であるアルミナを慕っているようで、良い先輩後輩としての関係が出来上がっている。


「それじゃこないだ話した武器屋にも、結局行けてないんだ?」


「第19大隊の先輩に連れていって貰おうかなって思ってたんですが、やっぱりみんなあの地区には行きたくないみたいで。それにみんな、忙しいのもありますし」


「それじゃ、うちのユースを護衛役にでもつけて行ってみない? 今日と明日は第14小隊も仕事の予定がないみたいだし、ユースも暇してるだろうしさ」


「え、そんなのっていいんですか?」


「私が個人として、第14小隊にそういう依頼をすればいいだけよ。プロンちゃんをその武器屋まで護送して欲しい、ってね」


 そうなると騎士団に礼金を払うのは、依頼者のアルミナということになる。この提案にはプロンも悪いと思い、難色を示したものだが、アルミナとしては別にその程度の出費、痛くも痒くもない。案外アルミナは稼いでいる上に小遣いの回し方が上手く、貯金も結構ある。傭兵稼業は言い方次第ではその日暮らしの仕事でもあるし、傭兵やってる人々は、お金の扱い方がだいたい上手い。


「まあまあ、お金のことは気にしなくていいわよ。私個人としても、狙いあってのことだから」


「何か企んでるんですね。まあ、私にとっても嬉しいお話には違いないですし、そう仰って下さるのならお言葉に甘えますが……」


「うんうん、甘えて。っていうか、協力して?」


 プロンは特に細かい詮索はしなかったが、先輩がお金を出してまで協力してと言うのだから、何を企んでいるかは気になりつつもこの話を受けたのだ。そういう信頼関係を数ヶ月でがっちり作り上げたアルミナも、たいしたものである。











「アルミナァ!!」


「何ようるさいわね」


 昨日の帰宅時とは全然違う顔で帰ってきたユースを、銃の手入れをしながらアルミナはあしらった。あの顔は、なんでユースが怒っているのかもすでに全部わかっている顔だ。


「何企んでるんだよ……どうせこんなの、マグニスさんも一枚噛んでるんだろ……」


「いや、あの人は殆ど(・・)無関係よ。色々と茶々入れてくれたんだけど、概ね(・・)あの人の悪巧みはボツになってるから」


 関わっているではないか。いやな予感しかしない。


「まさかあんた、騎士団から受けた任務を断ったりしないわよね?」


 ちなみに拒否権はある。こんな不気味なケース、事情を騎士団に説明して断っても、上から何やら苦言を呈されることもないだろう。任務放棄は罰則ものだが、事前に筋を通して断るのであれば、人手には事欠いてない騎士団もそれに沿った対応を敷いてくれるはずだ。


 性格上、ユースがそんなこと出来ないことだってわかっているくせに。互いの内面をよく知り合った友人が、こんなに恨めしく思えるのも珍しい経験だ。


 ユースが明日のイメージに向けて、頭を全力で巡らせる。治安の悪いとされる開発区に、アルミナやキャルを同行させるのは得策ではあるまい。チータは現在、法騎士ダイアンの指示のもと、綿の雨を降らせる人間を追い詰める証拠を握るために奔走中の毎日だ。ガンマは護衛役としては頼もしいが、万一トラブルに巻き込まれたら、あれは暴れるかもしれない。日頃は穏やかだが、筋のいかないことに対して熱くなった時のガンマの舵の利かなさは、行く場所を考えればあまりに危なっかしい。


 そうなればマグニスだけが頼りになるのだが、この怪しい遊びにあの人が関わっているなら、自分が望むとおりにあの人が動いてくれるはずがない。何一つマグニスに期待してはいけない。


「頑張ってよね、ユース。私の可愛い後輩を助けると思ってさ」


 依頼者アルミナが、あなたを信頼してお任せします、という眼差しでそう言ってくる。そういう顔を向けられると、普通は嬉しいと感じたり、意気込みを内心抱えたりするのだが。


 何を企んでいるのかわからない人間に信頼されても、言い知れぬ不安に襲われるだけである。何が楽しくてそんな経験を、しかも身内に味わわされねばならぬのかと、ユースはがっくりとうなだれる想いだった。

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