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法騎士シリカと第14小隊  作者: ざくろべぇ
第6章  過去より巣立つ序曲~オーバーチュア~
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第85話  ~隊長ユーステット① 人生初の指揮官生活~



 騎士団における指揮権は、階級によって分かれる。少騎士は指揮官になる資格を得ず、騎士は分隊まで、上騎士は小隊まで、高騎士は中隊まで、法騎士は大隊まで、という図式だ。


 法騎士シリカは大隊まで率いる指揮権を持ち得るが、騎士であるクロムやユースは、小隊以上の大きな隊を率いる資格を持たない。分隊というのは、5人以下で構成される騎士団の部隊であり、第14小隊は全部で8人なので小隊と定義され、基本的にいつもはシリカがこの指揮官に置かれている。


 現在シリカとクロムが療養中なので、第14小隊は6人。その人数の隊は小隊とみなされるため、今の第14小隊の指揮官にユースがあてがわれることは本来ないはずなのだが、とある人物の画策で、第14小隊の魔導士が当分この小隊を離れている。というわけで、5人で構成される第14小隊は分隊として扱われることになり、騎士階級のユースが隊長を務めても問題ないわけだ。


 まったくどうしてこうなったのやら。予想だにしない形で隊長職を背負うことになってしまったユースは、朝の食卓でも浮かない顔だ。からかわれるのも目に見えているし。


「んで隊長。今日の任務は何だですか?」


「ユースって呼んでくれ頼むから」


 毎日就寝を共にしてきた友人を、隊長と呼べる非日常を楽しんでいるガンマは、敬語混じりでユースに語りかけてくる。敬語の使い方が拙いのは、ふざけているわけではなく元々だ。


「ユースが隊長になったって言っても実感ないわよね。ユースが一番それ感じてるんだろうけど」


 ユースと呼んでくれるだけでも、アルミナの態度はありがたかった。隊長とか呼ばれるとむず痒い。偉大な隊長の数々を見てきた立場として、かの偉人達と同じ呼称で呼ばれると、満更でもない気持ちも抱けやしないというものだ。


「でも形から入っていけば、何か変わるかも?」


「おいやめろ」


 アルミナが言おうとしているのは、要するに隊長と呼ばれ続けてみれば変わるかも、というニュアンス。正直そんなの願い下げのユースとしては、朝食を採る箸を止めてでも抗議させて頂きたい。くすくす笑うアルミナを恨めしく見ると、ごめんごめんと舌を出して返された。


「んで、今日の任務は?」


「……なんでいるんですか」


「何がだよ。俺がいちゃおかしいかよ」


 シリカ不在ということで、朝帰りするほど昨日は遊んできたというのに、なぜ寝もせずにマグニスが元気に食卓に並んでいるのか。しかも、今日の任務は? って、第14小隊一番の遊び人が機嫌よく問うてくる質問ではない。


 素っ気ないユースの態度にも気を悪くせず、にまにまして語りかけてくる先輩を見ているとわかるのだ。ああ、この状況を面白がってるなって。後輩が隊長となったというシチュエーション下、仕事してみたい気分というのもうなずける。


「今日はトネムの都からレットアムの村へ移る商人様の護送ですよ。そこから別の商人様と会って、今度はそちらの商人様をダニームまでお送りするのがお仕事です。翌日は……」


「あ、はい。わかった。もういい」


 興味のあることだけ聞いたら、話を途中でぶった切る。ユースが一時的に隊長になったというシチュエーションをお腹いっぱい楽しんでいる一方、だからと言って快く従ってくれるわけでもないから、先輩部下という奴はめんどくさい。


「朝食採ったらすぐ出発しますんで、用意しておいて下さいね」


「へいへーい」


 形だけでもとりあえずシリカの挙動を真似てみるが、どうにもしっくりこない。命令する立場に立ったことなんてないし、そもそもそんな自分を想像したこともない。ガンマもアルミナもどことなく苦笑面が剥がれないし、キャルですらずーっと、頑張ってねという目線で静かに見つめてくる始末。自他共に隊長なんて柄じゃないと認める現実が、ユースにずっしり乗しかかる。


 短期隊長任務、初日。先行き不安過ぎる。











「ん、シリカ。お前もう歩いて大丈夫なのか?」


「少なくとも、お前ほどひどい傷じゃないよ」


 クロムがその身を休める病室に訪れたシリカ。医者と魔法使いの治療の甲斐あって、ひとまず体が痛みつつも歩ける程度には回復しているらしく、壁に手をかけながらではあるが、近くの個室に休むクロムの元へ来たようだ。もちろん彼女を案じる立場たる騎士団の医療班からすれば、推奨したくない行為のはずであるが。おとなしく寝てろと。


 それでもシリカが、医療班の許可を得て無理にでもここに来たのは、クロムが意識を取り戻したことを聞いて、顔を合わせたいと強く願ったからだ。医療班には相当渋い顔をされたが、法騎士様が頭を下げて頼みこんでくるのであれば、なかなか無碍にもしづらい。戦人はいつの時代も医者泣かせだ。


 両腕を、肌の一部も見えないまでに包帯とギプスで固定されたクロムは、頭をかくのにも苦労するであろう風体だ。衣服の下も恐らく包帯でぐるぐる巻きにされているだろうし、脇腹の辺りに注射針を介して管を刺されたその姿は、まだまだ退院の遠い姿を如実に表わしたもの。


「……すまなかった。お前にばかり、負担をかけてしまう結果になってしまった」


 クロムと顔を合わせればまず第一に言いたかったことを、シリカは真っ先に口にする。獄獣との交戦を彼一人に任せ、結果としてこうも全身を破壊されたクロム。隊長として、一人の人間として、シリカはずっとクロムに対し、申し訳なさでいっぱいだった。


「気にするな。あるべき形に落ち付き、誰も死ななかった。最善だ」


 過程はどうでもいい、終わりよければすべて良し。自身が傷つこうが、死ななければそれは良し。クロムの性格上、予想に難くなかった反応は、シリカの胸に優しくも突き刺さるものだ。


「自分でわかってるだろ、身の丈以上のものを常に求められてることは。こうした不運に巡り合い、必然的に上手くいかないこともある。気にしていたらキリがねえぞ」


 クロムはシリカの事情をよく知っている。彼女がその年に似合わず法騎士という立場に立った過程も、もっと言えばそんなシリカに対して、聖騎士ナトームがなぜこうも厳しくあたるのかも概ね読み取っている。人の相談役を買うことの多い性分のクロムは、大商人の父を持つ性か、情報の確保とそれによる各方面の事情の汲み取りにはよく通じたものだ。


「……気にするよ。一歩間違えば、お前やみんなが死んでいてもおかしくなかったんだ」


 クロムが横たわるベッドの横、小さな椅子に座ってうつむくシリカ。仲間達の生還はシリカにとって最高の朗報ではあったものの、星が違えば何百回後悔しても足りぬ最悪が起こり得たのも事実。獄獣の掌が、アルミナを叩き潰すかと思ったあの時の光景は、今思い返しても背筋が凍る。


 ひとえにそれを自分の力不足であると思うには、獄獣というのは相手が悪すぎた。それ自体は、クロムが諭すまでもなくシリカもわかっているであろうことだ。その理念を以ってして、自責する今のシリカを違うと咎めるのは簡単なこと。敢えてクロムがそうしないのは、クロムも一人の戦う男として、今のシリカの気持ちがわからぬでもないからだ。


 理屈はわかっていても、自分がどうにか出来る力があの時あれば、という痛みに胸が焦げ付くのもまた自然なこと。他者の命を背負う騎士というのは、そういうものだ。


「後悔は何も生み出さねえとはよく言うが、それもまた人次第だしな。悔いてお前の糧になるのなら、それはそれで前進ではあると思う」


 決して皮肉ではない言葉。数年間、友人としてシリカをずっとそばで見てきたクロムは、数多くの失敗を繰り返してきたシリカがその都度苦しみ、後悔し、塞ぎ込みかけた姿も見てきた。やがてその失敗の数々から学び、今を強き法騎士として生きるシリカを見てきたクロムは、これが彼女の生き方であり、そこから立ち上がるシリカを信用できる視点を持っている。


 先人の金言を鵜呑みにして、人に生き方を強いる説き方をクロムは潔しとしない。シリカにとっても誰にとっても、自分の胸を否定せずに付き合ってくれる友人は、そばにいてくれると安心する。


「動けるようになってから、今後どうすりゃいいかを考えていけばいいさ。退院までの時間があれば、その答えを見つけられるお前だって俺は思ってるからよ」


 うなだれるシリカの頭に、その手を伸ばして撫でようとするクロム。ギプスに包まれた手は硬く、体温を感じさせないゆえにクロムの痛々しい体を体現するものだ。それが不思議と、彼の柔らかい声も手伝ってか、その手を通じてクロムの想いがシリカの胸まで流れ込んでくる。


 シリカはその手を両手で握り、自分の胸の前にそっと下げる。そんな体で無理をしてくれるな、という行動に、クロムも小さく笑ってうなずいたものだ。


「……よく、考えてみるよ。今まで、考えきれなかったことも含めてな」


「丁度いいだろ。自分探しをするには、いい休暇代わりだ」


 比較的動けるシリカの方が元気のない笑みを返し、重症者のクロムが快活な笑顔を見せる光景。ひとえにシリカが立ち直れたわけでもあるまいが、表向きだけでもこんな顔を見せてくれるようにはなっただけでも、クロムとしては満足だった。先ほどまでの、光のない瞳よりはずっと良い。


「んでさ、シリカ。悪ぃんだが、俺の懐から煙草取ってくれねえか」


「お前は何を言ってるんだ」


「いやマジで限界なんだよ。医者どもは一服もさせてくれねえし、恋しくて仕方ねえ」


 当たり前だと小一時間説教してやりたい。どこの医者がこの重症患者に煙草を許すのかと。医者の言うことなんか無視して一服吹かせそうな性分のクロムだが、両手がギプスで塞がっているためそれも出来ないのが丁度いいのだろう。


「な、頼むよシリカ。マジで一回か二回吸わせてくれるだけでいいから」


「あのな……もう、まったく……」


 シリカはよろりと立ち上がり、この部屋の入口である扉を開け、廊下をきょろきょろと見渡す。誰も近くにいないことを確かめると、音を立てないようにゆっくりと閉める。その後この部屋の窓を開け、煙を吐き出す先を作っておく。


 クロムの懐に手を突っ込んで煙草を取り出し、腰元に携帯した灰皿をシリカが手に取る。日々の仕草から、クロムが愛用品をどの辺りに収めているかは聞かなくてもわかる。その携帯灰皿の横に火をつける器具がひっついていることも。


「一本だけ……いや、ふた吸いだけだぞ」


「おー、助かる。至れり尽くせりだな」


 いい年して子供のように喜ぶクロムの口元に煙草をくわえさせ、手の塞がった当人の代わりに火をつけてやるシリカ。こんなことを重症者に許している姿を誰かに見つかれば、シリカこそ大目玉を食らう立場なので、火をつけながらも意識がつい後方に向いている。結構な冒険である。


 火のつけられた煙草から勢いよく煙を吸い込んだクロムが小さくうなずくと、シリカが煙草を口から離してやる。肺の奥までそれを吸ったクロムは、首を回して窓の方を向くと、吸い込んだものを一気に吐き出した。


「たまらんわ~、このクラクラ感。数日我慢してただけでこの充足感か」


「なあ、早く次の一回を済ませろ。誰か来たら冗談じゃ済まない」


「まだ待てもうちょっと待て。もう少し堪能させろ」


 早く吸って貰って火を消したいシリカ、今の余韻を楽しみたいクロム。手のかかる年上だ。


 クロムがもう一度シリカに顔を向けたので、意図を読み取ったシリカがもう一回口元に煙草を持っていってやる。クロムは先程以上に煙草の尻から煙を吸い込んで、悦に入った表情。ゆっくりとうなずくクロムを見て、素早くクロムの口元から煙草を取り去ったシリカは、灰皿にぐりぐりと煙草を押し付け、火を消す。


 煙をなかなか吐き出さないクロムをよそに、煙草の入った箱と灰皿を元の位置にそそくさと戻し、証拠隠滅するシリカ。その後煙を吐き出したクロムの表情といったら、人の気苦労も知らないで何をハッピー顔晒しているのかと。


「あ~、マジ助かった。ありがとよ」


「頼むから秘密だぞ……周りに知られたら、どんなお叱りを受けるかわからん」


 そういうリスクを経てでも、身内には甘い側面を見せてしまう辺り、今より若い頃からシリカは変わっていない。シリカの至らぬ点を支えるために彼女のそばにいる自分の在り方は自覚しているが、同時にそういう彼女に甘えを見せる自分にも、クロムは自覚がある。結局のところ、持ちつ持たれつでここまでやってきたからこそ、互いに敬意を忘れた日が今まで一度もないのだろう。きっとそれは、同じ時を過ごしてきたマグニスも同じだと、クロムには確信して言えることだ。


「よし、逃げろシリカ。ヤニの匂いが新しい今、誰か来たらバレるぞ」


「そうだな。退散するよ」


 含み笑いを交換し合って、シリカが去っていく。部屋を出る前、心配していたよりも元気な姿を見せてくれたクロムに対し、安心したような笑顔を見せてくれたシリカ。それを見て、クロムも満足したものだ。


 日々のささやかな時間でさえ、笑顔を見せられなくなったらおしまいだ。部屋に入ってきた時より、随分いい顔で笑ってみせてくれたシリカの表情こそ、今のクロムにとっては煙草よりも胸を満たす嗜好品だった。











「――それでは、私はここで。ありがとうございました」


 ユース達に頭を下げて、夜の街へと商人が去っていく。レットアムの村から魔法都市ダニームへ渡るため、騎士団に護送を依頼した商人を守る役目を終え、ユースははぁと深い溜め息をつく。


「……ユース、大丈夫?」


「疲れたみたいだな。お前は、戦ってるぐらいの方が性に合ってるようだし」


 心配そうに声をかけてくれるキャルと、頭をくしゃくしゃ撫でながら笑いかけてくるマグニス。力なくその手を払いのけるユースは、もはやマグニスに言い抗う気力もないと言った態度だ。


 別に難しいことはしていない。トネムの都で一人目の商人様と対面し、その商人様をレットアムの村まで送り届けた後、そのレットアムの村で待ち合わせていた別の商人様を、ここ魔法都市ダニームまで護送してきただけだ。レットアムからダニームまでの道中、ちょっと魔物と遭遇しかけたことはあったものの、ユース達が武器を構えれば魔物はそそくさと退散してくれたものだ。弱い魔物が喧嘩を売りたくなくなる程度には、第14小隊の少年少女達も、甘く見れぬ気質を纏えてきているという証拠でもあるのだろう。野盗との遭遇もなかったし、戦闘は一切行われていない。


 問題は、商人様とのご挨拶、粗相なき対応。もっと言えば、預かっているこの第14小隊に妙な印象を持たれないためにも、ともかくしくじれないという想い。まあユースの場合、騎士団で目上の人と話す経験には事欠いていないし、普通にしているだけで当たり障りのない対応には出来るのだが、自分の立場が変わるとやはり神経を遣う。平の騎士から急に隊長なんて立場になって、いつもと変わらず振る舞えるのなら、それこそ大物だ。


 商人様と顔を合わせるたび、自分が責任者の隊長ですと名乗る時の緊張感、これじゃない感は半端ではなかった。商人様というのはその腕一本で世間を渡り合ってきただけあって、ユースから見れば、どれもこれも貫録のある大人に見えて仕方がない。そんな人の旅の運命を守る騎士団の代表として名乗る際、相手と自分を見比べると、自分で思うのもあれだが頼もしさが逆なのだ。向こうが、こんな若造が護衛で大丈夫か、なんて思っていてもおかしくない気がして、気後れする。商人様は、失敬になり得るような態度を絶対に人前に見せまいと努めるはずだと知っているから、余計に裏を読んでしまう。


 旅路の中でも、商人様が退屈しないように、色々な話題を振ったものである。商人様の故郷の話をこちらから聞いたり、売り物をどのように銘打ってさばくのか尋ねたり、かといって商売の秘密までは探ったりはしませんよ、と冗談を交えたり。不安がつきものの旅路、商人様の不安を忘れさせるために様々な話を振るのは、シリカもよくやっていたことだ。


 口の達者なマグニス、お喋りなアルミナやガンマにも助けられ、会話を弾ませて。一方、仕事を疎かにし過ぎてもいけないと周りに注意を配りながら――特に商人様に、この護衛者はちゃんと周りを見てくれているのだろうか、なんて思われたりしないように、そうした仕草は意図的に見せるようにして。アルミナやガンマが商人様と話の軸を作り上げた頃には、ユースはキャルと一緒に用心深く、平原を見渡すことに集中していたものだ。この時間帯が一番ラクだった。


 トネムの都とレットアムの村での間で、これが一連。レットアムの村からここダニームまでの間で、これがもう一連。朝から丸一日、こんなに神経を使いっぱなしだったのは久々だ。商人様が終始安心して旅を終えられたならいいけど……と、見えぬ結果に対して今も祈る心地である。


「なんつーか、そこまでしなくてもいいと思うんだがなぁ。お前はシリカとは違うんだから」


 シリカは仕事に対して生真面目だが、それがほぼ自然体で出るほどには生き方が完成されている。あの生き様を、シリカでない人間がそのまま模倣しようと努めると、神経がすり減るのは当然だ。マグニスの指摘の裏にあるのは、そうした部分である。


「商人様、私から見ても満足してくれてたと思うよ? あんまり考え過ぎないでいいんじゃないかな」


「実際、何か問題あったわけでもないんだしさ。大丈夫じゃねえの?」


 まあ、ユースも考え過ぎなのは自覚しているので、あまりマイナス思考に陥らないようにはする。アルミナやガンマが言ってくれるとおり、大きな失敗もなさそうだったし、ひとまずは一件落着で今夜は宿を見つけ、腰を落ち着けたいところだ。


「いい宿なら俺が紹介してやるから、今日はとっとと休もうぜ。安くて快適な場所ならいくらでも知ってるから」


 遊び人マグニスの土地勘は本当に頼もしい。さすがエレム王国に身を落ち着ける前は様々な地で遊び歩いていたというだけあり、どこに行っても大概すぐに宿やらいい店やらを見つけてくる。これはシリカですら、頼りになると明言しているマグニスの一面だ。


 マグニスを先頭に、月も高くなったダニームの街を歩く第14小隊、もとい分隊。宿に入る前にどこかで夕食を済ませて、それから身を休めるという流れは、既に全員が共有する路線だ。


 そうして適度に腹を膨らませ、宿に落ち着いた途端、ユースはベッドにばさりと崩れ落ちる。疲れた時の布団というのはどうしてこう、一気に眠気を駆り立ててくれるものなのだろうか。まだ風呂にも入っていないというのに、寝落ちしてしまいそうだ。


「んじゃユース、俺遊びに行ってくるから。朝には帰るんで」


「好きにして下さい……問題は起こさないで下さいよ……」


 なるほどマグニス、どおりで宿への案内が迅速だと思ったら、要するにユースやガンマ、アルミナやキャルをとっとと宿に押し込んで、自分が自由に遊べる時間が欲しかったわけだ。体の疲れとは無関係に、あの自由人を見てると、強く注意する気力も無くなるというものである。


 非番の時にもマグニスを戒めようとするシリカの気持ちがなんとなく察せる。マグニスが問題を起こしたら、責任を取って叱られるのは自分なのだもの。ユース達の前で騒動を起こしたことはないマグニスだが、彼と付き合いの長いシリカはもっと色々見てきてるだろうし、神経質になる気持ちもなんだかわからんでもない気がしてきた。


「俺、アルミナ達の後に風呂入ろうと思ってたけど、ユースが先に入るか? 早く寝たいだろ」


「いや、いい。先に入っておいてくれ。ガンマが風呂入ってる間に、帰ったら報告書に書くことを、メモっておくからさ」


 王都に帰れば、任務報告書を書いて騎士団に提出するのも隊長の仕事。本当ならば白紙の報告書をここまで持って来たかったユースだったが、ちょっとわけあって持って来づらかったため、仕方無く宿に置かれているメモ帳に、今日の出来事を書き記しておく。下書きなので、出来は日記程度でいい。


 ガンマなりに気を遣ってくれているのか、ユースの言葉を聞いて、ガンマは部屋から出て行った。一人になったユースは、部屋の机に向き合い、今日の出来事を書き留め始める。日記ではないけれど、こうした文章をまとめる時は、そばに誰もいない方がやりやすい。視線を感じると不思議と筆が鈍る。


 そうしてしばらく経った後、ガンマが風呂から上がってきた頃にはユースもメモを作り上げ、浴室にふらりと歩いていく。その後部屋に戻ってきた風呂上がりのユースに、旅先での夜話が好きなガンマが語りかけるのだが、基本愛想のいいユースも、この日は勘弁してと謝ってベッドに寝そべった。疲れた体と頭を風呂場でふやかして、ひんやりした柔らかいシーツに身を預けるコンボ。これは即寝れる。


 温かくなってきた春先とはいえ、まだ夜は冷える季節である。布団もかぶらず枕に顔をうずめて寝息を立て始めたユースに、ガンマが微笑ましく布団をかけてやるのだった。

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