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法騎士シリカと第14小隊  作者: ざくろべぇ
第6章  過去より巣立つ序曲~オーバーチュア~
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第86話  ~隊長ユーステット② 蘇るアマゾネス族の魂~



 目の前にあるのはダニームのアカデミー別館、魔法都市の英知を集結した大図書館。その入り口の前で、立ち入る前にユースはひとつ深呼吸を挟んだ。


「そんなに怖い人なの?」


「怖いっていうか……苦手なんだよな、あの人……」


 これから顔を合わせる人物の顔を思い浮かべ、明らかな難色を示すユース。当の人物の名を聞いたことはあっても、会ったことのないアルミナとしては想像力の駆り立てられる反応だ。


 手続きを済ませて、大図書館の中へと入っていく第14分隊。目指すは"雨雲の賢者"と名高い人物が万年居座っていると言われる、ダニーム大図書館7階だ。


 辿り着けば以前と同じく、末広がりの本棚が並ぶ大空間。気まぐれに歩けば迷宮とさえ思えるような広い広い階層を、先頭のユースが迷い無く歩けるのは、その賢者様が腰をいつも腰を落ち着けている場所を、過去2回の対面から知っているからだ。


 そして、ほどなくして、読書に耽る一人の少女――そうとしか見えないほど小柄な大魔法使いの姿が目に入る。その風体からは想像もつかぬほど、数多くの実績を残してきた偉大な魔法学者は、足音で察したのか、ユース達が近付くと本を閉じてこちらに目線を送ってきた。


「ごきげんよう。待っていたわよ」


「……ご無沙汰しています、賢者エルアーティ様」


 ユースを視界に入れた瞬間、ぶかぶかの紫色のローブで身を包む賢者エルアーティの目が妖しく笑って見える。ユースにとっては3度目の対面となるが、やはりこの人はどうにも得意になれない。


「初めて見る顔が3人、か。名前を聞かせて頂戴」


 エルアーティはユースの後ろの4人を見てそう言った。マグニスは以前、顔を合わせたばかりなので、ここで初顔合わせではない。


「ガンマ=スクエアです。よろしくお願いしますです」


 比較的、元気のない声での自己紹介。初対面だが、なんとなくこの人は馬が合わない気がして、ガンマはいつもほど声を張れなかった。図書館だからおとなしくしている、というわけではない。


「……まあ、今日のところは名前だけでいいわ」


 エルアーティはガンマから目を切ってアルミナに視線を送る。次はあなた、という目だ。


「アルミナ=マイスダートです」


 その名を聞いた、エルアーティの目が細くなる。無表情に始まった顔が、どことなく眼差しの鋭い無表情になった気がして、アルミナの表情が強張る。何か、自己紹介をしくじって気に障ったかと不安になる。


 エルアーティはじいっとアルミナを見つめる。時間にして数秒だが、アルミナにとっては嫌な時間だ。初めて見た雨雲の賢者様は、見るからに10歳にも満たない少女のような風貌だが、その名があまりにも有名である事実から、見た目で人を甘く見るような視点をアルミナは持っていない。だからこの時間は、偉人に妙な目をつけられた気がして肝が縮む。


「あなた、ナルミ=アストマイダーって知ってる?」


 アルミナ、思わずびくり。確かに知ってるけど。毎朝鏡を見るたび会える人だけど。


 引きつった笑いを隠し切れず、気まずそうに目を逸らすアルミナを見て、くすりとエルアーティは笑った。年の功などなくとも、この態度を見れば答えは自ずと見えたものであろう。


「さて、あなたは?」


「……キャル、です。はじめまして」


「ええ、憶えたわ。今日は、あなたにこそ用があったのよ」


 名を聞くや否や、エルアーティははっきりとそう言った。エレム王国第14分隊をこの地に招いた張本人が、この射手の少女こそ待ち人であったという言葉には、ユースも危うく、え、という声を漏らしそうになったものだ。


「アルボルの火、綿の雨。それを作為的に降らせていた人物の名を明かすため、今の私は魔法都市ダニームから協力するよう言われている。あなた、それに関して心当たりはある?」


 フィート教会突入作戦、サーブル遺跡調査。第14小隊が関わった大きな仕事二つは、いずれも街や人里を一日にして壊滅させる綿の雨を、人為的に降らせていた人物を追うための任務だった。フィート教会突入任務からはや1ヶ月以上過ぎた今、いよいよこの事件も大詰めを迎えようとしているのだ。


「……はい」


 エルアーティの言葉を聞き受けたキャルが一瞬見せた、表情を凍らせるような仕草。それでも僅か時間を挟み、意志強き眼差しを目に携えてキャルは二つ返事を見せた。それを受け取ったエルアーティは、手に持っていた書物を机に置き、真っ直ぐにキャルを見据える。


「ご友人には席をはずして貰う?」


「……いいえ、大丈夫です」


 エルアーティの密かな気遣いに、キャルは首を振った。わざわざ人払いをするということは、今からエルアーティがしようとする話は、キャルにとって不都合を生み得る可能性孕んでいるということだ。それでも敢えてキャルがそれを突っぱねるのは、これ以上、広く語ってこなかった過去を隠す形を貫く必要はないと感じていたからだろう。


「真実を追う時の私は容赦しないわよ。それでもいいと言うのね?」


「はい」


 見守るユースやアルミナにとっても、不安を覚える光景だ。少なくとも、明るい話にならないことは見えていて、気弱なキャルがその渦中に晒されるとなれば、はらはらもする。同時に沸いてくる、今まで知らなかったキャルの過去に対する好奇心も、その不安は勝らない。


「よろしい。それじゃあ始めましょうか。そこに座りなさい」


 立ち話を途絶えさせ、近くの席ひとつを指差してエルアーティがキャルを座らせる。自らその椅子をエルアーティの前に持ってきて、正面切って冷徹な目の賢者様と座り合わせるキャルは、まるで人生の大一番を迎えたかのような、決意に満ちた瞳を宿していた。











 サーブル遺跡に放置されていたライフェンの遺体は、思った以上に早く回収されたらしい。当の遺跡での激戦が行われたのは今から3日前になるが、金を求める有志達の行動力というのは思った以上のもので、危険極まりない戦場跡に恐れず足を踏み入れた冒険者達は、見事やってのけたのだ。その遺体を届けてくれた冒険者に証言を求めてみたところ、魔王マーディスの遺産との接触はなかったらしく、そういう意味でも運は良かったのだろう。


 当のライフェンがもの言わぬ屍になったことで、綿の雨を降らせていたであろう親玉から導き出される結論は、迷宮入りとなる懸念もあった。とはいえ、回収した亡骸に宿る残留魔力などと照合し、まだまだ調査は行われていくことだろうし、真実の究明はこれからも前進していくだろう。それに、ライフェンという人類の裏切り者を管轄していた、サルファード家そのものにも、これから様々追及していくことが予想される。


 法騎士ダイアンは、今回の人為的綿の雨騒動の真相を解明するため、帝国に協力する立場である。そこでサルファード家の人間でもあるチータをそばに招き、その一件に対してこれからしばらく積極的に取りかかる見積もりらしい。ダイアンは第14小隊にとっては直属の上司であるし、第14小隊所属の傭兵チータを、人材として借りるぶんには非常に自然な流れが出来ている。


 それに伴い、シリカとクロムとチータを欠いた第14小隊は、5人になる。分隊と呼ばれるのだ。なので騎士階級であるユースに、それを率いる指揮権が発生しても何ら問題ない。陰謀である。


「騎士ユーステットが指揮官を務めるというのは、初めてのことだな」


「試験的に、な部分はありますけどね。まあ一週間だけですし」


 語り合う聖騎士ナトームと法騎士ダイアンは、騎士団の若い芽を育てることには積極的な考え方を持っている。その両者にも微々たる差はあり、しっかり人を選びチャンスを与える相手を厳選するナトームに比べると、ダイアンはやや甘めに、若い者広くに、力を示せる機会を与えたがる傾向がある。


「本来ならば二十歳に達する前の騎士になど、指揮官を担わせたりはしないのだが」


「僕はこういうの好きですよ。部下を率いる、隠れた智将の卵を拾えるかもしれないじゃないですか」


「お前は昔から、腕よりも頭で戦う奴だったからな。しかし、騎士ユーステットはそうか?」


「そう言われると疑問ですけどねぇ。彼は典型的な兵型ですし、軍師になるタイプではないのは見えてるんですが」


「それでもやらせる、か。あまり道楽で部下を駒に使うなよ」


「楽しんでるのは否定しませんが、道楽ってほどまで無責任な思いではやってませんよ?」


 チータを自分の手元に引っ張ってまで、第14小隊を5人の隊にしたのはダイアンだ。ユースが分隊の隊長になるこの状況を作った張本人は、今後を展望して楽しみな目を浮かべている。


「軍師の卵を見つける好機ではないでしょうけど、彼を試す意味ではいいでしょう。今後の彼を見るにあたって、良い判断材料にはなるでしょうね」


「ふむ」


 腕を組んで上目遣いで天井を見上げるナトームも、こうした形で部下を査定する形は嫌いではない。第14小隊はシリカとクロムがよく目立つ隊であり、もう一人の騎士であるユースに対してあまり注目が集まってこなかったことからも、今回のダイアンのはたらきかけは、視点を広げる好機かもしれない。


「法騎士シリカの一番弟子、か。まあ、様子を見ておくとしよう」


「うわ、怖い怖い」


 ナトームは、騎士団内でも有数の、部下の査定に対して厳しい目線の持ち主だと有名だ。そんなナトームが、今回の件でユースに注目すると言っている。ユースが下手を打とうものなら、おそらくナトームは今後ユースを厳しい目線で睨みつけるだろう。場合によっては、使えぬ騎士、の烙印をユースに押すかもしれない。


 本人の知らないところで、えらい人物に目をつけられたものである。さすがにこのことを明るみにすればプレッシャーになるだろうし、このことはユース本人には黙っておこうと、ダイアンはささやかな仏心を抱いていた。そもそもの発端はこの人なのだが。











「あなたは、カルルクスの里の生まれ。間違いないわね?」


「……はい。事実です」


 エルアーティの開口一番の問い、それに対しキャルが首を縦に降ったことは、ユースもアルミナもガンマも顔色を変えたものだ。元よりそれを知っていたマグニスだけは表情を変えなかったが、こんな形でそれが露呈したことに対し、少々面白くない想いは抱いていた。


「かの地が7年前、綿の雨による襲来を受けた時のこと、あなたは思い出せる?」


「……あの頃のことは、よく憶えています」


 カルルクスの里とは、大森林アルボルから離れつつもやや近く、ひとつの大きな湖を中心に作られた湿地帯の集落だった。鏡のように澄んだ水と豊穣の土に恵まれ、木々と緑に包まれたその里は、古来にはエルフ族と呼ばれる民族が住んでいたという。


 魔王マーディスが現れてからというものの、大森林アルボルに魔王マーディスの配下の魔物達が侵入し、自然を荒らすことも多かった。カルルクスの里は大森林アルボルに近しき集落として、魔王マーディスの軍勢によるアルボルへの侵攻を、塞ぎ止める機能も果たしていた。緑を愛するエルフ族にとって、自然を守る精霊バーダントの住む大森林アルボルは、信仰の対象でもあったからだ。


 だが、魔王マーディスの軍勢は強く、エルフ族も抗戦する中で限界を感じていた。魔将軍エルドルと呼ばれた、獄獣や黒騎士と並べて語られる魔物の怪物を相手にしても里を守り続けたエルフ族の奮闘は目覚ましいものだったが、日々犠牲者の数は増えていくばかり。魔導帝国ルオスや、大森林を守る民族への精霊バーダントの協力もあって里は壊滅には至らなかったものの、人と精霊の味方として奮戦するエルフ族の危機には、誰もが心配していた過去がある。


 状況が変わったのは80年ほど前のことだ。アマゾネス族と呼ばれる、狩猟民族がカルルクスの里に踏み入り、協力体制をエルフ族に持ちかけた。外来民族に対してはどんな民族も警戒心を抱きやすいものだが、戦闘力の高さがよく知られていたアマゾネス族の協力はエルフ族にとってもありがたく、ほどなくしてカルルクスの里は、エルフ族とアマゾネス族の共存する地となった。


 アマゾネス族は魔法の扱いに秀でた民族ではなかったが、槍と弓を扱った戦闘能力の高さと、ゲリラ戦における立ち回りの上手さは、エルフ族の戦い方とよく噛み合った。前衛のアマゾネス族、後衛のエルフ族、という構図はほどなくして固まり、魔導帝国ルオスや精霊の加勢もあり、カルルクスの里の防衛線はより強固なものとなった。犠牲無く魔物を退ける頻度も高くなり、長らく不安視されてきたカルルクスの里も、戦乱の時代の中で安定した里へと生まれ変わったのだ。


 10年前、魔王マーディスが討伐されたその日まで、その安定は長く続いていた。魔王マーディス討伐のために里を巣立ち、エレム王国や帝国ルオスと共に出撃に並んだ、勇敢なアマゾネス族もいた。魔王マーディスの討伐を以って、立役者の多くが賞賛されたものであったが、アマゾネス族も例には漏れず、各国から誇り高き民族として讃えられたものである。


 そして、魔王マーディス討伐から僅か3年、綿の雨がカルルクスの里を襲う。アマゾネス族がほぼ根絶されたその事実には、当時各国が衝撃を受け、精霊に対してもよく詰問が行われたものだ。あらゆる方向から疑念と謎が飛び交い、真実は闇の中だったが、あれから7年経った今、ようやく迷宮入りした当時の真実が日の目を見ようとしている。


「当時、カルルクスの里に、エルフ族を自称する人は多かった?」


「……いいえ。あまり多くはありませんでした」


 魔王マーディスの討伐を以って、エルフ族の多くは大森林アルボルに迎え入れられる形で、アルボルに移り住んだという。長年に渡って愛した地を捨てず、アルボルを守るために尽力してくれた民族に対し、精霊バーダントが迎え入れたのだ。大森林の一角に人の住まう集落を拓くということは、少なくとも自然の破壊を伴うことだ。それでも精霊バーダントがそれを自ら申し出たというのは、エルフ族に対する精霊の感謝の気持ちがそれだけ大きかったということなのだろう。


 一方でアマゾネス族にも、その話は振られていたという。しかし、アマゾネス族はエルフ族が守り続けてきたカルルクスの里を、人の住まわぬ地にすることはあまりに惜しいという建前で、その申し出を断っている。長らく移民族だったアマゾネス族が、きっかけはどうあれ安住の地を得られたことからも、新たな里から離れたくなかった、という事情があったとも推察されている。


「つまり当時、カルルクスの里にいたのは殆どがアマゾネス族だったのね?」


「……殆ど、というより、すべてだと思います。エルフ族の大人達は、精霊様に導かれてアルボルに移り住んでいたはずでしたから」


「なるほど。90%以上で考えていたけど、100%だったのね」


 同時に示唆される、キャルもアマゾネス族の少女であった過去。エルアーティはそれを知っていたからこそ彼女をここに呼んだと見えるが、ユース達にとってはそれもまた初耳だ。


「当時、様々な推論が飛び交ったものよ。アマゾネス族を用済みと見た精霊が、カルルクスの里を壊滅に追い込んだとかね。私からすれば、馬鹿な学者が増えたものだと思ったものだけど」


 アマゾネス族は、アルボルの木を親和性の高い物質として獲りにに行くこともあった民族なので、大森林の精霊バーダントにとって疎ましい民族であった可能性は無いでもない。アマゾネス族はエルフ族と違い、大森林アルボルへの信仰心の薄い民族だ。そう推測した学者の観点も、決して大きく的外れではないのだが。


「……精霊様は、綿の雨を降らせたことを否定していたんじゃ?」


 当然、当時も魔導帝国ルオスやエルフ族が、精霊バーダントに対して真実の追及を繰り返したものだ。当時からバーダントは、綿の雨を降らせたのは自分ではないと主張しており、綿の雨を降らせた何者かがいることは示唆していた。当時の結論としては、精霊を信じるか否かで議論が分かれ、精霊を信じる者達は、魔物達が綿の雨を降らせたのだと考える者が多かった。よもや、アマゾネス族という魔王マーディス討伐に深く協力した民族の住まう里を、人の手で滅ぼそうと考える者がいるだなんて、仮に考えても口にする者は少なかったから。


「人間っていうのは、理解できないものを疑うことが好きな生き物だからね。私もいわれのない疑いを、何度かけられたことか」


「あんたが疑われるのは人間性の問題っしょ」


「ふふ、そのとおり。きれのいい突っ込みをどうも」


 偉大な賢者様に無礼千万の口を挟んだマグニスに、勘弁して下さいとばかりにユースが目線を送る。まあ、嘘を口にしたことなど誰も見たことのないエルアーティが、やたらと他者に猜疑心を抱かれることに対し、エルアーティがそれを言う資格はあるが、彼女が猜疑心を抱かれるのはユースにもよくわかる感情だ。どうも底の見えない人間すぎて、胡散臭いのは事実である。


 同時に、精霊バーダントも同じようなものなのだろう。目線も人間と同じものではないし、何よりバーダントには、アマゾネス族を滅ぼす動機、それを隠したがる可能性が、"人間の価値観では"あり過ぎる。人類にとって戦の貢献者として讃えられるアマゾネス族を、精霊が自らの手で消したと露呈すれば、バーダントに対する人類の目は変わってしまうだろう。だからバーダントがカルルクスの里を滅ぼしたことを否定しても、それを信じない人間は少なくなかった。


「賢者様は、精霊様を信じる立場なんすかね?」


「人間の価値観で精霊がアマゾネス族を滅ぼした理由を推察し、精霊を信じない理由に人間離れを軸におく時点でナンセンス」


 それを聞いてキャルも、小さくうなずいたものだ。結論の導き方はどうあれ、自らの里を滅ぼされたキャルですら、その主犯が精霊ではないと感じていたのだろう。エルアーティが精霊の味方であるというのは、キャルにとってもなんだか安心できることだ。


「さて、アマゾネス族の少女。あなたは綿の雨を降らせた"人間"を推察するにあたって、心当たりはあるかしら?」


 そのキャルの表情を見て、エルアーティが切り込んだ。故郷を綿の雨に滅ぼされた少女でさえもが綿の雨を生み出せる精霊を疑わない、まして精霊に対して信仰心の薄いアマゾネス族の少女がだ。そう思い至るにあたって、何か思い当たるふしがあるのだろうと、エルアーティは確信に近い想いをさらに強めている。


「……あります。カルルクスの里を何度も訪れていた魔導士様がいましたから」


「その人物の特徴は? 愛用していた杖や髪型、髭の長さが聞けると最も望ましい」


 一気に食いつきを見せるエルアーティ。質問の内容も、具体的になってきた。


「……杖は持っていなかったです。髪型は黒い長髪を後ろでくくっていました。髭はなくて、きれいに整えられていたように思います」


 もう、7年も前の話なのに。それを今のキャルが思い出せるという時点で、その記憶に何らかの強い意味があると推察できる。


「ふぅん。ちょっと待ってね」


 エルアーティが、懐から手帳を取り出して開く。数秒ぱらぱらとそれをめくり、中に目を通したと思ったら、くすっと笑って手帳を閉じた。


「それは当時30代後半、身長はそこの赤毛の彼(マグニス)と同じぐらいの長身、鼻の頭にいぼがひとつあり、大粒のルビーの指輪を身につけていた?」


「……年齢はわかりませんが、だいたい一致しています」


「まあ、そうでしょうね。彼は実年齢より老けて見える顔立ちだったし」


 思わずキャルも閉口しそうになるほど、エルアーティの口にした人物像が、過去の自分の記憶に残る魔導士に一致する。預言者エルアーティと呼ばれる所以を、ここまでわかりやすい形で目の当たりにする機会も、そう多くはないはずだ。


「カルルクスの里が滅ぼされた前後から、髪を切ったり急に無精髭が目立つようになったルオスの貴族がいたのよねぇ。該当者1名、多分これだわ」


 手帳に記された内容は、当時のエルアーティが書き留めた記憶の数々。それをすぐさま引っ張り出してきた上、あれから7年経った今それを有力な情報として活かせる情報を残していた先見の明は、にわかには人間のそれだと信じられるものではない。名が知れ渡るのも必然の運命だったと言える。


「あなた達は知らないかもしれないけど、一部のルオスの貴族とアマゾネス族の関係は良くなかった。特に、森を信仰することを推奨する緑の教団と、森ではなく自分達を信じるアマゾネス族の会話は長く平行線。彼らにとって、アマゾネス族は金にならない民族だったと思うわ」


「緑の教団とつながってる貴族は多いっすもんね」


「布教に足を運ぶ緑の教団に対し、アマゾネス族は猜疑心すら抱いていたわ。ま、形はどうあれ最終的に利害絡めた話に持っていくのは悪徳教団の手口だし、アマゾネス族の何人かと話をしたことはあったけど、彼女らの方がよく真実を見ていたと思うわよ」


 エルアーティの言葉は滅びかけたアマゾネスの血を今になって肯定するとともに、緑の教団に対する非難を込めたもの。人の悪口を聞くことに難色を示しやすいキャルでさえ、故郷を滅ぼした何者かの正体が見え始めた今、極めて冷静な目で話を聞いている。


「カルルクスが滅んだ前後、ルオスに出入りしたアマゾネス族が増えていたことからも、アマゾネス族もルオスに探りを入れていたんじゃないかしら。それでパンドラの箱を開き、邪魔者として消されたという可能性が見込まれる」


「……きっと、そうです。アマゾネス族の人達は、そうして動いていました」


 キャルが語り始めた。当時、アマゾネス族の大人達が、緑の教団に対してやや糾弾する局面が多かったこと。そしてそれは、同じ里に住む同胞であったエルフ族から、彼らの信仰心を食い物にして利益を生もうとする人間達に対する猜疑心と、盟友に対する義心からのものであったこと。そしてそうした動きの中で、緑の教団の不当な稼ぎに対して証拠が掴めそうになった頃、綿の雨がカルルクスの里に降り注いだこと。当時幼い子供だったキャルにすら、聞こえていたことだ。


 長らく、この歴史は表沙汰には語られてこなかった。当時里を離れており、生き残ることが出来たアマゾネス族も、賢く立ち回ってきたのだ。証拠もないのにそれを騒ぎ立てては、緑の教団という世界各地に散らばる大きな勢力に、厄介者として消される可能性が高まるだけで、追い詰めることも出来ない。アマゾネス族にとって緑の教団とは、疑う対象であったと同時に、確信が持てずに追い詰められなかった相手だった。


「よろしい。恐らく一ヶ月以内に証拠は揃う。各地でおとなしくしていたアマゾネス族の人々も、情勢が変われば堅い口を開いてくれるでしょう。あなたの言ったことが真実であれば、ここから一気に緑の教団の悪人は叩きのめせるわ」


 エルアーティの言葉を受けたキャルの目に、蒼い炎が静かに宿る。それは、故郷を滅ぼした何者かがやがて明らかにされることを近くに控え、亡きアマゾネス族の無念を背負た眼差し。新たな暮らしを経て今に至る今になっても、忘れ得ぬ失った故郷への想いを背負う少女は、己が民族の怨念が肩にのしかかってもそれを厭わない。


 魔物ではなく人間に滅ぼされたアマゾネス族の、復讐の始まり。燻っていたその導火線に火をつけたのは、虫も殺せぬような顔をした一人の少女だった。

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