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法騎士シリカと第14小隊  作者: ざくろべぇ
第5章  未来を求める変奏曲~ヴァリエーション~
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第76話  ~サーブル遺跡③ 現れた最大の脅威~



 魔法戦士ジャービルが率いる部隊は、他の部隊に比べて進軍が遅い。他の部隊も、下の階層に進むに連れて、現れる魔物の強敵に足を止める頻度も高くなっているため追いつきつつはあるが、はじめ地上階層の探索に時間をかけたぶん、この部隊は今ようやく、地下10階層に辿り着いたばかりだ。


「敵が多すぎるな……! 氷晶散舞(ダイヤモンドダスト)!」


 群がりつつある敵の数々に向けて、氷の弾丸を無数に放つ魔法を展開するジャービル。広げた人の手ほどの大きく尖った氷塊であるそれらは、天井近くを飛び交うヴァルチャーの胸部や翼を撃ち抜き、自らに差し迫ろうとしていたグリズリーの脳天を貫き、遠目から自らを狙っていたヘルハウンドの鼻先に突き刺さる。一瞬にして数匹の魔物に深手を負わせたジャービルは、自らの真上から飛びかかるヴァイパーをその手に握るレイピアで的確に突き刺し、すぐさまそれを振るって亡骸を打ち捨てる。


 未熟な部下も多く、上官達にとっては懸念もつきものの戦場。それでも猛者の集うジャービル率いる部隊の進軍は、今のところ危険を多く孕んだものであったと言えるものではなかった。


四陣風激(テトラストーム)……!」


 そんな認識を打ち破る、魔法による一撃。ある方向から、3人ほど固まった位置にあった騎士達を撃ち抜く、4筋の風の砲撃のような一撃。完全に不意を突かれた彼らは、その圧倒的なパワーを持つ風に身を打ち抜かれ、石壁まで飛ばされて叩きつけられる。


 騎士の一人がその方向を睨みつけた先にいた、ひとつの人影。遠方からこちらを見据え、狙った騎士が深手を負ったことを確かめると、その人影は踵を返して一目散に逃げていく。


「ライフェンだ! 追え!」


 ライフェンを見据えた高騎士の判断は早かった。周囲に立つ少騎士や騎士に向け、速やかな指令を下すと、怨敵を逃すまいとその足を全力で駆けさせる。タムサートやジャービル達もその声を聞き、彼の背中を追う形となるが、次の瞬間ジャービルの肌まで伝わる強烈な悪い予感が、彼の駆け足を鈍らせた。


「待て! 止ま……」


 ジャービルがそう言いかけた次の瞬間、ライフェンを追っていた高騎士の首が、突然その肉体から離れて宙を舞った。誰もがその光景に度肝を抜かれ、足を止める中、一瞬で魔力を練り上げたジャービルがその口を走らせる。


「そこか……! 石槍咬牙(ブラウンバイス)!」


 高騎士の首が刎ねられた場所よりも少し先。一本の柱の上部に、ジャービルの魔力が生み出した何本もの石の牙が乱立する。天井、柱から何本も突き出た石の牙はその一角を隙間なく埋め立てるが、そこからふわりと身を逃がし、空中にその姿を現した魔物が一匹。


 天井近くの柱の陰に身を隠せるほど、小さな体。それを目の前にした騎士や帝国兵の数々は、小柄な悪魔インプかグレムリン程度の弱い魔物を想像したものだ。しかしその本質を知る帝国の上層兵や法騎士タムサート、歴戦の魔法戦士ジャービルがその姿を見て感じたのは、犠牲なくこの戦場を切り抜けることは不可能である覚悟を決めざるを得ない、悪寒に近い想い。


「アーヴェル……! やはり貴様もここにいたか……!」


「ニャハハハ! ジャービルがこっちに釣れたならいい相性ニャ!」


 百獣皇という二つ名とはあまりにも小さな、コウモリのような羽をはためかせて宙に滞空するその存在は、猫顔をけらけらと無邪気な笑顔に歪めて声を放つ。幼い子供のような高い声が騎士達の耳に届く中、初めてその姿を見る若き戦士達の多くは、これが獄獣や黒騎士に並んで恐れられる怪物の一角であるとは、にわかには信じられなかったものだ。


「とはいえ、土産首は一つじゃ物足りんニャ」


「侮るなお前達! 奴は……」


 その手に握った、鈴つきの錫杖をアーヴェルが振るう。ジャービルが前方に立つ騎士や帝国兵に警告の声を届けるより早く、ほんの数秒前までこの戦場で果敢に戦っていた人間達の首が、一瞬で刎ね飛ばされた。それも、4人も同時にだ。


「この姿はホントにお得だニャ。アホがすぐに油断してくれるからニャ」


火球魔法(ファイアーボール)……!」


 含み笑いを浮かべるアーヴェルに、怒りの火球を放つジャービル。掌から放つ散弾銃のような火球の数々をアーヴェルはひらひらと回避し、その逃れた先にタムサートが矢を放つが、その攻撃を錫杖であっさりとはじき返すアーヴェル。その得意顔が語るのは、小さな魔獣の余裕の表れ。


 騎士達、帝国兵の心中にも、もはやアーヴェルが侮るべき対象であるという認識はなくなっただろう。同胞5人を殺されて、なおも見た目に騙されて敵を甘く見るようなら、それはもはや戦人に向いた頭をしていない。そして、その正しい判断に今さら追いついても手遅れの者もいる。


 詠唱もなくアーヴェルが魔力を解放した瞬間、一人の騎士の足元から隆起する石槍。それによって天井近くまで吹き飛ばされた上騎士が、直後アーヴェルの放った真空の刃によって、その胴体を真っ二つにされる。二つに分かれて地面に落ちてくる上官の亡骸を見た騎士達の心中を襲うのは、恐怖の感情に他ならない。


「全軍、ライフェンを追え! こいつは私が相手をする!!」


 アーヴェルに接近したジャービルは、跳躍してその身を貫くべくレイピアを突き出す。それ自体は難なく回避するアーヴェルだが、同時にレイピアを振るったジャービルの一撃が、横に身を逃したアーヴェルに差し迫る。


 アーヴェルは位置を下げ、その攻撃もかいくぐると、空中にあるジャービル目がけて火球を放つ。身をひねり、魔力を纏ったレイピアでそれをはじき飛ばしたジャービルに、アーヴェルの第2撃が飛んでこないのは、自らに向けてタムサートが放った矢を、その錫杖でアーヴェルがはじき返したからだ。


氷晶散舞(ダイヤモンドダスト)!」


 地上を駆け、ライフェンが逃げた方向に向けて駆けていく人間達を、アーヴェルがその目で追う。背中から彼らを狙撃してやろうという悪意を覗かせるその表情めがけ、空中から氷の槍を無数に放つジャービル。舌打ちしてそれらを回避するアーヴェルだが、その目が光った次の瞬間、錫杖の先から放たれた風の刃が、一人の帝国兵の背後から首めがけて飛来する。


 ライフェンを追う部隊の最後尾を駆けていた帝国兵の一人がそれを察知し、自分よりも少し前を走る同胞に迫る風の刃を、自らの魔力で作り上げた魔法障壁ではじき返す。不意打ちを逃したアーヴェルはつまらなそうな顔を浮かべるものの、地上にいるジャービルに目を向け直し、ひとまず空中の一点にとどまって人間を見下す。


「まージャービルの足止めが出来るなら、それはそれでよしニャ」


「行くぞ、百獣皇アーヴェル……!」


 再び地を蹴る熟年の勇者に、魔王マーディスの遺産は錫杖を構えて向き合った。











 この強敵を相手取るにあたって、部下の力は必要なかった。むしろこの状況での部下など、足手まといか守るべき対象にしかならないため、自らが率いてきた騎士や帝国兵は、交戦前にすべて撤退させている。そうした決断を迷い無く出来るほどには、目の前の怪物の強さと速さは圧倒的なものだった。


 ベルセリウスの騎士剣が、敵対する魔物の拳とぶつかり合う。巨大な体躯、太い腕、蓑のような衣服に身を包んだ、怪馬の如き仮面を纏うその魔物は、ダイヤモンドのように頑丈な素拳でベルセリウスの騎士剣と渡り合っている。風貌といいこの戦い方といい、かつて一度戦った恐るべき魔物との再会に、勇騎士たるベルセリウスも全身全霊を注いで迎え討つ。


 巨木のような太い脚がベルセリウスの側頭部を蹴り飛ばすべく、竜巻のような勢いで回し蹴りを放つ。すんでのところで頭を下げて回避すると同時に、ベルセリウスがその剣で狙うのは敵の軸足、その大腿部。それをあらかじめ見切っていたかのように、回し蹴りのさなかでありながら軸足で跳ね、天井近くまで跳躍した怪物は、ベルセリウスの剣を回避してみせる。


 天井にその拳を突き刺し、強引に天井にぶら下がる形を作るその怪物。規格外の怪力を以って、軽業師のような芸当を強引に叶える姿にも怯むことなく、迷わず地面を蹴ってその魔物に直進するベルセリウス。迎え討つその魔物は、ベルセリウスが自らの射程距離に入ったその瞬間、長く太い脚でベルセリウスを蹴飛ばして迎撃しようとする。同時に、天井に突き刺していた拳を引き抜きながら。


 敵の脚を恐れず、それに騎士剣を振り抜いて応じるベルセリウス。脚を曲げたその魔物の膝を包むプロテクターと騎士剣がぶつかり、空中で魔物とベルセリウスの体躯が力を与え合い、双方はじかれる形で軌道を曲げて、落ちていく。両者がほぼ同時、当たり前のように空中姿勢を整えて着地した次の瞬間には、ベルセリウスが即座に前進し、魔物に向かって騎士剣を振るう。


 魔物の構えた両拳に、ベルセリウスの全身全霊の騎士剣の一振りが衝突する。空気の波が走るかと思うような衝撃と、剣を握る手に伝わる凄まじい振動は、ベルセリウスほどの手練でなければ確実にその剣を落としていたものだろう。


 覇気に満ちた眼差しで、ベルセリウスが敵の顔を間近に睨みつける。仮面の奥に隠れた魔物の表情は読み取れないが、殺気だけでも感じられれば、拳と騎士剣を介して二人の強者が魂をぶつけ合う。


「アジダハーカ……なぜ貴様がここに……!」


「なぜ、だと……?」


 ベルセリウスに名を呼ばれたアジダハーカの声は、まるで敵を嘲笑するようなトーンだった。同時に拳を突き返し、ベルセリウスの剣を押し返すと、少し下がったベルセリウスと同じく、自らも数歩退く。


「俺の顔を見て、この遺跡の将たる者が何者か、想像がつかないか?」


「っ……!」


 ベルセリウスの胸中を貫く焦燥感。勇騎士は地を蹴って、アジダハーカに接近し、その剣による連続攻撃を放つ。アジダハーカも、鋼より硬い拳でそれらを捌き、応戦する。


 早計な猛攻だと言われようが、決してその手を止められない。ベルセリウスの想定した、最悪の事態が脳裏をよぎる。そしてそれが現実なら――いや、それがほぼ間違いなく現実だからこそ、今ここで一刻も早く目の前の魔物を討ち、部下達を守るために全力を費やさねばならない。一刻でも、まさしく一刻でも早くだ。


 アジダハーカの狙いはわかっている。突入した騎士団の中でも、指揮官格にあたるベルセリウスをここで足止めすること。アジダハーカ自身も、周囲の魔物達など比べものにならないような、卓越した戦闘能力を持つ化け物なのだ。放置すれば、アジダハーカが年若い騎士を根絶にかかるだろう。ベルセリウスはアジダハーカとの交戦を打ち切れない。これの相手が出来るのは、同じ勇騎士であるハンフリーかルオスの指揮官ジャービル、あるいは聖騎士グラファスぐらいしかいない。


 乾坤一擲の想いで剣を振るう勇騎士の攻撃が、アジダハーカの全力を引き出す。アジダハーカとて余裕のある戦いではない。だが、勇猛たるベルセリウスの攻撃と、背負った使命に懸けるアジダハーカの守備力は拮抗し、両者をこの場に差し止める。そして敵の足止めに徹するアジダハーカの戦い方は極めて保守的で、実力で勝り得るベルセリウスも攻めあぐねる形。


 膠着状態。それはベルセリウスにとっての敗北であり、命ある限りアジダハーカにとっての勝利だ。











 シリカが繰り出す騎士剣の連続攻撃を、その手甲ではじき返し続けるグラシャラボラス。3発はじいたところで、その太い右脚が繰り出す一撃が、後ろに跳ね退いたシリカの眼前で空を切る。


 片足立ちになったグラシャラボラスに、隙を見て追撃しようものなら返り討ちだ。なぜならその体勢のまま、グラシャラボラスは右手に握る分銅をシリカに向けて投げつけてきたからだ。そうした予感を肌で感じ取っていたシリカは冷静に頭を下げてそれを回避し、敵の左足首を狙ってその騎士剣を横に薙ぐ。


 跳躍してそれを回避したグラシャラボラスは、左手に握る方の分銅を、別角度から自らに迫るクロムに対して投げつける。槍先でそれをはじき返したクロムだが、すぐさまそれを引き戻す魔物の手の動きによって、分銅はシリカやクロムより早く、持ち主の手元に握られる。


 ほぼ同時、着地したグラシャラボラスを射程範囲内に収めたシリカとクロムが、その武器で以って敵を突き崩しにかかる。クロムのひと突きを首を傾けて回避し、腰元目がけて振るわれるシリカの騎士剣の薙ぎを手甲で防ぐと、グラシャラボラスは自らの体に巻き付けている鎖をたわませ、その肉体を素早く一回転させる。


 肌に密着していた鎖の一部が長い余りを経て、持ち主の回転に合わせまるで鞭のように周囲をなぎ払う。すんでのところで首を狙うその一撃をしゃがんでかわしたシリカだったが、直後彼女目がけて振り下ろされる、グラシャラボラスの拳の一撃。鎖の一閃を退いてかわしたクロムが、横からその槍を素早く伸ばし、シリカに向かって直進するグラシャラボラスの、手甲を纏った拳を突いて軌道を曲げる。


 顔を上げた瞬間にその光景を見たシリカは、クロムと同じ方向からグラシャラボラスの手甲に騎士剣を叩きつけ、その軌道を変える動きを決定的にする。シリカの左横の地面を深く砕いた魔物の拳の一撃は、人間の肉体など粉々にするであろう威力を、容易に想像させてくる。


 一瞬の余談も許さず、その拳を振り上げて下からシリカを突き上げようとするグラシャラボラスの反応速度は、遠方で手出しも出来ないアルミナにとっては目で追うのが遅れるばかりの動きだ。間近でそれと向き合うシリカが、すぐさま跳び退いて回避した姿もまた、白兵戦のエキスパート達の駆け引きを如実に表す光景。


 脇腹を切り裂くべく放たれるクロムの槍先の斬撃を、左の手甲ではじき返すグラシャラボラス。さらにはクロムとの距離を詰め、竜巻のような回し蹴りを放ってくるが、クロムは敢えてその跳躍によって回避する。着地を狙われることを厭わずにその行動をとったクロムの真意は、グラシャラボラスにとっての敵が、地上と上空の二ヶ所に割れることを狙いとしたものだ。


 シリカの騎士剣による突きがグラシャラボラスの後方から差し迫る。回し蹴りの動きに合わせ、騎士剣が自らに届く直前にシリカと向き合ったグラシャラボラスは、その突きを勢いよく手甲でかち上げた。敵の剣を落とさせることも視野に入れ、手放さぬならば敵の体勢が上ずる、どう転んでも戦況を有利に動かすはずの一手。


 騎士剣を叩き上げられたシリカがとった行動は、その衝撃に合わせて跳躍し、空中に身を逃す動き。体勢を崩されたままグラシャラボラスのそばに立つよりは、次の攻撃に移れずともこうして身を逃すしかない。そんなシリカの後ろ姿に向け、分銅を放ってくるグラシャラボラスの動きを、はじめから予感できていたとしてもだ。


 背後から迫る凶弾を後ろ目で視認したシリカが、なんとか空中で身を翻して分銅を剣ではじき返した次の瞬間、グラシャラボラスの上空から槍を振るって迫るクロム。頭を真っ二つにすべく振るったその槍先を、グラシャラボラスが手甲で横殴りにはじき飛ばし、クロムの空中姿勢が崩れる。


 着地まで一秒も無いその時間の間に、受けた力も加味して足を下に向け、正しい形で着地するクロムの身のこなしが、グラシャラボラスの計算を狂わせた。自らの背後近くに背中合わせで降り立つクロムが、振り返りもせずにその槍先を自らの脇をくぐらせ、魔物の背中を深く貫いたのが直後の出来事だ。


 激烈な痛みに怯みかけたグラシャラボラスの前方から、着地した瞬間に踏み出して接近するシリカの姿が、失われかけた魔物の集中力を取り戻す。膝先を狙ったその騎士剣の突きを手甲で払い返そうとするグラシャラボラスだが、その動きはシリカのフェイントだ。膝元への攻撃に右手で対応しようとした敵の体勢が低くなったその瞬間、勢いよく跳躍して魔物の眼前を通過し、通りがけにその顔面を騎士剣でばっさりと切り裂いていく。グラシャラボラスの遙か後方に向けて着地に向かうシリカの後ろ、その背中から槍を引き抜いたクロムが、自らの体を回転させた勢いに合わせ、その槍で敵の脇腹を深く打ちのめす。


 背中、顔面、脇腹に続けざまに強烈な攻撃を受けてなお、絶命しないグラシャラボラスは、敵の動きを見逃すまいと素早く振り返った。それは間違いなく、戦いをやめぬ戦人としては正しい行動であっただろう。振り返った次の瞬間、その動きを読んでいたクロムの槍が、魔物の額を勢いよく貫いたことで、グラシャラボラスが次に想定していた攻撃への未来が一瞬で遮断される。


 大きな槍先のすべてがグラシャラボラスの頭蓋奥まで届くほど、深く魔物の頭部を貫き、その体が大きくのけ反って眼球がぐるりと上ずる。その槍を引き抜いたクロムの力に引っ張られ、直後前に倒れるグラシャラボラスの倒壊を、クロムが後方に跳び退いて回避する。うつぶせに倒れ、痙攣するグラシャラボラスが完全に絶命するのも、時間の問題だろう。


 食い入るようにシリカ達の戦いを見守っていたユース達に、先に進むぞと言わんばかりにシリカが部屋の先を指差す。小さくうなずきシリカへ近付く方向に走り出したマグニス、それに続く少年達、そんな周りの姿を見て、完全にシリカ達の戦いぶりに見入っていたアルミナとキャルが、遅れて彼らに続く形で駆けだした。


 しかし。


「待て! 止まれお前達!!」


 シリカ含む全員の足を止めようと声を張ったのはクロムだ。その声が響く一瞬前に、この部屋を出て次の空間に向かうための出口へ走りだそうとしていたシリカは、既に足を止めている。マグニスも同様だ。体重を前に預けようとしていた少年少女達だけが、思わぬ形でブレーキを強いられる。


 シリカが一歩、後ろに退がった。それは後方の道を塞がれているはずのこのシチュエーション下、撤退を意味しない後退の行動。シリカが見据えているのは、目の前にあるこの部屋の出口であり、その先にある何かを警戒した仕草だと取れる。


「……シリカ」


「誰も私の前に立つんじゃないぞ……! 絶対にだ……!」


 少し離れた位置にいるクロムの言うことにも耳を貸さぬような態度で、騎士剣を構えて正面を見据えるシリカの表情は、後ろに立つ少年少女には見えない。しかしその声を聞いただけで、今のシリカがかつてないほど強い緊迫感を抱いているのは、誰もがわかったこと。


 そして多くが、シリカのこんな声を聞いたことがなかった。これほど自らが胸に抱いた恐怖を隠さぬまま、むしろそれを意図して振り払うような声を荒げるシリカは、クロムやマグニスですら数えるほどしか聞いたことがない。


 そして、シリカをそんな想いに駆らせた存在が、姿を現す。シリカの目線の先、回廊への入口の奥から、葉巻をくわえた巨大な魔物の姿が第14小隊全員の前に顔を出したのだ


「物騒なもん向けるなよ。まだここで喧嘩するって、決まったわけじゃねえだろう?」


 その魔物から自分達の位置まで、まだ随分と距離がある。例えば足元に転がっている小石を、アルミナあたりが少女の細腕であの魔物の位置まで投げたとしても、届かないだろうと思える距離。遠目でも巨体を匂わせるその魔物ではあるが、この位置からならまだ小さく見えている。そんな距離。


 なのにあの魔物が放つ威圧感はここまで届き、若き騎士団の騎士や傭兵達の全身から汗を噴き出させる。ましてあの魔物は、戦いの構えもとらずして、一服しながらこちらを見ているだけなのに、この得体の知れない重圧は一体なんだというのだ。


「ディルエラか……!?」


 その所以を口にしたシリカの声を聞き、魔物はにやりと笑って、くわえていた葉巻を太い指で挟む。煙を吐き出したその魔物が三歩シリカ達に近付くと、それを見たシリカが五歩退がる。シリカ達から離れた位置にいるクロムも一歩退がるが、少なくともユース達にとって、ここまで気弱に足を退げる二人の英傑の姿は一度も見たことのないものだ。


 赤黒い肌、巨大な図体、その肉体を包む鉄鎧よりも頑強そうに見える手足の筋肉。その極太の腕があるからこそ振るえるのであろう、巨大な戦斧を背負った化け物は、先程交戦したグラシャラボラスよりも確かに体は小さい一方で、あれよりもさらに巨大に見えるほどがっしりした体つき。


「俺のことを知った上で武器を向けてくるとは、お前もなかなかの命知らずだな」


 にたりと笑って、その魔物はゆっくりとシリカのみへ目線を偏らせた。同時に、敵の名をはっきり知った第14小隊全員の心に、死を予感させるほどの戦慄が落とし込まれる。


 魔王マーディスの遺産の一角。誰もが口を揃えて、かつて魔王マーディスの率いる魔物達の中でも最強の存在であると評してきた獄獣ディルエラが、目の前の獲物8人を見据えて口の端を上げた。

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