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法騎士シリカと第14小隊  作者: ざくろべぇ
第5章  未来を求める変奏曲~ヴァリエーション~
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第69話  ~春の日差しに快晴期~



「――開門!! 落雷魔法(ライトニング)!!」


 初めて習得した魔法を、毎日のように唱え続けていたものだ。霊魂の疲弊による目まいや頭痛も恐れず、毎日気分が悪くなるまで魔法を唱え続けていた。


「随分安定して魔法が発現するようになりましたね。そろそろ、次の魔法を覚えてみましょうか」


 自分が何度も何度も稲妻を当てて、真っ黒焦げになった庭先の岩を、未来の大魔導士が練習に使った岩だと称してくれた先生の言葉は、幼心に嬉しかったものだ。あの人と出会えたことが、退屈で見るもの殆どが無色に感じられただった日々を、鮮やかに彩ってくれた。それは今でも忘れようとしても忘れられない、心から幸せだった思い出。


 何を想っても過去が帰ってこないことは知っている。それなのにこうして何度も夢に見るのは、やっぱり今でもそれに対する未練があるからなんだろうなと、思わずにはいられない。






「……どうして、今になって」


 寝覚めの悪い朝、ユースやガンマと相部屋で眠っていたチータは、朝に弱いガンマがすぐ近くでくーかーと寝ている横で独り言のように呟く。とうに過去を見限って今を生きると覚悟を決めたはずなのに、今頃になってあの日のことを夢に見るなんて、自分の頭の中のことがわからなくなる。


 捨てきれないほど、自分にとって充実した日々だったことは自覚している。だけど、求めたって絶対に帰ってこない日々なのだ。夢にまで見てしまうほど、自分が過去を恋しく感じているのだとしたら、そんな自分のことが未練がましくて嫌になる。


「あ……おはよう、チータ」


 顔を洗ってきたのか、目のぱっちりしたユースが部屋に帰ってくる。わざわざ踏み込んではこないけれど、何か不安なものを見るような顔つきをしたユースを目にすると、どこかしら自分が平静時とは違う顔をしているような気がするものだ。


「……おはよう」


 形式的な挨拶を返す態度はいつもどおりのはず。チータは夢に縛られた胸中までは語ることなく、新しい場所で出会った同い年の少年騎士と言葉を交換するのだった。











 ラルセローミのフィート教会に、エレム王国騎士団が突入したあの日から、約一ヶ月半の時間が経つ。毎日が寒い冬を越し、そろそろ温かい風が吹く日中と、寒波に襲われて夜は冷え込む日々が繰り返される毎日。薄着の上にマントを一枚羽織っただけのアルミナが、日中には前を開けて歩かないと暑い、という日も、そこそこ増えてきている。


 この約50日間、第14小隊が担った魔物討伐任務の数が、かつてよりも圧倒的に増えていた。朝早くから王都を出立し、日が高い時間は指定区画にて魔物との交戦、月も星も夜空に輝くような時間になってようやく王都に帰る、という日が毎日のようで、訓練場での対人訓練を設けるような時間を殆ど作れなかったものだ。現地にて魔物との実戦を踏むため、鍛練の虫であるシリカが現状に不満を想うこともなかったが、命を賭けた魔物との戦いをほぼ毎日強いられる事実には、マグニス辺りが頻繁に愚痴を漏らしていた。


 タイリップ山地での野盗団討伐任務、プラタ鉱山での遠征戦役。過去に第14小隊が関わった大がかりな任務をきっかけに、騎士団の上層部も第14小隊の活躍には、以前よりも目を向けるようになったという噂話が、騎士団内でもまことしやかに流れている。それ以前は、若くして法騎士となったシリカが率いる小隊ということで、別の意味で注目を集めることの多かった第14小隊だったが、隊長たるシリカ以外の隊員の活躍が多くの騎士や傭兵の目に触れたことで、その評価が見改められているのも事実だった。


 戦場最前線で次々と魔物達をなぎ倒す、怪力無双の傭兵ガンマ。死地を恐れず果敢に敵を討つ、遊撃手アルミナ。幼い風貌に反し、百発百中の勝利への矢を放つ的確に射手キャル。あらゆる戦況に対応する手幅の広さと、冷静かつ高い判断力を持つ魔導士チータ。そして少騎士から昇格したばかりにして、今や上騎士でさえ手を焼くような魔物でさえ、単身討伐した実績を持つようになった騎士ユーステット。元よりその実力が知れ渡られていたシリカとクロムだけでなく、第14小隊の個々人それぞれが、名も知られぬ兵卒ではなく一部の者の記憶に残るほどには、その実力を戦場で見せしめることが出来るようになってきていた。


 法騎士シリカの名だけが独り歩きしていた過去とは異なり、精鋭の揃った有力な小隊であると評されることが多くなった第14小隊は、以前よりも危険な任務を任せられる機会も増えてきた。たとえば普通の高騎士が率いるような中隊だけには任せられない、強力な魔物ばかりが潜むとされる地への魔物討伐任務などが、その最たる例だ。






 この日第14小隊は、一人の高騎士が隊長を務める97人の中隊、エレム王国第38中隊と手を結ぶ形で、魔物の群生地を戦場として駆けていた。エトロレンク荒原の名で知られるこの場所は、旧ラエルカン地方の一角であり、切り立った岩盤や乱立する枯れ木の数々で、突きぬけるような空が真上に見える一方、立体的な地層を持つ。ほら穴らしき横穴を擁する岩壁もあり、天然の砦とも言えるこの環境は、魔物達が潜むにはうってつけの場所と言えるだろう。実際、過去に魔王マーディスが存命だった頃は、その数多くの配下の魔物達が、ここを休息地として用いていた過去もある。


 数多くの騎士達が目の前の魔物に苦戦するこの戦場の真ん中を駆ける、巨大な斧を振り回して戦う傭兵の少年。少騎士三人が近づくことすら出来ず、なんとかその足を止めるだけで必死だったオーガに急接近すると、その巨体が振り回す棍棒をかいくぐり、勢いよくその大斧を振るった。次の瞬間には、胴体を真っ二つにされたオーガと、歯が立たなかったオーガを一瞬で葬ったガンマに驚くことしか出来ない少騎士達の姿だけが残る。味方である少騎士達の無事をちらりと確認すれば、すぐさま次の敵の元へと走り詰め、10数えぬうちにもう一匹の魔物を討ち果たすガンマの活躍は、力及ばずながらこの戦場で実戦経験を積むはずだった少騎士達の目を奪い、惹きつける。


 荒原の小さな丘に立つキャルが、ある一方に向けて矢を放つ。狙う先は一匹のミノタウロスの後頭部。今にも目の前の、姿勢を崩しかけた上騎士を真っ二つにしようとしていたその魔獣を一閃の矢が貫き、ミノタウロスの巨体がぐらつく。あわや兜ごと頭を叩き割られる寸前であった上騎士は、その隙を見逃さず、大斧を握ったミノタウロスの手首を切り落とし、次の瞬間には戸惑うミノタウロスを、包囲していた騎士達が襲撃して一斉にとどめを刺す。


 狙撃手キャルを狙い打つべく上空から彼女へ迫る2匹のヴァルチャー。人の頭に止まれるほどの大きさの鳥の魔物とはいえ、その爪先が持つ殺傷能力と、的確に獲物の首筋を勢いよく貫こうとするくちばしは、民間人の命を容赦なく奪う恐るべき存在だ。一匹の急降下を寸前まで引きつけて横っ跳びに回避したキャルに、二匹目のヴァルチャーが斜め後方から迫る。しかしその突進を回避すべく身をかがめたキャルの行動が無駄になるかのように、上空にあったヴァルチャーが、乱入した力を受けて吹き飛ばされ、地面に落ちていく。ややキャルから離れた位置から、広く戦場に視野を広げるアルミナは、親友であるキャルの危機にはいつも敏感だ。


 側頭部に銃弾を受けたそのヴァルチャーと同じくして、先ほどキャルを捕え損ねたヴァルチャーも、次なるアルミナの銃弾に胸元を貫かれて地面に落ちていく。自らを襲う魔物2匹をアルミナが一手に退けてくれたことに、感謝するのは後でいい。冷静に戦況を見渡すキャルは、一人の騎士が交戦するオーガの膝裏に矢を放ち、騎士団陣営の勝利の近道を作る一手を量産する。


 接近戦を不得意とするアルミナやキャルに殆ど魔物が群がってこないのは、彼女らを狙おうとした魔物をマグニスが片っ端から掃除しているからだ。火球を放ち遠方から、第14小隊の狙撃手達を狙い得るヘルハウンドの首をその手のナイフで刈り、自らに迫るヴァルチャーをかわしつつ敵の翼をそぎ落とし、アルミナに目をつけようとしたオーガに直進してその注意を引く。


「あのぐらいなら二人で何とか出来るぐらいにゃなったんだねぇ。ラクでいいわ」


「サボんないで! 頼りにしてるんだから!」


 向かい来るマグニスを迎撃すべく棍棒を振るったオーガの脇腹を、すかさずアルミナの銃弾が撃ち抜く。棍棒の一撃をバックステップで回避したマグニスが、銃弾による痛みに怯んだオーガに、先程の接近よりも遙かに素早く距離を詰め、その横を跳び抜けていくと同時にその首を刎ねていく。一介の戦士が手を焼くはずの魔物オーガを、極めて少ない労力であっさりと片付けるマグニスは、ともかく人任せな一面を持つ一方、周りを望むように動かす機知に長けている姿を露にしたものだ。


「敵の数もだいぶ減ってきたな。あとはお前らだけで何とかなるんじゃね?」


「こらー!!」


 戦場のど真ん中で煙草に火をつけて一服し始めるマグニスに、アルミナが怒鳴りつける。最近では日常茶飯事の光景になってきているものだ。


「俺も一服タイム欲しいんだけど、シリカ?」


「敵を全滅させてからいくらでも吸え!」


 エトロレンク荒原の魔物達の中でも、明らかに別格の魔物が一匹いる。それは小さな竜の姿を持つ魔物、ブレイザーを数匹従えた、緑色の鱗で全身を包んだ翼竜、ワイバーン。その体躯は大熊よりもさらに一回り大きく、その身に似合って大きな翼をはためかせて空を舞う、極めて危険な魔物。さらにはその口から、草原を焼き払う勢いある炎を吐き出す攻撃手段を持つ、騎士団内でもある程度名の知れたような強者でも手を焼くような強敵だ。


 ワイバーンは上空から降下し、地上のシリカとクロムに向かって爪を振り下ろしてくる。巨木をも抉ると言われるその怪力と頑丈な足の爪による攻撃を、剛腕自慢のクロムの槍がはじき返す。再び上空に舞い戻ったワイバーンは息を吸い込み、その口から勢いよく炎を吐き出してきた。シリカとクロム目がけて襲いかかる炎は、二人の騎士が左右に分かれて回避すると、その地表に衝突し、草木の生えない土の地面を焼き焦がす。


 ワイバーンの炎は地上に到達すると、その勢いがはじけて燃え広がるのが特徴だ。砂と小石のみで燃料の無いはずの地表を、巨竜の炎が焼き払う姿など、まさしく騎士物語の中に飛び込んだかのような光景だ。それが現実に、しかも下手をすれば自らに襲いかかり得る現実として目の前にあることは、遠方でそれを視界に入れた騎士達にとっても、ぞっとする光景である。


 シリカ達が同行した中隊の隊長たる高騎士とて、この巨竜の怪物を必ず討ち果たせるかと尋ねられれば、自信を持って首を縦に振ることなど出来ないだろう。法騎士シリカと彼女のパートナーがこれを討ち果たせぬならば、この戦場における魔物の大将を討ち取れる者など他にいないかもしれない。シリカ達が背負う重責は、本来例えようもなく大きいものだ。


「ちゃっちゃと片付けようぜ。俺が突っ込むから、フィニッシュは任せたぞ」


「何でもいいさ……!」


 闘志を声にまで表すシリカに反し、夕食の献立でも語るような軽い口ぶりのクロム。態度も体格も対照的な二人は、数秒後に掴む勝利への道筋に対し、既に全く同じビジョンを共有していた。






「それにしても、最近のあいつら凄ぇなあ。万一の場合はサポートするはずだったんだが」


 アルミナやキャルが、四方八方の敵を射抜き、数多くの騎士達の助けになっている場所からやや離れ、煙草を片手に完全に傍観者モードになったマグニスが、しみじみつぶやいている。目線の先にあるのは、ここ一ヶ月半の間で見違えるほど、戦場で活躍するようになった二人の少年。


「開門、火球魔法(ファイアーボール)


 作り上げた二つの亀裂から火球を放ち、上空に舞うガーゴイルを狙撃するチータ。一つ目の火球を回避するものの、後方から飛んできた火球を背中に受け、ガーゴイルの表情が歪む。


「小賢しい……! 業火球魔法(バーニングブラスト)!」


「開門、水魔障壁(アクアウォール)


 人間一人をまるまる呑み込めるような火球の塊を放つガーゴイルに対し、自らの眼前足元に開いた青い亀裂から、高々と吹き出す水の壁を召喚し、火球をその壁で防ぎきるチータ。的確な判断に舌打ちするガーゴイルは、魔導士の少年に対し空中より飛来し、その爪を振るってくる。魔法使いの人間の多くは接近戦に秀でないことを、ガーゴイルは知っているのだ。


 チータを爪の射程範囲内に捉えかけたガーゴイルの視界に横入りする、矢のように迫る人影。騎士剣を握った敵の存在にあわや感づいたガーゴイルは、自らの手首を狙ったその剣を、手先を翻し爪で以ってはじき返す。


 チータの危機に駆けつけたユースの後方には、五匹の武装した魔物リザードマン、加えて三匹のジャッカル、それらの亡骸が転がっている。あれだけの配下を差し向けてやった一人の少年騎士が、短時間の間にそれらを片付け、こちらに駆けつけてきた事態に、ガーゴイルは戦況の不利を信じられない想いだ。たった二人の年若い人間二人に対し、数倍の兵力を従えてきたはずのこの場で、どうしてこの状況に陥ることを予見できたものだろうか。


「開門、落雷魔法(ライトニング)


 僅かな隙を見逃さず、チータの放った稲妻がガーゴイルの脳天を貫く。その一撃はそれだけでガーゴイルを絶命させるものではなかったが、ダメージに動きを止めればそれが致命傷。地を蹴ったユースの騎士剣が、ガーゴイルの首元を勢いよく切りつけたのがその直後だ。


「開門、岩石弾雨(ストーンシャワー)


 ガーゴイルの首が宙を舞ったことを視界に入れた次の瞬間には、チータは別の対象に向けて魔法を発動する。二匹のトロルを従えたミノタウロスを先頭に、自分達に向かって猛突進してくる怪物達の頭上に広い亀裂を作り、大小様々な岩石を降らせてかかる。


 戸惑うトロルと、それらを肩や頭に受けつつも勢いを止めないミノタウロス。一歩退いたチータと、その前に立ちはだかるユースの姿を見て、ミノタウロスはユース目がけてその大斧を振りかぶる。


 何度目にしても全身の肝が冷える一撃必殺の攻撃を、ユースは体をかがめて回避する。同時に振りかぶった騎士剣の一閃が、ミノタウロスの腹部を浅く斬りつけるが、ミノタウロスを怯ませるにはあまりに浅く、丸太のような太いミノタウロスの足が、ユース目がけて前蹴りを繰り出してくる。


英雄の双腕(アルスヴィズ)……!」


 詠唱と共に盾を構え、同時に後方に逃れるユース。魔力を得た盾にミノタウロスの足が直撃するが、衝撃を逃がすためのユースの動き、さらに盾が纏った緩衝の魔力がミノタウロスの足から伝わる衝撃を和らげ、ユースは腕がじんと痛む程度のダメージとともに安定した着地を実践する。以前、魔力を纏わぬ形でミノタウロスの蹴りを盾で受けた時には、後方に逃れて衝撃を逃がしてなお、腕が痺れてもっと遠くまで飛ばされたものだ。新しいユースの武器は、良い形で機能している。


 ミノタウロスの後方で、二匹のトロルが両手を地面に叩きつける。同時に発生する地面の揺れは、トロルが放つ魔法、微震魔法(グラウンドシェイク)によるもので、その振動にユースは足元が不安定になり、次の行動への移行が遅れる。トロル二匹分の魔力が発生させる地表の揺れは、呆けて立ちすくんでいれば転倒さえ強いられそうなほどのものだ。


 強靭な足腰と安定した軸を持つミノタウロスは、揺れを意に介する素振りもなく、ユースに接近してその大斧を振り下ろしてくる。危機を目にしたユースは意を決するように地を蹴って、斜め前方に逃れる。さらに同時に振るった騎士剣で、ミノタウロスの手首に深い傷を負わせてだ。その傷は深く、危うくミノタウロスは斧で地面を粉々に砕いた反動で斧を落としそうになるが、もう片方の手の握力でそれを拒み、得物を手にしたままの怪物は怒りの眼差しをユースを向け直す。


 着地点の揺れに、ユースの体勢が崩れかける。この揺れの前ではミノタウロスもすぐさまにはユースに迫れなかったか、わずかに追撃が遅れるものの、ユースが体勢を整えるよりも早く、ユースをその射程圏内に入れる。横薙ぎに斧を振るうミノタウロスの攻撃を、死の恐怖いっぱいを胸に宿したユースが、必死で身をかがめて回避する。


「開門、岩石魔法(ロックグレイブ)


 ミノタウロスが右足で再びユースを蹴飛ばそうとした刹那、軸足となるはずだったミノタウロスの左足の裏から突き出される、チータの召喚した石の槍。ミノタウロスの利き足を先の攻撃で把握したチータが、これ以上ないタイミングでミノタウロスの軸足を掬い、揺れに対する不安定さも手伝って、左足を勢いよく突き上げられたミノタウロスは、後方に倒れる。


 巨体が地面に背中をつけるまでの時間、既にそれを視認していたユースは次の行動に映っていた。跳躍したユースは太陽の光を背負うように、勢いよく倒され地面に後頭部を打ちつけて怯んでいるミノタウロスの胸板に向かって降下、そして全体重をかけるまま、倒れたミノタウロスの喉元にその騎士剣を突き刺した。


「ひしめく闇を貫く幾閃の矢、我が掌を飛び立ち悪峰を貫け……」


 筋骨隆々のミノタウロスの首を貫いた手応えを感じると、ユースはすぐに跳躍して騎士剣を引き抜いてミノタウロスから離れる。わずか遅れてミノタウロスが、自らの首に刃を突き立てた敵を払い飛ばすべく手を振るったが、その手はむなしく空を切る。呼吸不全のミノタウロスは起き上がることも出来ぬまま、もがきながらこの後息を引き取るだろう。そんな未来を既に予期したチータは、とうに次の詠唱に入っている。


「開門、落雷魔法陣(サンダーストーム)


 二匹のトロルの上空に発生する、光輝く6つの亀裂。それらが勢いよく稲妻を放ち、トロルを一斉に狙い撃つ。亀裂は稲妻を放ったまま、各点を円の一点とするような軌道を描いて回転し、時に交差し、時に重なりより高い電力を得た稲妻がトロル達を襲う。


 6つの稲妻の柱が描くのは、遠方から見れば、まるで一本の太い稲妻の柱。その渦中に置かれた二匹のトロルを襲う雷撃は魔物にさえ悲鳴をあげさせ、光がやむころには、黒焦げで立ちすくむ二匹のトロルの姿がそこにあった。


 一匹は、そのまま倒れた。しかしもう一匹は絶命には至らず、その目をぎょろつかせてチータを睨み返してくる。自分の中でも強力な威力を持つ魔法とはいえ、まだ威力の分散、ムラに課題があると感じ、内心チータは舌打ちする。


 トロルが少年達に襲いかかるべく、足を踏み出そうとした瞬間には、その眼前には騎士剣を握る少年。迷い無き一筋の太刀がトロルの首を通過し、怒れる表情のままのトロルの頭が宙に舞う。その頭が、倒れたトロルのすぐそばに落ちたが、倒れたトロルが何の反応も示さなかったことから、やはりこちらも命を失った後であると確信できたものだ。


「やるじゃん。完全に花開きつつあるな」


 感心するようにユースとチータを眺めながら、何の気なしに振り返りもせず、後ろ手で後方にそのナイフを投げつけるマグニス。自らの背後から飛びかかろうとしていた一匹のヘルハウンドが、あとわずかでマグニスに牙を届かせようというところで、額をそのナイフに撃ち抜かれてのけ反る。同時にひょいっと身をひねったマグニスの横を、既に意識を飛ばしたヘルハウンドが通過していき、受け身も取れずに地面を転がっていく。


 煙草を吹かせたままヘルハウンドの額に刺さったナイフを引き抜き、改めてアルミナ達の方を見やるマグニス。予想していたよりもずっと早く、その方面の魔物達は全滅しており、その中でも頭に風穴を開けた魔物や、矢に急所を貫かれた魔物が多かったことから、誰らが最もあの戦場において密かに活躍していたかを見て取れたマグニスは、満足げに口の端を上げるのだった。






「シリカさん!! 兄貴!!」


 目の前に立ちはだかったトロルを一瞬で真っ二つにしたガンマが、シリカとクロムの立ち並ぶ場所に駆けつける。魔物達の血を浴び過ぎて真っ赤になった斧を握った少年の目の前にあった光景は、巨竜ワイバーンの亡骸と、その近くに無数に転がる小さな竜の魔物、ブレイザーの姿。


「おう、ガンマ。こっちは片付いたが、お前らの方もひととおり片付いたか?」


「ういっす!! 全滅!!」


 兄貴と称してやまないクロムに、元気いっぱいの返事を返すガンマ。ガンマが無事であったことは簡単に読み取れるが、シリカとしては他の仲間達の安否が気になるところだ。


「ご苦労様。みんなは無事か?」


「俺がこんだけ余裕なんだから、みんなどうせ平気!!」


 息も切らさずあっけらかんと言いのけるガンマの姿は、万一の想定をも吹き飛ばす快活な勝者の姿そのもの。不幸を案じるのはやめにしよう、と素直に思えたシリカが、戦場の中心にいる身ながらわずかに目を柔らかくする。


「――総員、撤退する! 近くに負傷した者がいれば、その者の保護を優先しろ!」


 戦人の仮面をはずしたのは一瞬で、すぐに法騎士たる声と目を宿して撤退令を放つシリカ。荒原に響き渡ったその声に、交戦中の騎士達は目の前の魔物を退けることに最後の力を振り絞り、今は敵が目の前にいない騎士達は、交戦中の仲間に加勢すべく動き出す。


 シリカの号令が届く範疇で、今しがた単身ミノタウロスと戦っていた高騎士。それは第14小隊と並んで戦う中隊の隊長であり、シリカの指令を聞くとほぼ同時、ミノタウロスの片腕を切り落とし、致命的な一撃を加えたところだった。法騎士が唱えた指令を自らも大声で復唱する中、残った腕で高騎士を狙うミノタウロスの打撃を回避すると、その喉元をかっさばく斬撃を以ってとどめを刺す。


 ガンマやアルミナ、キャルが立ち回った戦場。ユースとチータが駆けた戦場。中隊を率いる高騎士を中心に支配された戦場。シリカとクロムが貫いた敵陣本拠地。いずれに存在していた魔物もほぼ全滅、一部の魔物は逃亡したものの、敵意を見せる魔物は完全にこの地から追放出来た結果に、魔物討伐任務を預かった騎士達の役目は、この上なく立派な形で果たされたと言えるだろう。


 97に8を加えた、105人の疑似大隊。死者は無く、やや重い傷を受けて戦闘不能となった者は僅かに7名。とはいえ彼らも、今は自らの負った傷の痛みに先への不安も抱くであろうが、王都に戻って適切な治療を受け、しばらくすれば再び戦列に並べるだろう。事実上、決定的な負傷を受けた者もなく終えられた、エトロレンク荒原の小さな戦役は、エレム王国騎士団の大勝利として幕を下ろしたのだった。


 その結果をもたらした最大の要因が何だったのかは、この戦場に立っていた誰の目にも明らかだ。法騎士シリカの率いる、たった8人で構成された小さな部隊が、これほどまでに戦場を支配した事実が、こうしてまた広く知られていくことになる。若く美しい法騎士様が、小隊なんかの隊長になったという話題性だけでその名が広められていたことなど、今となっては古い古い過去の話だ。




 ここ一ヶ月半における第14小隊は、まさしくすべてが順調だった。

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