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法騎士シリカと第14小隊  作者: ざくろべぇ
第5章  未来を求める変奏曲~ヴァリエーション~
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第74話  ~サーブル遺跡① 地底遺跡の大混戦~



「アーヴェル様! 騎士団と帝国軍の連中が突入してきました!」


 サーブル遺跡の一角、薄暗い一室の中心に座り込んだ魔王マーディスの遺産の元へ、配下が駆けつけて状況を簡潔に言い述べる。槍と盾を両手に携え、体を鎧に包む人型の上半身の一方、馬の下半身を持つ魔物ケンタウルスは、人と同じ言葉を語る知能を持つ、人類にとっての難敵だ。


 しかし、話しかけられた存在は反応を示さない。部屋の中心にちょこんと座り、何やら床を見ながらもぞもぞと手を動かしている。


「アーヴェル様……」


「だーっもう、うるさいニャ! 集中力を削ぐから邪魔するんじゃねえニャ!」


 大きな体躯を持つケンタウルスにとっては、前足で蹴飛ばせば遙か彼方まで吹き飛ばせそうな小さな体。振り返りざまに立ち上がった、魔王マーディスの遺産の一角たるその魔物は、成人男性の腰元までほどの身長しか持たない、人間の子供よりも小さな体で甲高い声を発する。


「……申し訳ありません、アーヴェル様。しかし、いったい何を……」


「人間の遊び、ソリティアってやつを研究してたんだニャ! せっかく上手いこと正着手のパターンが作れそうだったのに、お前のせいでパーだニャ!」


 絵に描いた太陽のような明るいオレンジ色の体毛を、補色に近い青緑のローブで包み、苔色のマントとローブを突き破って背中から生えるコウモリのような羽は、魔族の翼の色として相応しく暗い深緑。短い両手の長さよりは全長の長い翼は、小さな体と比較すればそこそこ大きくも見えるが、あくまで相対的なものであって、単体で見れば小さな翼である。


 ローブと繋がった同色のフードに開けた二つの穴から、ぴょこんと映える二つの猫耳。百獣皇の名に疑いがかかりかねないような、可愛らしい猫の顔つきをした魔王マーディスの遺産が、ケンタウルスを見上げて睨んでいた。


「それはお詫び致しますが……今は人間達を……」


「お前らは(それがし)が最初に指示したとおり動いてりゃいいニャ! 報告なんかいらんから、とっとと人間どもブチ殺してこいニャ!」


 肉球を携えた小さな手に、そばに置いていた木の幹のような色をした錫杖を握り、それを振るってケンタウルスを追い払うような仕草を見せる。その怒鳴り声に焦りを感じたか、ケンタウルスはすぐさま踵を返し、部屋を飛び出して駆けていく。


 ケンタウルスを見送った百獣皇は、うんざりしたような溜息をついて座り込む。元より小さな体が、こうして翼を畳んで座れば、遠方からでは見えにくいほど小さなものになる。


「まったく……最近は知恵のある魔物ほど、変な生存欲を出してきて使い物にならんニャ」


 魔王マーディスが討伐されたことで、人間達を侮っていた魔物達が見方を改めたのは事実だ。それに伴い知恵のある魔物は、将である獄獣や黒騎士、百獣皇の指令を待ち、より盤石の勝利を求めるようになってきた。聞き分けが以前より良くなったのはいいことだが、同時に、生存したままの勝利を求める魔物も増えてきていることに、百獣皇アーヴェルは苛立ちを覚えていた。


「心ある駒と命無き駒、いずれこそ有能か……課題は尽きんニャあ」


 自らが立つ地に、己を憎む人間達の数多くが突入した事実を知りながら、警戒心よりも先に今後を見据えた考察課題を見つめ直す。魔王マーディスの遺産にとっては通過点に過ぎない今回の戦役に対し、百獣皇はまだ腰を上げてすらいなかった。










 サーブル遺跡の外観は、7階建ての建物の高さに相当する位置に頂点を持つ、正四角錐の建造物。大きな建造物には違いないが、その内装だけが遺跡の全容だとすれば実容積はたいしたものではない。少なくとも200を超える人間達と、それを迎え討つ魔物達が戦うには、少々狭い空間だ。


 サーブル遺跡の真の内装は、地下にある。外から見える四角錐は、まさしく氷山の一角の如し、その四角錐は外観をそのまま延長するかのように地下深くまで伸び、まるで巨大な四角錐がまるごと地中に埋められたような様相であるのが本質だ。当然、地下に降りれば降りるほどに各階層の面積は広くなり、これまでの長い歴史の中で、サーブル遺跡は地下20階まであることが確かめられている。地上から見える7階までを含めれば、27階層に渡るこの巨大建造物は、太古の王の居城であったであろう仮説が長く信じられている。壁に散りばめて埋められた蛍懐石の放つ淡い光によって、万年人が道を見失わぬ入念な作りは、いにしえの人類の手腕の細かさと、蛍懐石が遙か昔から人の手によって利用されていたことを物語る、歴史的にも非常に意味のある名残だ。


 長年の探究と発掘を繰り返した末に、この遺跡に眠るすべての発見は為されたと言われている。今となっては誰も近付くこともなくなり、砂漠の魔物達が身を潜める居住地としやすいここは、魔王マーディスの遺産達が潜伏するにも快適な空間だっただろう。そして同時に、世界のどこかに潜んでいた魔王マーディスの遺産が、罪人ライフェンを餌にして人類を迎え討つ砦とするには絶好の場所でもある。


「報告なし! ジャービル様、地下へ向かいましょうか!」


「心得ましたぞ!」


 今しがた、目の前に現れたヘルハウンドやビッグスパイダーの群れを、部下の狙撃と自らの剣にて葬ったばかりのタムサートが、同盟大将のジャービルに勇ましく声をかける。地上に露出した1階から7階までの間を駆け抜けた、ジャービルとタムサート率いる総勢90名の兵達が、その範囲内に、最も討つべき敵がいなかったことを確かめ終えたのだ。魔王マーディスの遺産、ないしはライフェン、そうした大将首は地下にいることが予想されていたものだが、それでも盲点を突いて地上に潜まれていては、逃亡を許すことになるかもしれない。徒労は覚悟で、遺跡の全体を広く探索することが今は求められている。


「ベルセリウスどのやハンフリーどのとは違う経路で進軍する! 北西の階段へ向かえ!」


「了解!」


 この部隊の総指揮官を担うジャービルの指示を受取り、タムサートは自らの部下にその旨を伝える。決して広く離れすぎない位置に、必ず誰かがいるのだ。声を放てば誰かが拾い、その情報をさらに伝達してくれる。それを繰り返しで、少数で構成されたこの隊全体に、速やかに指令が行き届く。


 サーブル遺跡の地下部分は、建物外が砂の地中。単なる城攻めとは異なり、外観部分という戦場の拡大が図れぬこの戦役は、頭数の揃え方がかなり難しい。安心できるほど、兵を擁することが出来ない突入軍は、地下への階段を駆け降りるとともに緊張感を増す心地だ。


「やはり、この遺跡に潜んでいるのは……」


「ああ、百獣皇アーヴェルでしょうな。用心されよ」


 タムサートの推測を、それを聞いたジャービルが先読みして肯定する。遺跡内部で見かけた魔物は、いずれも百獣皇が好んで使役するような魔物達ばかり。獄獣、黒騎士、百獣皇、それぞれが率いる魔物の傾向は概ね限られており、戦場に現れる魔物の種類から、ある程度はその将の存在が予測できる。勿論必ずしもその推察が正しいとは限らないが、いずれにせよ、魔王マーディスの遺産が潜んでいる可能性を示唆した光景には変わりない。


 ライフェンを捕えることは、統一された目的だ。それに伴う危機との遭遇に向け、誰もが警戒心を緩めることなど出来なかった。











 地下に一足早く進んでいた、勇騎士ハンフリーと聖騎士グラファスを筆頭とする部隊が駆ける遺跡内部は、大混戦の戦場となっていた。単純な石柱と石壁で構成された廊下と廊下が繋がり、広い部屋と狭い部屋が混在する大遺跡内。時には1つか2つ上の階層まで吹き抜けになった大空間も設けられており、そうした場所は多数の魔物達が人類を待ち受けた合戦場となる。


 大鷲のような大柄な体躯を持つ鳥の魔物、ヴァルチャーの上位種であるコカトリスが、建物内にも関わらず高所から飛来して、騎士の一人の肩に爪を食い込ませる。あまりの握力に爪が肩の筋肉を深く貫くが、痛みに騎士が呻くより早く、その頭めがけてコカトリスがくちばしを突き下ろす。


 脳天に風穴を開けかねない鋭さとパワーを持ったくちばしが牙を剥く一瞬前、一人の帝国兵が放った矢がコカトリスの側頭部を撃ち抜く。逆に頭を撃ち抜かれたコカトリスはくちばしを狙う先から逸らし、騎士の頭の横をコカトリスの頭部を通過する。それに引っ張られるように肩を掴んでいたコカトリスの爪から力が抜け、大きな体も床に落ちていく。


「助かったよ……ありがとう」


「なぁに、一蓮托生の地よ! さあ、反撃の狼煙を上げろ!」


 騎士達と帝国兵は、今日初めて出会った者もごく多数。されど同じ志を持って集った二つの陣営の結び付きは強く、名も知らぬ同士の命を守るべく戦う者の姿が、あちらこちらに散見する。戦うために力を養ってきた者達が同じ目的を持って集えば、強大な魔物の数々にも立ち向かえる力が生まれる事実の証明だ。


「つくづく、ルオスの方々と力を合わせられるのは心強い……!」


 後方の部下を案じたい雑念を封じるにあたって、帝国の優秀な人材達がそばにいてくれること、さらには即興でも心強い連携を見せてくれる様こそ最たる要因だ。勇騎士ハンフリーは、エレム王国騎士団の後輩達が命を落とすことへの不安を置き去りにして、目の前に立ちはだかった魔物に差し迫る。


 大人二人がその背に座れるであろうほどの巨大な体躯を持つ、ムカデのような魔物シャークピードの首を、ハンフリーの短身のグラディウスが刎ね飛ばした。多数の足で素早い動きと小回りの利く動きを見せる、毒の鋭い牙を持つ大きな魔物は、そんじょそこらの騎士や帝国兵でも手こずる相手だが、勇騎士ハンフリーの前では大きな問題ではない。


「――南無!」


 一人のルオス帝国兵の背中から、ヘルハウンドが飛びかかる。その兵は向かい合う二匹のヘルハウンドに注意を逸らされて、後方からの不意打ちに気付いていない。そんな彼の危機を見逃さなかったグラファスが、守るべき帝国兵より随分離れた位置から、その刀を振るう。


 刀を振るった瞬間、その刃から放たれる風の刃。グラファスの奥義、真空波斬(しんくうはざん)が顕現した、遠方の敵を切り裂くための刃は、あわや帝国兵の首後ろにヘルハウンドが牙を突き立てようとした瞬間、そのヘルハウンドの首を真っ二つに両断した。


 背後からヘルハウンドの屍の肉体に体当たりされた帝国兵は姿勢を崩しかけたる。同時に正面のヘルハウンド達から意識を逸らす帝国兵だったが、その二匹もグラファスが放った、さらなる二発の風の刃によって胴体を切断されている。後ろを振り返ってぶつかってきたヘルハウンドが既に死体であった事を確認し、慌てて前を向き直す頃には、さっきまで対峙していた二匹のヘルハウンドも既に亡骸。帝国兵の男にとっては、味方の頼もしさを痛感するばかりの光景だ。


 当のグラファスに背後から襲いかかる、大ヒルの魔物ジャイアントリーチの突進も、真上に跳躍したグラファスが落ち様に刀を振り下ろし、その太い胴体をばっさりと切り裂く。刃渡りの長さよりも太い径を持つジャイアントリーチを、一太刀で完全に両断することは不可能だが、この深さはいずれにせよ致命傷だ。


「後方は任せたぞ……! 私はこいつの相手をする!」


「御意!」


 魔物達の襲来に苦戦する部下達のサポートをグラファスに一任し、ハンフリーは自らの前に現れた怪物と睨み合う。大柄な男よりもさらに高い体躯を持ち、全身を青白い体毛に包まれた獣人、そしてその頭部を狼のそれにすげ替えたような魔物が、二本脚で立ってハンフリーと向き合っている。ワーウルフの名で知られるこの魔物は、コズニック山脈でしばしば見られるワータイガーの上位種であり、速度もパワーも圧倒的に下位種を凌駕するものだ。

ワータイガー含む、数多くの魔物を討伐してきて自信がついた頃、それらと同じと見誤ってワーウルフに挑み、無残な姿に変えられた戦士の数は未だに後を絶たない。それだけ、上位種ワーウルフと下位種ワータイガーには明確な格の違いがあるのだ。


 法騎士含む部下も数多くいるこの場でも、これを相手取るのに最も適任なのは勇騎士ハンフリー。舐めてかかれば、ワーウルフよりも強大な魔物の数々を討ち取ってきた自分とて、足を掬われ得る魔物を前にして、ハンフリーはその手のグラディウスを改めて握り締める。


「さあ、かかって来い……!」


 それに呼応するかのように、ワーウルフが風のように駆けてハンフリーに突進する。同時にその口から溢れたワーウルフの咆哮は、辺りの人間達の集中力に割って入り、身の毛をよだたせるには充分なものであった。











 そして、勇騎士ベルセリウス率いる総勢96人の隊が進軍するルートは、他の区画以上に魔物の数々がひしめく、まさしく魔物の密集地帯。今しがたサソリのような魔物、アラクランを4匹を切り捨てたばかりのベルセリウスだったが、視界の中にまだまだうようよ魔物が残っている。


「ぎゃー、キモいキモいキモい!! こんな魔物ばっかかよ!!」


「おいおい、逃げるな。白兵戦出来る奴が頑張らなにゃ、後衛が困るだろうが」


 ムカデの魔物センチペタや、蛇の魔物ヴァイパーの群れに追われて、マグニスが逃げ回っている。彼の実力ならば討伐など造作もないような魔物の数々だが、単に気持ち悪いからあまりその手のナイフで切りつけたくないのだろう。困った傭兵である。


 笑いながらマグニスをいさめつつ、周囲の魔物達をその槍でなぎ倒すクロム。後方に控えるアルミナとキャルを含む射手や、チータ含む魔導士は、このシチュエーションではあまり弾を撃ちたくない。弱い魔物の一陣に、弾や魔力を消費すると、後に響いてくるからだ。近接武器を持つ前衛が、その力で敵の数々を討伐することが求められる状況である。


 果敢に前衛を走るユースとガンマは、それを理解してかせずかはさておいて、最高のはたらきをすべく動いている。迫り来るセンチペタや、サソリのような魔物アラクラン、それらを次々に切り払いながら、飛びかかってくる蛇の魔物ヴァイパーも、見落とさずに打ち落とす。数々の戦役の中で死線を越えてきた二人にとって、この程度の魔物など今さら苦戦する対象ではない。若さゆえ、緊張感も人並み以上であることも手伝い、不覚をとる懸念もないだろう。


 二人を視野に入れつつ戦うシリカも、強大な魔物でも現れない限りそちらに手を添える必要もないと迷わず判断でき、自分が相手取るべき魔物との交戦に集中できている。板金のような光り輝く外殻に身を包んだ、その大ばさみは人間の胴体を真っ二つに出来そうなほどの巨体を持つ魔物、ゴールドスコーピオン。対峙するシリカは、長い尻尾と殺意ある二本のはさみから繰り出される猛攻を、剣ではじきつつ、回避を繰り返し、少しずつ退がる。


 壁を背にした瞬間、ゴールドスコーピオンがとどめの一撃とばかりにはさみを振るい、その真意まで読んだシリカは敢えて跳躍する。空中のシリカ目がけて直進する、ゴールドスコーピオンの尻尾の毒針を、シリカは剣を振るって横にはじきのける。


 それによって自らの空中軌道がわずかに曲がるも、そう曲がることも計算して剣をゴールドスコーピオンの尻尾にぶつけたのだ。それを証明するように、体を傾けつつもシリカが落ちていく先は、狙いすましたかのようにゴールドスコーピオンの頭部。シリカを見上げていたその顔にある目玉めがけて、容赦なくシリカが騎士剣を突き刺し、同時にゴールドスコーピオンの巨体がびくりと跳ねる。


 痛みにゴールドスコーピオンがのたうつより早く、突き刺した騎士剣を抜かずに勢いよく振り上げ、刺した傷からかっさばくようにゴールドスコーピオンの頭部を切断するシリカ。暴走する肉体に伴い、毒針つきの尾がシリカの首を鞭のように打ち抜こうとするが、一瞬早くその場から跳び立ったシリカによってその抵抗も空を切るのみだ。


 着地したシリカに向かって火球を口から放つヘルハウンド。その先を睨みつけながらも、身をよじりそれを回避するシリカだが、そちらに攻め込む意思はない。なぜならその方向に向けて駆けていく、大斧を握ったガンマの姿が視野に入ったからだ。数秒後の部下の勝利を決め打ったシリカは、すぐさま別方向にいる魔物に向かって駆けていく。


 そんなシリカの足が止まったのは、近く視界にワータイガーと交戦するユースの姿が入ったからだ。巨体と怪力、機敏な身のこなしが特徴の人型の獣人ワータイガーは、半年以上前にも、ユースとアルミナが討伐した相手。それにユースが、今は単身立ち向かっている光景を見て、跳びかかってくるヴァイパーを振り返りもせずに斬り落とし、放置すべきかどうかを一瞬考える。


 ワータイガーの鋭い爪がユースのすぐ横をかすめ、退がりつつも騎士剣を振るうユースによってワータイガーの腕に切り傷が走る。痛みによって怒りを抱いたワータイガーは、目をぎらつかせてユースに連続攻撃を仕掛けるが、冷静にそれらをかわしつつ、小出しに剣撃を放つユースが、今度はワータイガーの手首を切り落とす。かつてとは見違えるような、成長したユースの姿には、彼の近い勝利を確信するには充分な要素だっただろう。


 今のユースには、ワータイガーを一対一で討伐するだけの力量があることはわかった。このまま任せて他の魔物達を片付けにかかってもいい場面だろう。しかしシリカが胸中に抱いた決断はそうではなく、地を蹴って両者が交戦する領域内に、風のように踏み込んでいく。


 ユースを標的として視野を絞っていたワータイガーが、接近したシリカの存在に気付くか否かのタイミングで、すでにシリカはその騎士剣を振るっていた。抗う間もなくワータイガーの首が刎ね飛ばされ、半ば勝てるはずの獲物を横取りされる形になったユースも、シリカの参入には少し驚いた表情を見せる。


 言葉には出さなかったが、別に助けて貰わなくても――という想いは沸きそうになったものだ。そんなユースの想いを知ってか知らずか、シリカは自らの想う観点を冷静に突きつける。


「一対一ならそれでもいいが、横殴りが入れば突き崩されかねない。あの程度の魔物ならすぐ勝負をつけられる力があるんだから、消極的になり過ぎるな」


「……はい」


 ここは合戦場。一対一の状況が敵の加勢によって変わることもある。目の前のユースに意識を傾けていたワータイガーが、不意の一撃によってあっさりと命を落とした事象は、横入りする者によってはユースにだって起こり得たことなのだ。それは、たとえ今のユースが目の前のワータイガーよりも上に立てる実力者であると前提があっても、忘れてはいけないこと。命奪われてからでは後悔する時間も与えられないのだ。


「戦場ど真ん中でイチャつくな、お前ら」


 シリカに向かって降下する一匹の鳥の魔物、ヴァルチャーをその槍で切り落としながら、クロムが含み笑いしながら顔で語りかける。人に緊張感を持つよう促す発言をする割には、彼こそ表情に緊張感が見られない。


「下らないことを言ってないでだな……」


「はいよ」


 一言からかうのが終われば気が済んだのか、クロムは別方向に駆けて、他の魔物を討伐しにかかる。比較的年若い騎士や帝国兵が苦戦している場所を選び、万一の事態を防ぐために戦場を選ぶ姿は、若き戦士の芽を守るために動く年長者の動きそのものだ。


 次々と襲いかかってくる魔物達も、無限とはいかず、やがて数が減ってくる。時を見計らって、ベルセリウスが地下に向かって進軍する号令をかければ、その指令は瞬く間に広まって、騎士団と帝国兵の連合軍が動き出す。わざわざ点呼を取ることはしていないが、ベルセリウス率いるこの隊に関し、今のところ死傷者はいないようだ。戦闘不能に陥る者もおらず、サーブル遺跡地下5階まで進軍したこの隊は、ここまで順調に駒を進めてきたと言えるだろう。


 それでもベルセリウスは、言い知れぬ胸騒ぎを抑えられなかった。魔王マーディスの遺産が潜むこの大遺跡、気を抜けぬのは当たり前とはいえ、そんな当然以上に嫌な予感が拭いきれない。


 魔王マーディスの遺産と顔を合わせたことがあるのは、この隊ではベルセリウスだけだ。彼のみが知る敵将の大きさを、部下達がどこまで真に想像で補えているだろうか。ともすれば死と隣り合わせの渦中、実力ある者ほど、より強い緊迫感を胸に戦っていた。

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