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法騎士シリカと第14小隊  作者: ざくろべぇ
第5章  未来を求める変奏曲~ヴァリエーション~
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第75話  ~サーブル遺跡② 分断の罠~



 ハンフリーの鋭いグラディウスの一振りが、ワーウルフの顎のすぐそばをかすめる。咄嗟に頭を引いてそれを回避したワーウルフが、ハンフリーの胴体目がけて足を振り上げる。攻撃をはずした次の瞬間に自らに襲いかかるカウンターの一撃を、ハンフリーは武器を振るった勢い任せに身を翻して体を逃がし、回避してみせた。


 ワーウルフはその足を空振らせるものの、その足の動きに体をついていかせるように後方回転し、ハンフリーから距離を取る。バック宙の要領で地に足を着けた次の瞬間、地を蹴ったワーウルフが弾丸のようにハンフリーに突進するのだ。一瞬も気の抜けないワーウルフの連続攻撃に対してハンフリーがとった行動とは、突き進んでくるワーウルフの眉間目がけてそのグラディウスを真っ直ぐに突く反撃。


 目線の中心から貫きにかかってくるその一撃を、体をわずか傾かせることで回避、減速も一切せずそのまま爪をむき出しにした五本の指先を、ハンフリーに突き出すワーウルフ。喉元を引きちぎりにかかる的確な一撃を、瞬時に体をよじってかすらせたハンフリーは、片足を軸にしてその場で回転を為す。握ったグラディウスがその動きに合わせて回転軌道を描き、その軌道上にあったワーウルフの首元を、鋭い刃で切り裂いた。


 首横から鮮血を噴き出させながら、前のめりになった肉体がぐらつきかけるものの、まだ絶命に至っていないワーウルフは、続け様に足をハンフリーの腹部目がけて蹴りだしてくる。手応えを感じたハンフリーの即座のバックステップにより、その足は空を切る。


 首の骨に傷がつかなかったとはいえ、決定的な血脈あるいは気道の傷つけられたワーウルフに、生存への道はないだろう。しかし絶命していない以上、目の前の憎き人間を屠るための本能がワーウルフの全身を突き動かし、衰えぬ速度でハンフリーに跳びかかってくる。顔面目がけて放たれるワーウルフの拳をかがんでかわしたハンフリーは、その足から繰り出される蹴りが自らを襲うより早くグラディウスを振り上げ、自らの頭の僅か上にあるワーウルフの首元にもう一太刀を入れる。次の瞬間にはもう一段身を低くしたハンフリーの体の上を、ワーウルフの蹴り足が通過していく。


 敵を殴り抜こうとしたはずがその真っ只中で首をほぼ切断されたワーウルフは、蹴り足が自らの肉体に加える力のベクトルを、頭から流れる命令思考によって制御することが出来ない。蹴り上げた足が持つ勢い任せにその肉体はバランスを崩し、ワーウルフの巨体が勢いよく転倒する。地面に倒れたワーウルフは、別角度からの二度の切断を受けた首と肉体を正しく支えることが出来ず、あらぬ方向を向いたまま、全身を痙攣させるのみだ。


 勝負にして一瞬。その僅かな間で、すれすれの駆け引きがいくつ行われていたか。若き戦士達には想像も及ばない、高次元の戦いを制したハンフリーは、勝利の余韻に浸る暇もなく近くにいた帝国兵に向けて接近する。その兵は目の前のワータイガーを相手に苦戦しており、それと敵対するワータイガーに死角から近付いたハンフリーは、グラディウスのひと振りのもと、ワータイガーの首を速攻で刎ねる。ハンフリーに気付く間もなく絶命させられたワータイガーの眼前、ルオスの若き帝国兵が、強き味方に尊敬心よりもまず、畏怖の想いを抱かずにはいられない。


 地下8階層まで進軍したハンフリー率いる部隊の目の前に現れる魔物達は、上層階よりも明らかに手強くなってきている。ジャッカルのような弱い魔物はもはや姿を現さなくなり、その上位種であり火球を放つ力を持つヘルハウンドが山ほど現れる。そしてさらにその上位種、魔力による攻撃と防御を並立する極めて厄介な魔物、サイコウルフまで姿を見せるようになっていた。


 極めて冷静かつ、修羅の如く覇気を背負うグラファスが刀を振るった先にいるのは、青く光り輝く体毛を持つ、狼の姿をした魔物。サイコウルフと呼ばれるその魔物が目を光らせたその瞬間、魔力を帯びた水の柱がその目の前に噴き出し、グラファスの放った切断の魔力をかき消す。頑強な魔物の筋肉さえも切断するグラファスの魔力とて、敵の攻撃を防ぐというサイコウルフの精神に基づいて練り出される魔力とぶつかれば、相殺させられてしまうのだ。


 他方から別のサイコウルフが、グラファス目がけて風の刃を放ってくる。グラファスが刀から切断の魔力を放つのと同じく、詠唱に近い唸り声と共に肩口の尖った体毛から風の刃を放つサイコウルフは、攻防ともにその魔力によって為せる脅威的な魔物だ。その難敵が放つ風の刃を素早い足取りでかわしたグラファスは、その足を勢いよく蹴りだして、そのサイコウルフに急接近する。


 目にも止まらぬようなグラファスの振り上げた刀を、咄嗟に後方に跳ねて回避しただけでも、サイコウルフの反射神経と瞬発力は並外れたものだ。しかしその一撃だけで終わらないグラファスの、返す刃の振り下ろしにまでは対応出来ず、着地を前にして頭を頭蓋骨ごとかっさばかれたサイコウルフは、地面に足をつけた瞬間にその肉体を崩し、投げ出された肉体がごろごろと転がっていく姿を演じた。


「――第4部隊を引き連れて撤退せよ」


「……かしこまりました」


 近く位置にいた法騎士に対し、勇騎士ハンフリーはそう命令を下した。その意味する所は、上騎士未満の階級に立つ多くの者たちと、若き帝国兵の一部を引き連れて、この遺跡から退くこと。数にして言えば、83人で構成されたこの隊のうち、半分近い40人の兵の撤退を促す命令だ。


 これ以上の進軍にあたって、力及ばぬ者が踏み込んだところで犠牲の種になるだけだ。ここまででも充分なはたらきを為してくれた騎士、帝国兵、傭兵達だったが、これ以上の進撃は危険すぎる。実際、肩で息をし始めている若き戦士も散見するし、足手まといになるぐらいなら、法騎士の保護のもと遺跡の外まで逃げ延びて貰った方が、懸念しなくていいぶんまだマシだ。


 ハンフリーに指令を受けた法騎士が、部下の数々にその指令の旨を伝える。まだまだ力になりたい騎士や帝国兵、稼ぎに来た傭兵達の中には不服を唱えたい者もいただろうが、命と天秤にかけた以上、誰もがそれぞれの想いを胸に抱きつつも撤退への道を踏む。無念があるなら、次の戦場で晴らすべき。


 残った精鋭は、疲労を身に背負いながらもこの戦場においては随一の実力を持つ者達。ハンフリーやグラファスが、この先に進んでも力となってくれるであろうと信頼できる者達の進軍は、さらに道を切り拓いていくはずだ。


「行くぞ!!」


 ここまでと同じ苦難が待っているだけならば、だ。さらなる苛烈さを増す戦場において、兵力の削減がどうはたらくか。運命の行く末は神のみぞ知るところだ。











 勇騎士ベルセリウスを先頭とする、シリカ達含む部隊の進軍も、極めて順調だった。こちらもハンフリーと同じく、数名の戦士を撤退させた決断をしたものの、強力な魔物ひしめくこの地下12階層まで50人以上の精鋭を残したまま辿り着いたこの隊の勢いは、留まることを知らなかった。


 剣を振るって差し迫るユースの攻撃を素早い動きで回避しながら、距離が生じたと思えば次の瞬間には風の刃を放つサイコウルフ。魔力纏わし構えた盾によってそれに対処しつつ、決して離れてそれと戦わぬようにするユースの立ち回りは、相手の性質をしっかり把握した上での戦いぶりだ。


 別の角度からユースを横殴りしようとしていたワータイガー達がそう出来ぬのは、巨大な斧を振り回す少年傭兵が目の前に立ちはだかるからだ。2匹のワータイガーと対峙しつつ、それらを自由に動かさせない上で攻め手を緩めない、ガンマの勇猛さがユースの集中力の支えになっている。


「開門、落雷魔法(ライトニング)


 数多くの魔物達がひしめくこの場において、仲間が危機に晒される場面は少なくない。それを未然に防ぐべく、不意打ちを狙う魔物を先んじて発見し、砲撃するのが後衛の役目。頭上を舞う大鷲のような魔物コカトリスを稲妻の魔法で撃ち抜き、怯んだそのコカトリスの眉間をキャルの矢が撃ち抜く。


 後衛の兵に目をつける魔物も少なくない。蛇の魔物ヴァイパーよりも一回り大きい、その牙に猛毒を持つキングコブラが、遺跡の柱の天井近くに潜み、自らに背を向けた獲物を常に狙っている。それが狙いをつけたのはアルミナであり、アルミナが前方から飛びかかるヘルハウンドの脳天をその銃弾で撃ち落とした瞬間、キングコブラがアルミナの死角から飛びかかる。


 後衛補佐のマグニスの投げたナイフがアルミナの頭上をかすめ、その後方のキングコブラ目がけて真っ直ぐ飛んでいく。それがキングコブラの喉元を捕えると同時、膨れたキングコブラの腹を横から撃ち抜く銃弾が、これから亡骸となるキングコブラの肉体を吹っ飛ばす。


「先輩、大丈夫ですか……!?」


「ありがと、プロンちゃん……!」


 傭兵射手として確かな実力を持つプロンの銃弾は、マグニスの援護が無くともアルミナの危機を救っていた事実をこの戦場に刻みつける。礼を言うのもひとまずに、自らの無事を見て胸を撫で下ろす表情のキャルのいる方向に銃口を向け、その引き金を引く。


 アルミナの銃弾はキャルの横を通過し、その遠くからキャルに目をつけていたサイコウルフの喉元を貫く。振り返ったキャルの目の前にあるのは、ぐらついたサイコウルフと、それに接近しその首を刎ねた高騎士の姿。


「しっかり、キャル! 私なら大丈夫だから!」


 キャルに近付きぽんと肩を叩いた瞬間にアルミナが見せた横顔は、キャルにとってはシリカに並んで頼もしい、不屈の眼差し。腰元の弾倉を愛用の銃に装填して弾を補充し、騎士の一人の上から襲いかかろうとするコカトリスに銃弾を放って牽制する姿は、間違いなくこの戦場で他者の命を支えている。


 空中姿勢を揺らめかせたコカトリスを、プロンが放つ銃弾の追撃が貫く。翼を撃たれたコカトリスがさらに体勢を崩す中、キャルのとどめの一撃がコカトリスの脳天を撃ち抜くのだ。


「仕事できすぎだろ、あいつら」


 後方支援に徹しつつも、自らに迫る巨大な熊のような魔物の爪先を機敏に回避するマグニス。グリズリーと呼ばれる大柄の魔物は、獄獣の操るミノタウロス、黒騎士の操るゴーレムに並び、百獣皇の操る怪力の魔物として有名だ。武器は持たぬ一方で、前述の二種の魔物よりも鋭い反射神経と機敏さを併せ持つ、極めて危険な存在だ。


 その攻撃を回避し、グリズリーの顔面目がけてナイフを放つマグニス。持ち前の反応力と爪先でそれをはじき返すグリズリーだが、それに意識を向けた次の瞬間、一瞬にして距離を詰めたマグニスが腰元から抜いた別のナイフで以って、グリズリーの腕をかいくぐってその首元にナイフを突き刺す。


 グリズリーの腹を蹴って勢いよく離れるマグニスと、致命傷を負わされた上での胴体への強い衝撃にのけ反るグリズリー。それでも倒れずマグニスを睨みつけるグリズリーだが、当のマグニスは後方のチータを眺めて、やれ、とばかりに親指をくいっとグリズリーに向けている。


「開門、岩石魔法(ロックグレイブ)


 最も効果的なとどめを誰が刺せるのかを、場全体から導き出すマグニスのしたたかさに、チータも嘆息しながら、グリズリーの足元から岩石の槍を召喚する。その一撃がグリズリーの顎を貫き、倒れ様に首の傷がさらに広がって鮮血を吹かせるグリズリーを見るにつけ、マグニスのような戦い方を好む者が相手にいなくてよかったと、チータも思わざるを得ない。周りを導き、力を合わせた最善手で敵を詰める軍師が相手側にいると、予想もしない角度から怖い一撃が飛んでくるからだ。


 後衛が差し支えなく戦う戦場、ベルセリウスを中心によく纏まった前衛はそれ以上に安定した戦いぶりを見せていた。サイコウルフを討伐したユースは、ワータイガー2匹を討伐したガンマと合流し、目の前に立つ巨大なヒルのような魔物、ジャイアントリーチに立ち向かう。ある日には聖騎士クロードが討伐した魔物だが、今それに立ち向かうのが自分であるという状況にも恐れず前進する二人の少年に、ジャイアントリーチの大口が遅いかかる。


 頭から呑み込みにくるその大口を左右に跳ねて回避した二人は、そのままジャイアントリーチの胴体部分にその武器を振り下ろす。しかしそのままの勢いで前進しつつ、その肉体を回転させるジャイアントリーチの固い皮膚が、二人の武器をはじき返す。横っ腹を晒せば隙だらけに見えるその巨体を、こんな形で防御する魔物の姿に、二人とも面食らわされたことは言うまでもない。


 巨大な芋虫のように長く、太い胴体を持つジャイアントリーチが、その身でのたうつ。尾とも言える体の後部を振り回してユースとガンマにその肉体をぶつけにきているのだ。盾でそれを防ぎながら跳びのき、衝撃を逃がすユースと、跳躍して回避する道を選ぶガンマ。ジャイアントリーチはその口を開き、上空に逃れたガンマ目がけて大口を突き進ませる。


 斧を振り降ろせばその頭ごと真っ二つにすることが出来るか? 一瞬頭によぎった反射的な判断に、猛烈な悪い予感を感じたガンマは、斧を振り降ろすことをためらい、斧の平面部で横殴りにジャイアントリーチの頭を殴りつけた。斧の一撃を受けてぐらつくジャイアントリーチだが、ガンマの判断は正解だ。仮に斧を振り下ろしていれば、ジャイアントリーチは首の進行方向を曲げ、斧を回避した後ガンマに横からかぶりついていただろう。


 敵も知恵のある魔物なのだ。明らかに武器を持つ人間相手に、自らも命がかかっているというのに無策で突っ込んでくるはずがない。今の判断が正しいものであったのかはガンマ自身にはわからぬまま終わるものの、その実最大の窮地を最善の判断で乗り切った形である。


 殴り飛ばされたジャイアントリーチの大口が地面に向かう中、すでに駆けていたユースがジャイアントリーチの向かう先に自ら潜り込み、前後不覚のジャイアントリーチの頭部をその騎士剣で真っ二つに切断した。ぐぱぁと二枚におろされたジャイアントリーチの胴体が勢いよくのたうつが、着地したガンマが再び跳躍し、改めてジャイアントリーチの頭部を胴体部から切り落とし、やがては暴れていた胴体部分が痙攣する程度の動きに終わる。


 騎士、帝国兵、傭兵の活躍は極めて目覚ましく、ここまで残った勇士達の活躍はまさしく順風満帆。疲労の色は各々から感じられつつも、次々と現れる魔物達が数を減らしてくる頃合い、指揮官であるベルセリウスやシリカからやがて進軍の指示が飛ぶ。


 騎士団も帝国軍も、この遺跡の構造は概ね頭に入れている。勿論この広大な遺跡の全容すべてを頭に入れられる者などいないが、最深部への道のりぐらいは把握するよう、しっかり頭に詰め込んできた者もいる。それが指揮官の立場になり得る、ベルセリウスやシリカのような人物だ。


 シリカが後ろの第14小隊の仲間達に目配せし、こっちだと言わんばかりに、吹き抜けの広間にあたるこの場所から、別の一室に続く回廊への道へと突入する。遺跡の最深部へと向かう道にシリカが駆けていくと同時、彼女の位置を決して見落とさない第14小隊のメンバー達が、他の誰より早くその道へ進んでいく。


「……かかった」


 目の前に立ち塞がるワーウルフを斬り捨てたベルセリウスも、それに続く形で後を追う。その直後、この戦場で誰もが予想しなかった展開が、騎士団と帝国軍に襲いかかった。


 シリカ達が進んだ回廊の入口、その天井部分に、隕石のように突き進む一つの影。それは吹き抜けのこの場の、ある一角からそこへと的確に飛来し、遺跡の一部である石造りの柱を、勢いよく蹴り砕いた。


 それに伴い、シリカ達が進んだ道への入口、その上部にあたる石造りの壁が崩落する。瓦礫のように崩れ落ちた遺跡の構成岩石に塞がれて、それを追うはずの者達がその道へ進む経路が、完全に塞がれてしまう。


 思わず足を止めてしまったベルセリウスの前にある、ひとつの影。それが振り返る前に、その異質な風貌から、その魔物の名を知るベルセリウスの血が一気に沸騰する。


「貴様……!」


「勇騎士ベルセリウスだな。こうして向き合うのは……」


 言葉を放とうとしたその魔物に、ベルセリウスは挨拶を交わす気もないと言わんばかりに騎士剣を握って直進した。正しい判断だとそれを見届けた一匹の魔物は、仮面の奥で小さく舌打ちした。











「ちょ、ちょっとこれ、シャレに……」


「うだうだ言ってねえで走れ走れ。死ぬぞ」


 シリカに続いて、最深部への回廊を進んだ第14小隊を、入口から追いかけるように落盤が迫ってくる。入ってきた入口から、シリカ達の進む方向に向けてガラガラと崩れ走ってくる天井は、先ほどまで走っていた場所を次々埋めながら第14小隊を押し潰そうと追いかけてくる。アルミナが思わず慌て声を漏らす一方、全力疾走する上で飄々とした口ぶりのクロムが対照的だ。


 回廊を抜け、広大なある一室に辿り着いた所で、その部屋の入口含んで回廊は崩れ落ちる。第14小隊が僅か8人で孤立したこの一室、帰る道が瓦礫に埋められて完全に塞がった状況の完成だ。


「くそー、仕掛けられたな。完全にトラップじゃねえか」


 マグニスがぼやくように、今の道はもともと崩れるように手が加えられていたのだろう。何者かがその起動に作為的に踏み込んだ姿は、それを後方においた第14小隊には確認できなかったが、後ろから岩を砕くような音は聞こえていたし、そういう結論で正しいのだろう。


「ね、ねえシリカさん、これって私達、帰れないってこと?」


「……いや、帰る道はあるはずだ。しばらく進まなければならないがな」


 巨大遺跡たるこの地は、一方通行ではない。入口が4つあったように、どこか道が塞がっていても、別の通り道から帰れる道筋はあるように作られているはずだ。あらかじめ構造を描いた図に目を通してきたシリカも、おぼろげながらそんな道があったことを思い出しつつある。


 ただ、今は任務の真っ只中だ。不安に駆られるアルミナの気持ちはわかるが、どこかから帰れるはずだという結論がある以上、それを懸念するより先に考えるべきことがある。


「探索を続けるぞ。待っていても、もう後援に期待できる状況ではないからな」


 じっとしていても始まらない。知らぬ地を駆ける不安はあるものの、ライフェンを追うという本分を見失わず、動き続けることがここでは求められるはずだ。


 巡り合わせ次第では、他の隊に合流できる見込みもある。一時的に孤立した状況ながら、シリカがその足を踏み出そうとした瞬間、それは起こった。


「シリカ!!」


 声をあげたクロムの声に一瞬遅れて、シリカの額目がけて飛んでくる、流星のような何か。咄嗟に身を反らせて騎士剣を振り上げ、それを上空にはじき返すシリカだったが、第14小隊の多くが突然の事態に戸惑う中、シリカがその目に捉えたのは、直後訪れる深刻な危機を示唆する光景。


 はじき上げたのは、人の拳ほどもある鉄分銅。その尻に結び付けられた鎖に引っ張られて、それは持ち主の手元へと返っていく。そしてそんな芸当が得意な魔物のことを、シリカはよく知っている。


 分銅が戻っていく先、この広い一室の中心に立つ一本の柱――それにもたれかかる巨大な一つの影。悪魔的な紫色の肌をしつつ、その風格は人間のそれに極めて近く、異常なほど全身の筋肉が発達した魔物がそこにいる。問題なのは、民家の玄関をくぐれそうにないほどの巨大なその背丈と、その大きさを以って尚、全身が細く見えないほどのがっしりした肉体。


 腰巻だけを纏った半裸体の、左肩から腰の右にかけて、右肩から腰の左にかけて鎖を巻き付け、みぞおちの辺りに鎖を交差させるように鎖を巻きつけたその巨人は、その鎖の両端についた大型分銅を、手甲を纏ったその両手に握っている。


 圧倒的な身体能力と、鎖付きの分銅で数多の人間を葬る力を持つ怪物、ヒルギガースの名を聞いたことのある第14小隊の少年少女が、その姿に血を凍らせる。しかし、目の前にいる魔物が、ヒルギガースよりも更に悪質な敵であることを知るシリカやクロム、マグニスの抱く危機感は、若き騎士や傭兵とは比較にならないものだ。


 最も下位種であるヒルギガースでさえ、オーガキングに勝るとも劣らない実力者と言われる、残党魔物の中でも名高く恐れられたギガース種の魔物。そして目の前にいるのはヒルギガースの上位種にあたる魔物であり、下手をすれば聖騎士や勇騎士ですら一対一で戦えば命が危ぶまれると言われる怪物、グラシャラボラスの名で知れ渡る存在。


 8人の獲物を視界に入れたグラシャラボラスが、石碑にも勝るような体重の全身を踏みしめ、ゆっくりとシリカ達に歩み寄ってくる。広大なこの一室、敵を銃で撃つにも勝負をしかけにくいほど、まだ相手との距離があるものの、それでもその巨体がにじり寄ってくる光景は、その実凄まじいプレッシャーを感じさせてくるものだ。


 武器を構えずにいられない第14小隊の面々の中、いの一番に火を吹いたのがアルミナによる牽制の銃弾だ。グラシャラボラスの眉間目がけて撃ち出された銃弾が銃声と共に駆ける中、グラシャラボラスが分銅を握るその手を、銃声とほぼ同時に振るった。


 グラシャラボラスの放った分銅は空中にあるアルミナの銃弾を打ち落とし、なおも勢いを衰えさせることなく、アルミナの脳天目がけて流星のように直進する。ともすれば銃弾よりも速いその一撃に反応すら出来ないアルミナの眼前、咄嗟に振り上げられたユースの騎士剣が、アルミナに向かっていた分銅を叩き上げる。


 分銅の軌道は僅かに上に逸れた。僅かだ。あまりに勢い強く、膨大なエネルギー量とベクトルを持つヒルギガースの分銅は、ユースの咄嗟の横入りの腕力で抗うにはあまりにも重い。騎士剣を握る手にびりびりと痺れが走ることにユースが表情を歪める横、頭の上すれすれを死の弾丸がかすめかけていった事実に、アルミナの全身からぞっとした汗が吹き出す。


 8人がやや近い場所に固まったこの状況から、いの一番にクロムが周りから距離を取る。マグニスがキャルとアルミナの前に立ちはだかる形を取った次の瞬間、シリカがユースやガンマ、チータに向けて静かに声を放つ。


「生き延びることだけを考えろ。こいつは、私達が討ち果たす……!」


 それだけ言って、グラシャラボラスに向かって直進するシリカ。既にアルミナに向けて放った分銅を手元に引き寄せたグラシャラボラスは、戦いの構えをとって拳を握り締めた。

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